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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode7『王に弓彎く獣』
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episode7 sect56 ”生きていれば”

 「す、李さん・・・?」


 きっとどこかから盗・・・拝借してきたに違いない乗用車で爆走してきたのは、小西李だった。


 「アレが例の魔対課A1の《白怪》か」


 おでんは今まで李と直接会ったことがなかったが、世界で見ても指折りの戦闘スキルを持つ若手魔法士という話だったから軽くその人物像や経歴を調べたことはあった。遠目でも伝わってくる余力を見れば、その噂に偽りなしと分かる。こんな地獄のような戦場で怪我らしい怪我もなく立ち回れるのは本物の実力者だ。


 「ひょっとして俺を探しに来てくれたのかな?」


 「名前叫んでたし、十中八九そうだろうね」


 「そっか・・・」


 経緯は不明だが、助かった。足の不自由な迅雷を抱えていては、徒歩で『門』の管理施設まで行くのにどれだけ急いでも半刻はかかっていただろうから。

 迅雷とベルは、一緒に手を大きく振って李を呼んだ。すると。


 「あああ!!いぃいたあああああ!!ヒャッホーウ!!」


 気付いた李が、ドリフト気味に方向転換して3人の方にやって来る。


 「迅雷クゥゥゥン会いたかったもーギャラクティック心配して夜も眠れなくなるところでってなんかオマケ多いですねェー!!」


 ハンドル片手に窓から上半身を出した李が嬉々としてそんなことを言いながら、3人の方へやって来る。


 「まぁ良いでしょう今日は細かいこたァ気にしてる場合じゃござーせんもんねェ!よっ、偉いですよ今日のアタクシ♡」


 ご機嫌に自画自賛しながら、李は3人の(以下略)。


 「今は李さんでも見たらホッとする―――」


 「はいキャーッチ」


 「うぼがっ」


 てっきり、一度車を止めて乗せてくれるんだと思っていました。

 車に乗った人間の腕にぶつかるのは、ぶっちゃけ車に轢かれるのと大差ない。ブレーキすら使わず、李は擦れ違い様に迅雷の首に腕を引っ掛けて、くっついていたベルごと後部座席に放り込んだ。

 民連の道交法に守られた時速100キロ弱のラリアットからの放り投げを食らった迅雷は、冗談抜きで一瞬頭が真っ白になった。ただでさえジャルダ戦で殴られたときに首をおかしくしていたのだから、脳に障害が残ってもおかしくない暴挙だ。不自然に痙攣する迅雷を見たベルが目を白黒させる。


 「と、迅雷君、迅雷君ンンン!?ちょっとぉぉぉ!?アンタなにしちゃってんのぉぉぉ!?」


 「ひぎぃぃぃスミマセンちょっと愛しの美少年クンとの再会でテンション上がっちゃったんだよ助けてやってんだから文句言うんじゃねぇぞゴルァ!?ドア上に開くって知ったらこういうスタイリッシュ救出劇したくなんでしょー!?」


 「なんで俺がキレられてんの・・・?」


 ベルよ、気にしたら負けだ。


 「噂に違わぬキチガイぶりらな・・・」


 ちゃっかり一緒に車に飛び込んだおでんは、狭くて汚い後部座席の床にすっぽり収まりながら、口をへの字にした。背中に乗っかっていて邪魔なベルをどかし、おでんは目を回す迅雷をちゃんと座席に寝かせてバイタルチェックをしてやった。最初からズタボロだったが、最初より悪化はしていないようだ。

 丁度良いので、おでんは今のうちに迅雷の傷を簡単に手当てしてやることにした。欠損部位の出血は特に酷いから、止血を急がねばならない。救急箱を『召喚(サモン)』する程度なら現在の魔力量でも問題ない。

 処置をしながら、おでんは李に話しかけた。

 

 「協力感謝するのら、小西李」


 「いえいえ、マイスイート迅雷クンのためですから、例え火の中水の中あの子のスカートの中ですよ。・・・ん?なんで私のこと知ってんです?てゆうかキャワワなYOUはどこの馬の骨なので?どっかで会ったっけ?」


 「んあー、自己紹介してなかったな。わちきは伝楽(ツタラ)、こっちはベルモンド。IAMOのオドノイドなのら。初対面らけど、お前は業界じゃ有名な新星らから知ってる」


 「ほぇー。・・・ん?オドノイドってことは・・・・・・ハッ!!あなた迅雷クンのなんなんですか!?命の恩人って言ったらデレの最大手フラグじゃないッスかぁ!!ダメ!!迅雷クンはあげないZO!!オネーサン許さないゼッタイ!!」 


 「いっぺん命救われたくらいで惚れるのが常識みたいに言うなよ。李が心配するような感情は抱いてないよ」


 「そうですかぁ」


 「今は」


 「I・MA・WA!?なんの保険!?」


 「危ないから前見て走ってくれよ」


 ぐぬぬ、と李は渋々運転に集中した。


 「・・・え、なんでおでんこの人とフツーに会話出来てんの?」


 「話術は人間の基本」


 ならばベルは幼稚園から人生やり直し決定だろうか。幼稚園なんて行ったことないからむしろ興味あるが。


 「・・・かはっ。は、はぁっ・・・」


 と、そこで迅雷が意識を取り戻した。


 「お、目を覚ましましたね!良かったー!」


 「李さん・・・死にます、アレ」


 「急ぎなので許してクレメンス☆」


 さっきと全然違う理由じゃないか、とベルが小声で毒づいた。とんだキレられ損である。


 「李さん、さっき、空奈さんは見かけたんですけど、他のA1班の人たちは・・・?まだ、戦ってるんですか?」


 「塚田さんと松田クンはもう人間界(あっち)に帰しましたよ。突然ヤバイのが乱入してきたもので、フォローしきれませんでした・・・。まあ、さすがにあっこで大暴れしてるゾンビほどじゃないですケドね。アレが出てくるちょっと前に七十二帝騎さん方が退散したんで、なんとか逃がすことが出来ました」


 「・・・父さんは?」


 「無事だと思いますよ、今んとこはですが。今はそのゾンビとやり合ってるはずです」


 「父さんがあそこに・・・」


 「管理施設の方に『黒閃』が飛んでこないのは、タイチョーがうまく引きつけてくれているからでしょうねェ」


 李はアッサリと言っているが、気が遠くなるような話だ。今の迅雷では、例え万全の状態であの屍赤龍(ドラゴンゾンビ)に挑んでも5分と生き残れないだろう。それを、生き残るどころか、引きつける、だ。改めて疾風が背負う”7”の意味を認識させられた。

 疾風は、誰がなんと言おうと世界で一番格好良い魔法士・・・・・・のはずなのだ。


 「迅雷、どうかしたか?」


 引き続き手当てをしてくれていたおでんが、迅雷の顔色の変化に気付いた。だが、こうして優しくされても、迅雷はこの得体の知れないなにかが子供の皮を被ったような少女に気を許そうとは思えなかった。さっきの情けない問いかけは、気の迷いの産物ということにしておきたい。


 「・・・なんでも知ってんだろが」


 「なるほど。差し詰めジャルダ・バオースに父親がどうこうと口を出されたな」


 「っな、はっ、はぁ!?」


 ゾッとした。


 迅雷は皮肉のつもりだったのに、おでんはあっさりと迅雷の心の中を覗き込んできた。


 (まさか、コイツの能力は―――)


 「そう気色ばむなよ。こんなのはた()の技術なのら。言ったろ、顔に出やすいって」


 「だからって・・・!」


 「ああ、ああ、悪かったって。でも、わちきも神代疾風の在り方はなんというか・・・・・・いや。これは迅雷、お前が自分で考えた方が良い。それでも分からなければ、次また会う日にでも、改めて話をしよう」


 「みなさん、管理施設が見えてきましたよ~」


 管理施設周辺は、首都中心部と比べればいくらか戦闘の被害は軽微だった。《飛空戦艦》が近くに来たか否かの差だろう。歩兵部隊による市街地戦闘の被害とみればそれなりだ。破壊規模を評価する感覚がズレているとも言う。

 施設に近付くと、赤い髪の中性的な人物が気が付いて手を振ってきた。ナナシだ。李が車を止めるなり、ナナシは窓に張り付くようにしておでんを急かした。


 「おっそいんだよぉ!?すんごい心配した!!早く逃げ、()ぁ!?」


 「お前が邪魔でドアが開けられんわ阿呆」


 おでんが強引にガルウィングドアを開けたので、ドアの下端がナナシの脛を直撃した。さらにそのままドアは動き続け、それに乗っかって上に跳ね上げられたナナシは、車体の上でアーチを描き、反対側の地面に顔面からダイブした。良い子は絶対に真似しないように。


 「酷い!?ごめんね邪魔して!!でもやっぱ酷い!?」


 「千影は来たか?」


 「え?ああ、うん。『とっしーはどこ』とか、だいぶゴネたけど、お姫様が無理矢理連れてってくれたよ。おでんが助けに行ったって言っても全然聞かなかったんだぜ。お前、意外と信用ないのな・・・」


 「うるさい黙れ殺すぞ」


 「ねぇだから酷い!?」


 ナナシはとっくに涙目だった。阿呆に憐れまれてちょっとムキになっちゃったおでんは咳払いをする。

 

 「とにかく、あいつが無事ならそれで良い。他の避難者は?」


 「逃げる人はお前らで最後だよ。だからホラ、急いで」


 迅雷も、ベルに座席ベッドから起こされ、車を降りた。すぐに、ナナシも迅雷の手伝いに力を貸してくれた。


 「で、お前が迅雷だろ?俺はナナシ、よろしくな、『とっしー』」


 「あ、ああ、よろしく。・・・・・・血出てるけど大丈夫か?」


 「迅雷よりはかなり大丈夫だと思うぞ」


 「まったくだね」


 迅雷は苦い顔をした。男か女か分かりづらいせいで距離感が掴みにくいが、あまり裏表のなさそうなナナシのことは信用出来た。ベルもそうだが、思っていたより、気の良いオドノイドは多いのかもしれない。

 なんにしても、良かった。千影は無事だった。・・・・・・でも、ルニアには、なんて言ったら良いのか、全然分からない。

 ルニアの顔を思い浮かべた瞬間、迅雷は恐くなった。本当に、一体なんて言ったら良いんだろう。迅雷の瞼の裏には、今もアーニアの体が消える瞬間が焼き付いている。光がスッと彼女の胸を通り抜けたかと思うと、その光の筋を渦の中心にして、肉体が絡まった糸くずをほどくように崩れ始めて、旋風が終わるときのように掻き消えて、瞬く間に大きな穴になって、広がって―――プロセス単位であの光景が、焼き付いているのだ。


 建物に入る前に、迅雷は車を振り返った。


 「李さんは・・・?」


 「私はタイチョーからとにかくキミのことを頼まれただけなんで、任務完了です」


 「なら―――」


 「イエス、私もこのままこんな閻魔も裸足で逃げ出す地獄からオサラバ・・・・・・・・・・・・と、言いたいところですが」


 李は、そこで言葉を切って、おもむろにマルス運河の方角を見た。


 「タイチョーのサポートしたげられんのも私くらいしかいませんしねぇ。気は進みませんが残業です」


 李は、あっけらかんとした笑みを浮かべていた。ジャキリ、と助手席に置いた細剣の柄を手で鳴らし、内側に大量の魔力貯蓄器(コンデンサ)を装備した特注品のウサミミパーカーのフードを被り、らしくもなく堂々と豪語して見せた。


 疾風なら一人でもあの怪物をなんとかしてしまうのだろうが、李が手を貸せば万が一のリスクを避けられるかもしれない。でも、あんな状況に突っ込んでいく李こそ最も危ない目に遭うはずだ。

 疾風も、李も、どっちも同じくらい、迅雷には心配だった。

 

 「だいじょうぶですよ。きっと、キミのお父さんは無事に連れ帰りますから。もちろん私も。だからそんなフクザツそーな顔しないの。オネーサンにまっかせんちゃい☆」


 「だから俺にとっての姉みたいな人は―――」


 李って、こんな風に笑える人だったんだ。

 いいや、本当は、こんな風に笑いたかった人だったんだ。

 今は、迅雷とかA1班の人くらいにしか、こんな風に笑えないだけなんだ。


 「父さんを、お願いします。ス・・・李姉(スモモねえ)・・・」


 「~~~ッ!?ひゃいガバンリましゅ!!・・・あ、でもラストもっかい呼んでッ!!」


 「父さんをお願いします、李さん」


 「ちゃーくて。・・・・・・まぁ良いですよ、恥ずかしがり屋のキミもまた可愛いですしおすし」


          ○


 迅雷とオドノイドたちを見送って、李は再びイカした盗難車、もとい御協力感車のアクセルを踏んだ。人間界の公道では絶対に体験不可能な加速で、疾風の元へ急行する。


 (李姉かぁ・・・むふっ。むふふふへへひっ)


 思わぬ収穫を得てニヤニヤが止まらない。狙っていたわけじゃあないが、昔話をした甲斐があったか。これで李も迅雷公認、義理のお姉ちゃん第2号ということだ。1番になれなかったことは悔やまれるが、気分が良いから細かいことは気にするまい。むしろ、ここらで一発大逆転でお姉ちゃん第1号はおろか、千影すらもぶち抜いてキャーお姉ちゃん素敵♡展開までもつれ込んでやろう、と燃えてくるってもんだ。

 滝のように溢れる涎を手で拭いながら、李は近付いてもサイズの変化を感じにくい首なしドラゴンを観察した。


 「あれって結局。生きてるんですかねぇ。フツーに考えて死体同然ですが・・・」


 しかし、頭部を潰しても動き続ける『ゲゲイ・ゼラ』という例もあった。あの生物の場合は頭部に見えるのが、実はただの感覚器官の集合体で、本当の頭部は別にあったわけだが、そういうのがアリだとすればあのゾンビも死体かどうか分からなくなってくる。

 皮膚がなく、筋肉丸出しの痛々しい姿は生き物としてあまりに無防備というか非合理的だが、異世界の生物に人間の常識が通用するとは限らない。だが、仮に見かけ通りの死体だったら、少しだけラッキーだ。死体が動くためには、なんらかの外的要因が必要だ。そして、その要因があるとすれば高確率で誰かの特異魔術(インジェナム)だ。

 あんな山のようなデカブツを倒すのは無理そうだが、疾風と李が2人がかりで戦えば、術者か術そのものをなんとかするくらいは出来るはずだ。


 「は、ず・・・・・・」


 李は成算を立てていたが、事態は彼女を嘲笑った。


 今までずっと管理施設の方角だけは向かなかった怪物が、明らかに李の来た道の先を向いた。顔はないが、明らかにそう見えた。


 「はぇ・・・?はぁッ!?な、なんでー!?たっ、タイチョーが食い止―――えー、まさかいやまさか、たたたたっ、タイチョー死んだ!?うそでしょそんな・・・うっそでしょお!?」


 疾風が死んだかどうかは不明だが、少なくともこれ以上、怪物の動きを制限し続ける余裕がなくなったのは確かだ。

 このまま疾風の救援に向かうべきか?だが、もし本当に疾風が死んでいたら?そうでなくても、重傷だったら?助からない傷を負っていたら?李単騎ではあんな怪物は押さえ込めない。


 で、あれば、李の取るべき選択は。

 

 一瞬、迅雷との約束を幻聴したが、李は首をブンブン振ってブレーキを踏んだ。


 迅雷たちと別れてからまだ3分も経ってはいない。ボロボロの迅雷を担いだ状態では、そうスムーズには移動出来ない。ノヴィス・パラデーの『門』管理施設は広いから、恐らくまだ施設の中をえっちらおっちら歩いている頃だろう。


 「あぁ~・・・やっべーっすよもォォ・・・。あんなけカッコつけて5分と経たずに約束反故にしちゃったじゃないですかァ」


 シュレディンガーの死人に構っていられる余裕など、ない。


 李は決断を済ませた。


 「生きてりゃあ!!」


 遠目にもハッキリと分かる、夜闇より暗い、膨大な量の黒色魔力の凝縮体。


 車を飛び出し、地を蹴り、空中でさらに自分の魔法陣を蹴り、分かるはずない怪物の視線の高さに飛び込んだ。


 もう迷いはない。


 足場にした魔法陣を一斉に解放、無数の設置魔法をなけなしの壁に。


 左手の甲、あらゆる魔力攻撃を掻き散らす特殊魔法、『リジェクション』。


 全身に纏った魔力貯蓄器(コンデンサ)に溜め込んだ魔力も一気に吸い上げる。


 『黒閃』が解き放たれ。


 拳を握り締めろ。




 「良いことォォ・・・あぁぁああああれえええええええええええええええええええェェェェェェッッッッッッ!!!!!!」




          ○




 人間界から来たときと同じで、魔界から人間界に帰るときにも殺菌洗浄用の通路を通らなくてはならない。通路の機能自体はおでんが先の状況を読んで予め停止させていたが、道程の長さだけはどうしたって変わらない。ダンジョンに出掛けるのとでは、『門』の前に着くまでの時間に倍ほどの差がある。

 段差があるたびに、迅雷が呻く。ベルとナナシに両側からささえられて歩く迅雷は、アドレナリンが切れてきたこともあってか、揺れるたびに傷に響いて顔をしかめていた。おでんが応急処置を施したものの、痛み止めはまだ効果が出る前だ。


 「やっと見えてきたぞ、渡し場なのら」


 民連は魔界でも3番目に大きな国だ。それだけに、民連が所有する『門』の数は膨大であり、中でも首都の管理施設であるここには相当数の『門』が設置されている。

 来たときはエレベーターが使えたから気にする必要などなかったが、人間界の『門』は渡し場の中で5つのフロアに分けられているうちの、3フロア目にある。この非常時に、もし宙ぶらりんで止まったら一巻の終わりな昇降装置に頼りたいとは思えない。ナナシが迅雷を背負って、階段を駆け上がる。激しく揺すられる迅雷の押し殺した苦悶の声が、足音と同じテンポで広い渡し場に木霊した。


 だが、階段を登っているうちに、徐々に振動が激しくなっていく。次第に建物全体が―――。


 全体が?


 「・・・地鳴りか?」


 ようやくこの揺れの異質さに気が付いたナナシが上る足を鈍らせると、おでんが怒鳴った。


 「止まるんじゃない!!走れ!!」


 「え、え!?」


 「本当に死ぬぞ!!」


 未だに状況を飲み込めていないナナシだったが、おでんに言われるまま足を速めた。あと2、30段も走れば、安全地帯はすぐそこなのだ。


 渡し場の壁が不自然にグニャリと歪み、内側に弾け飛んだのは、その直後のことだった。途方もない暗黒が、『門』を目前にした迅雷たちを嘲笑うかの如く雪崩れ込んできた。瞬間、壊滅的な気圧の急変が発生し、荒れる暴風は、互いの体をひしとつかみ合う彼らを意図も容易く吹き散らした。


 一面真っ暗な視界の中で、迅雷は理解した。父もまた、負けたのだ、と。彼が屍赤龍を引きつけてくれているというのは、李が言っていたことだ。それなのに『黒閃』が管理施設を襲ったということは、そういうことなのだ。

 それが迅雷にとって、どんな意味を持っていただろう。彼が知る限りの日本語で、疾風が敗北する、などという文法は成立しないはずだったのに。


 「迅雷ッ!!」


 「おでん―――!」


 抗いようのない嵐に吹き上げられる中で自分を呼ぶ声に向け、必死に伸ばした手は。


 「とし―――!?」


 失った左手を伸ばしていた。


 おでんの指だけが空を切った。


 目指していた『門』が眼下に遠退いていく。どこから取り出したのやら、おでんが先端にアンカーのついた鎖を投げたが、ベルとナナシは救えても、もう迅雷にだけは届かない。


 「うぁっ、ぁああ、ああっあああああああっ!?!?!?」


 もう誰の絶叫だかすら。


 足掻こうにも魔力切れ。


 だけど。




 「だい、じょーぶ―――!!」




 李の声がした。


 ぐん、と腕を捕まえられた。


 (李、さん!?)


 李は、左の拳ひとつで、この絶望に抗っていた。

 皮膚はとっくに剥がれきっていた。宙ぶらりんの人差し指が、迅雷の目の前で千切れてどこかへ飛んでいった。李の目からは涙が滔々と流れ落ちていた。


 だけど、それでも、李は笑っていた。

 笑って、こう言ってくれた。


 「だいじょーぶ!!」


 状況は、最悪も最悪だ。あの怪物を止められる者はもういない。


 でも、だとしても。


 最初に、疾風が言ってくれた通りだ。あったよ、良いこと。


 きっかけはどうあれ、初めて人を好きになれた。慣れない感覚でなんて表現したら良いのか分からないけれど、他人からすれば決してそうは見えなかっただろうけれど、多分、とても純粋な気持ちで誰かを好きになれた。



 (こんな私でも、”人のために”って思えた!!すんっごい進歩!!だから―――

 だいじょうぶ!!キミは、キミだけは絶対!!死なせませェェェェェェェん!!!!!!」


 

 全てを注げ。全てを今この一瞬のために燃やせ。もう一度拳を握り締めろ。拒め、拒め!!出来るだろ、出来るはずなんだ。ずっとそうしてきただろ。こんな、ただ痛くて恐いだけの絶望なんて、今更どうってことないだろ!!


 「りぃぃぃじぇくゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!!」


 迅雷は、人の想いが為す奇蹟を見た。


 わずかに―――ほんのわずかに、李が『黒閃』を押し戻した。鼻先まで押し寄せていたのが、肘を少し伸ばせるほどになった程度の違いだったが、李は最後の最後で理不尽から逃げずに抗って見せた。


 でも、李に出来るのは、ここまで。後はもう、押され、押され、背後に人間界への『門』が迫る。


 「おでんちゃん!!」


 「ああ!!」


 今度こそ、おでんの鎖が迅雷に届いた。李が、命懸けでその距離まで『黒閃』を押さえ込みながら迅雷を連れて来たのだ。

 鎖の先端のアンカーが肩に刺さり、骨を割る激痛に迅雷が喘ぐ。そして、李は彼の腕を掴む手を解いた。


 「李姉ッ!?」


 「今更その呼び方したってムダですよ、まったくもう。・・・迅雷クン!!私は、キミのことが、大好きですからぁぁぁ!!」


 鎖で迅雷を手繰り寄せたおでんは、そのままベルとナナシも連れて『門』に飛び込んだ。『黒閃』の余波は、おでんたちより先に、この極彩色の異次元空間にまで暴風として届き及んでいた。まともに走ることすら敵わぬ嵐の中を、それでも転びそうになりながら全力で駆けて、駆けて、駆け抜けた。


 李の雄叫びが背後から迫ってくる。

 『黒閃』が、耐える李ごと『門』の中まで流れ込んできたのだ。


 (フザけるな!!この超高魔力密度空間に届く『黒閃』なんてあってたまるか!!)


 出口、出口だ。出口の光が見えた。


 走る。走る。李が追いつくその前に。


 抱えた3人を光の先へと放り投げ、少しでも走りやすく。


 「んらああああああッ!!」


 床を割る勢いで、人間界の地を踏み。


 ダン!!と。


 『門』を鎖した。


 全員が騒然と汗を床に垂れ流すその部屋には、小西李だけがいなかった。

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