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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode2『ニューワールド』
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episode2 Last section22 “背に延びた影“

 夕飯を終え、その後にまたひとっ風呂浴びてきた迅雷は、今はロビーホールのソファーに腰掛けて1人ぼんやり休憩していた。湯上がりで体が心地よく火照り、気分は上々。温泉自体のありがたみはもう感じなさそうな気がしていたが、案外そうでもなかったらしい。

 一緒に降りてきた千影と真牙はまだ風呂に入っているところなので、もう少しの間1人で彼らを待ち続ける予定の迅雷なのだが、案外暇になると考え事が始まって、そのうちに暇でもなくなる。

 こうしてここのソファーに体を埋めていると、2日前にここで合宿の2班メンバーで四方山話なりダンジョンで感じたこととかを話していたことが思い出される。


 「・・・思い出されるって、おい。まだ2日しか経ってないっていってば。年寄りか俺は」


 自分で自分にツッコむとすごく虚しい。空っ風の吹き抜けるような寂しさを感じた迅雷は、とりあえず今の独り言を気にして誰か自分の方を見ていないか確認して、いないことが分かって胸を撫で下ろした。

 2班の思い出に浸ったところで、今頃みんなはなにをしているのだろうか、と迅雷は思いを馳せる。まさか彼らの中の誰も、まぁ真牙はこの場にいるので例外だが、迅雷が今こうしてまた同じ旅館でぼんやり考え事をしているなど思いもしないだろう。そう考えるとなんだか迅雷はくすぐったい気持ちになってきた。


 可笑しさでにやけるのを抑えようとして、迅雷は長く息を吐きながら背もたれにだらしなくもたれかかった。

 落ち着いてふと脳裏に浮かんだのは、あのときこの場所にいなかった1人の少女だった。迅雷の気になるアノコ、雪姫のことだ。彼女は今、どうしているのだろうか。


 どうして、彼女はあのまま帰ってしまったのだろうか。どうして、ああまでして人を嫌うのだろうか。


 「・・・どうして、こんなに気になってしまうのだろうか・・・ってか?」


 またも自問自答。目を閉じて考えに沈む。迅雷が惚れっぽくて、一目惚れしちゃいました・・・なんていうのとはきっと違う。異性として気になる、というのは以前も言った通り十二分にあるのだが、それだけでは片付けられない感覚は、この数日で次第に大きくなって、今では迅雷の心の中で大きな異物としてつっかえるようになってきていた。

 本当はもっと近づかなければいけないような気もするし、しかしそれを拒む心もある。彼女に不用意に近づいたら、なにか嫌な、そう、あまり快いものを感じられないような、そんな気がする。

 もちろん雪姫に近付けば、それだけで不快になるわけではない。むしろ逆だ。それは迅雷としては願ってもないことである。なにせ迅雷の中では、今一番付き合いたい人ランキング(身内を除く)では堂々の1位に彼女を据えているくらいなのだから。だからそういう意味ではなく、彼女の心に近づくことが恐いのだ。

 放っておきたくないのに、放っておきたい。いったいどうしたら良いのか。迅雷は判然としない自分の心に唸るだけだった。


 「なんだかなぁ・・・」


 

 「おにーさん?」



 迅雷の思考を断ち切って、女の子の声が後ろから降ってきた。小悪魔っぽい口調で迅雷を遊びに誘うような、少女の声。

 一瞬千影がふざけたのかと思ったのだが、彼女が浴場から出てくるところは見ていないし、そもそもあのロリビッチの場合迅雷が隙を見せれば真っ先にスキンシップを狙ってきそうなものだ。それに、この声は千影の声ではない。

 ほんの一瞬で情報を吟味して、迅雷は結論を出す。


 ―――――誰だコイツ?


 思索に耽るために閉じていた目を、おもむろに開ける。


 深青色の髪はセミロングで、毛先にカールがかかっているが、恐らくそれは髪質によるものか。目深にかかった前髪の下からはクリッとした鈍色の瞳が覗いていて、なんだか興味深そうに迅雷の顔を見つめていた。なぜか鼻をすんすんと働かせていたのが気になったが、迅雷が訝しげな顔をすると同時くらいにはやめてしまった。

 背格好を見る限り、迅雷と同じくらいの年齢だろうか。もしかすればもう少し下の14,5歳くらいかもしれないが、それはきっと少し幼げな表情のせいでそう見えるだけで、恐らくそれくらい。服装はまあ、場所が場所なだけに言うまでもなく浴衣だった。浴衣から覗く肌は、艶やかで健康的な小麦色。

 じっと見つめられて少し緊張する迅雷だったが、向こうは仕掛けてきた側なだけあってそういう感じはない。表情を強張らせる迅雷に、その少女は褐色になった指で髪を弄りながらこう言った。


 「ちょっと卓球でもしようよ、カシラ」


          ●


 強い。


 速い。速すぎる。


 千影ほどではないが動体視力に自信のある迅雷も、ほぼ反射運動に体を任せて、それでやっとな状態だ。


 「く・・・そォッ!!」


 「ははっ、おにーさん、なかなかやるじゃん!カシラ!」


 異常に小回りの利いた挙動は、、最小限の運動だけをもって迅雷を一方的に迅雷を追い詰めていく。涼しい顔で無尽蔵にアドバンテージを稼ぎ続ける少女は楽しそうだった。

 小さく深青色の髪を揺らす少女は、舞うようにトドメを撃った。


 迅雷にそれを止める力は、ない。


          ●


 「は、はァッ!はァ・・・。君、なんだよ、強すぎんでしょ、これ・・・はァ、なんなんだよマジ。動きからして戦い慣れしてるように感じたんだけども!」


 卓球のラケットを放り出して今すぐ大の字になりたい迅雷だったが、周囲の目もあるのでやらない。代わりに膝に手をついて、肩で荒い息をする。なんとも凄まじい卓球だった。冗談抜きに息は上がりきってゼエゼエである。いったいこの少女は何者なのだろうか。卓球界の神童とかであらせられるのだろうか。

 なんとか息を落ち着かせた迅雷は、丁寧にラケットを元の場所に戻してから、深青色の髪の少女を困ったような見る。


 「いやいやぁ。そんなことはないよ?カシラ。それにおにーさんも、すごーく良かったよ?カシラ。私つい興奮しちゃったよ、カシラ」


 笑いながらそんなことを言う彼女は、しかしなぜか爪を噛んでいた。

 なにか気に障るようなことを言ってしまったのかと思い、迅雷は慌てて謝ろうとしたのだが、どうも彼女にはそんな様子がないので困った迅雷は頭を掻いた。


 「楽しかったね、おにーさん、カシラ。もっかいやる?カシラ」


 「いやいや、俺かなり疲れたんスけど・・・。どうせまたボコられるだけですし」


 「むぅ、若者がなんと情けない・・・、カシラ」


 それにしても気になる口癖だ。語尾が「カシラ」って、本来そんなにおかしいはずがないのになんだかすごい違和感。具体的になにが変かと言えば、多分「カシラ」を付けるタイミングがおかしいのだと思う。

 現実にもこんな人がいるのだなぁ、と迅雷は心の中で嘆息する。珍しいものも、見ているうちだけが面白いらしい。


 「まぁいいわ、カシラ。ねぇ、それじゃおにーさん。お名前、良い?カシラ」


 「名前?」


 なんだか先日も名前を聞いて変な反応をしたオッサンがいたような気がしたが、アレはアレで特別だろうと迅雷は判断した。別にこの少女に名前を教えてあげないような、意地悪な迅雷ではない。


 「いいけど。俺は神代迅雷っていいます」


 「うん、なるほど、カシラ」


 「・・・『なるほど』?」


 気にしないで、と少女ははぐらかした。中途半端な疑問を残されて迅雷は不服そうに眉根を寄せたのだが、彼女はそれに気付いてくれない。とにかく、またなにか変な人物に絡まれてしまったのだろうか、と心配になる迅雷だった。

 それにしても、なんだろうか。目の前の少女からは異物感のようななにかと、それとは逆に親近感、そう表現するのは若干ニュアンスは違う感じがするが、とりあえずいつも感じているようななにかを同時に感じた。

 あくまで曖昧なシックスセンス的感想なので迅雷自身大して気にしていないのだが、しかし微かな違和感を感じていたのは確かだ。


 そして、その違和感はすぐに一致した。


 「あ、とっしー!やっと見つけ、たぁ!?な、ななななんじゃこの女は!?」


 迅雷がまったく知らない少女となんだか仲良く喋っているのを見つけて、千影が目を剥いた。元々クリクリと大きい目だ。それ以上開いたら目ん玉こぼれ落ちそうだぞ、とツッコみたくなる迅雷。

 しかし、そんなツッコミが口に出ることはなかった。


 「・・・千影」


 違和と経験が一致した。あの異物感と、この異物感。あの身近さと、この親近感。憶えがあったのは、これだったようだ。


 「あ、そっか。2人ともどこかオカシイからか」


 「おやおや?今思い切り馬鹿にされたような気が・・・?カシラ」


 ムッとした顔をする青髪の少女だったが、自覚があったのかそれ以上なにも言わなかった。迅雷としては反論してくれた方が後々残る罪悪感が減るのでむしろそうして欲しかったのだが、さすがにそれを初対面の人に求めるのも変かもしれないので諦めた。

 千影がずかずかと効果音が聞こえてくるような歩き方で迅雷の方にやってくる。手にはジュースの缶があるのでこぼすと恐いし、浴衣なので洋服よりは見えちゃいそうな格好なので、もう少し丁寧に歩いて欲しい。やはり彼女には女の子であるという自覚が足りていない気がする。

 彼女の後ろからは真牙がやってきたのだが、迅雷の隣にいる少女を見つけていつも通りの反応をしていた。


 「まったく、とっしーはちょーっと目を離した隙にこうやって手当たり次第に女の子をたぶらかすんだから。そこの方、とっしーはボクのだから早く離れ・・・・・・っ!?」


 「・・・おい、千影?」


 不自然に不自然に途切れて、文句を言うタイミングを失った迅雷が怪訝な顔をした。 

 おかしいのは千影の言動だけではない。纏う雰囲気すら一変していた。この一瞬のうちに、目つきはいつになく鋭くなり、表情は攻撃的なものになっていた。

 それは一言で言えば、警戒(・・)だ。初対面の人物に向けるような不審ではなく、明確な警戒。あの千影が、こうも敵意を表出させるほどに迅雷の隣の少女を警戒していた。


 「なぁ、どうしたんだよ?」


 「離れて」


 そう言った千影の声色は、刃物のように鋭かった。耳に刀の鋒を当てられたようだった。


 「誰だか知らないけど、とっしーから離れて」


 ただし、その鋒が本当に向けられていたのは迅雷ではなく、青髪の少女の方だった。

 それなのに、その横に立っていただけなのに、これだけの剣気。これだけの殺気。

 迅雷は背筋が凍るような感覚に、改めて千影の異常性を確認させられた。


 しかし、これだけの威圧を受けながら少女は涼しい顔をしたままだった。というより、むしろキョトンと、向けられた敵意など気付きすらしていないようなとぼけた顔をしている。

 

 「おやぁ、なんだか随分と嫌われちゃったなぁ、カシラ。そっかそっか、このおにーさんと君は・・・そういう関係・・・なんだね。少し妬けちゃうじゃないか、カシラ」


 「はぁ!?だぁ、俺と千影はそういうのではないんだけどな!?」

 

 青髪の少女は慌てる迅雷を「まーまー」と宥めてきた。それから、少女は自分の綺麗な深青色の髪をぐしぐしと掻いてから、小さく溜息をついた。

 ただ、それはどことなくなにかを勿体なさげに思うような憂鬱さと、面倒臭さを漂わせていた。


 剣呑な空気を溢れ出させる千影と、鬱々とした溜息をついた深青色の髪をした少女。


 迅雷を置き去りにして、何事か不穏な事態が場を席巻していた。

 一歩でも動けば喉が裂かれてしまいそうな、全身に刃を突き付けられていると勘違いしそうな極度の緊張。固唾を呑むことすら出来ずに、迅雷は本当に誇張なしに石のように固まって彼女たちのやりとりを見ていた。


 しかし、そんな空気は青髪の少女の次の一言で幕を閉じることとなる。


 「まぁ、千影ちゃん。そうもいかないんだよね、カシラ。私と君も、多分だけど無関係ではいられないんじゃないの?カシラ」


 そう言って、青髪の少女は耳元に手を当てて受話器のジェスチャーを取った。迅雷にはそれがなにを意味するのかさっぱり分からなかったのだが、千影はそれを見た途端に顔色を変えた。

 ただ、それも一瞬のことで、千影はすぐに元の顔色に戻ってしまう。そして、深く深く、大きな溜息をついた。


 「はぁ、分かったよ。・・・はぁ。よーく分かりましたよーだ!でも、とっしーはボクのだって言ってんでしょ!離れた離れた!」


 苛立ちを残しながらも、千影はいつの間にか必要以上の警戒を解いていた。ぶー垂れながら青髪の少女を迅雷から引き剥がす千影と、押されながらもニンマリしたままの少女。


 なにがなんなのか、これまたさっぱり分からない。この少女はなにを言って、千影はそこからいったいなにを察したというのか。迅雷はただただ首を傾げるだけだった。

 千影に引き剥がされ、そのまま突き飛ばされて「おっとっと」と呟きながらうまくバランスを取って立ち直る少女。彼女は改めて迅雷と千影の方を振り返った。


 「アッハッハ。結局そこは譲らないのね、カシラ。まぁ別にそこのおにーさんを奪っちゃおうなんて考えてないから安心しなさいな、カシラ。んじゃま、今後とも仲良くしようじゃないか、迅雷くんに千影ちゃん?カシラ」


 「べーだ!それとこれとは別だもん!」


 「おいお前ら、俺を挟んで喧嘩するのやめてくださる?」


 奪るとか奪らないとか不穏なことを言いながら結局迅雷の浴衣の裾を掴んだままの青髪の少女と喚く千影が両耳にうるさい。

 不穏な空気が去ったのを確認して一気に胸のつかえがとれた迅雷は、今度はうんざりしながら2人の肩を掴んで押し退ける。それと、じっと妬ましそうな目でこちらを見ている真牙がおどろおどろしくなっていて、目が合わせられない。というかそんな目をするならこちらに来れば良いものを。

 

 ―――――実はこのシチュエーションも真牙の予定通りなのか?わざとやっているのか?なんの陰謀論?


 ・・・などと迅雷がいよいよ心労で顔を青くしていると、そこにさらに新しい声がやって来た。少々聞き覚えのあるような、低い中年男性の声だった。ただ、声がデカい。

 その大声を聞いて、青髪の少女が反応した。


 「あーあ、お迎えが来ちゃったか、カシラ」


 「お迎え?」


 迅雷が不思議そうな顔をするのと同時に、声の主がやって来た。なんだか声が聞こえてから顔を見せるまでの時間がやけに長かったのは、それだけ男の声が大きかったからだろう。

 

 「あー、やっぱりここか!まったく勝手にちょろちょろと!」


 「やっぱりというならもう少し早く来てるもんでしょ?カシラ」


 「やかましい、揚げ足を取るな!まったく、怒られんのはいつも俺なんだからな!」


 やって来た男の顔を見て、迅雷は目を丸くした。


 「あ、あれ?えーっと、日下さん?」


 「ん!おお、なんと!迅雷君じゃないか!」


 その中年男性は、先日出会ったばかりのうるさいおしゃべりオジサン、もとい日下一太だった。彼もまた、迅雷を見つけて目を丸くしていた。それはそうだ。学生合宿は昨日終わっていたはずなのだから、普通に考えて迅雷がいるなど考えるはずがない。

 と、迅雷はそこまで考えてなにか変なことに気が付いた。その疑問は奇しくも一太が迅雷に対して抱いているのと同様のものだった。


 「なんでまだ日下さんがここに?今朝『山崎組』のみなさんとは帰っていくところに会ったんですけど」


 「あぁ、それか!なに、君が気にすることではないさ!ちょっとした野暮用で1人残ることになっちゃっただけだからな!あぁ、でも1人じゃないな、この子もいるし!」


 そう言って一太はビシバシと迅雷の背中を叩き始めた。冗談のように暴力的な音が響き渡っているが、あくまで彼としてはこれもスキンシップか友好の証か、その辺のなにかのつもりらしい。超にこやかだからまず間違いない。ただ、背中に大量の手形が真っ赤に残ることも間違いない。悪意がない辺りがむしろ悪意的だ。

 よく考えたら、簡単に迅雷と昴をねじ伏せて、あまつさえ片手で肩を脱臼させるような筋力の持ち主だ。そんな人間に叩かれたらどうなるかなんて分かりきっている。


 「いだ、いだいっ!?ですってう゛ぁ!?し、死ぬ!分かりましたからやめて!?」


 「そ、そうだぞ!とっしーをいじめるヤツはボクが許さないよ!」


 「ハハハ!すまんな!あと君に襲われたら勝ち目がないから許してくれ!ハハハハハ!」


 数十秒にわたる連打攻撃からやっと解放されて、迅雷は膝に手をついて荒い息をする。叩かれただけで肺の中身が全部叩き出されてしまった。やっぱりこのオッサンには関わりたくない、と心に深い恐怖を刻んだ迅雷だった。

 ひとしきり大笑いしてから、一太はこれで挨拶は終わったという風に迅雷と千影から視線を外し、当初の目的であった青髪の少女の方に向き直った。


 「さぁ、戻ろう、お嬢!こんなところで油売っていたら寝る時間を削る羽目になっちまうぞ!さぁ来い!イヤとは言わせないぞ!」


 「イヤ、カシラ。つーかいちいちうるさいのよ、カシラ」


 「うむ、予想通りの反応!むしろ清々しいな!ほい、戻ろう!」


 「あっ、ちょっ!?カシラ!」


 少女の手を掴んで引きずる一太。その光景は端から見れば大男がいたいけな女の子を誘拐しているようなシチュエーションに見えなくもなかったが、一太の場合肩に担いだりしなかっただけマシだったのだろう。


 手首を掴む力が例に漏れず万力の如き強さだったので逃れられなくなった少女は、渋々彼に従って素直に歩き出した。

 しかし、卓球コーナーから出る直前で彼女は「あ、そういえば」と呟いて足を止めた。それから、迅雷の方を振り返りニッコリあざとい笑顔を浮かべる。


 「自己紹介がまだだったわね、カシラ。失礼失礼」


 少女は目にかかった前髪を褐色の細い指で払ってから、失敗を誤魔化すように舌を出してウインクをした。



 「私はネビア!ネビア・アネガメント!これからもヨ・ロ・シ・ク・ね?迅雷、カシラ」



          ●



 「なぁ迅雷。あの子・・・ネビアちゃん?だっけか。あの青髪口癖美少女ちゃんとはいったいどういうご関係でありますの?」


 なんだかどっと疲れたので、卓球でかいた汗を流す気力すら失せた迅雷は、部屋に戻った。千影と真牙も一緒である。

 今の迅雷の格好を説明すると、夕食の間には既に敷かれていた布団の1つを選んで大の字になって寝転がっていた。手足を適当に投げ出して寝られる幸せを噛み締めて、迅雷は完全に思考放棄状態になっている。

 そんな迅雷に話しかけたのはもちろん真牙である。先ほどの騒動を傍観していてヤキモチを募らせていたらしく、不機嫌である。


 「いや、いきなり卓球勝負を仕掛けられただけの関係だったんだけどな。しかも結果は惨敗ぼっこぼこのフルボッコ。あとで風呂入り直そう・・・」


 「それでもうらやまちい!」


 「はいはい、変わった美少女と汗まみれになるほど激しく遊んでお楽しみでした。どやぁいいだろー。それよりさ、千影に聞きたいことがあるんだけど」


 迅雷は真牙の相手が面倒になったので、千影に話をパスした。ちなみに千影は今、寝そべる迅雷の腹の上であぐらをかいてテレビを見ているのだが、もう迅雷もこの状況に慣れてきたのと疲労感とでツッコむ気力はなかった。


 「どしたの?ボクのおしりのふわっふわな感触で興奮してきちゃったの?それとも太もも?」


 「してない。そうじゃなくてだな、お前本当にネビアとは初対面だったのか?あの警戒の仕方はさすがに度が過ぎるというか、らしくもないというか、なんかお前変だったぞ?」


 迅雷の言葉を受けて、千影は不機嫌そうに眉根を寄せた。そのまま手元にあった迅雷の股間をグーでぽこぽこ殴り始めたので、さすがに迅雷は痛みに耐えかねて千影に後ろから『げんこつで頭グリグリの刑』を仕掛けてストップをかけた。


 「いでで。あのね、とっしーはもう少し逆ナンパにも気を付けた方が良いよ!初対面の人に気を許しすぎてる」


 「顔を合わせる前から俺のベッドに潜り込んでいたやつが言うと説得力がありますね?」


 「いやー、それほどでもないよ、えへへ。ボクととっしーの仲じゃないかー」


 皮肉が効果を成していないのか、スルーされてしまったのか。話が通じているか怪しい千影。会話の不成立に迅雷はこめかみに青筋を浮かべるのだが、ずっとテレビの方を向いていて迅雷の顔を見ていない千影はそれに気付かない。

 千影は、そのまま話し続けた。


 「―――――それに、あの子からは危険な『臭い』がしたんだ。君も真ちゃんも、あの子・・・ネビアには気を付けておいた方が良いと思う」


 ―――――なんだよそれは。


 そう言いかけた迅雷だったが、こちらを振り返った千影の目を見てその台詞を飲み込んだ。


          ●


 ネビア・アネガメント。深青色の髪と健やかな褐色の肌を持つ、『カシラ』という変わった口癖を持つ少女。

 結局彼女について分かったのは、そんな外面的特徴だけ。素性も考えていることも、なにも掴めなかった。ただ1人、千影だけはなにか知っていたのか察したのか、とにかくなにか分かっているような風だったのだが、恐らくこの件について彼女は詳しいことはなにも語ってはくれないだろう。経験的にも、迅雷はこの話題について千影が口を割ってくれないだろうと確信していた。

 だから、本当になにも分からない。本当ならただの行き違いのすれ違い、気にするほどの人間関係ではないはずなのだが、それだけでは片付けられないものが多く残りすぎた。

 最後、別れ際にネビアは迅雷に向けてこう言った。


 ―――――これからもヨロシク。


          ●


 「・・・どういう意味だよ。あぁもう、くそ、分っかんねぇ」



 部屋のドアがノックされる音がした。それと一緒に直華と向日葵の声が聞こえる。

 迅雷は純粋に、ちょうど良いタイミングで来てくれたな、と感じた。せっかくの温泉旅行だというのに、なにを考えているのかも分からない素性不明少女にかき回されるところだった。

 また一番ドアに近かった真牙が彼女らを迎えに出てくれた。


 「お、慈音ちゃんも友香ちゃんも!いらっしゃーい」


 「うん、おじゃましまーす」


 どうやら隣部屋の全員が尋ねてきたらしい。4人とも今し方温泉に入ってきたらしく、ポカポカと湯気を纏っていた。


 「やっほー千影ちゃん、まだ無事?」


 そう言って最初に顔を覗かせたのは向日葵だ。それに続いて直華が入ってきて、慈音が来て、そして最後に入ってきた友香がなにやら大きな荷物を抱えていた。よく見ると、ゲームのハードだろうか。全体が見えないので分からないが、そんな感じだ。またどうせ向日葵が押しつけて持たせた物だろう。ついでにソフトのケースも持たされているらしい。ここでテレビに繋いでプレイする気なのだろう。


 「あ、ヒマ!うん、まだ大丈夫だよ。むしろ尻に敷いてるしね」


 迅雷の腹をペしペし叩きながら千影は向日葵らを迎えた。さすがのくっつきっぷりには向日葵と友香が苦笑し、今更どうしようもない迅雷は頬を指で掻いて反応する。


 「あれ、それって『フェイコネ』じゃね?向日葵もやってんの?」


 迅雷は友香が床に置いた荷物からこぼれたゲームソフトのパッケージを見て向日葵に尋ねた。なぜか友香の荷物について向日葵に聞いて誰もなにも言わない辺り、この不思議な構図は暗黙の了解になっているらしい。

 『フェイコネ』とは、『フェイトコネクション』というたまに迅雷も家でプレイしている家庭用のオンラインゲームだ。MMOみたいなゲームシステムもあるが、その内容は複数人での対戦型3Dバトルアクションである。

 妙にヌルヌル動かせるたくさんのキャラクターとコマンドの豊富さ、やりこみが深く、非常に操作への反応が良かったり、最大16人プレイの大乱闘など盛りだくさんの大満足ゲームで、幅広い層からの圧倒的な支持を得ている。今日本で一番人気のアクションゲームと言っても過言ではないし、発売からまだ半年だがプロがウジャウジャいるほどだ。最近は千影もこれにハマっていて、よくやっている。


 「ん、迅雷クンも持ってたの?じゃあ話が早い!みんなで人狩りいこうぜ!」


 「『ひと』の字がおかしい気がしたけど、いいな。いっちょやるか!」



          ●



 こうして結局午前2時くらいまでみんなでウェイウェイやっていたわけなのだが、そんな中頭の端っこで迅雷は安堵していた。

 

 ―――――ちゃんとこうして自分は平穏な喧噪の中にいることが出来ているのだ、と。なんだかんだ物騒なことに巻き込まれても、謎の人物に出会っても、日常はこうして多少の変化はあっても壊れたりせずに自分を包んでくれているのだ、と。


 同時に、彼は信じていた。いや、半ば思い込みみたいな、そんな願望。普通の人なら信じようが信じまいが、なにもせずとも享受していられる『なんとかなる生活』が続くことを。



 とっくに、そんなぬるま湯に浸かったような軌道を踏み外していることにすら気付かずに。そんなことを考える時点でズレてしまっていることにも気付けずに。


 

元話 episode2 sect48 ”卓球のち剣呑” (2016/10/2)

   episode2 Last section49 ”背に延びた影” (2016/10/3)


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