episode7 sect51 ” The Original Love ”
「ぅおおおらァ!!」
「くそ!!貴様等もっと速く動けんのか!?」
「知りませんよ!!だ、大体ッ、小隊長こそいつもの攻撃力はどうしたんですか!?」
「知るか!!」
『門』の管理施設へ逃げる人間を守る民連軍の窮地に駆け付けたのは、赤髪の中性的な魔法士だった。若く凜々しく、それでいてどこか可憐なその魔法士は―――しかし、腕から鋭利な鉤爪を生やし、墨染めの眼球に月瞳を浮かべていた。どう見ても真っ当な「人間の魔法士」でないことは明らかだったが、それでも、ジャルダの精鋭部隊から見てそれほど強いとは感じられなかった。
だが、彼らはその大したことない魔法士を、倒せない。
その魔法士が駆け付けた直後に放った不意打ちの火炎魔法が肌を掠めた直後から、彼らは普段のパフォーマンスを発揮出来なくなった。体調が悪くなったわけではないし、それなりな動きは出来る。だが、あの魔法士の攻撃を受けた者はみな、精鋭の精鋭たる由縁を果たせなくなっていた。普段通りに動いているつもりなのに、普段通りの結果が付随してこない、といったところか。もっとザックリとした表現をするなら、強くも弱くもない兵士になってしまった感じ、というか。ワケの分からない言い方だが、実際、そうとしか言いようのない現象が起こっていた。
加えて、その魔法士は銃弾を受けても平然と戦闘を継続していた。よく観察すると、交戦開始直後にカウンターで与えたはずの銃創は既に塞がっていた。医療魔法を使用した気配はない。再生したのだ。この短時間で。
「コイツ・・・オドノイドってやつか!!」
「ああそうだよ。俺はナナシ、《憤怒》のオドノイド、ナナシだ!!」
名無しを名乗るオドノイドは強くも弱くもないが、強くも弱くもなくなってしまった兵士たちでは数の有利はあっても圧倒するほどには至らない。むしろナナシが再生力を武器に捨て身の攻撃を繰り返してくる分、押され気味だ。
なにか、威力とは別の要因で優位を取らねば撃破は不可能だ。小隊長のアイコンタクトで彼の部隊は防御陣形に移行した。ナナシの攻撃を凌ぎつつ、小隊長が口を開く。
オドノイド相手に心の傷を突くのは、容易い。彼らの背景が限りなく恵まれていないことは、IAMOが公開した一央市ギルドでの魔法士とオドノイドの会話記録が証明している。
昨日の今日でクルリと掌返しをしたIAMOが本当に今日の姿勢をずっと維持してくれると思うか?まだオドノイドは全て殺してしまうべきだと考えている人間も大勢いるだろう。仮にIAMOがオドノイド保護に尽力をしても、反対勢力は徒党を組んでオドノイドを根絶やしにしようと暴動を起こすはずだ。お前が戦っている今この瞬間も、あの車の中から見ている人間は次の我々の一手でお前が絶命するのを望んでいるとしても、お前はそんなヤツを守るのか?信じられるのか?信じて良いのか?人間を、本当に?
それで鈍ると思った。
でも、ナナシは鈍らない。
「グチャグチャうるさいんだよ、アンタ。確かに俺たちゃオドノイドだ。バケモノだよ、人から見りゃあよ。けどな。それでも、それ以前に、俺たちだって人間なんだよ!人間が人間守って戦うのはなァ、当たり前のことなんだ!!」
「いずれ必ず裏切られる!!」
「そのときはそのときだ!!」
「バカが・・・!!」
「うるせぇ、バーカ!!」
想定外の反応に対処が遅れ、小隊長以外の全員が一気に蹴散らされ。
ナナシは敢えて爪を捨て、拳を握り締める。
「本当のバカはッ!!守りたいもんも信じられねぇヤツのことだ!!」
ゴッ!!と、気味の良い暴力の音が響く。
拳に残る感触を確かめて、ナナシは鼻を鳴らす。
「俺の相手には役不足だ。出直してきな、バカヤロー」
それから、ナナシは自分が守った車へ歩み寄った。その車に乗っていた人は、きっとどこぞの国の報道関係者のグループだったんだろう。彼らはおでんがレオ伝いに出した指示を守って、こんな状況でもカメラを構えてナナシの戦いの一部始終を見届けてくれていた。
「怪我はしてない?」
「あぁ、大丈夫。君のおかげだ。ありがとう・・・ナナシ!」
「へへ。なぁに、俺はIAMOの魔法士だからな」
ナナシと共にこの場に駆け付けたオドノイドは3人だ。そして、3人とも戦いを終えようとしている。魔力の感応でなんとなく分かる。
ナナシは助けた車に乗せてもらって、リーダーから戦闘後に一時集合するよう指示されていたポイントに移動した。彼が到着したときには、3人とも集まっていた。
まず、リーダーの彼女。銀髪と狐の面、白い着物。改めて紹介するまでもない。おでんこと伝楽だ。彼女のコードは『THE TRICKSTAR』、オドノイドとしての能力は―――ナナシはちっとも知らない。恐らく、他のみんなも知らない。本人も全く教える気がない。ひょっとしたら、おでんと付き合いの古い千影なら知っているのかもしれないが、千影もおでんの能力についてはほんの少しすら語ったことはない。ただ、特殊能力抜きに考えても、彼女がとにかく年齢に見合わない卓抜した能力を持っていることだけは確かだ。
それから、緑の長髪と背中に咲いた巨花が特徴の美人が、ロゼ・サルトル。オドノイドコード『THE WALKING GARDEN』、能力は一言で言えば植物人間だ。植物を体から生み出して自在に操る、分かりやすくて汎用性のある能力と言える。彼女はその能力に仏語で『思考生命体の境界』などという名を付けている。
そして、ロゼに怪我の具合を慰めてもらっている茶髪メガネの青年が、ベルモンド。ナナシたちはベルと呼んでいる。オドノイドコード『THE DOPPELGANGERS』。分身能力の持ち主だ。面倒だから能力に名前は付けていないらしい。
最後に、赤髪の中性的な青少年が、ナナシ。性別不明。ママのお腹から出てきた時はどっちかだったはずだが、今ではもう分からない。パンツを脱いでもなんにもないのだから確かめようもない。能力名としても冠しているオドノイドコードは『THE NEUTRALITY』。能力は端的に言えば物事をどっちつかずの状態にする、というものだ。自身の肉体を無性に、炎も氷も室温に、屈強なベテラン兵士もへっぴり腰の新兵も一様に平均的な経験値を持った兵士同然に・・・概念的で非常に難しい能力ではある。
「全員、なんとかなったみたいだな」
「えぇ、本当になんとか、ね」
「俺、頑張ったよぉ・・・・ま、まじで死ぬかと思った」
ナナシ、ロゼ、ベルは互いを労い合っていたが、おでんだけは難しい顔を続けていた。民連軍の部隊は、彼らが到着した時点で無事だった分は全員無事のままだというのに、不穏な様子である。
「オイ、お前たちは千影と迅雷を見たか?」
「え、いいや、俺は」
「私も見てないわね。ベルは?」
「いや?」
おでんは報告を聞いて厄介そうに嘆息した。
だが、まだ、想定内。
「千影と迅雷がいないのら。最初に言ったとおりあいつらは絶対にここで死なせてはならん。・・・助け出すぞ、なんとしても」
●
(そ・・・ら・・・・・・?)
主観、ジャルダ・バオース。彼はなぜか炎に照らされる夜空を見上げていた。雲の切れ間から顔を出した月の明かりに目を細める。
(なん・・・だ?なにがあった?)
月光から目を守ろうとして右腕に違和感を感じて、ジャルダはやっと思い出す。
落ちてくる若い雷鳴。
右腕を奪われたというのに、込み上げてくるのは純粋に愉快な笑いだった。
「はァァァははははははははッ!?」
「ええええええええああああああ―――!!」
○
ジャルダの手から『黒閃』が解き放たれる瞬間、迅雷は逆転のきっかけを得たと確信した。
(『黒閃』は、魔力で防げる―――!!)
『黒閃』による狙撃を得意とする七十二帝騎、ロビルバ・ドストロスに挑む際、千影が教えてくれたことだ。効果は実証済み。
チャンスは絶対に逃がさない。迅雷は躊躇なく左手の『風神』を手放し、代わりに掌に直接、莫大な魔力を凝集させる。指先まで余す隙なく魔力を浸透させる。
ジャルダの右手を鷲掴みにするつもりで五指を大きく開き。
『黒閃』が放たれ。
軋むような不快な音を立てて、闇は迅雷の手に堰き止められ、ジャルダの掌へ押し戻される。
バヂュ!!発生点が消滅した『黒閃』はジャルダの右腕の肘から先を巻き込みながら爆散した。
だが、迅雷に被害はない。
完全なるカウンター。
容赦なく、更なる一歩を踏み込む。ずっと機を奪われ続けてきた、決定的な一歩を。
『雷神』の刃光が臨界点を超えて溢れ出す。
「いッッけェェェェェェェェええええええええ!!」
音より先に形なき斬撃が外まで飛び出す。議事堂に残るなけなしの壁に穴を空けた迅雷は、ジャルダの体がまだ二つに割れてないのを視認すると同時に外へ跳ぶ。ここが地上何メートルかなんて関係ない。
『サイクロン』を唱えて暴風で体を押し、『風神』を左手に呼び戻しながら大きく脚をしならせる。
空中でジャルダに追いつき、地上に向けて垂直に蹴り落とし、その回転の勢いを保ったまま―――いや、それどころか増幅させながら迅雷は二刀を重ねる。注がれた魔力に共振する刃は、地上から見上げるジャルダを狂気に揺り戻すほどに鮮やかな輝きを迸らす。
「―――ぇぇぇええええええあああッ!!」
ジャルダがまたも歪な剣を生み出し、敢然と挑みかかってくる。
だが、それは無駄な抵抗だ。
迅雷の二刀が触れた瞬間、歪な刃は三つの破片に分かれ、ジャルダの左手の指も細切れとなり、灼ける鋒はジャルダの腕の筋肉をするりと通り抜け、その狂笑に歪んだ顔面をも引き裂いた。
受け身のことなど考えずに地上ギリギリまで攻撃に集中していた迅雷は、ジャルダの体を緩衝材として地面に激突するも、殺しきれなかった勢いに引かれて5メートルほど地面を転がった。
「ぴゃああああああッはがあああああああ!?!?!?」
耳障りな絶叫を上げ、噴水のように血潮を噴き上げるジャルダ・バオース。両腕を完全に潰され、頬骨を裂く深さで顔を真一文字に斬りつけられたのだ。あの苦しみようも当然だろう。
両手に残る感触に迅雷は喉を鳴らした。ほとんど殺す気でやっていた。それでもジャルダが生きているのは、単純にあの男の実力だろう。構えは解かないが、一息つく。・・・人殺しをせずに済んだことに安堵して。覚悟、覚悟と言いつつ、事後には未だ恐ろしい。
『愛する我が国の民よ。聞こえていますか。
親愛なる我が国の盟友たち。聞こえていますか。
愛すべき我が国の敵よ。聞こえていますか。
私は、アーニア・ノル・ニーア・ニルニーヤです』
アーニアの声が聞こえてきたのは、そんなときだった。
○
彼女の言葉は―――それと、迅雷には見えていないが、画面に映し出された彼女の面持ちは、戦火の隙を抜けて、この戦いを見守る全ての人々のところへと届けられている。誰にも無視することは許さないとばかりの語気が籠もっていた。
数十秒にもわたる静寂を経て彼女が語ろうとしたのは、やはり、愛とはどういうものかだった。
だが、アーニアは決して、争いの無意味さを説かない。
暴力を憎み、服従を拒み、祖国を脅かす敵の思想を、アーニアは彼女の知る限りで最上級の言葉で否定した。・・・が、争いが無意味であるとだけは、決して語らない。
なぜなら、彼女は今、自らの戦場で堂々と武器を持って立っているからだ。
○
アスモ様。エーマイモン様。皇国の騎士、兵士、戦士たち。
私は、貴方たちのことが分からなかった。ずっと恐かった。今でも恐い。この瞬間にも私を殺そうと目をギラギラ光らせている者が、すぐ目の前にいる。
平然と他者を虐げ、支配しようとする傲慢で凶暴な貴方たちが、私には遙か宇宙の果てから飛来したエイリアンのように見えて、気色悪かった。―――ですが、それは私が、自分の価値観でしか貴方たちを見ていなかったからでした。バオース侯が父、エンデニアの亡骸を嬉々として晒し上げたとき、私はそのことをようやく理解出来たのです。・・・遅すぎる気付きでした。そして、とても大切な気付きでした。
そして、それから、私は考えました。なぜ、貴方たちはビスディア民主連合を攻撃するのか。なぜ、今日なのか。IAMOが掌を返したから。民連が魔界の第3勢力を率いることを懸念したから。
確かにそれもあるのでしょう。ですが私は、貴方たちの言葉を信用出来ませんから、考えました。
民連を滅ぼすことなど、ついでなのでしょう?
貴方たちは・・・いえ、貴方は、なにかもっと大きな流れを生み出そうとしているのではないですか?
それはオドノイドに関わることですか?
貴方は彼らを欲しているのではないですか?
貴方は一体なにを知っているのですか?
・・・これ以上のことは、私には思いつきませんでした。でも、そうなのでしょう?今日のこの惨状はただ、クースィ・フーリィの行動が好都合だっただけのことなのでしょう?私たちにとっては理不尽な虐殺で、実際、私たちの命が失われること自体に・・・大きな意味などないのだとしても、この地獄のような光景を作り出した先にはなにかのゴールがあるのでしょう?
無論、どのような大義があろうと、仮に全てが済んだ後には犠牲となった我が国の民全員が生前の姿そのままに蘇ることが確約されていたとしても、私は貴方たちの選んだ道を決して認めません。今からでも兵を引いて別の手段を考えなさい。所詮、貴方たちのしたことはただの理不尽な虐殺でしょう。
私たちに求めるものがあるのなら、まずは理を尽くしなさい。ここは魔界で一番、理性のある国です。それを心得ぬ者に応じることは絶対にありません。
―――分かりますか。これがきっと、私がこれまで「愛」と呼んできたものです。
私は父を酷たらしく殺した貴方たちが憎い。
なんの罪もない市民を虐殺した貴方たちが大嫌いです。
今後一生涯かけて私が貴方たちを好きになることなどありません。
貴方たちの口から出てくる言葉など、ひとつとして信じられません。
それでも私は貴方たちを愛し続けます。いつか貴方たちからも愛してもらえる、その日まで。
○
真に傲慢なのは、どちらだ。
その言葉のどこに愛があった?
ジャルダの辞書では何度読み返してもさっぱり理解出来ない。
あの女は、我々魔族に一体なにを押し付けようとしているのだ?
だが、非常に興味深い。オドノイドを欲する?悪くない。奇妙な説得力がある。エーマイモンじゃない。なら、あの摂政か。ジャルダは第3勢力誕生の阻止が目的であると告げられた時点で得心しかけていたといのに、侮り難きかな、愛。
「フフ・・・」
面白い。笑いと共に活力が沸いてくる。年甲斐がどうのなんて言ってくれるな。この鼓動の高鳴りはまさしくハッスルハッスルというやつだ。
「殺そうっ。是ぇ非とも殺そぉうっ!カメラの前で嬲り犯し殺してみようっ!!アァァアニア姫ぇぇ!?こんな私を愛してくれよぉ!!」
産声を上げてから、かれこれ72年。ジャルダ・バオースの愛はようやく馴染む定義を得た。