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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode7『王に弓彎く獣』
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episode7 sect50 ”ティマイオスのピエロ”

 「ハァ・・・ハァ・・・・・・」


 アーニアは、今にも崩壊しそうな民連の国会議事堂の屋内で、辛うじて無事でいた。足を少し怪我したが、立って歩けない程ではない。

 それでも足が止まるのは、恐いからだ。階段を登っていた最中に、突然、何本にも拡散した『黒閃』が国会議事堂の壁を突き破って内部で暴れ回って、一瞬で全部メチャクチャになったのだ。目当ての放送設備が無事かも怪しい。なにより、生き残ったのが既に奇跡だった。奇妙なスピード感で赤熱しながら次々に破断される石の柱を見たときは、床に伏せつつ悲鳴を上げながら、自分の上半身と下半身がくっついているか片手で腰を触って確かめた。頭を瓦礫から守るのと優先順位がゴチャゴチャになるほどおぞましい光景だった。


 『おぉうい~、出ぇておいで子猫ちゃんん。すぅぐにパパと会わせてあげようなぁ。ふっははははははぁ!!』


 ジャルダ・バオースの神経を逆撫でするような嗤声が響く。あの男がここにいるということは、きっと、テムは―――。


 「弱音はもうダメ・・・弱音はもう言っちゃダメなの・・・。立ちなさい、アーニア。お前の弟妹は今も立派に戦っているのよ・・・」


 自身を鼓舞する声も小刻みに震えている。

 アーニアの目指す部屋は、あと2階も登ればすぐそこだ。階段が途中で崩れていたって、獣人であるアーニアがその気になってジャンプすれば上がれるはずだ。自問。アーニアはなぜここに来た?

 

 カツン。


 と、足音がした。


 近い。


 すぐ下の階だ。


 アーニアは反射的に息を殺し、良く聞こえる猫の耳をそばだてた。だが、次の足音はなかなか聞こえない。


 「ふぅむ・・・迷子の猫探しも意ぃ外に骨が折れる。まぁ自分で面倒にしたのは否めんが」


 恐らく、瓦礫だらけの状況への愚痴だろう。もっとも、言う割にジャルダの声色は楽しそうだ。遊んでいるのだ。アーニアの命を、弄んでいる。趣味が悪いが、あるいは本当に狩猟者の気分なのかもしれない。


 などと、アーニアが考えた直後のことだった。


 なんの前触れもなく、コンクリートが突き破られる鈍い破裂音がズグンと響いた。階段の踊り場で蹲るアーニアのすぐ背後だった。


 「ヒッ・・・!?」


 殺しきれない呼吸が確かな音を生んだ。

 自分がここにいることがバレていたから狙われたのだと思った。だが、違った。今のはほんの猫騙しだった。そして、アーニアはまんまと引っかかってしまった。


 「そぉぉこかぁぁぁ!!はぁははははははッ!!」


 止んでいたジャルダの足音がミシンのように猛烈に復活した。

 アーニアは慌てて立ち上がり、走り出した。上の階へ行こうとしたら、足下から『黒閃』が床を抜いて飛んできて、焦りのままに身を翻して現在のフロアの廊下へと逃げる。頭では誘導されていると分かっていても、体が言うことを聞かなかった。

 当たり前だ。アーニアが、こんな窮地で冷静さを保てるほど死の危機に慣れていてたまるか。


 「あぁっ、はっ、はっあ・・・!?」


 逃げる、逃げる。足の怪我を引きずるアーニアの靴音は不規則だ。後ろから迫るジャルダの足音は一律だ。速くもなく、遅くもない。大人げなくアーニアの心を揺さぶる絶妙なテンポを維持している。まるで足で嗤っているみたいだ。

 廊下には、最初の『黒閃』で生まれた壁材の欠片がたくさん転がっていた。逃げながら、アーニアは魔術で大きめの瓦礫を積み上げてバリケードを作った。そして、そのバリケードを抜けたすぐ先の床を、魔力を固めた『爪』で抉って崩しておいた。出来る限りの抵抗をした。だが、どれも猫騙しにかかる小娘が考える程度の子供騙しに過ぎない。

 再び『黒閃』が瞬いて、アーニアの作ったバリケードは粉々に吹き飛んだ。ジャルダは穴に片足を突っ込んでバランスを崩しても、翼を動かしてすぐに浮き上がってきた。アトラクション感覚である。老人とは思えぬ軽快な動きだ。


 「ぁぐっ・・・!?」


 『黒閃』は、バリケードを貫通して真っ直ぐ飛んできた。それを避けようとして、アーニアは足の激痛にバランスを崩し、床に倒れ込んだ。ジャルダは変わらぬ速さで迫り来る。


 「ははははぁ!!捕まえちゃおうなぁぁぁ!!」


 追い詰めて嬲るなどせず、ジャルダは疾走しながら剣を振り上げた。しわくちゃの老人が歪な形状の刃物片手に子供のようにはしゃぐ姿は、さながら怪談の化物だ。えも言われぬ気持ち悪さには悲鳴さえも引っ込む。

 あの凶刃が振り下ろされれば、自分も父と同じように、頭を真っ二つにかち割られて殺される。アーニアの瞼には、エンデニアの、あの無惨な死に顔が焼き付いている。すぐに立ち上がらなくてはいけないのに、刃の照り返しを見た瞬間に全身から力が抜けてしまった。失禁すらしたかもしれない。ただ目を瞑ることさえ恐ろしくなって、浅く短い呼吸を繰り返しながら、ただ走ってくる死を眺めて待つしか出来なかった。


 急速に速度を失っていく世界。それでも体は動かないままだった。そして、記憶が、思い出が、滔々と溢れ出してきた。


          ○


 両親と遠出して、草原を走り回った幼い頃の思い出があった。物心つく前のことだったはずなのに、なんでか2人の笑顔までありありと浮かんでくる。

 ザニアにほっぺをはたかれた日があった。弟の前で格好悪いところを見せたくなくて、痛いのを我慢して叱ったのだった。・・・部屋に戻ってから、我慢した分、声を出して泣いたのだったか。

 ルニアの手を引いてお城の探検をしたこともあった。今でもあの子は、あの日教えてあげた地下の抜け道を使って城を抜け出しては、城の人たちを困らせている。でも、あの子が楽しいならそれも悪くない。なんだかんだ、みんなそう思っていたりもする。だから抜け道はずっと放置されているのだろう。

 ハイスクールを卒業した後は、国内外問わずいろんなところに行って、見聞を広めたものだ。嬉しいことも辛いことも経験して、少しは大人になったと思う。


 でも、結局―――自分はなんだったのだろう。


 思い出の海の底から顔を出したのは、そんな虚無感だった。


 なんでもそつなくこなし、たくさんの知識をスポンジのように吸収する自分を周りのみんなが我が事のように喜び褒めてくれたけれど、思えば、アーニアはなんにも確かなものを持っていなかった気がする。なにかを為し遂げたことがなかったような。

 全部、学ぶだけ学んで、でも、あとは知識のままで終わっていた。誰とでも、どんな話題でも、何時間でも語り合えたけれど、所詮は言葉だけだ。発明なんてしたことはないし、スポーツもチームに入って本気で優勝目指して仲間と高め合ったことがない。なにもかも中途半端で終わっていた。

 ザニアはあのケルトスに政策の相談を持ちかけられていたのに。ルニアはアイドルになって国民にたくさんの歌を届けたり、一方で民連軍を組織して変革をもたらそうと活動していたのに。・・・アーニアだって、その気になってなにかひとつのことに力を注いでいたら、きっとなにかで一番になれたはずなのに。


 嗚呼、こんなときに一体なにを思っているのだろう。なんとも取り留めのない。でも、そう。ひたすら悔しいのだ。ようやく見つけた自分の道が、ここで閉ざされようとしているのが。


 こんな半端な私のままで―――


          ○


 「死にたく・・・ないよ、ぉ・・・」


 アーニアの月並みな呟きで、時間の流れは元に戻る。


 救いはあった。


 壁をぶち破って、やって来た。


 動物らしい耳も尾も持たない、黒い髪の少年だった。



          ●



 「ッ、おおおおおおお!!」


 迅雷は、勢いのままアーニアと老剣士の間に滑り込みながら、大きく体を捻って右手の剣で凶刃を受け止めた。

 重い剣だが、迅雷なら押し返せる。手首でジリジリと剣の角度を変えつつ、右腕の『マジックブースト』のレベルを上げていく。クン、と急に上へ力が逃げる感覚、間髪入れず左手の剣を水平に薙ぐ。ヒュオ、と小さな音を立てて翡翠の鋒は空を斬って終わり。後ろに跳んで躱された。

 余った遠心力を殺すように迅雷はその場で一回転しつつ、半歩後退して、アーニアを敵の視界から隠すように立つ。


 「トシナリ様・・・?」


 「はい」


 「な、なぜ貴方がここにいるのですか!?」


 「あなたに死んで欲しくないからです」


 「・・・・・・テムは・・・?」


 「・・・俺が、必ずアーニア様を守ります」


 迅雷はテムの死を言葉にはしなかった。アーニアのことを思ってのことではなく、迅雷自身が少しでも気力を保つためだ。「死んだ」という単語は、それを口にするだけで覚悟を鈍らせる魔力がある。だが、アーニアも事実は迅雷の横顔から察したはずだ。


 「あの人が、ジャルダ・バオースですか?」


 アーニアはまだ困惑した顔で迅雷と老剣士を見比べ、一応、首肯した。


 「そうですか。敵は?一人ですか?」


 「お願い、もう、もうやめてください・・・っ」


 「敵はあの人だけですか!?」


 「はっ、はい!そ、うです・・・・・・」


 「なら、ここは俺がなんとかしますからアーニア様は早く逃げてください!」


 「それだけは出来ません!!」


 「はぁ!?」


 おっと。思わず素で怒鳴り返してしまった。

 急にキレ気味で返され、迅雷は危うくアーニアの顔を振り返りそうになった。ジャルダから目を離すリスクが勝って、なんとか我慢したが。


 「私はここでの目的をまだ果たしていません!!このまま逃げ帰るなどあり得ません!!」


 「目的ってなんですか!?」


 「ここに揃えられた放送設備を使って、今、みんなに言わねばならないことを伝えることです!!」


 それは命より大事なことか?頭が痛くなるほど無茶苦茶な話だが、どうやらアーニアはそれを承知の上らしい。声が本気だ。そして、迅雷は今更ながらにテムが彼女を「守って」と言っていた意味を理解した。そのときは生死の境を彷徨うテムにとって迅雷が「助ける」と言おうが「守る」と言おうが大した問題じゃなかったからニュアンスの異なる言葉が返ってきたのだと思っていたが―――。


 「そりゃあ・・・・・・骨が折れそうですね・・・!」


 毒を吐かずにはいられなかったが、しかし、なぜだか迅雷は口が笑ってしまった。命より重い使命を抱えた麗しの姫様を守る騎士役とは、光栄すぎて感情の回路がショートしてしまったらしい。


 「私を守ってくださるのなら、お願いします。私が言葉を終えるまで」


 「俺の責任軽くするために言っときますけどね、俺はアーニア様の、命を、守りに来たんですからね。生きている内は好きにしてくれて良いですけど、その代わり絶対に無事に逃げてもらいますよ・・・?」


 迅雷とアーニアが落としどころを見つけたところで、ジャルダがようやく口を開いた。意外に悠長なものだった。


 「まぁた随分と若い騎士をお連れですなぁ、アーニア姫ぇ?さぁっきのイノブタ男より頼りになるのですかな?」


 だが、迅雷とアーニアはジャルダと違って余裕がない。


 「さあ立って!!」


 ジャルダの嘲りには取り合わず、迅雷はアーニアを叱咤しながら一気に踏み込んだ。


 翠緑の『風神』、金色の『雷神』。


 二刀を段重ねに構え、踏み込みと同時に左下から逆袈裟に斬り上げる。


 ジャルダは手持ちの剣を床に垂直に構え、受けきる姿勢を見せる。


 アーニアが立って走り出す。


 剣がぶつかる瞬間に合わせ、迅雷は両膝を畳むような格好で小さく跳ねる。

 脚力の後押しを失った斬撃は、ジャルダの剣を滑るようにすっぽ抜ける。体重をかけるベクトルを逃がされたジャルダはわずかに体を右に傾がせる。

 

 迅雷は止まらない。


 空中で二刀を一周させ、今度は叩きつけるように振り下ろす。


 捉えた、と思った。

 だが、そううまく行かないことなど、迅雷は嫌と言うほど知っている。


 だから、ジャルダの手から突然剣が生み出されて攻撃をいなされても驚かない。


 迅雷の着地を狙ってジャルダが剣を大きく振るう。

 だが、あまりに大袈裟な動きだ。着地に間に合わせられるとは思えない。派手に動く技ばかり好んで使う迅雷が言えたことではないかもしれないが、ジャルダの動きには妙に無駄が多く感じられるのだ。

 

 しかし、足が着いた後のことに考えを巡らせる迅雷の視界で、今度こそ本当に奇妙なことが起こった。


 「がっはう!?」


 間に合ったのだ。


 なぜか、空中の迅雷の腹にジャルダの剣がめり込んでいた。


 体をくの字に折って迅雷は剣に乗っけられたまま壁に叩きつけられた。

 だが、幸い刃は皮膚の下までは達していなかった。迅雷に当たった直後に、刀身がボロボロと崩れていたからだ。

 

 しかし、ジャルダはまだ左手に新しい剣を持っている。

 迅雷は壁を蹴ってジャルダの背後に跳び、突き刺す一撃を回避する。

 トスンと、ジャルダの剣は壁を簡単に貫通する。


 腹より胸部が痛くて、迅雷は脂汗を滲ませた。胴にもろに攻撃を受けると、肋骨を補う人工骨はあっさり壊れかねないのだ。

 ジャルダは壁から剣を引き抜き、迅雷に向き直った。下卑た笑みを浮かべて、手の中で歪な剣を弄んでいる。


 「あの剣、なんなんだ・・・?」


 ジャルダが手から作り出した、あの剣。まるでなんの知識もない者が鋳造したんじゃないかと思うほど刀身が歪んでいるのに、抜群の斬れ味を誇る迅雷の魔剣と互角にぶつかり合ってくる。・・・かと思えば、いきなり泥団子でも崩すように壊れてしまう、謎の剣。

 剣の発生は『召喚(サモン)』とは違ったので、恐らくこれがジャルダの特異魔術(インジェナム)なのだろう。


 「なぁかなかぁ、やぁるじゃあないか少年。私はジャルダ・バオース。アスモ皇女、エーマイモン皇帝両陛下より侯爵の位を賜った、元騎士だ。お前は、名をなぁんと言うのかね?」


 「神代迅雷。マンティオ学園の1年生でランク2の魔法士」


 一応答えてやったが、ランク2と聞いたジャルダは可笑しそうに目を丸くしたので、迅雷は口をへの字にした。しかし、ジャルダが笑った理由は、迅雷の想像とは少し違っていた。


 「ランク2かぁ?《剣聖》の倅にはちと似合わん数字じゃないか」


 ジャルダは、聞かずとも初めから迅雷の顔と名前は知っていた。あれだけ大々的にテレビ放送されていれば当然だ。


 と、会話の途中だったが、迅雷は反射的に飛び出した。


 ジャルダの左手の剣が、ボロボロと崩れたのだ。


 あ、チャンス。


 そう思ったときには既に、めいっぱいに『雷神』を振りかぶっていた。


 だが、迅雷の剣がジャルダの首に届くよりも早く、またもや不可思議なことが起こった。


 ジャルダの胸の前あたりのなにもない空間に金属の筒が出現し、ジャルダがその筒を拳でガツンと殴り。



 発砲音があった。



 「うぎぃぃいあがああああああああああああああああッ!?!?!?」


 右の側頭部を両手で押さえて床でもんどり打つのは、迅雷だ。

 迅雷の右耳が吹っ飛ばされていた。

 だくだくと流れる血を止めようと手を触れて、耳と呼べる構造が無くなっていることを知って、絶叫した。

 

 カランと目の前に転がるのは、バナナの皮のように先端から裂けた金属の筒だ。そして、それはすぐボロリと無に帰した。

 結果から推察するに、今の筒はライフルだったのだ。弾倉も引き金のグリップもなかったが、失われた耳がそれを証明していた。


 「この距離で銃を躱すかね!!」


 「ぐっぅうううッ!!」


 剣だけでなく、銃まで生み出す謎の特異魔術(インジェナム)。恐らくは他の物品も作れるのだろう。仮にそうでなくとも、そう思うしかない。

 激痛で頭の中がポップコーンのフライパンみたいに滅茶苦茶だが、迅雷はブチッと唇を噛み切って精神力を保ち、ジャルダの剣による追撃から逃れる。転がるように走って剣を拾い直し、二の太刀を受け止める。


 「面白いだろう、こぉれが私の特異魔術(インジェナム)、『不全にして全能』だ」


 「痛ぇのが面白いもんかよ・・・!!」


 「人の話は聞けよ、人間。特に自分より優れた者の話は」


 鍔迫り合いをする間に、ジャルダは己の特異魔術(インジェナム)についてペラペラと明かし始めた。

 全てジャルダの自己申告だから鵜呑みにすべきではないかもしれないが、彼の言によれば能力の概要は大きく分けて2つ。ひとつは物質や物体の創造、もうひとつはモノの性能の強化。

 これだけ聞けばなんて便利で万能な力だろうと思うところだが、しかし制約条件は存在する。


 全てにおいて、歪であること。


 剣を作り出すことは出来ても、その剣は酷く曲がった刀身だった。

 銃を作り出すことが出来ても、実際に現れたのは砲身だけだった。

 ジャルダは不完全で本来その物品に期待される機能性を有さないものしか創造出来ない。そして、そんな歪なものはこの世に長く留まっていられずに、僅かな時間で自壊してしまう。

 彼の二つ目の能力もまた、歪なもののみを祝福する。本来の意味を果たせないものしか強化することが出来ない。


 しかし、ジャルダは歪んだものを愛している。故に、彼の祝福を受けた出来損ないのガラクタは、その間のみ本来の完成品以上の性能を発揮することが出来るようになる―――らしい。


 二つの能力は強力にシナジーしていた。

 次から次へと不良品を濫造し、その悉くに名品を凌ぐ性能を与え、自壊するまで使い潰す。まさしく歪で不完全な創造主とでも言うべき特異魔術(インジェナム)


 「故に!『不全にして全能』!なのだぁ!!」


 互いの刃を弾き合って、迅雷は大きく横に跳ぶ。


 ジャルダの手には銃口のない拳銃が生まれている。

 ジャルダの言葉を信じるなら、あの拳銃は、拳銃とは比較にならない威力を発揮するのだろう。

 さっき、ライフルと錯覚したように。


 銃口がないはずなのに発砲音があって、しかし、迅雷はその弾丸を斬って弾く。


 ジャルダの繰り出す様々な攻撃に翻弄されながら、迅雷は少し納得していた。話したところで対処される能力ではないから、ジャルダは『不全にして全能』を明かしたのだ。それどころか、厄介さ故に精神を削られる。今まで戦った魔族の多くが自身の固有魔術について詳細を語らなかったのに対し、ジャルダだけは言い得だ。例え迅雷がどんな行動を取ろうと、ジャルダの術の効力が変動することがないのだから。


 しかし正直、迅雷にはジャルダの戦い方において『不全にして全能』より脅威に感じている要素があった。


 緩急だ。


 ジャルダの動きには無駄が多く、隙もよく晒す。

 だが、今一歩、踏み込めないでいる。

 音楽で言えば、異常な頻度で拍子が変わるような、ノリたくてもノれない掴み所の無さを実感していた。


 迅雷の中の剣戟のイメージは、阿本真牙との試合がベースとなっている。

 真牙の剣技は非常に鮮やかだ。形にして美しく、その足運びから納刀に至るまで全ての動作が洗練されている。真牙自身はその型をしばしば崩して実戦に適応しているが、根本的な部分が整然としている点は変わらない。そして、そんな迅雷の想定は、今までに戦ったことのあるほとんどの剣士に通用してきた。真牙ほど突き詰めてはおらずとも、優れた剣士の実力はそれなりに整理された基礎技術に裏打ちされているからだろう。迅雷だって、剣術の基本の”き”はキッチリ習った身の上だ。


 だが、ジャルダの剣は違う。


 間違いなく強いのに、そこに迅雷に理解可能なロジックがない。動きが全然読めない。持ち前の反射神経と体幹のおかげで無理矢理追従しているが、そこからもう一歩先に進めないのだ。

 気付けば迅雷だけが一方的に傷を負わされていた。見るからに老人のジャルダは息もほとんど上がっていないというのに。


 「クソが・・・」


 「さっきから同じことばぁっかりだ。所詮ランク2はランク2か?えぇ?」


 初めは嬉々としていたジャルダも、いつしか飽き果てた顔に変わっていた。失望した表情と言い換えても良い。事実、ジャルダは迅雷に強い興味を抱いていた。・・・ただし、ランク7魔法士《剣聖》、神代疾風の息子としての、神代迅雷に、だが。


 「こうしてお前とやり合うのも悪くはなかったが、私とてぇ、物の優先順位は持っとる。実に残念だがそろそろ退場してくれたまえ」


 ジャルダは、斬り掛かる迅雷の顔面に回し蹴りを叩き込む。迅雷はすぐ受け身を取って再び飛び掛かろうと足を畳む。ジャルダはそこに掌を突き付ける。

 収束されていく漆黒。国会議事堂を一瞬で廃墟へと変えた、拡散する高威力の『黒閃』が、今まさに飛び出す瞬間の迅雷に向けて放たれた。

全くの余談ですが、ジャルダが笑いながら剣を振り上げてアーニアを追いかけ回すシーン。私はホラー漫画家の高港基資先生に描いて頂いたらしっくりきそうな感じで想像してました。先生の名前とか「恐之本」とかで画像検索してもらえば多分なんとなくイメージ共有出来るかも・・・。

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