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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode7『王に弓彎く獣』
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episode7 sect49


 誰もいない火の道に絶え間ない銃声が響く。

 硬い装甲は弾丸から体を守ってくれても、恐怖から心を守ってはくれない。民連軍に守られる人間たちは、車の中で頭を抱えて震えるしかなかった。

 『門』管理施設へ向かう彼らの車列は、その行く手を塞がれて立ち往生していた。挟撃を受けたのだ。ジャルダは撤退を指示した管理施設攻撃部隊をルート上で待ち伏せさせていた。ジャルダが直接率いてきた追撃組が合流し、包囲網が完成してしまった。


 銃を取った民連軍の兵士たちが外で応戦しているが、彼らはスキルがあっても未熟者ばかりだ。しかも背には民間人を守っている。対するジャルダの私兵部隊は、この場の人数こそ民連軍に劣るが、戦場経験に富んだ精鋭揃いだ。どちらが有利であるかなど火を見るより明らかだ。


 「豊園先輩、あと1回で良いからさっきみたいな魔法出来ないですか?」


 「そう、したい、のは・・・山々、だけど・・・」


 萌生の顔色は土のようで、彼女の体にはほとんど力が入っていないのは誰が見ても分かることだった。さっき大橋を突破するために彼女は魔力を使い果たしてしまっていた。魔力切れの苦しさを誰よりも経験している迅雷には、これ以上、萌生に食い下がるのは不可能だった。根性論でどうにかなるものではないのだ。

 だが、このままでは全滅するのがオチだ。四方八方から銃弾が飛んでくる中では迅雷は戦えない。味方の弾だって危険だ。最新のライフルにも余裕で耐える鎧でもあれば話は別だが、そんな都合の良い道具はない。そもそも、鎧は逆立ちしても銃に勝てないから戦場を去った概念なのだ。


 「くそ、ただでさえ千影と離れてるってのに・・・」


 わざわざ水中から回収した『風神』と『雷神』も、これではやる方ない。迅雷が歯軋りしつつ車の窓を覗いた瞬間、迅雷の眉間に弾丸が着弾した。―――正確には、その寸前の窓ガラスに、だった。ヒビの入った防弾ガラスから蹌踉めくように一歩下がり、迅雷は床にへたり込んだ。

 危険を感じた運転手の民連兵が、アクセルを踏んだ。常に動いていなければすぐに的にされる。慣性に揺られながら、迅雷は自分の額を触って穴がないかを確かめる。


 「死んでた・・・」


 多分、迅雷はマンガの読み過ぎだった。大軍相手に無双する一騎当千の戦士という設定ばかり見てきたせいで完全に誤解していた。


 軍隊って、こんなに恐いんだ。


 一瞬でカラカラに干上がった喉で深呼吸を繰り返し、迅雷はもう一度外の様子を確かめる覚悟を決めた。最悪でも頭は守るために、『マジックブースト』で固めた腕で額を守り、そして窓から覗かせる範囲も最小限に。

 見えるのは、逃げ惑う民連軍の装甲車やバギーだ。既に民連軍の防御陣形はバラバラに切り崩されている。兵法の素人でもさすがにそれくらいは分かった。敵側の遊撃部隊がかなり深く潜り込んできていた。

 彼らが民連兵らを掻き乱すほどに、包囲網は狭まっていく。包囲網が狭くなるほど、当然民連兵たちの行動選択は制限される。退くに退けなくなった兵士から殺される。数が減れば減るほど、残された仲間たちはカバーする範囲が広がって混乱する。負の連鎖だ。


 誰か。誰でも良いから助けてくれよ―――。迅雷は堪らずそう心に願ってしまった。


 父は、魔法士はヒーローなんかじゃないと言うけれど、きっとここに駆け付けてくれたらそのままなんとかしてくれるだろう。

 母なら、得意の結界魔法でみんなを守って、管理施設までの突破口を開いてくれるんだろう。

 ギルバート・グリーンなら、口元に涼やかな笑みを浮かべたまま敵を圧倒的かつ精緻な風魔法で一網打尽に出来るに違いない。

 無力が悔しかった。迅雷は間違いなく魔法士として強くなっている。でも、今、この状況をどうにかする能力がない。迅雷が強気で出られるのは、背後を気にしなくて良いときだけだった。


 もし迅雷が天田雪姫だったなら、きっとまだ切れるカードがいくらでもあったかもしれない。


 (・・・なんで今あの子が浮かぶんだよ?)


 迅雷が自分の思考パターンに眉を寄せていると、答えを出す前に、一台の装甲車が擦れ違った。電車が擦れ違うような迫力にビックリして迅雷は窓から頭を引っ込めたが、すぐに違和感を感じて運転手に質問した。


 「今俺たちどっちに向かってますか!?」


 「包囲網の中心だよ!今はそうするしかないじゃないか!!」


 責めているわけじゃないのに運転手は勝手に言い訳をし始めたが、それはどうでも良い。つまり、今擦れ違った装甲車は包囲網の外側を目指していたということだ。


 「単に逃げ回るうちにあっちに走っただけかもしれないけど・・・それにしてはスピードに迷いがなかったような気がする」


 「よせよ、悪い冗談だ。強行突破する気ならもう5、6台は連れてるはずだろ!大体、あの方角は管理施設じゃなくて国会議事堂だ!」


 「知りませんよ、そんなこと!」


 ガシガシと頭を掻いて、迅雷はまた窓を覗いた。妙な胸騒ぎがした。

 もうさっきの装甲車は見えない。

 だが、ふと視界の上端に動くモノを感じた迅雷は顔を上げた。上空に留まっていた皇国のヘリから誰かが飛び出したらしい。目を凝らして、迅雷はその人物の姿が窓枠に消えるまでジッと観察した。なぜかそれが重要なことに感じたのは、さっきの装甲車の行動にも意志があると確信していたからだろう。

 それに合わせるように出現したその人物は、地上の皇国兵らとは明らかに格好が違った。なんというか、軽装だ。鎧じゃないなら、恐らく七十二帝騎でもない。魔族の騎士と言えばまず鎧を着けているイメージがある。それから、あまり若くも見えなかった・・・気がした。空は暗いし、時間も一瞬だったから確証はないが、恐らくそれなりに高齢の男だ。


 「戦場のド真ん中にいる軽装の老人?なんだそりゃあ・・・?」


 「ひょっとして・・・敵の、指揮官だったりは?」


 迅雷の独り言を聞いていた萌生が、意見をくれた。


 「で、でも指揮官が単独行動って・・・」


 「いいや、ありえる・・・」


 今度は運転手が呟いた。


 「ジャルダ・バオースなら、ありえる!」


 「神代君、さっき、《飛空戦艦》に指示を出していた、しわがれ声の人のことよ!」


 ―――()()()()と金髪のオドノイドは任せたぞ!!


 「・・・アーニア様だ」


 カチリとはまった。次の瞬間には、迅雷はバギーから跳びだして、さっきの装甲車―――恐らくはアーニアが乗っている―――を追いかけていた。魔力切れの萌生にも、ハンドルから手が離せない運転手にも、迅雷を止めることは出来なかった。


 皮肉にも、救援が現れたのは、迅雷が飛び出して行った1分後のことだった。



          ●



 テム・ゴーナンは、アーニアを連れて単騎、強引に包囲網を突破し、東に向かっていた。目的地は、国会議事堂だ。


 バックミラーで、テムはアーニアの表情を見て、決して気取られぬように嘆息した。もう戻れない。終わった問答だ。

 テムは当然、反対した。アーニアが国会議事堂へ連れて行け、と言い出したのだから。

 現在、国会議事堂には交流式典のイベント中継用の放送機材等が全て揃っている。無論、民連国内だけでなく、魔界全体、そして人間界全体に声を届けられる条件が整っている。テムは、今この瞬間じゃなきゃ伝えられないことがあると言って聞かないアーニアに根負けしてしまった。

 アーニアにしては賢くない行動だ、とも感じたが―――思い返せばアーニアは元々、すごく自分勝手な女だったかもしれない。アーニアが語る”愛”は決して分かりやすい思想ではない。幾度となくアーニアはそれを言葉で伝えようとしてきたが、恐らくアーニア自身、未だ完璧な説明が出来た経験はないのだろう。あるいは本来、言語化など不可能な概念なのかもしれない。

 だと言うのに、今ではほぼ全ての民連国民がアーニアの言うところの”愛”がなんなのかをなんとなく理解している。テムもそうだ。テムも自分の心の深くに根を張っているアーニアの哲学を端的な言葉で表現する自信はないのに、その感情に従うとき、なにをすれば良いのかが分かる。決して難しいことではないが、だからと言って百人中百人が素直に受け容れられるとは思えない。だけど、民連人はみんな、そんな”愛”を受け容れた。何度も、何度も、認めた後でさえ構わず、際限なく、アーニアが押し付けてきたからだ。


 そう思うと、自然に口元が緩んだ。


 「アーニア様は、ルニア様の姉君でしたね」


 「・・・?当たり前でしょう?」


 「いえ・・・失礼」


 ―――なにが起こっても絶対にこの人を望む場所へ送り届けてやりたいな。


 テムは、黙って車の速度を上げた。

 なにかがこの車を追ってきていた。生身だが、建物を伝ってかなりの速さで接近してくるのがサイドミラーにチラチラと見える。障害物や罠を警戒して速度を抑えている余裕はなさそうだった。

 俄に運転が雑になったテムから焦りを感じ取ったアーニアは口をキュッと引き結んだ。敵の狙いは王族(自分たち)の命だ。テムがなにも言わなくたって、なんとなく状況に察しはついた。装甲車に後ろの窓はないが、気配のようなものは感じられてくる。


 テムが操る四輪は、愚直なほどに真っ直ぐ国会議事堂を目指した。そして、鏡に映る敵の服装が分かるようになったとき、車は停止する。急停車でつんのめるアーニアを抱き留め、テムは迷いなく装甲車の搭乗口を開け放った。


 「さあ、行ってください」


 「ええ」


 アーニアの手を掴んで引き上げ、すぐ目の前となった議事堂の門へ向けてその背を押した。走り去るアーニアは、一度だけテムを振り返って、そしてすぐ、建物の中へ消えていった。

 なにも言われないことを、こんなに心地よく感じたのはこれが初めてだった。


 アーニアが見えなくなって、テムはおもむろにポケットから携帯デバイスを取り出した。たくさんあるルニアの写真から、ちょっとだけ悩んで、1枚を表示させた。ステージの上から、自分に向かって手を振り返してくれた奇跡の瞬間だった。


 「ルーニャちゃん。俺を見つけてくれて、ありがとう―――」


 足音が近付いてくる。

 死神の足音。


 「こぉんな時間にも門番がいるのかね?」


 「いいや。俺はただの、推しのご家族を出待ちしてるだけのアイドルファンだ」


 「ほほぉう?そりゃあ・・・なかなか気持ち悪い。でも奇遇だ、実は私も彼女に会いたかったクチなんだよ。急ぎの用件で」


 「ダメダメ。ダメだぞ。人に会いたいなら順番守らなきゃ。紳士のルールってやつだ」


 「私の故ぉ郷じゃあ画面の中の少女に頬ずりする君のような男を紳士とは呼ばんがね・・・」


 「いいや、紳士だね。人間のマンガで読んだんだ。変態は紳士なんだって。だから俺は変態という名の紳士だよ!」


 「ふははははっ!?そいつぁ至言だ!!私も胸に刻んでおくとしよぉう!!」


 ジャルダ・バオースは、狂喜して両腕を大きく広げた。

 テムも、無手で突撃した。


 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああ!!」


 イノシシ系の血筋のテムに相応しい猪突猛進。ジャルダの行動などお構いなし。もはや今の彼は軍人ではなかった。

 この戦いは、あの姉弟妹(きょうだい)が織り成す未来を見てみたいだけの、テム・ゴーナン個人の戦いだ。

 

 音に迫る超速の踏み込み、からのタックル。


 もろに食らったジャルダが吹っ飛ぶ。


 テムはナイフを抜いてさらに走る。


 百獣の王も竦む咆哮を上げて。



          ●



 episode7 sect49 ”変態紳士は伝染るんです”



          ●



 「すげぇ土煙・・・!!」


 ドォ、と肌に波感じる轟音が上がり、迅雷は走る足を速めた。もう十分、全速力だったけれど、気持ちだけ。

 現場はすぐに見えてきた。迅雷は何ヶ所も地面の舗装が捲れ上がった国会議事堂の前に着地した。

 酷い砂塵だ。目が霞み、吸気も不味い。迅雷がもう少し技量のある魔法士だったらこの不快な土煙を利用しようと思ったかもしれないが、今の彼はまだ青い。ジャリつく唾を捨てて、迅雷は風魔法で漂う砂を払った。


 最初に明瞭に見えたのは、崩壊した門構えだった。続いて、議事堂の敷地内に横転した装甲車を見つけ、迅雷は慎重な足取りで門の内に踏み入った。

 装甲車があるということは、誰か―――迅雷の予想通りにアーニア―――がここに来たのは間違いない。そして、戦闘があったことも。幾筋かの地面が焼けた痕が、門の外から内まで延びていて、その端点には歪んだ装甲車がある。まさか、こんなものを投げでもしたのだろうか。メチャクチャだ。一瞬、アルエル・メトゥ戦の記憶が蘇って、迅雷は唾を呑んだ。

 迅雷の中で、メチャクチャな強さの魔族と言えばあの燃えるような赤髪の男だ。思い出すだけで足が重くなった。この記憶はトラウマに近い。どんなに気をしっかり持とうとしても、恐怖からは逃げられない。生物として正しい生理的な反応だ。

 奥歯が5Hzのリズムを刻んだ。聞いてはいけない音だと直感して、迅雷は唇を噛むことで誤魔化した。アーニアの命が危ないのだ。こんなところまで来て竦んではいられない。恐る恐る、しかし足早に、迅雷は装甲車の脇を通り過ぎて――――――絶句した。


 日本の国会議事堂と同じか少し背が高いくらいに見える建物が、まるで豆腐に横から五指を突っ込んで掻き回したかのような惨状を呈していたのだ。当然、入り口も出口もどこにあるやら全く分からない。なぜかこれでも倒壊はしない民連の高度な建築技術が、かえって奇妙な光景を迅雷の目の前に残していた。


 「なにが・・・・・・これ・・・」


 これ、生きてるか?口に出してしまっていたらここで話が全部終わっていたかもしれない自問を迅雷が直前で止めることが出来たのは、声が聞こえたからだ。弱々しく、今にも消え入りそうだったが、確かに知っている声だった。思いがけず正面から聞こえた声に迅雷は視線を建物から地面に落とし、呼吸が止まった。

 

 「テム、さん・・・?」


 迅雷は地面に横たわっていた彼の傍らへ駆け寄った。でも、それ以上、なにも出来なかった。

 左目が頭蓋骨ごと潰されていた。両腕が切断されてよそに転がっていた。右足もない。振り返らずとも分かる。血痕は横倒しの装甲車の下から続いていた。胸に刺し傷がある。肺がやられているのだろう。股間も血に染まっていた。・・・考えるのも恐ろしい。

 一目で、もう助からないと分かった。まだ息があるのが不思議だった。獣人が頑丈なのか、テムが特別なのか・・・いいや、そんなことは重要ではないか。


 「だ・・・・・・・・・れ・・・?」


 ヒューヒューと胸から気を漏らすテムがわずかに頭を動かした。迅雷はしゃがみ込んで、手を握ってやれない代わりにそっと彼の腹に手を触れた。冷たい。腹なのに、とても冷たい。


 「・・・神代迅雷です。助けに・・・・・・」


 躊躇いが生まれていた。次は自分かもしれない。そんなのは嫌だ。死にたくない。こんな姿にされたくない。千影に会えなくなるのは死ぬほど嫌だ。今すぐ引き返したい。千影の手を引いて家に帰って、今日見たこと全部忘れて、なかったことにして、普通に幸せに暮らしたい。



 「助けに、来ました」



 「ミシロ・・・・・・アーニ・・・さま・・・まも・・・て・・・」


 「はい。任せてください。俺が代わりにアーニア様を守ります。・・・ルニア様にも、テムさんが格好良かったこと、伝えておきます」


 ちょっとだけ、テムが笑った気がした。


 ああ、今、迅雷はこの男を見殺すのだ。生きて帰ったとき、みんなに顔向け出来る自分でいるために。


 ・・・割り切れるものじゃない。


 消えかけでも、命だ。


 吐きそうだ。


 心臓が痛い。


 そして、立ち上がる。もうテムの顔は見ないと決めた。


 「・・・行こう」


 それにしても、「守って」―――か。迅雷を、見えないなにかが試しているみたいだ。

 民連(この国)が素敵だと思った。みんな良い人たちばかりだ。アーニアはここで消えるべき人物ではないはずだ。だから、迅雷はここにいる。


 いる意味を果たせるか?

 この手はどこまで届く?


 それを知るための戦場へ、駆け出す。

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