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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode7『王に弓彎く獣』
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episode7 sect48 ”イブラット・アルク”


 左メインスラスターが破壊された。失速し、落下を始めた《飛空戦艦》の艦橋で、ジャルダはいくつかの準備を平行して進めていた。


 「脱出機の用意終わりました!」


 「うむ。負ぅ傷者の回収は」


 「完了しております!」


 「ほォ。よろしい。・・・マル坊は褒ぉめてやらんとだなぁ」


 傾いた艦の中から、橋を渡りきろうと必死な車列を睥睨し、ジャルダはまだまだ笑っていた。


 「さぁ、戦えん役立たずと死に損ないの負け犬どもはおうちに帰る時間だぁ!思い当たるヤツはさっさとAブロックに集まれぇい!!」

 「まぁだ元気のあるヤツは私と共にヘリに乗れ!!地ぃの果てまで!!敵を追うぞぉ!!」


 2つの指示を出し、ジャルダは私兵団の手勢を率いて甲板に降り立った。そのすぐ後に、先ほどまでいた艦橋が《飛空戦艦》から分離し、北東へと飛び去った。皇国本国の方向だ。

 それを見送ることはせず、ジャルダも兵と共に非常脱出用のヘリに乗り込み、《飛空戦艦》を離脱した。だが、決して彼は愛艦を乗り捨てたわけではなかった。邪魔になるから、降りたのだ。


          ○


 《飛空戦艦》は、A~Fパーツに大別される、巨大なブロック構造を持っている。そして、各パーツはそれぞれ分離することが可能となっている。


 Aパーツは艦橋部分。単体でも飛行可能に設計されており、非常時には乗組員をまとめて脱出させる役割も兼ねる。

 Bパーツは、メインの船体部分。搭乗口や兵器類の格納庫、甲板部分など、空母としての基本機能を有する。

 Cパーツは、既にパージしてしまったが、エナジーブラスターだ。他にも作戦目的に合わせて種々の超巨大武装をマウントすることが想定されていた。

 D、Eパーツは左右の滑走路と各種大型砲台、そして大出力原子炉と推進機関を含んでおり、《飛空戦艦》を《飛空戦艦》たらしめるパーツと言える。

 そして最後のFパーツだが、これはレーザー兵器やミサイルなどをこれでもかと積み込んだ巨大複合砲撃装置である。だが、実はFパーツは通常時はサブスラスターがある後方以外の全方位を他のパーツに囲われており、全く本来の機能を発揮していない。

 

 では、なぜこのような非効率的な構造を取っているのか。


 答えは今から御覧に入れよう。


          ○


 ヘリで安全圏まで浮上しながら、ジャルダは我々が《飛空戦艦》と呼ぶ存在の、本来の名を呼んだ。


 「やれるな?()()()()()()()()」 


 その名は、皇国では6本腕の姿で知られる兵士の名であった。

 そして、ジャルダの声に呼応して《飛空戦艦》が、変形を開始した。

 

 これが答えだ。

 《飛空戦艦》は、変形する。

 長大な滑走路を折り畳み、Bパーツの鋭利な船底を剣の如く構え、180mmレールガンと100mmキャノン砲を肩に光らせ、足下にはクレーンで接続されたFパーツを展開させる。

 空飛ぶ戦艦と思っていたそれは、浮遊する鋼鉄の兵士という本性を現した。


 そして、その鋼鉄の兵士はジャルダの言葉に対し、明確な言葉をもって応じた。


 「無論です。我が主!!」


 さぁ、今こそ正体を明かすとしよう。

 これこそが―――いいや。()こそが、《飛空戦艦》イブラット・アルク。ジャルダ・バオースの腹心にして、彼が誇る私兵団史上最強の兵士である。



          ●



 イブラットの特異魔術(インジェナム)は、《大剛勇力のカイナ》―――どんなものでも、いくらでも持つことが出来るというものだ。それが例え地面から引っこ抜いた大木だろうと、果ては同じく引っこ抜いた東京スカイツリーだろうと、彼は片腕でヒョイと持ち上げ振り回すことが出来る。


 かつてのイブラットの主人、マム・モーン侯爵は、彼のその力をただの怪力持ちと軽んじ、挙げ句の果てには失態を犯した彼から両腕を奪って放逐した。

 だが、彼の力の本質は決して”ただの怪力”などというつまらないものではなかった。

 当時のイブラット自身でさえ気付いていなかったようだが、巨大な荷物を抱えた状態で測った体重が、普通に測ったときと変わらなかったのである。つまり、重さを全く無視していたということになる。


 そして、イブラット本人でさえ知らなかった《大剛勇力のカイナ》の本質を一目で見抜いた男がいた。

 それが現在の彼の主君、ジャルダ・バオース侯爵だった。


 彼らが初めて出会ったのは、アスモ姫、9歳の聖誕祭(レスレークト)だった。その日、市街を恐ろしく巨大でいかにも重そうなプレゼントボックスを軽々掲げて歩くどこぞの屋敷の使用人を見つけたジャルダは、プレゼントの中身以上に興味を引かれてその男、すなわちイブラットに声を掛けた。会話の後、ジャルダが確かめたのは、歩み去るイブラットの足音だった。彼の足音は、至って普通だった。見かけ通りの重さがたった2つの足の裏に支えられているとは思えないほどに、トコトコと普通だったのだ。

 その後、皇城の庭園でお披露目されたマム・モーンのプレゼントの正体―――『ゲゲイ・ゼラ・ロドス(万鈞の重みを持つ珍獣)』を見て推測の答え合わせが済んだところから、ジャルダはイブラットの身柄を得る算段を立て始めた。ジャルダには、イブラットほどの逸材を飼い殺しにしているマム・モーンの愚かさが我慢ならなかった。イブラットを最大限活用するためのビジョンがあった。

 幸い、ジャルダがイブラットを手に入れるのは容易かった。両腕を切断されたイブラットを拾い、6本の腕を移植し、己の特異魔術で補助し、必要なだけの訓練を施し、そして歪な科学の結晶を与えた。


 話をイブラットの特異魔術に戻そう。


 彼の腕は、地面に足が着いていなくても作用した。彼の体重さえ空中に留まっていれば、彼が掴んでいるだけでどんな重いモノでも、空力特性を完全に無視した形状のモノでも、空を飛ぶことが出来た。

 6つのパーツにグリップを取り付け、特殊なグライダーを背負ったイブラットを中心に据える―――。それだけで、亜音速で領空を侵し一夜で数多の街を滅ぼす破壊の化身《飛空戦艦》は誕生した。



          ●



 イブラットは、船底大剣を振りかぶり、容赦なく橋の中央に叩きつけた。民連軍の火器を用いた抵抗も空しく、巨大な質量が鋼の構造物をブツンと両断する。

 中心にかかった力がテコに働いて、橋の接岸部も、骨組みごと千切れて跳ね上がった。仮に今、ギリギリで橋を渡り終えたとして、その車は地上100m以上の高さからマルス運河へ落下するだけだ。


 しかし。


 「そのまま跳んで!!良いからっ!!」


 どこからともなく現れた樹木が急速に成長して、割れた橋梁の中央を繋ぎ止めていた。それだけではない。蔦が衝撃で宙に投げ出された車をキャッチするセーフティネットとなり、蠢く根が急勾配に苦戦する車の背を押すリフトとなり、無尽蔵に成長を続ける植物が遂には向こう岸まで橋を補完した。


 言うまでもなく、これは萌生の魔法だ。千影とルニアが飛び出した時点から、萌生は最悪の自体を見越して予め魔法の起点となる種子を散布していた。自分より年下の彼女たちが命懸けで手を打つ姿を見て、彼女は触発されていた。


 規模にして特大魔法相当。避難者の中に腕利きの魔法士が紛れていた。そう理解したイブラットは、即座にまだ無事な左舷側のレールガンで、接岸部を補強する樹木を狙う。


 「させないよ!!」

 「にゃああああッ!!」


 発射に先んじて、射線上に躍り出る千影とルニア。黒の三本線が閃き、超音速の弾体が細切れになって明後日の方向へ飛んでいく。


 だが、そんな動きは、


 「想定内・・・ッ!!」


 イブラットは、レールガンの照準と平行して、6本目の手で握ったグリップを操作した。千影とルニアがレールガンに釘付けになっている間に、Fパーツのミサイルコンテナが展開され、100発単位の小型弾頭が無造作にバラ撒かれた。


 「先輩伏せて!!」


 迅雷は『風神』も抜いて、二刀を構えた。両手の剣の魔力貯蓄器(コンデンサ)に予めプールしておいた魔力も根こそぎ引きずり出し、同時に刀身内に魔力の刃を凝縮する。エネルギーが臨界点に達する独特の振動を感じ、迅雷は右手の『雷神』を逆手に返しつつ、全力で体を捻る。『駆雷(ハシリカヅチ)』と『天津風(アマツカゼ)』、二つの斬撃が飛翔し、拡散する。


 「いッッッッけえええええええええええええ!!」


 直後、迅雷の絶叫を彼方に消し去る爆音が大地を揺らした。耳を塞いでも頭が真っ白になるような激しい圧力差が橋を丸ごと包み込んでいく。爆風で吹き飛ばされかけた迅雷の足を、テムが間一髪で掴んでくれた。軍人の彼は射撃用のイヤーマフを持っていたおかげで手が空いていたのだ。もっとも、この爆風の中でハンドルを握る手を片方離すだけでも危険極まりない判断だったが。迅雷の無事を確保した瞬間に、テムは車の制御に戻った。

 なんとか装甲車にへばりついた迅雷は、しかしすぐに剣を構え直そうとした。爆風で相殺され、迅雷の斬撃は弾幕の薄皮一枚を剥がすに留まっていたからだ。”斬撃”を飛ばすことに拘り、魔力の質量を与えすぎた代償だ。でも、迅雷にそんなことを考える余裕などなかった。

 もう目前に迫った夥しいミサイルの群れを睨み付け、迅雷はもう一度剣を振るおうとした。した、だけで終わった。今の爆音で三半規管がやられていた。装甲車の屋根を踏み外し、呆気なく重力に捕われた。


 「は・・・?」


 イブラットの計算通りだった。

 先ほどまでに迅雷がどのような技でミサイルを迎撃していたかを、イブラットは見てきた。この弾幕が迅雷の手に負えないであろうことが分かっていたからこそ、イブラットは厄介なハエをレールガンを囮に縫い止め、第2波にミサイル斉射を選んだのである。


 もうどうにも出来ないと思った瞬間、迅雷は剣を取り落として視界の先へ手を伸ばしていた。


 「ちかげ」


 名を呼ぶ声は届かず、迅雷の伸ばした手を掴み返してくれる人はいない。最後に一番大切な少女の姿を探す迅雷の視野を、水が埋め尽くした。


 大きく傾いた橋に頭から落ちた迅雷は、打ったところを押さえたい衝動を抑えて、近くにあった萌生の植物の取っ掛かりを掴み、なんとか川まで転げ落ちるのを回避した。『風神』も『雷神』も暗い水の底まで落っこちてしまったが、『召喚(サモン)』で取り戻せるので諦めた。


 ―――一度は完全に頭の中から消えていた剣に、意識が向いていた。目を覆うような惨劇は、未だ訪れていないようだ。死ぬ間際に思考が加速する感覚とは違う。


 (なにが・・・?)


 一瞬、困惑し、そしてハッと気付いた迅雷はまだバランス感覚が戻りきらない体をなんとか経たせて、もう一度近くの装甲車の上によじ登った。


 「水だ」


 最後に見えたものを思い出し、そして、もう一度目撃する。

 迅雷だけじゃない。みんなが唖然として見上げていた。


 城壁のように高い津波が、人々をミサイルから守ってくれていた。


 「皆さん!!今がチャンスです!!」


 月光を散らす幻想的な光景に心奪われた人々を過酷な現実に呼び戻したのは、アーニアの声だった。

 弾かれたように車列が動きを取り戻し、再起動した萌生の魔法のサポートを受けて橋を突破し始めた。


 イブラットは己の目を疑った。


 「生きて、いた・・・?」


 彼の視線の先。


 1人の女がいた。


 酷い火傷に右半身を覆われ、今にも息絶えそうな、群青色の髪の女がいた。


 もはや光を映しているかも怪しい彼女の双眸は、それでも、こんな巨大な機械の塊の中心に姿を潜ませるイブラットが直接”睨まれている”と錯覚するような、恐い光を灯していた。


 「ルーニャさん、今っ!!」

 「こんにゃろぉぉぉぉぉ!!」


 臆した、刹那。

 千影が羽ばたいて、ルーニャの爪がFパーツを接続するクレーンアームを切断した。


 (しまっ―――)


 「イィブラあぁぁット!!第2王女と金髪のオドノイドは任せたぞ!!」


 「―――仰せのままに!!」


 主君の一声で、イブラットもまた覚悟を改めた。躊躇いなく機能不全となった右舷推進機関(Bパーツ)武装コンテナ(Fパーツ)接続アーム(の残骸)をパージした。


 「拾わば拾え!この程度の情報はくれてやる!!」


 魔族には存在しえない、6本腕の異形。イブラット・アルクが、その姿を現した。

 千影は、川に浮かぶ橋の残骸のひとつにルニアを下ろし、自分も一旦翼を休ませた。《飛空戦艦》の中の人を見上げた瞬間、嫌な汗が滲んだ。なんとなく、千影は感じるのだ。今、千影が全速力を出してイブラットの心臓を一突きにしようとしても、凌がれるのだろう、と。疾風やギルバートみたいな化物連中に通じる、隙のない雰囲気だ。

 だが、彼の狙いは千影とルニアだ。千影はチラリと走り去る民連軍の車列を見やった。


 「とっしー・・・」


 千影の肩に手が置かれた。


 「追いつくわよ。勝って必ず、お姉様たちに」


 「うん、追いつこう。とっしーたちに」


 そして、最後の激突が始まった。



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