episode7 sect47 ”テルマン橋の死闘”
ええと。
なんというか、です。
泣いて良いですか。良いですよね。
だって、見てくださいよ、後ろ。あ、真後ろだけどそうじゃなくて、そう、目線は仰角40度くらいで。
見えましたか?見えましたよね。今はつまらない冗談なんて聞きたくありません。
あ、ヤバい!伏せて!伏せて早く!
すごい音がしたけど、なにが起きたのか、ですか?ええ、混乱するのも無理はないでしょう。私も正直、未だに状況が飲み込めていません。出来ることと言えば精々、私たちの乗っているバギーが横転しないように魔法でサポートするくらいです。
自分で言うのもなんですが、ランク4にも認定されていて、あのマンティオ学園でも恐らく2番目には実力がある生徒である私、豊園萌生が、です。そんな私が、まるで打つ手なしです。
だというのに、彼は―――すごいのね。
●
冴木空奈の妨害を振り切った《飛空戦艦》は、あの後ニルニーヤ城にさんざ砲撃を浴びせかけた後、城から逃げていく民連軍の車列を見つけるなり、城をほっぽり出して追いかけてきた。民連軍は、橋の向こうにある『門』の管理施設まで人間たちを送り届けるために必死に走っているところだった。
400メートルを越す《飛空戦艦》と軍用の装甲車やバギーでは、いよいよゾウとアリのようなサイズ感だ。例えばアフリカゾウも意外に走るのが速いらしいし、それを思えば殊更にゾウとアリだ。城から5、6キロは離れたと思っていたら、1分後にはすぐ後ろまで《飛空戦艦》が迫っていた。
「豊園先輩!!もっと頑張って!!」
「これで精一杯なのよぉ!!」
一撃でどんな建築物でも粉微塵に変えてしまいそうなミサイルが雨あられと降る中、迅雷は自分たちを守ってくれるはずの頑丈な装甲車の屋根に身を乗り出して、自分よりも2学年上の先輩(しかも生徒会長)を怒鳴りつけていた。理由は簡単だ。今、ここにいる人たちを無事に管理施設まで辿り着かせるためだ。
これ以上《飛空戦艦》を近付けさせちゃいけない。そして、ミサイルを可能な限り迎撃しなくちゃいけない。誰も彼もが頭上にあの悪夢みたいなロマン兵器の影が落ちた途端、生きる希望を失いかけていた中で、迅雷がいの一番に剣を取って、闇雲に抵抗をして見せた。
しかし、レンガ造りと石畳によるノヴィス・パラデーの古い街並みは、ミサイルを受けたが最後、一粒一粒が拳大になった砂嵐となって凄まじい2次被害を引き起こした。何台かのバギーがそれに巻き込まれて爆散した。一般車でさえ驚異的に頑丈なことがウリの民連車の、軍用車が、ただの爆発の2次被害で、だ。
安全のために窓も完全に閉めきった後続車から悲鳴が漏れ聞こえ、しかし直後にその後続車が、巨人サイズのショットガンで撃たれたみたいに穴だらけになって、ブワッと爆発炎上する光景を、迅雷は見てしまった。死んだのだ。人が、目の前で、あんなにも無情に。確かあの車には世界的に有名なブラジルのスポーツチームの面々が乗っていたはずだ。昨夜の晩餐会では民連のスポーツ選手といつかは交流試合をやってみたい、なんて話をしていたはずだ。彼らの活躍は迅雷も何度もテレビでみたことがあったし、シーズンになれば学校で彼らの話をして盛り上がるファンも少なくなかった。そんな有名人が、ゴミみたいに死んだ。
あるバギーには日本人の女優が乗っていた。今朝、迅雷に屈託ない笑顔を向けてくれたあの人だ。
またあるバギーには、ノーベル平和賞を受賞した若い活動家が乗っていた。
どのバギーにも、危険を顧みず、異世界人である迅雷たちを逃がすためにハンドルを握り続けてくれる民連軍の兵士たちが乗っていた。
みんな死んだ。一発で死んだ。多分、まともな死体も残せずに。いっそ笑えるほど派手に吹っ飛んだ。
何度試しても『駆雷』をあのデカい的に届かせられないのは、恐怖で足がガクガクに震えて狙いが定まらないせいだ。強大なモンスターと戦ったときも、百戦錬磨の魔族の騎士と正対したときも、命の危険を感じたけれど、こんな震えは出てこなかった。少なくとも迅雷にとって、これは初めての感覚だった。
だが、迅雷は、なんとなくこの恐怖の原因、というより原理のようなものは理解し始めていた。
災害と似ている。自分の姿などこれっぽっちも映していない、ともすれば意思も選択も伴わない、死と破壊だけを強制する”現象”だ。無論そんなはずないことくらい迅雷も分かっている。今も《飛空戦艦》には自分たちを見下ろしてニヤニヤしている連中がいる。しかし、今まさに巻き起こされる破壊はそんなことさえ忘れそうになるほど機械的だ。タンパク質製の眼球でちゃんとこちらを見てピンク色の脳味噌でなにかを考えてくれる”誰か”と戦うときとは、恐怖の質が全く異なっていた。
だから、迅雷は敢えてこの震えを他人のせいにした。萌生が、爆風に煽られる車を魔法でもっとしっかり支えてくれないからだと言い張った。・・・認めよう。迅雷は今、すごくダサい言い訳を全力で主張している。足下が安定したって、迅雷の足は安定しないことだろう。
でも、その情けない逃避のおかげで迅雷の膝から上だけは安定を保てている。闇雲で良いなら、剣を振るくらい腕一本自由なら十分だ。そして、この状況でまだ生き残っている人たちの希望を繋ぐだけなら、こんな闇雲な悪足掻きだけでも十分だ。
「次来ます!!先輩、準備は!?」
「今やってるわよっ!『樺護人』!!」
萌生が植物の種を空に蒔いて魔法を唱えると、メキメキと逞しい音を立てて、幹が板状に変形した樹木が発生した。その幹はやがてトンネルのような筒状に成長し、民連軍の車列を覆った。巨大モンスターの『黒閃』をも防ぐ萌生の主力防御手段だ。
頼もしい木製の防壁はレンガ材の破片を受けてあっさりと砕け散ったが、緩衝材の役割は果たし、破片に車のボディを食い破られることがなくなった。また、無事に残った部分は爆風に煽られた車が横転するのをギリギリで支えてくれる。屋根と幹の間で火花が散るほどのギリギリだが、なんとか。
まだ浮いた車輪が地面に落ち着かないうちに、上空では次のミサイル発射の準備が整っている。迅雷は逆手で握った『雷神』に魔力を急速充填する。左手で装甲車の搭乗口の縁を強く掴み、ミサイルの射出に合せて右腕を振るう。
まだ『駆雷』を練習し始めたばかりの頃のように、敢えて魔力の圧縮を甘くすると、『駆雷』は範囲攻撃への応用が可能だ。威力密度は下がるが、そこは迅雷の底なしの魔力のおかげで、ミサイルを誘爆させるくらいはどうとでもなる。・・・が、やはり狙いがブレて撃ち漏らし、そのミサイルがどこかに着弾しては車列を脅かす。
(マルス運河まで、あと少しか?ちくしょう、街並みが跡形もなくて昨日通った道も分かんねぇ・・・)
マルス運河を橋で渡れば、管理施設はすぐそこだ・・・ったはずだ。昨日、迅雷たちが民連に来た後に通った道を思い出す限りは確かだ。
しかし、橋を渡る必要がある。ノヴィス・パラデーはマルス運河で内と外に完全に分断されているから、例え回り道をするとしても橋を渡ることだけは避けられない。《飛空戦艦》の攻撃力なら橋の一つくらい容易く破壊出来るだろう。もしかしたら、今までの弾幕に織り交ぜて一足先に進路上の橋を破壊してしまった可能性もある。
「それはないわね」
だが、その懸念はルニアが否定した。
「空から好き放題やってるから勘違いしがちだけど、皇国の主戦力は歩兵よ。彼らの移動手段を必要以上に捨てることはしないわ。・・・でも、そうね。確かにこのままじゃマズいわ」
ルニアが予想した通り、橋が見えてきたという報告が先頭車両から伝わってきた。多少は戦闘の余波を受けているようだが、渡る分には問題なさそうだ。
しかし、ルニアは覚悟を決めた顔で腰を上げた。彼女の隣に座っていたアーニアが、咄嗟に、彼女の腕を捕まえた。
「なにをするつもり?」
「このまま私たちが橋を渡り始めたら、今度こそ橋を崩されるはずよ。敵にとっても橋は重要だけど、私たちを一網打尽に出来るとなればその限りではないでしょう」
「止める気なのね、《飛空戦艦》を」
ルニアは頷いた。いつものように、相手を安心させようとする笑みはない。ただ、これが人間たちと一緒に逃げる上で、自分が果たすべき責務だろうと思った。
少しだけ。本当に一瞬だけアーニアは考えて、そして、ルニアを掴む手を離した。
「一人では無理よ」
「分かっているわ」
○
迅雷は、ルニアがいきなり車を飛び移ってきたので目を白黒させた。
「トシナリさん!ちょっとチカゲちゃん借りるわよ!!」
「え、あ、はい?」
ルニアは迅雷のケツで半分塞がっている装甲車の搭乗口に無理矢理顔を突っ込んで、中にいた千影に叫んだ。
「チカゲちゃん、お願い!!私と一緒に戦って!!」
●
昔の話だ。
まだアーニアが10歳くらいの頃だったか。
民連の教育制度で言えば、中等教育を受けている時期だが、それでも幼い頃と言える。彼女の弟妹であるザニアとルニアについては言わずもがなだ。
あの頃の、アーニアの弟妹の話をしようと思う。
今では信じられないことだが、当時のザニアは非常に短絡的で独善的な性格だった。やんちゃ盛りとか、腕白少年とかではない。一言で表すなら、そう、凶暴の一言に尽きた。
血の影響か、同年代の子供らよりずっと強い力を持ち、王族の肩書きを持つが為に誰も彼には逆らえなかった。加えて彼は狡猾な少年だった。頭が良く、演技が得意だった。
学校の同級生なんて小間使いくらいにしか思っていなかったし、楯突くヤツは問答無用でぶん殴った。彼が一度暴れ出すと、教師たちでさえ手がつけられず、気絶者の死屍累々を生み出そうとも全く悪びれなかった。でも、城に帰ればそんな暴力沙汰を起こしたことなどおくびにも出さず、叱られる代わりにテストの点数で母に褒められる日々。増長しないはずがなかった。
その後ザニアは暴走の行き着く果てにある事件を起こし、それをきっかけに現在の繊細な性格へと変化していくことになるのだが、それはまた別の話。
とにかく、ザニアにはそういう、酷い時期があった。
だが、当時のザニアにも、恐くて手が出せない相手がいた。
彼女の名は、ルニア・ノル・ニーア・ニルニーヤ。彼の、実の妹だった。
家族だから殴らなかったのではない。アーニアは何度かザニアにぶたれたことがあった。決して、家族だからではなかった。・・・ザニアは、ルニアのことが恐かった。3つも年下の、幼い妹を恐れていた。
なぜか。
強かったからだ。
ルニア初めて喧嘩をしたときのことを思い出すと、ザニアは今でも股間が縮み上がると言っていた。
先に手を上げたのはザニアだった。・・・いかに暴力的な彼でも、最近ようやくよちよち歩きを卒業した妹に本気のグーをくれてやることはなかったのだが―――いきなり叩かれた妹が兄にやり返すのに遠慮なんてなかった。それ自体は可愛らしい話かもしれないが、しかし、ルニアのパンチをもろに受けたザニアは大人3人分は転がされていた。
目を回していると、ルニアに馬乗りになられて、さらに何発も顔面を殴られた。小さいはずの妹を上からどかすことも出来ず、結局、ザニアは必死に声を上げて、駆け付けた城の衛士に助けられた。医務室に運ばれたザニアは、それこそシチューの熱さを人の足で確かめた幼稚園児の末路にそっくりだった。現実でそれなのだから笑い話じゃない。客観的に見ても死ぬ寸前だった。
それ以来、ザニアは絶対にルニアを怒らせないようになった。屈強な城の衛士より、森に棲む凶暴な魔物より、妹の方がずっとずっと恐くなっていた。
その、ルニアだ。
彼女は本当に強かった。健やかに成長したルニアは、やがて本当に城の衛士も凶暴な魔獣も相手にならないほどに強くなっていた。牙を抜かれたザニアじゃ、10人束になっても敵わない。
力は強く、身のこなしは軽やかで、魔力に溢れ、ルニアはまさに豪傑としてのエレスニア・ニルニーヤの生まれ変わりのようだった。今思えば、生まれが違えば大国の精鋭騎士として名を馳せただろう能力を自覚していた彼女が、民連を守るためには軍隊が必要だと考えたのは必然だったのだろう。自分と同等以上の脅威が少なからず存在する魔界で『手ぶら』でいることが恐ろしくなったのだ。
けれど、その試みはままならず、場面は現在へ戻る。
●
「60秒後にマルス運河到達予測!」
「管理施設制圧はぁ?どうかね?」
「目標達成率の20%です!」
「撤退させろ」
「は、はい!!」
『門』を掌握出来なかったのなら、それも仕方がない。増援の魔法士とやらがそれだけ優秀だったのだ。仕方ない。だが、ここで王女2人とオドノイドを逃がすわけにはいかない。万一あの橋の通過を許した場合は、もったいないが施設を破壊するしかなかろう。
先ほどマルス運河で遭遇した敵を突破するためにエナジーブラスターを使い潰してしまったのは大きな痛手だったが、アスモがいきなり持ってきた機界産超兵器などなくても《飛空戦艦》は《飛空戦艦》だ。元々、都市を滅ぼす程度なら2門ずつある180mmレールガンと100mmキャノン砲、そして船体各所に装備したミサイルで事足りる。多少頑丈な建造物を破壊するのに火力で困る要素はなかった。
とはいえ、それは最後の手段だ。優先すべきは地上を這い回る虫ケラどもをここらでまとめてマルス運河に沈めることだ。
「民連軍の車列が橋に入ります!」
オペレーターの報告を受けて、ジャルダは総員にシートベルト等の固定具を確認させた。
「よぉうく狙えよ」
安全具の確認終了後、《飛空戦艦》が急激に回転運動を始めた。進行方向を反転させたのではなく、上下逆さまになったのだ。海を進む船だったならば転覆したような格好になったことで、《飛空戦艦》の甲板上に設置されたレールガンとキャノン砲が地上を射程に捉えた。
まだ最後尾の車両は橋に乗っていない。焦らせる目的で、その車両に照準を合わせ、レールガンを発砲する。
よくアニメや映画で出てくるレールガンは見た目の派手さを重視するあまり、射撃に伴って激しい放電エフェクトをつけられることがある。だが、現実の戦争であんな欠陥品を使う道理はない。外に電気が漏れるというのは、ただのエネルギーロスだ。格好良くないのだ。無駄なのだ。
すなわち、《飛空戦艦》が誇る大口径レールガンの砲撃は意外なほど静かである。
だが、それは発射の瞬間だけの話だ。
オレンジ色の閃光が地面を岩盤ごと捲り上げた直後、凄まじい衝撃波が広がった。
大質量の弾丸が音速を超える弾速で飛んだのだ。静かで終わるワケがない。きっと、エナジーブラスターの威力を先に見ていなければ、逃げている連中は皆、レールガンの脅威でもあっさりと心神喪失していたことだろう。
恐怖に駆られた車列は、ジャルダの思惑通りにスピードを上げて橋の上へと駆け込んだ。となれば、次に狙うのは車ではなく、橋梁の付け根の部分だ。《飛空戦艦》はレールガンの照準を対岸側の橋梁接岸部に合せた。強靱な砲身は分間8発の連射性能を有する。先頭車両が橋を渡り終えるより早く橋を破壊するのは容易だ。
「第2射、撃てェい!!」
ジャルダの鼻唄でも歌い出しそうな号令で、再びオレンジ色の閃光が飛び出した。
だが、起こるはずの破壊が起きない。いや、違う。マルス運河の水が柱を立てた。それも、2箇所で。照準は正確だったはずだと困惑するクルーを余所に、ジャルダは冷静に第3射を命じた。だが、また逸れた。やはり、2方向に。
4射目はなかった。
艦橋からは、砲身を輪切りにされたレールガンが見えていた。
何十メートルにも伸びた、黒い『爪』が。
超音速で《飛空戦艦》を襲撃した。
○
「げほっ・・・」
「大丈夫!?ルーニャさん!?」
「なんのォ、これしきィ・・・にゃああああああああ!!」
千影が飛んで、ルニアが斬る。出来る。やれる。それしかない。その一点張りでルニアに押し切られた千影は「なんつーデタラメな連携なのさ」と完全に疑ってかかっていたのだが。
(ホントにやっちゃったよ・・・)
恐るべきはルニアの爪の威力だ。先刻、千影と迅雷が勘違いでルニアを攻撃してしまったときも割と本気の一撃を止められたことから薄々勘付いていたことだが、なんともはや―――想像の10倍は凶悪だ。試しに千影も《飛空戦艦》に『黒閃』を撃ってはみたのだが、装甲に穴ひとつ空けられない。それに対し、ルニアが同じ黒色魔力を圧縮形成した『爪』は、耳を劈く音と目を灼く火花を撒き散らして、船体を引き裂いてしまうのだ。
しかも、ルニアは千影の速度域に連れ込まれてなお、擦れ違うレールガンの弾丸を真っ二つにするほどの集中力を維持していた。強烈なGを受けて顔には苦悶の色が浮かんでいるが、それでも驚くべき精神力だと言える。
「チカゲちゃん!!」
「くっ・・・!」
もう一門あったレールガンに捕捉されたことに気付き、千影は急制動から回避に移った。
「なんでこんな正確に・・・!?」
「知らないわよ!!良いから次!!エンジンを狙って!!」
「う、うん!!」
CIWSの弾幕を掻い潜り、千影とルニアは《飛空戦艦》の推進機関部を狙える位置に飛び込んだ。
「ルーニャさん!!」
「にゃああッ!!」
流星のような火花が散るが、ルニアは歯噛みした。火花の痕には、装甲が健在だった。
「ダメ!!他のところより硬い!!」
「そんな!?」
「もう一度トライして!!」
猛烈な対空砲火を躱しながらのリトライは、いかに千影でも容易ではない。急がねば、橋を崩されてしまう。だが、千影は見つけた。
「ルーニャさん、あそこ!!」
推進機関のノズル付近に、攻撃の痕が残っていた。ルニアの爪とは違う。爆破された痕だ。それを見たルニアは、思わず鼻の奥がツンと痛くなって、しかし、すぐに顔を笑みに変えた。
「やっぱ・・・最っ高のエースよ!!愛してる!!」
ルニアはその損傷部位に爪を突き立て、今度こそ力任せに腕を振り抜いた。裂けた装甲の内側から光が染み出してくる。
「ルーニャさん掴まって!!」
もう十分がっしり掴まっているルニアになおそう指示して、千影は爆風の範囲から離脱した。だが、完全には逃げられず、爆風に巻き込まれて錐揉みしながら地面に叩きつけられた。直前で風魔法と爆破魔法を使って落下速度を減衰させてなければ地面のシミになるところだった。
目を回すルニアに肩を貸して、千影は空を見た。ド派手な花火を上げながら《飛空戦艦》がみるみる高度を下げていく。
「やった・・・やったよ、ルーニャさん!!」
「そうね!やったわ!!・・・けほっ」
ルニアは飛んで抱き付いてきた千影を受け止めた。少女たちの歓声が廃墟の街に木霊する。笑って、笑って、次第にルニアの声は嗚咽に変わっていた。
一矢・・・報いたのだ。何度も何度も無様を晒したけれど、遂に死んでいった民連軍の同士たちの無念を晴らせたのだ。もちろん、敵は《飛空戦艦》だけじゃないのは分かっている。本当に胸を張れるのは、みんなが管理施設まで逃げ切ったときだ。でも、だとしても、今この瞬間くらいは、ルニアも喜び、勝ち誇って良いはずだ。
大きく進路を外れ、斜めに傾いだままマルス運河に墜落しゆく仇敵を指差して、ルニアは叫んだ。
「思い知ったかぁぁ!!バカヤローーーーーーーーーっ!!」
しかし、彼女たちはまだ知らない。
《飛空戦艦》の真の姿を。
変化があった。
《飛空戦艦》が姿勢を立て直したのだ。
いや、変化はそれに留まらない。
「あ、れ・・・?なに、どういう、こと・・・?」
物々しい轟音を立てながら、《飛空戦艦》が大きくその姿を変形していく。
「と、とっしー・・・!?」
動いたのは千影だった。ルニアを抱えて、再び翼を広げ、全速力で飛翔した。ルニアを連れはしたが、彼女の体に配慮する余裕はなかった。千影の視界には、足のない巨大ロボが船底だったパーツをまるで剣のように振り下ろすのが見えていた。
「やめ―――!!!!」
だが、千影が駆け付けたところで、なにが出来ただろう。
千影の目の前で、まだ誰も渡り終えていない橋は真っ二つに叩き割られた。
「テルマン橋」は迅雷たちが渡っている、南方の橋の名前です。マルス運河には8方位に橋があって、それぞれには一応ちゃんと名前があります。例えば前回、紺が破壊したのは東の「エレスニア橋」だったりとか、紹介するほどのものでもないんですけどね。