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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode7『王に弓彎く獣』
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episode7 sect46 ”傲慢の魔王”


 七十二帝騎第十三座の老騎士、ビュート・ポステタは、マルス運河の河畔を高速で滑空していた。ビュートは一時はニルニーヤ城に攻め込めるところまでいきながら、敵の弱さに戦い飽きてしまい、他の騎士らに任務の続きを任せて自身は強敵探して気ままな首都観光としゃれ込んでいた。

 城に最接近した直後に襲いかかってきた謎の巨大植物を操る術はビュートの興味を引きはしたが、慣れればただの大雑把な暴力に過ぎず、危険を感じるほどではなかった。あるいは術者がビュートの前に姿を現していればまだ彼は巨大植物との戦いを続けていたかもしれないが、結局そういう展開もなかった。術者が出てこなければ、あんなものはただの自然現象と変わらない。そう感じた時点でビュートの興味は尽きてしまった。戦いは、明確な意思を持つ個と個のぶつかり合いこそが至高なのだ。


 「やはりこの戦場で我輩を愉しませられる者がいるとずれば《剣聖》しかおらんようだな―――」


 『ポステタ侯、なにをされているのです。先ほどから不審な行動が過ぎますよ、御自身の任をお忘れですか』


 「フン、水魔法如きに搦め捕られとるような虚仮威し風情が我輩に指図するな」


 《飛空戦艦》からの通信に ビュートは鼻を鳴らした。ジャルダの部下だというのに、あの若造はどうにも理解が甘いようだ。

 ややあって通信の声が、しわがれた男のものに切り替わった。


 『まぁったく、お前さんはいくつになってもきかん坊だなぁ?仮にも七十二帝騎だぁろうがよぉ。姫様の勅命を無碍にするのはいかな私も感心せんなぁ』


 「仮にも?笑わせるなよジャルダ。我輩()()が七十二帝騎だ。我輩の在り方が七十二帝騎の本来の姿だ。然らば即ち我輩の働きも全て皇家のためよ。命令をこなすだけなら誰にでも出来よう」


 『確かにお前さんのキルスコアは今日も好調のようだがなぁ・・・』


 「そういうわけさ。どうだ、少しは褒美があっても良かろう?《剣聖》―――神代疾風の居場所を教えろ。どうせまだ仕留めておらんのだろう?我輩が出向いてやる」


 『はは、やぁめておけぇよぉ。いくらお前さんでも分が悪い。さっき()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今はカルベロにフォローを任せとる・・・が、まぁどぉうしてもと言うのならぁ?先にひとつ頼まれてくれよ、戦友』


 「ほォ?」


 ジャルダがビュートを戦友と呼ぶときは大体碌でもない要求をしてくるときだ。

 ジャルダに伝えられた方角を確かめて、ビュートはニヤリと笑う。どうせジャルダも疾風の首を獲りたがっているからビュートを遠ざけるのだろうが、まぁ良いだろう。ここはひとつ口車に乗るのも悪くない。



          ○



 「んん?結局なんだったんだこのジジイ?」


 やたら尊大な口調の割に短気で単調な老騎士が襲いかかってきたかと思えば、10秒で真っ二つにしてしまった。足下に転がっている老騎士の上半分を掴み上げ、どうしたものかと首を傾げる。


 「ク・・・ソガ・・・キ、が・・・ぁ・・・っ」


 「げぇ、まだ生きてんのかよ」


 おまいう筆頭こと、紺色の髪の怪物、紺は、後ろの山に老騎士の体を投棄した。

 うずたかく積もったその山は全て、この橋を渡ろうとして紺に殺害されたジャルダの私兵団の屍の山だった。マルス運河外周部で逃げ惑う獣人たちを蹂躙した彼らが首都中心部の戦闘に加勢しようとしたところで、この男は両手を広げ、ニコニコと気持ちの悪い笑みを浮かべて待ち受けていた。


 ―――まず、なぜ紺がビスディア民連にいるのかという疑問についてだが、これは憶えている読者には簡単だろう。


 おでんに頼まれて、戦力として連れてこられたからだ。

 ではなぜおでんは紺に声を掛けたのか?それは、紺がオドノイドだからだ。


 彼の瞳の色は黄色だ。でも、本当の彼の瞳の色は赤だ。オドノイドが黒色魔力を放出した際に引き起こされる眼球の変色は虹彩の中心から広がり、変色した虹彩は黄色になる。

 彼の肉体は再生する。彼のこれまでの戦いを思い返せば良い。例えば、旧セントラルビル迅雷と戦ったとき。まるでさけるチーズみたいに、掌から肘にかけて腕を斬り裂かれても平然と暴れ回り、一瞬目を離した隙に、腕は元通りになっていた。他にも様々な場面で、彼は笑いながら自らの体や命を軽んじるような行動ばかりをし、しかし、いずれの場合も瞬きの内に再生していたはずだ。

 

 つまり、紺はこれまでずっと、誰にも少しも隠すことなく、オドノイドであった。

 

 だが、それ以上に、紺は”千影の兄”でもあった。

 紺がそう自称する理由のひとつが、千影と同族だからというのも確かだ。『荘楽組』の構成員として年長者だったからというのも確かだ。

 でも、それだけじゃない。

 特別だった。

 千影は、紺にとって特別だった。

 だから、他の誰でもなく、”千影の”と決めた

 そうでなければ、どんなに必死に頼まれても、紺はおでんに協力していない。




          ○


 


 『もうやめてよ!!ボク、そんな子知らない!!ボクはボクだよ!!紺はボクのことなんてホントはちっとも見てないじゃん!!好きとかきらいとか、それ以前の話だよ!!』


 千影のフラれたときのことは良く憶えている。それはもう、手酷くフラれたものだった。

 分かってる。―――分かってるんだよ。悪いのが自分だってことくらい。


 でも、やっぱり無理だ。重なるんだ。その金色の髪も、元気な声も、笑った顔も。親父には悪いけど、死んでもきっと忘れられない。


 だから、送り出すことにしたんだ。

 気に食わないけど、安心してしまったんだ。


 これからは、この場所からあの子が幸せでいられるように、見守るんだ。こんな汚れきった手でもしてやれることがあるって言うのなら、ロクでなしで未練がましい兄貴はいくらだって頑張れるんだぜ。




          ○



 episode7 sect46 ”最初で最後の愛の続き”

 


          ●



 「えへぇへへへッ。大漁大漁♪」


 紺は見上げるほどに育った塵の山をよじ登って、その頂に堂々と腰掛けた。

 《飛空戦艦》と巨大な水の腕のド迫力な格闘を間近に眺める特等席だ。


 しかし、轟音の中で妙に意識を吸い付けるステキな足音があった。


 屍骨の玉座で悦に浸る暴虐の王の前に、再び立つ者が現れたのだ。白髪で長身の男が向ける、血を溜め込んだような紅い瞳を見て、暴君は今日一番の歪んだ笑顔を作り出す。


 「よォ、テメーが御山の大将か?」


 白い悪魔―――ルシフェル・ウェネジアは、紺の言葉に返事をする代わりに流れるような動作で真っ黒な剣を抜いた。


 「もしもーし、無視かよ寂しいぜ。まぁイイけどよ。で?そんな物騒なモンぶら下げて俺んトコ来たってことは、そーゆーことでイイんだろ?やんならさっさと始めようぜ」


 相変わらずルシフェルは返事をしないが、紺は口で言うほど不快がってはいなかった。それどころか、むしろ楽しく感じてさえいた。

 寡黙な悪魔は2メートルを越すであろう長身故に細身に見えがちだが、鍛え上げられているらしい体つきをしている。そしてなにより、目が違う。紺の言い方を真似するなら”殺ってる目”だ。人殺しを自覚しているヤツがしている目だ。

 こういうタイプの人間は、意外と少ない。そして、こういうタイプの人間はかなり手強い。甘えがないからだ。だから、紺はこういう連中が好きだ。彼らの強靱なメンタルを足腰肩首まとめて力尽くで叩き折ってやる感触は堪らない。


 屍骨の王座を降りた紺の笑っているようには見えない笑顔をまじまじと見つめて、ルシフェルはようやく言葉を発した。


 「まさかこのようなところで件のマジックマフィアが抱えていたオドノイドのもう片割れと見えようとは、予想しなかったな」

 

 「・・・・・・あァ?」


 決定的な言葉があった。

 図らずも、この戦局の行く末を決定づける一言だった。



 「育ての親を()()()()()気分はどうだった?」



 俄に蠢き出した背後の屍の山には目もくれず、紺は刹那の空白の掠れた吐息を置いた。紺もそこまでバカじゃない。

 


 直後、巨大な吊り橋が砕けて落ちた。



 「最悪(サイコー)だったぜ、クソ野郎ォォォォ!!」



 雷鳴はミリセカンドの後に。


 弾け飛んだワイヤーと無数の破片の間で轟然と立ち上るアーク放電―――の、さらに奥。


 川幅1kmにも及ぶマルス運河の両岸を渡す鋼の橋梁を一撃で川底に沈む瓦礫に変えたのは、紺の背から突き出した8本の”尾”だった。

 それは”尾”と呼ぶにはあまりに数が多く、身体に不釣り合いなほど長大で、そもそも尾骶骨にあたる位置から生えているのでもなかった。だが、それを”触手”と呼ぶにはあまりに刺々しく、乱暴で、硬質な構造をしており、便宜上”尾”に例えるのが無難な代物だ。


 苛烈なアークプラズマが生み出した灼熱地獄の中で、汚れた黄金の眼光が輝く。


 しかし、このような大振りの一撃は強者同士の戦いにおいてまず悪手だ。

 宙を舞う瓦礫を蹴って、踊るようにアークの隙間を縫い、ルシフェルは紺の懐に飛び込んでいた。

 まるで風が吹くように自然な剣捌きだった。唸る黒刃が紺の中身を掻き乱しながら真一文字に抜けていく。


 「隙だらけだ」


 まず一般的な生物であれば確実に致命傷となる一撃。だが、ルシフェルはひとつだけ大きな誤算をしていた。


 「カンケ―ねェんだよ」


 消化器官などいくら腹からこぼれようが、紺の活動にはつゆほどの支障も来さない。

 どんなに冷静な戦士であろうと、こんな埒外の生物を初見で攻略出来るワケがない。殺して死なない生物を、我々の常識では生物とは呼ばないのだから。

 抱きつけるほどの至近に迫ったルシフェルの頭を、紺は握り潰す勢いで掴み取った。同時、特大魔法相当の魔力量が彼の手の内側で渦を巻き、魔法陣を形成していく。しかし、紺はその組みかけの魔法陣をわざと暴走させ、力尽くで破壊した。


 炸裂魔法、と、彼はそう呼んでいる。岩破の得意としていた爆裂魔法に倣った呼称だ。しかし、爆裂魔法と炸裂魔法は根本的に異なる魔法だ。爆裂は火炎魔法の応用であるのに対し、炸裂は完成寸前の魔法陣が物理的な力を受けて強引に破壊された際に解き放たれる圧縮魔力の奔流を攻撃力に転化したものだ。よって、その性質はどちらかというと『黒閃』や魔力ビームに近い。魔力の色なんて赤だろうが黄色だろうが、無論白でも黒でも関係なく使える上に、一撃で大抵の物体は粉々にする威力を発揮する。

 ・・・が炸裂魔法には欠点が多すぎる。生身で使えば魔法士自身の肉体も一緒に吹っ飛ぶし、安全に使う装置を開発するくらいなら普通に魔力ビームで良いし、特大級の魔法陣を物理的手段で圧壊させるのはとてつもなく困難だ。だから、こんな無茶を息をするように繰り出せるのは、肉体を再生可能で、かつ圧倒的な怪力を持つ紺だけだ。


 身長2メートルの大男を片腕で振り回す紺の右手が強烈な白光を放ち、そして、彼自身の右腕ごと光の中へ消し飛んだ。

 紺は失った右腕の伸ばす先へ一直線に開けた視界に、舌打ちをした。ルシフェルは紺の炸裂魔法を受けてなお形を保ったまま、紺が見失うほどの勢いで吹っ飛んで橋梁の破片の雨を吹き散らしていったということだ。全身完全に蒸発させるつもりで炸裂させたはずなのだが、凌がれた。

 しかし、そうでなければいけない。この程度でくたばられては殺り甲斐がない。


 「サイコーだな!!サイッコーだなァ!?えぇ!?三下ぁぁぁ!!」


 自らも瓦礫と共にマルス運河へ落下しながら、紺は感情の回路までぶっ壊れたかのように高々と汚い笑声を響かせた。なにを奪えば良い?ヤツの尊厳を破壊し尽くすために、紺はヤツからなにを奪えば良い?


          ○


 「なんや今の!?橋か、橋が落ちたんか!?」


 近くの橋がいきなり、冗談みたいに崩落した。瓦礫が着水して巻き起こされた津波が背後から迫ってくる。身の危険を感じた空奈は咄嗟に橋のあった方角へ警戒を向けた。津波そのものは空奈の魔法で破壊力を吸収してしまえるが、真の脅威はこれだけの破壊を引き起こした張本人だ。あの橋の上で誰かが戦っていたことには気付いていたが、今のは敵と味方、どちらによるものだ?


 敵ならヤバイ。かなりヤバイ。もしも《飛空戦艦》を妨害する邪魔者(空奈)を探しに来たのだとしたら、なおさらヤバイ。あんなバカみたいなことするヤツなんて、いくらなんでも勝てる気がしない!ただでさえ《飛空戦艦》の足止めで精一杯だというのに!!


 (クソ、どっちやねん!!ハッキリせん限りどっちとも見とかなアカンやろがぁ!!)


 ・・・などと心の中で叫んでも空しいだけだ。腹をくくるしかない。すぐに空奈は対応に移った。《飛空戦艦》が主砲へのエネルギー供給を再開したのが見えたので、空奈は船体後方を掴む水の巨腕で水中に引きずり込もうとする力を強めつつ、逆に船体前方には渾身の水拳アッパーを多数同時に叩き込んだ。《飛空戦艦》の主砲は前方しか狙えないようだから、こうして上を向かせてやればひとまず安全だ。ひとまずは後ろの敵に警戒を分散させるリスクを軽減して―――。


 「えっ」


 いきなり、《飛空戦艦》の主砲が180度反転した。いや、回転したのではない。船体との固定を外し、エネルギーケーブルだけ繋いだまま落下させたのだ。どちらにせよ、砲口は地上に垂直に―――ちょうど空奈がいるあたりに向いた。無理矢理下を狙うための驚くべき行動だった。


 「て、んなことどぉでもええわ!!」


 今からあの砲身を掴んで向きを変えるのはもう間に合わない。空奈は川底からありったけの水量を掻き集めて自身を包み込み、おまけでぎゅっと縮こまって頭を守った。



 直後、周辺一帯の水が一瞬にして蒸発した。




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