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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode7『王に弓彎く獣』
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episode7 sect45 ”鬼が笑う”


 『ザニア様。ケルトス首相。恐らくこれ以降、儂はお話をするだけの余力も残らんでしょうから、先にこれだけお伝えさせて下され』


 レオがニルニーヤ城に避難して来た人々を守るために全力の『天使の術式』を行使することを決意したときに遡る。部屋を去る前に、レオは慎重に必要な言葉だけを選ぶように、ゆっくりと言った。


 『我が同胞たちは、我々の世界へ帰そうと思うております』


          ●


 ザニアは城に避難していた交流式典参加者の人間たちを一箇所に集め、この国から脱出させるための準備を進めている旨を伝えた。


 「幸い、管理施設はIAMOの特務部隊の方々の協力を受けてまだ無事だそうだ。そこまでの移動には―――ルニア」


 「民連軍が責任を持って護衛するわ。これだけの状況に陥っていてこんなことが言えるとは思えないけど、でも、私たちが生きている限り必ず管理施設まで送り届けると誓うわ。信じて」


 「ということだ。もう民連軍は準備を概ね完了している」


 「ちょちょちょ、ちょっと待って!」


 ザニアとルニアの説明に横槍を入れたのは、千影だった。


 「それって、どういうことなの・・・?もしかしてもうダメってこと?」


 「そうでは・・・ないよ、千影さん。レオ殿がそう決めたんだ。そして僕もそれが最善だと思ったから、せめて手を貸すことにしたんだ」


 レオは今、人間界を代表する立場としてビスディア民主連合を訪れている。であれば、彼の決断は間違いなく正しいものだ。守るべきものには優先順位がある。彼はそれをキチンと理解していた。

 千影にだって、そういう現実はよく理解出来る。大切なものは数あれど、大切さは全て一律ではありえない。例えば迅雷と、その妹、直華が処刑台に並んで立たされているとして、千影は持てる力の全てを尽くしてようやくどちらか片方だけを助けられるとして。どちらも千影を家族としてあたたかく迎えてくれた恩人ではあるが、さて、どうするだろうか。


 「でも、やっぱりこんなの・・・なんか、やだ・・・。これじゃまるでボクたちが民連を見捨てて逃げるみたいじゃん」


 千影が絞り出した言葉は、恐らく今、全員が感じていた心のしこりだった。この恐ろしい戦場から一刻も早く抜け出したいと心の底から強く願っているのに、ザニアたちを置いて自分たちだけが安全な場所へと逃げることへの戸惑いがある。みんなが千影のように貸せるだけの力を持っているわけではない。でも、恐いのだ。自分たちだけが逃げ帰った後もニルニーヤ城が攻撃され続け、ここに置き去りにされた獣人立ちだけが崩れた天井の下敷きになるかもしれないのが恐い。死ぬのは恐い。恨まれるのも恐い。後悔することが恐い。耐え難い申し訳なさで眠れなくなるのが、とても恐い。


 「ふん。私たちの国にそんなことを思うような恩知らずはいないわよ。それに、たったこれっぽっちのお客さんも満足に守れないような恥知らずでもないのよ」


 しかし、ルニアは人間たちをこの暗い地下空間に縛り付ける恐怖を一笑に付した。


 「さぁ、来て。こんなお別れは私だってイヤだけど、お祭りなんて後からいくらでもやり直せるもの。私、来年はチカゲちゃんに、あなたの好きな街を案内して欲しいわ」


 「それ、本気?」


 「もちろんよ」


 ルニアの目には諦めも絶望もなかった。

 だからチカゲも、今度は笑って、ルニアの手を取った。


          ●


 民連軍の輸送車は既に地下防空壕の出口に集結しているそうだ。レオが張っている結界のおかげでニルニーヤ城の敷地内であれば《飛空戦艦》の砲撃に巻き込まれることもない。ただ、そうは言っても過信は出来ない。現に最初の結界はビーム砲の一撃で破壊されている。車に乗り込むまで一時的に、防空壕の外を生身で歩かなければならない。”おはし”の精神が重要だ。

 万が一に備え、迅雷は外に出る前に『雷神』を装備しておくことにした。迅雷に合わせて、千影と萌生もすぐに動けるように身構えた。各国のVIPを守っていた魔法士たちが揃って前線に駆り出されてしまっている今、戦う術を持たない人間を守れるのは迅雷たちくらいだ。


 そうして意を決して地上に踏み出した彼らの目を奪ったのは、戦場に架かった虹だった。


 「すげぇ、こっからでも水飛沫が見える・・・。誰の魔法だろう?」


 遠近感が狂うほどの大規模な水魔法が、なにかを必死に捕まえていた。なにかとは、恐らくあの空を飛ぶ巨大な戦艦だろう。


 「えっと、民連軍の人たちは?」


 「こちらです!!《飛空戦艦》が止められている内に、早く!!」


 萌生が、いるはずなのに見当たらない民連軍の車両を探していると、テムたち民連兵たちが向こうから見つけて、駆け寄ってきてくれた。どうやら、城の庭園にまで入り込んでいた例の巨大植物は現在も緩やかに成長を続けているらしく、車が近付ける距離に限界が生じていたようだ。

 民連軍の誘導で人間たちは狭まった庭園の遊歩道をくぐり、順番に輸送車に乗り込んでいく。輸送車と一口に言っても、迅雷と千影が乗せてもらったような装甲車ばかりではなく、サバイバルバギーのようなものも多かった。単純に所有する台数の問題だろう。


 迅雷と千影は、最後に改めて、ここまで見送りに来てくれた王族たちを振り返った。


 「私たちがついていけるのはここまでです。トシナリ様も、チカゲ様も、どうかご無事で。お2人は私にとっても大切な希望なのですから」


 「そんな送られ方したら今生の別れみたいじゃないですか。アーニア様、また会いましょう、必ず」


 「それも・・・そうですね。必ず、また・・・!」


 迅雷も千影も、アーニアと固い握手を交わした。

 一方で、ルニアは護送する側であるテムに向き合っていた。


 「テム君には色々と大変な役割ばかり任せちゃってごめん。チカゲちゃんたちのこと、お願いね。頼りにしてるから」


 「はい」


 「それじゃ、チカゲちゃんもトシナリさんも、また会いましょう。2人には色々とお世話になったから、次までにはちゃんとしたお礼を考えておかないとね!楽しみにしてなさい!」


 それからルニアは、ザニアにもなにか言えとばかりに彼の脇腹を肘で小突いた。仮にも新しい国王となったザニアに対して上品とは言えない妹の素行にザニアは嘆息し、それから改めて微笑んだ。


 「姉妹(きょうだい)ともども君たちには本当に世話になったね。ありがとう」


 「こちらこそ」


 「そうだよ!ありがとね、おにーさまっ!」


 「お、おにぃ・・・?」


 ザニアが困惑しているので、迅雷は千影にチョップを食らわせた。今更だが、千影はまだザニアを何と呼ぶべきかちゃんと決めていなかったようだ。・・・それにしたって他にももっと、適当だとしても、あるだろう。アーニアを『お姫様』と呼ぶみたいに、マシなのが。


 「叩くことないじゃん!それともとっしーがお兄ちゃん呼びされたいからおにーさまに嫉妬したの!?」


 「すみませんウチのアホがこの期に及んでもっとアホですみません、帰ったら”お手”からちゃんとしつけなおしますので」


 「い、いや、構わないさ・・・」


 「ザニア兄様はチカゲちゃんにとって私のオマケってことのようね?ぷぷぷ・・・」


 「え、そうなの?・・・そうなのか・・・まぁ良いんだけれどね・・・・ルニアは華があるし、確かに千影さんとは仲が良かったようだしね・・・」


 ルニアの軽口を真に受けたザニアのしょぼくれた顔に、アーニアまでクスクスと笑った。でも今は、こんな風に緊張をほぐしている猶予などない。


 「呼び方なんてなんだって構わないさ。とにかく、気を付けていくんだ。さぁ、テム、2人を連れて早く出発してくれ」


 「はい。そしてザニア様、アーニア様、ルニア様。あなたたちもご同行ください」


 「・・・・・・?待ってくれ、そんな話はしなかっただろう」


 「ナーサ様よりお受けした命でございます」


 テムが明かすと、ナーサは子供たちから一歩引いた場所から手を振り答えた。


 「あなたたちも行きなさい」


 「お母様、それはあんまりだわ!」


 「そうかもしれない。でも、お願い。私の言うことを聞いて」


 王族は百年前の幻影だ。我々の民主主義は狂っている。―――ひょっとしたら、そうだったのかもしれない。いやきっとそうだったのだろう。エンデニアも似たようなことをこぼす夜が幾度となくあった。

 だけど、ナーサはそれが悪いことだったとは思わない。曲がりなりにも民連は幸せな国だった。善き王、善き民、すなわち善き国。例え時代が移ろおうとも失ってはならない歴史が、今もこの子たちの体の中を駆け巡っている。


 「エンデはそれに見合う人だった。あなたたちもそれに見合うくらい立派になった。クースィの言う通りニルニーヤの血がこの先の民連にとって必要ないのだとしても、あの人が育てた温もりは、民連が今を乗り越えるために絶やしちゃいけないの。・・・母親の我儘ほど見苦しいものなんてないとは思うけど、分かってちょうだい」


 ナーサの言葉を受け、ザニアは再びテムを見やり、それから改めて母の目を真っ直ぐに見つめた。


 「分かったよ。でも、行くのはアーニアとルニア、2人だけだ」


 「待ちなさいザニア、私たちの意見も聞かずに決めないで!」


 「そうよ兄様、勝手なことを言わないでよ!」


 「()()()()


 言葉の重みが、まるで別人のようだった。姉と妹を沈黙させたザニアは、敢えて眼鏡を外した。彼の眼鏡は普通の視力矯正の道具で、外せば世界はおぼろげだ。でも、たまに外していると擦れ違う者たちに「その方が凜々しい」などと言われたことを思い出した。彼の眼光は幼い頃からずっと、鋭いままだ。レンズによって拡散していた威厳を示し直すために、ザニアはそうした。


 「テム」


 「―――承知いたしました」


 テムは、すっかり大人しくなったアーニアとルニアの手を取って、迅雷と千影も伴い去って行った。


 「ザニア、良かったの?」


 「母様。僕―――いや、私の責務は今、ここにいることでしか果たせないものだ」

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