episode7 sect43
一部の戦況が芳しくないようだが、全体で見れば依然優位は皇国にある。
七十二帝騎を統べる皇室の代理で《飛空戦艦》に乗艦していたルシフェル・ウェネジアは、優雅に組んでいた足を解いた。
「バオース侯。そろそろ」
「えぇえ、分ぁかっておりますとも、ウェネジア殿。ダメ押しと参ろうじゃぁありませんか」
ジャルダの合図で《飛空戦艦》の甲板で待機していた輸送機たちが滑走路へ移動し始めた。乗っているのは言うまでもなく、ジャルダ自身の私兵部隊と七十二帝騎の混合部隊だ。これよりノヴィス・パラデー攻略も最終段階に入る。ジャルダとルシフェルは席を立ち、再び慌ただしくなってきた艦橋を後にした。
●
「アスピダ隊、間もなく《飛空戦艦》と接敵します!!」
「アスピダ隊諸君!!良いな!?なんとしてもこの作戦は成功させろ!!」
『了解』
作戦はヒット・アンド・アウェイ。4機の編隊飛行で《飛空戦艦》の迎撃網を攪乱しつつ側面から接近し、擦れ違い様にアスピダCに2発装備させた”タイラゲムシ”を《飛空戦艦》尾部の推進機関部にぶち込んで、即時退散する。以上が一連の流れだ。《飛空戦艦》の航行能力を不全にして、住民の避難が完了している地区へ墜落させることが出来れば成功である。
アスピダ隊の4機のコクピットからは、パイロットたちの見ている世界が映像として送られてくる。画面越しにも股間が縮み上がる圧倒的な対空砲火を、避ける、避ける。どんなに優れた操縦サポートが搭載されていたって、これだけの曲芸飛行は彼ら以外の誰にも務まらない。国を守る”盾”の名を与えられた民連軍きってのエースチームの真骨頂は、今まさにこの瞬間に発揮されていた。手に汗握るテムは、マイクに咆える。
「良いぞ、今この瞬間、お前たちが民連で一番クールだ!」
『そういうのは―――』
パイロットたちの声が揃ったと同時、彼らの機体は空気に削られ赤熱する鉛の雨雲を切り抜けた。眼前にその全貌を現した《飛空戦艦》の推進機関部は、間近で見ればまるで聳え立つ壁のように巨大だった。
『決めてから言うんスよぉぉぉぉッ!!』
「撃てェェェェェェッ!!!!!!」
テムの号令に合わせて、アスピダC機から2発の”タイラゲムシ”が射出された。親となるロケットコンテナがそのケツから蒼炎と白煙を噴き出して、理想的な軌道を描いて空を翔る。
2秒後、コンテナに無数に設けられたハッチが一斉に開放され、大量のミサイル子弾体が放散されたのを確認したアスピダ隊は、すぐさま急旋回を開始する。
『派手に破片が飛ぶぞ!!早く距離を取れ!!』
『了解!!』
撒き散らされたミサイル子弾の群れは、それぞれが異なる曲線を辿りつつ、狙い定めた《飛空戦艦》の推進機関部に吸い込まれていった。
●
(あと、1人・・・)
荒らぐ呼吸を無理に整え、エンデニアは最後の敵兵との距離をジリジリと詰めていく。
―――「最後の」と言っても、「今エンデニアが戦っているこの部隊では」という表現が頭につくのだが。しかし、それでも構わない。まだ倒れるわけにはいかないのは元々だし、なによりエンデニアは独りではない。
少し離れた空で凄まじい爆発があった。民連軍が苦労して完成させていたあの新型兵器で《飛空戦艦》に攻撃を仕掛けたのだろう。あっという間に押し寄せてきた轟音と紅の閃光に背を押され、エンデニアは大地を蹴った。
「ゆくぞ!!」
「ひっ・・・!?」
左腕は銃弾を受けて自由を奪われているが、闇雲に放たれた反撃をいなす程度なら右腕1本でも事足りる。魔術と銃弾のコンビネーションをエンデニアは巧妙な剣捌きで斬り抜け、瞬きの内に最後の一人を斬り伏せる。
これでこの場の敵は全て倒した。
「もぉしもしぃ?」
そう思った。
だが、声があり、背後から肩を叩かれた。
●
あり得ない光景だった。
コクピットに巨大な影が落ちていた。
唖然。見上げる空に、先ほどまでの月はない。
《飛空戦艦》がバレルロールをしていた。
『おい!!なんだ、どうなってる!?”タイラゲムシ”は当たったのか!?応答しろ!!』
「・・・全部・・・か、回避されました・・・・・・」
『なに!?そんなワケっ、タイミングは完璧だったはずだろう!?なにがあったんだ!?』
「は、ははは・・・いや・・・本当、なにが起きてるんでしょうね―――」
”タイラゲムシ”の発射スイッチを押したアスピダCは、もうなにもかもダメだと思ってしまった。終わりだ。”タイラゲムシ”の余波を避けるために取った進路上に、バレルロールを終えようとする全長400メートル超の質量塊が割り込んでくる。とてもじゃないがこの戦闘機の旋回性能で脱出出来る壁ではなかった。
○
アスピダCからの乾いた笑い声の直後、民連軍の司令本部にはパイロットたちの断末魔が響いた。それも数秒のことで、次にモニタを見たときにはもう、音も映像も届いていなかった。
「う」
テムは、恐る恐る、マイクに口を近付ける。
「嘘だろ・・・そんなことが・・・。ア、アスピダ隊!!誰でも良い!!返事をしろ!!くそ、他にカメラはないのか!?状況確認を急げ!!それからっ―――」
テムはとにかく頭を働かせようとしてまくし立てた。そうでもしないと、こっちまで正気が保てないと確信したからだ。
あの巨大で空力特性が考慮されているとは思えない構造物がバレルロールなど行えるはずがない。普通に考えて慣性やらなにやらで船体が破断するはずだ。
でも、それが既に起こってしまった現実だった。悪夢だ。決死の作戦で与えた損害はほぼ無きに等しく、一方の民連軍は航空戦力の主力小隊を丸ごとひとつ失った。
(いいやッ、想定はしていたさ!!元より死なせてしまう可能性くらい!!)
思いつく限りの号令を飛ばすテムによって、本部のオペレーターたちも現場の兵士たちもてんてこ舞いになっていく。焦りが一層増していくその様はさながら集団ヒステリーだ。
神代疾風は、民連軍は「訓練はされているが、臨機応変とはいかない」と評していた。覚悟も愛国心も、経験を補う要素たり得ないのだ。
『―――・・・っ、―――』
だけれど、スピーカーから漏れ出した微かなノイズが彼らの悪循環に楔を打ち込んだ。
『・・・ちら・・・ピダA!!・・・・・・えて・・・か!?』
ピダA。アスピダA。隊長機のコードだ。生きていた。彼ひとりだけが、生き延びていた。テムはマイクに飛びついた。
「ああ聞こえている!!無事か!?無事なんだな!?よし、一旦戻ってこい!!体勢を立て直すんだ!!」
さて、ここでひとつ思い出そう。民連軍が保有する”タイラゲムシ”は何発だった?そう、3発だ。まだあと1発分だけ残っている。そして、それは隊長機であるアスピダAに保険で装備させていた。つまり、彼が生きているならまだ《飛空戦艦》を倒す希望も生きている―――!!
『ちくしょう、ダメか・・・。まぁ良い、もし聞こえてりゃラッキーか。フー――――――、司令部!!我が隊は既に本機のみですが燃料には余裕があり!!よってアスピダA、これより敵戦艦に再度接近を試みる!!』
「お、おい待て、待て!!戻れアスピダA!!」
・・・だけれど、機器の不調か、あるいは他に原因のあるのか、テムの声はアスピダAには届いていなかった。カメラが死んだ同機からは、ただただ壮絶なラストフライトの言葉無き実況が聞こえてくる。テムは唇を噛んだ。
「無謀だ、馬鹿野郎・・・!」
『テム司令。もののついでだから言わせてもらいますがねぇ、本当に俺たちの”勝ち”は《飛空戦艦》を墜とすことだけでしょうか?違うでしょうよ。・・・きっと他にも気付いているヤツはいる。オレにはそこまでしか分かりませんがね。馬鹿なもんで、すんません』
「・・・・・・」
『さぁて、シケた話はここまでです。テム司令、俺に予備の1発を持たせといて正解でしたよ。・・・見えてるかみんな!こいつが俺の一世一代の―――!!』
○
安定を保っていたはずの《飛空戦艦》で謎の振動が起こった。アラートが鳴って、艦の制御補助を行っていたオペレーターが速やかに事態の原因を調べ始める。
「一体なにが起きたんです?・・・まさかバレルロールなんてしたから設備が故障したんじゃ・・・」
「それはありません。あの程度の負荷なら何度やっても影響なんて出ませんよ」
他の騎士たちと異なり艦橋で待機を命じられていた七十二帝騎の1人、フォール・ファークスが怪訝な顔をしている。《飛空戦艦》の性能を熟知していないなら仕方のないことだろう。オペレーターだって忙しいので、真剣に取り合ってはいられない。
「見つけた。左メインスラスターのノズルが破損して推力ベクトルが変化した模様です。タンクと燃料部には被害ありません。右スラスタ出力を調整すれば戦闘継続も可能です。最適制御値算定終了、直ちに確認されたし」
『了解した』
数秒後、後方で煙を上げる《飛空戦艦》は減速を開始した。
民連軍のエースパイロットがその命を捨てて加えた一撃でさえも、《飛空戦艦》の足を僅かに遅らせるだけだった。
●
episode7 sect43 ”鏖殺の狼煙”
●
この神経を逆撫でするような話し方、剣呑なしわがれ声。忘れるはずもない。
「ジャルダ・・・バオース!!」
「えぇーえ、どぉうも。エンデニア国王」
エンデニアは、構わず剣を振るった。
ジャルダ・バオースは政治的にも重要な人物だが、ニルニーヤ王家の人々の命でさえ平等にベットされたこの戦場においてそれがどれほどの意味を持つ?経緯や意図など関係なく、ここに現れた時点でこの男はエンデニアが斬るべき仇敵だ。
「わざわざ不意を突く優位を捨てるとは傲慢が過ぎたな!!かつての七十二座も錆び付いたものだッ!!」
「はは、ふぁはははァ!?それはどうだかなァ!?」
○
エンデニアが最期に聞いたのは。
狂人が発する、耳障りな高笑いだった。