episode7 sect42 ”男の浪漫は世界も超える”
マオが教えてくれた人間の避難者グループの中には、萌生もいた。
自分たちの方へ近付いてくる人影に気付いた萌生は顔を上げ、それが迅雷と千影であると分かるや否や。
「あっ。あう、ふえええん・・・」
「え"っ、なっ、えっ、豊園先輩!?」
「泣くほど!?」
「仕方ないじゃない~!!」
○
「ぐずっ。あー、恥ずかしい・・・ごめんなさい、頼りないところ見せちゃって。絶対、誰にも言わないでよ・・・?」
「わざわざ釘刺さなくてもそんなことしませんって」
「約束よ?」
迅雷と千影に背中をさすってもらって、3分ほどで萌生は落ち着いた。恥ずかしいついでに鼻もかんでから、ほろ苦いはにかみを浮かべる。
無理もないことだった。迅雷たちは萌生を頼りにしたくて彼女を探していたようだが、その思いは萌生だってそっくり同じだったのだから。無事に帰れる目処も立たない異界行で気の知れた仲間とまではぐれてしまったら、誰だって心細くもなるだろう。普段は生徒会長として凜々しく優しく振る舞って、みんなに頼りにされているような萌生も、人より魔法の腕が良いだけで、本質はただの高校生の少女だ。
「よしよし、そうだよね。恐かったよね」
「うーん、なんかものすごく悔しいんだけど・・・!!」
とは言えども、萌生は誉れある国立魔法科高校マンティオ学園の生徒会長。10歳の少女に頭を撫でて慰められるというのは、それはそれで心にくるものがある。
「バスが1台襲われた時点で本当に生きた心地がしなかったのに、避難所に着いてからそのバスに神代君と千影ちゃんがルニア様と一緒に乗っていただとか、ルニア様が運転を代わってそのバスの人をお城まで連れて来たらしいのに結局あなたたちはいないし、聞けば襲ってきた敵と戦ってるらしいだとか・・・。そんな話、一気に聞かされても訳が分からないじゃない」
「概ねその通りだったんですけどね」
「みたいね。2人の格好を見たら分かるわよ。一応聞いておくけど、怪我の具合はどうなの?」
「ボクは全然。まだちょっとおなかの調子は悪いけど」
「俺も大したことないです」
「なら安心ね。ここに来てから気を紛らわすために作ってた傷薬があるの。良かったら使って」
「へぇ、ありがとうございます・・・?」
受け取ったは良いが、なにやら青臭い液体を見せられても現代っ子の迅雷には使い方がよく分からない。萌生に処置を手伝ってもらいながら、ついでに迅雷は彼女に状況がどう動いているのかを訊いてみた。装甲車に乗っている間に、迅雷はルニアとテムが受ける報告を傍受する形で断片的に情報を得ていたが、詳細までは分からない部分があったので、内容のすりあわせをしておきたかった。
「まず、魔法士が戦線に出てるっていう話は?誰が出てるんです?」
「各国代表の護衛についていた方たちよ。・・・まあ一部の国に留まるみたいだけど。でも総理は協力を決めたらしいわ」
「じゃあはやチンたちはもう戦ってるんだね」
日本の総理大臣の護衛に選ばれた警視庁魔対課A1班は怪物揃いだ。そう心配することではない。だが、ランク7の疾風が既に戦っているとなれば、次に気になるのは同じランク7のIAMO総長、レオだ。
「いいえ、あの人は今、この上で対応を行っているそうよ。レオ総長と言えば”天使の術式”よ。私もどれほどのものかは分からないけれど、とても強力で守りに特化した魔法らしいわ」
「あぁ、そういえばそうでしたっけ?」
迅雷は、いつだかに疾風から違ったような話を聞かされた気がしたが、大して気にせず聞き流したせいであまり憶えていなかったから気のせいだということにした。レオが一代で完成させたという天衣無縫の魔法系統、”天使の術式”はあまりにも有名だ。白色魔力で魔術のような現象を起こすことから、一部の魔法士の間では魔法を超えて神秘とまで言われているとか。IAMOの総長となる以前から聖職者でもあるあの老人にはよく似合う術だろう。
「ところで、ここに来る間に植物魔法を使う人に助けてもらったのだけど・・・見覚えのない人だったのよね。凄腕には違いないと思うのだけど、なんだかちょっと違和感があったのよね。さっきIAMOの増援があったとだけは聞いたのだけど、神代君たちはなにか知らない?」
「え、テン長会ったの!?ねぇねぇ、どんな見た目だった!?」
「会ったってほどじゃないのよ?本当に、バスで横を通り過ぎたときにチラッと見たくらいだったから。だけど、そうね・・・緑色の髪の女の人で、あと目立っていたのは身長と同じくらいはある黄色いバラの花を背負っていたことかしら」
考えれば考えるほど、奇妙だった。萌生は学生の身でありながらランク4に認められた植物魔法のエキスパートなのだが、そんな彼女の知見で言えば、アレは植物魔法とは似て非なるものだった。第一に、植物魔法は土魔法の亜種であり、その本質は養分となる無機物を介して植物の異常な成長を促進する点にある。しかし、あの背に花開く女性はまるで、自分の肉体から植物を生み出して操っているかのようだった。
無論、世界には植物を体の一部であるかの如く巧みに制御する植物魔法の使い手もいるにはいる。だが、それはあくまで”そのように見える”だけだ。自身が植物と融合しているわけではない。
自分で説明しながら首を傾げる萌生とは裏腹に、彼女の説明で千影は十分に理解した。
「ほら、やっぱりだよとっしー!それロゼっちだよ、ボクの知り合い!ねぇテン長、他に!他にも見覚えのない魔法士に会わなかった?」
「他は・・・ごめんなさい。見てないわ。知り合いっていうのは、IAMOの?」
「豊園先輩、その増援っていうのが千影と同じオドノイドのチームらしいんです」
「え、オドノイド!?」
萌生は衝撃を受けたが、よく考えてみれば合点がいく。千影が翼や尻尾を生やすように、ロゼというあの女性もオドノイドだったなら、人間とは異なる生物学的特徴を有していたのだろう。
「いよいよ・・・状況が混沌としてきたわね。千影ちゃん以外のオドノイドが本当にいたのもビックリしたけど、それ以上にこのタイミングでオドノイドを一気に表舞台に出してきたことが気になるわ―――」
知っての通り、皇国はオドノイドの完全排除を掲げている。ここでオドノイドを戦線投入するのは火に油を注ぐ行為だ。そこにどんなメリットがある?IAMOは一体、なにを狙っている?
萌生が口元に手を当て考察し始めたときのことだった。
地上から心臓が縮み上がるような轟音がし、直後に地下空間全体が激しく震えた。
●
「なんや今の光!?ビームみたいなん飛んでかんかったか!?」
「さ、冴木さん!お城が!?」
「あァ!?城がなんや、分かりやすぅ言えや今忙しいねん!!」
「城から煙!!」
疾風の部下として戦場に立っていた冴木空奈と松田昇は、明らかに皇国直属の騎士団とは別の思想が見受けられる最新鋭兵器フル装備の武装集団との攻防のさなか、高層階から黒煙を上げるニルニーヤ城を目撃した。
そのすぐ後、空奈に疾風からの迅速な指示が届いた。
「―――はい、はい。了解です」
城とは真逆の空を見上げて、空奈は弱った笑みを浮かべた。
「まったく・・・無茶言いはりますわ」
●
「ナーサ様!!おけっ、お怪我が!?」
「私は大丈夫・・・それよりも・・・ケルトス。今のは一体なにが?」
介抱してくれるケルトスを安心させるために笑いかけて、ナーサは体を起こした。今の爆発でシャンデリアや壁に掛けていたものなどが落下し、飛び散ったガラスの破片を受けて瞼の少し上を切っただけだ。ナーサは明かりの落ちた部屋を見渡して、子供たちの無事を確かめ、ひとまず安堵する。
近くで火災を報せるベルが鳴っていた。部屋の外では無数の足音がせわしなく行き交っている。ナーサは城が爆撃でも受けたのかと思ったが、現実はそんなに甘いものではなかった。
ナーサたちと同じ部屋にて城を守るための結界魔法を展開していたレオは、起こった事実に驚愕を隠せずにいた。レオの顔色の変化に気が付いたザニアが、恐る恐るレオに訊ねた。
「レオ殿?」
「城を包んでいた儂の結界が、強引に破られたようです・・・」
ドアを叩く音がしたかと思えば、ナーサの許可に対してフライング気味に城の黒服が駆け込んできた。
「ただいまの攻撃ですが、各地点の映像を解析した結果、東に10キロ以上離れた地点からなんらかのエネルギー兵器が使用されたものと思われます!!」
「10キロ以上!?まさかマルス運河よりさらに遠くから城を狙い撃ちにされているというのかね!?」
「恐らく例の《飛空戦艦》の主砲かと・・・。い、いかがしましょう、ケルトス首相?」
いかがと言われても、いかほどにもしようがない。遂にあの《飛空戦艦》が首都中心部を射程に収めてしまったのだ。アレは訪れた街を悉く灰の雪が降る廃墟に変えてきた現代のオーパーツだ。その威力の一端を見せられただけでも、自然と絶望感が漂い始めていた。
しかし、だからといって指を咥えて滅びの時を待っているわけにはいかない。レオが覚悟を決めた顔で席を立った。
「これより儂が城周辺に、より強固な防御術式を展開いたします」
言い訳に聞こえるかも知れないが、先ほど突破された結界はあくまで保険として展開していただけの薄いものだ。レオが本気で”天使の術式”を行使すれば、未知の新兵器だろうとそう容易く突破を許すことはあり得ない。
幾年かぶりに味わう、この独特の緊張感。心が滾る感覚。ランク7の魔法士として、IAMOを束ねる者として、自分の言葉を言い訳で終わらせるわけにはいかない。
「ザニア様。ケルトス首相。恐らくこれ以降、儂にはお話をするだけの余力も残らんでしょう。ですから、ひとつだけ、先にお伝えさせてくだされ」
○
《飛空戦艦》の一撃で、民連軍基地は恐慌状態に陥った。
目の前でビスディア民主連合の象徴であるニルニーヤ城が轟々と炎を上げている。間近を飛び去ったあの青白い閃光に目を灼かれた瞬間、民連軍の兵士たちはここまで必死に抑え込んできた恐怖に完全に呑み込まれていた。
「マ、マヒェリ隊応答なし!」
「スパスィ隊、どこへ行くつもりですか!?スパスィ隊!!エニィ隊長!!・・・ダメです、スパスィ隊も応答ありません!」
「アスピダ隊、一度補給に戻られたし!」
「司令!既に2割の部隊が戦意喪失の模様です!このままでは・・・っ」
逃走、放心、暴走。恐怖の現れ方は兵士ひとりひとりで違っていたが、皆一様に混乱していた。
民連軍は、世間の彼らに対する”ルニアのごっこ遊び”というイメージに反して、全員が多くの訓練を乗り越えてきたエリートだ。だが、どんなに厳しい訓練にも、いかに特殊な訓練にも、《飛空戦艦》の出現を想定したシミュレーションなんて組み込まれてはいなかった。
作戦本部の最も高い位置で、テム・ゴーナンは思考停止しそうになる自らの頭を強く壁に叩きつけた。鉄の床に血を垂らし、震える歯をきつく食い縛る。テムが折れたら、本当に民連軍はここで終わってしまう。
(ルニア様・・・)
彼女がくれた激励を思い出す。
「・・・手はある。アスピダ隊の補給はまだか!?まだなら”タイラゲムシ”を準備しろ!」
「待ってください司令、あれはまだ開発中で性能試験も不十分です!首都上空であんなものを撃ったらどうなるか分かりませんよ!!」
「他にあのデカブツを墜とす手段はないだろ!!」
『こちらアスピダA、結局どうすんです!?やるのやらないの!?』
「やるんだよ!!」
『了解!!光の速さで戻るからそのつもりで支度しといてくださいよ!!』
○
民連軍の飛行機整備場には、弾体に無数のハッチが存在する細長いミサイル弾頭が運び込まれていた。
これこそ、民連軍が開発を進めていた新型クラスター爆弾、通称”タイラゲムシ”だ。表記の都合で和訳しているが、その呼称は魔界の熱帯地域に分布する、とある昆虫の異名、『デヴォラヴェルミス』から取られたものだ。これを和訳すると『食べ尽くす芋虫』、つまり『タイラゲムシ』となる。
『タイラゲムシ』は幼虫期に付近一帯の地面を隠すほどの大群を成して森を行軍し、運悪く遭遇してしまったあらゆる生物に襲いかかり、骨すら残さず喰らい尽くす獰猛さで恐れられている。
”タイラゲムシ”は無数の暴力でどんな敵でも食い殺す。民連軍の新型クラスター爆弾がその名を冠することとなった理由は、まさしく件の怪虫を彷彿とさせるコンセプトにある。
通常、クラスター爆弾はひとつの親弾体に大量の子弾体を積載し、それをバラ撒くことで効率的に面制圧を行うための兵器だ。その性質は一般に想像されるような爆弾が発揮出来る殺傷面積効率を縛る2乗3乗の法則を破り、比較的小型の親弾で巨大爆弾に匹敵する範囲を吹っ飛ばすことが可能となっている。
しかし、”タイラゲムシ”に面制圧能力はほとんどない。その設計思想が従来のクラスター爆弾の常識と大きく異なるからだ。端的に言えば、面制圧性能をかなぐり捨てて、目標破壊性能を極限まで高めた代物である。
前提として、巨大爆弾を炸裂させるだけでは爆発エネルギーを十分に目標に叩き込めず、そのような大爆発に指向性を与えるのも容易ではない。だが、クラスター爆弾の子弾体クラスの爆発なら話は違う。”タイラゲムシ”の子弾体には強力な爆発指向性を持つことに加え、簡易的な推進機能と追尾用のセンサが内蔵されている。これらの機能を用いてバラ撒いた無数の子爆弾を再度目標に向けて集弾させることで、小型・軽量・超破壊力を実現しているのである。しかも、バラ撒かれた子弾体を全て撃ち落とすのは現実的ではないため、迎撃されにくいという強みもある。
不発弾のリスクはクラスター爆弾の常だが、テムはそれでも”タイラゲムシ”の使用に踏み切った。戦闘機の豆鉄砲では《飛空戦艦》には太刀打ち出来ないからだ。
兵器開発環境を持たない民連で完成出来た”タイラゲムシ”は未だ試作品の3発のみ。
アスピダ隊の4機は、宣言通りの迅速さでニルニーヤ山の民連軍基地に帰ってきた。ちょうど今、”タイラゲムシ”を装備させる準備も完了したところだ。燃料の補給も考慮して、再出撃まであと5分といったところか。
●
「フンッんん!!」
アンティークの置物に見えるような剣でも、振るう者が振るえば勇者の剣だ。その身一つで戦場を駆け抜けるエンデニア・ノル・ニーア・ニルニーヤは、その飾り物じみた刃を2世紀ぶりの血で濡らしていた。
天守から炎を上げる城も心配だが、あそこには信頼する家族も聡明なケルトスもいる。城のことは彼らに全て委ねて、エンデニアは敵対者たちに美しき遺産の鋒を突き付けた。
「英雄エレスニアの子孫というのは伊達ではなかろう」
獣の如き敏捷さ、卓越した腕力、磨かれた技術、王を王たらしめる理性。エンデニアには、まさに獣人という種を背負って立つ者に相応しい風格が備わっていた。
そも、革命の英雄となったエレスニア・ニルニーヤという獣人の血そのものが、種の中でも格別に優れたものだったのだろう。かつて魔族に故郷を追われ奴隷に貶められ虐げられていた獣人たちの願いが結集したかのように、現れるべくして現れた選ばれし者の系譜。それこそがニルニーヤの血統なのだ。
とはいえ、勇猛な眼光でいかなる敵対者も怯ませるエンデニアであっても、皇国の精鋭を相手にして無傷では済まない。剣の他は体ひとつ、それでよもや火器を扱うプロの戦闘集団を圧倒することはあるまい。お供してくれた者たちも、皆、武芸に秀でた者たちではあったが、多くが凶弾に倒れた後だった。
「さぁ、どうした。掛かってくるが良い!貴様たちが欲しているのはこの首だろう!!」
しかし、この程度の痛みなど屁でもない。民の痛みも恐怖も苦しみも、こんなものではない。胸の奥底から無限に湧き出す想いを力に変えて、エンデニアは咆哮した。
「ええい、なにやってんだ!あんな老いぼれの獣人一匹ろくに仕留められないで!侯爵の顔に泥を塗る気かお前ら!?」
「そういうアンタが一番逃げてんでしょ!?」
「うるせぇよ、こんなもん誤差だろうが!というかこれは適切に距離を測っているだけだ!」
口喧嘩は絶えないが、統率に乱れはない。少しでも気を抜けば翻弄され、あっという間に無惨な肉のスポンジにされるのだろう。
エンデニアは敵の構えから銃の弾道を予測し、弾幕の嵐を駆け抜け、最も近くにいた一人に肉薄する。近付きさえすれば、その近付いた相手のみならず他の者たちの射撃も牽制出来る。
「おおっ!!」
「ぎっ」
接近する勢いのまま、敵兵が構えていたナイフごと叩き斬った。斧で薪を割ったように人体が真っ二つに吹っ飛んで、尋常ではない血飛沫が降り注ぐ。
「・・・侯爵と言っていたな。なるほど、貴様等はジャルダ・バオース候の私兵団か。皇室派である七十二帝騎と共闘するとは珍しいことだな」
「ちぃっ。それだけ今回の件は重大ということだ!!」
ひとり、またひとりと着実に削られていく味方に、残されたジャルダの私兵団員は狼狽の表情を見せ始めた。
「重大?そうだろうとも。そして私は既に語るべきを語り終えたはずだ。貴様はまだ自国の愚かさを指摘され足りないとでも言うつもりか?」
「どっちが・・・!!」
十字砲火がエンデニアを襲う。片方を防ぐのは諦め、エンデニアは剣を盾に、より近い方の兵に飛び掛かる。背後からの銃弾が左腕に突き刺さるが、魔力で強化された筋肉が第二の鎧となって骨が砕けるのを防いでくれた。苦痛に顔を歪めながらも、渾身の力で剣を振り下ろした。
剣に纏わり付く血糊をマントでこそぎ落とし、エンデニアは背後で震え上がる左腕の仇を睨み付けた。
(・・・あと、1人・・・)
episode3の再編集作業中。近日中に公開予定です。