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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode2『ニューワールド』
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episode2 sect21 “光陰の交差点“

 「あああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァッ!?」


 途中で肺が空っぽになっても今度は息を吸いながら声を出し続けるという奇怪な絶叫で窓ガラスが震えた。


 「あ・・・あああ・・・オレのイチオシが・・・なんてことを・・・」


 絶叫の後は涙を流して嗚咽交じりな声の主の目の前に突き付けられたスマホの画面には、激しく燃え上がる3冊の本が映っている。というか動画なので、燃え上がる瞬間から灰になって、家庭菜園用の鉢に均等に注ぎ込まれていくまでの一部始終が収められていた。

 断末魔の如き絶叫に、周囲からの好奇と不審の視線が集まった。


 現在、温泉街へ向かうバスの中。


 「真牙さん、ごめんね?あと周りの人の視線がイタいから静かにして欲しいです」


 「がうあっ!やばい、怒りたい!怒りたいけど、これは直華ちゃんと千影ちゃんの初めての共同作業・・・・・・っ!オレはいったいどうすれば良いんだァ!てか直華ちゃん辛辣!でもそれもイイ!」


 可愛い女の子に辛辣にされたことは嬉しいのでニンマリとしてしまうが、でも大切なものを失って今にも泣き出してしまいそうでもある。嬉しいけど悲しいという、どうともつかない感情に弄ばれて複雑な顔をする真牙。言っていることも半狂乱でオカシクなっているあたり、本当にどう対応すべきなのか分からなくなっているのかもしれない。

 いつもはスッパリ判断を付ける真牙だけに非常に珍しい現象だったので、迅雷が後ろからそんな彼の情けない姿をシャッターに収めた。


          ●


 バスを降りてから数分の徒歩。ようよう見えてきた旅館に遂に到着する。


 「やって来ました、温泉ー!」


 「もう、ヒマったら。あんまりはしゃぎすぎないでよ?落ち着きがない子だって見られると恥ずかしいでしょ?」


 目的地にようやく着いた向日葵の第一声に、友香が丁寧に切り返す。向日葵がもとより落ち着きのない人物だということは分かっていることなのだが、友香が言っているのは、それを認めた上で彼女なりに周囲から見ても年甲斐のある行動を逸脱しないで欲しいだけだということだ。

 しかし、向日葵に続いて直華と慈音も、「わぁ!」とか言いながら旅館の建物を見上げている。

 というのも、今回宿泊する旅館が割とお高いところだったりするわけで、自然な流れでその建物の外観自体も、和を基調とした大人しい様子とは裏腹に滲み出るような高級感があったのだ。そんな隠しようのないブランド臭には、思わず感嘆の声が漏れるのも頷ける。


 「とっしー、着いたよ着いたよ!」


 頭頂部に生えたアホ毛をブンブン揺らしながら、千影が迅雷の服の裾を引っ張りながらやって来た。髪の毛に神経でも通っているんじゃないかと思うほど激しい運動をしていたアホ毛には思わずツッコみたくなった迅雷だったが、そんな質問はどうでも良いとして、やはり千影も年相応のテンションの上がりようだった。

 だが、温泉や旅館自体にはそんなにテンションの上がらない少年が2人。片方は千影に引っ張られながら歩き、もう片方なんかは泣き腫らしたような酷い面構えをしていた。


 「そうだなー、着いたなー」


 「着いたっていうか、帰ってきたっていうか」


 迅雷と真牙の目に映るのは、昨日出たばっかりの温泉宿。そういえば、出てきた食事とか内装とかも豪華だったとは思うけれども、でもそう来るとは・・・。

 宿選びは女の子たちの行きたいところに任せようじゃないか、という粋な計らいをしていた迅雷と真牙だったのだが、そうしたらいつの間にかこうなってしまっていた次第である。

 いや、だからといって彼女らに責任があるわけではないのだ。というか、元々暫定的に行こうかとしていた宿で合宿があったと言う方が近い。ただ、責任云々とは関係なく盛り上がりに欠けるというだけの話。


 そんな迅雷たちが旅館の入り口前で女子勢の感動に付き合いながら立っていると、エントランスからわらわらと人が出てきた。その先頭を歩いていた、少しハードボイルド感を醸し出しながらも人の良さそうな中年男性が、迅雷の顔を見つけて不思議そうな顔をしてきた。


 「ん?とし坊じゃないか。なんだ、忘れ物でもして戻ってきたのか?」


 迅雷も彼に気が付いて軽く会釈する。

 

 「あ、貴志(たかし)さん。あー、いや・・・そういうことではないんですけど。なんか、その、再宿泊というか・・・」


 迅雷の言葉を受けて、『山崎組』のリーダーである山崎貴志は入り口に立ち止まっている少年少女たちを見やってから「あぁ」と頷いた。大体のことは察してくれたらしい。

 

 「いやいや、こんな良い旅館でしかも女の子がいっぱいとか十分贅沢なんじゃないのか?オジサン羨ましい」


 「ははは・・・、まぁそうなりますよね。貴志さんたちはもう帰りですか?」


 「まぁな。じゃあとし坊たちもしっかり楽しめよ。あと疾風(はやせ)さんにもよろしく。じゃあな」


 貴志と、彼に続く他の人たちとも軽い挨拶をしてから、迅雷たちは迎えに出てきた従業員の誘導で中に入ってチェックインを済ませた。

 

 あのとき、貴志ら『山崎組』一行の中に昨日自販機コーナーで出会った日下一太がいなかったことに、迅雷は気付かない。


          ●


 「ふあー、いいお湯ですねぇ・・・」


 「そうだねー。としくんたちなんて昨日もここに入れたんだって思うと羨ましいよねー」


 ゆったりと露天風呂に浸かりながら、友香と慈音が隣り合って座っている。天然石の石畳で作られた浴槽も温泉の醍醐味というもので、2人はその普段とは違う慣れない触り心地も楽しんでいたのだが、壁の向こう側で既になんの感動もなく空を見上げてお湯に浸かる少年たちに、少女たちは誰も気付かない。


 「あ、しーちゃんもトモも、もう来てたんだ。早いねー」


 露天風呂に新しく入ってきた声。慈音と友香はその方を振り返る。ただ、友香はコンタクトを外していてよく見えなかったので目を細めている。

 そうして新しく露天風呂にやって来たのは千影だった。普段は左側に赤いリボンで結ってあるサイドテールは当然ないので、今は横髪が少し長めなショートボブみたいな髪型になっている。

 ニッコリニマニマと笑いながら慈音と友香の体をイヤらしい目で見始める千影。特に胸部をまじまじと見比べてから、肩をすくめてやれやれとでも言いたげなリアクションをする。


 「世界って、残酷・・・だよね」


 「あ!?うぅぅ・・・!もうっ!」


 叫んだきり慈音はお湯に沈んで顔を上げない。よく見ると器用に頭の周りに結界を張って空気を溜め込んでいるらしいので、本当に沈んだきり上がってこない。

 なにが慈音にそこまでさせるのかなどもはや愚問だ。まさかの千影より未発達な胸を誇る彼女は既に成長の兆しすらなく、大いなるコンプレックスとして常々気にしていることだったのだ。


 「うわ・・・便利だけどしーちゃんがまともに魔法使ってるところをほとんど見たことがないんだけど・・・」


 『まともに使うときが無い方が平和でいいもん!もう、もうっ!知らないんだからねっ!』


 水面越しに会話する千影と慈音。2人の立場の強さ関係がよく分からない。妙にシュールな光景を目にして友香は苦笑いをすることしか出来ない。

 ちなみに友香の中の千影の印象は「見た目に反してかなりアレな子」である。入学式の日の午後に教室に飛び込んできた彼女のインパクトと言ったら。間近に見たって外見は女子目線でも間違いなく可愛いとしか言いようがないのだが、それなのに所々に痴態が目立つので台無しである。

 今みたいな子供らしい冗談ならまだしも、変にコアな下ネタが挟まれてきたときにはさすがの友香も引いていた。端的に言って、友香は千影が苦手かもしれない。


 「そういえば千影ちゃん、ヒマと直華ちゃんは?一緒じゃないの?」


 「ん?あー、2人ならほら、あそこ」


 千影はそう言って、露天風呂と浴場内を仕切る大きなガラス窓の方の一点を指差した。


 「ヒマがナオにセクハラしてる」


 「ヒマぁっ!?」


           ●


 「うぅ・・・向日葵さんに汚された・・・」


 「な、ナオっ!?なにがあったんだ!?」


 直華の目が死んでいる。その口元には力の抜けた諦観の笑みが浮かんでいる。温泉の中で一体どんな百合プレイを・・・ではなく、どんな仕打ちを受けたのだろうか。

 ちょっと妄想が膨らんでしまった迅雷は、必至に伸びそうになる鼻の下を意識して保つ。でもやっぱり気になるので、迅雷はあくまで困惑している体を装って羞恥に黙り込む直華の代わりに向日葵に詰め寄る。


 「ねぇ向日葵?一体なにしたの?ナオに一体なにしてくれちゃったの?」


 「え・・・うん、いや別に、ね?」


 「ちょっと。ヒマ?」


 はぐらかそうとしている向日葵を友香が肘で小突く。ちょうど脇腹の一番くすぐったいところを突かれて小さく呻いてから、仕方なく向日葵はモジモジしながら白状し始めた。


 「・・・あれはアレですよ。温泉独特のテンションでほら。一時の気の迷い、みたいな?」


 「わぁぁん!そんな適当なことでぇっ!」


 いよいよ頭突きで壁を滅多打ちし始めた直華を羽交い締めにする迅雷。通りすがりの宿泊客がギョッとして直華に注目した。

 なんだか尋常じゃない直華の反応を見て、迅雷はやっぱりこれ以上は聞かないことにした。惜しいことではあるが、なにか想像を絶することが起きたのだろう。これ以上は主に男子として然るべき反応をしかねないので、そうなったら兄としてヤバいから聞かない方が良いのだ。


 やっと落ち着いた直華を羽交い締めから解放したところで、真牙も脱衣所から出てきた。


 「お、みんな上がってきたかい?うんうん、この光景のために来たんだよなぁ」


 眼福の2文字で真牙は完結していた。普段家にいる女性などもういい歳した母親しかいない真牙にとって、この状況がいかに幸せなことか。感極まって目に涙を浮かべ、拝むように手を組んで瞑目する真牙。

 普段は見ることの出来ない同年代の少女の、湯上がりで紅潮した艶やかで白い肌。それにも増して普段は見られない浴衣姿のおかげで、その魅力は殊更映えるわけである。浴衣の布を下から押し上げるものは目を引くし、なければないでそれもまた真牙としては需要大である。

 年齢層も小学5年生くらいに中学1年生、高校1年生まで、さらには身長もバストも大中小が取り揃えられていてよりどりみどり。しかも5人とも、みてくれに関しては申し分なし。


 「ふへへへ、合宿から通してだけど、オレこんなに幸せで良いのかなぁ、でへ、でへへへへ・・・」


 合宿でも矢生や涼、光らの浴衣姿を拝むことが出来ていた真牙は、もう明日にでもツケが回ってきて交通事故に遭ってもおかしくないとさえ感じていた。

 機会が機会なので仕方なくじろじろと見られるのを我慢していた女子組も、いい加減いつまでも鼻の下を伸ばしたままの真牙にはだんだんと痺れを切らしてきたらしい。

 察した真牙は、もう十分堪能したのでここはひとまず引き下がることにした。なにもこれ以降彼女らの浴衣が見られなくなるわけではないのだから、今は引き際を誤ってはならない。

 ということで、最後に千影の方を向く。


 「千影たん見てるとなんだか背徳感すごいね。あとリボン取った髪型も超可愛いよ、ハァハァ」


 「ひっ」


 きっとこの世界において千影をドン引きさせることが出来るのは真牙だけなのだろう。

 

 「じゃあ、そろそろ決めよっか」


 話を切り出したのは慈音だ。いったいなにを決めるのかというと、そう、それは。

 ゴクリと唾を飲み、全員の声が重なった。


 『部屋割りを・・・!』


 そう、部屋割りだ。現在迅雷一行の人数は、迅雷、真牙、慈音、友香、向日葵、直華、千影の7人。そして、部屋は人数的な問題で当然2つに分かれる。しかしながら、部屋1つあたりの布団の数は4組のみ。まさか修学旅行みたいに誰か1人は押し入れで寝ることにして調整するわけにもいかない。


 「つまり、誰か女子陣営から1人、男の園へようこそしないとなんだけど」


 「いや、それは少し違うぞ迅雷。場合によってはハーレムを2つ作ることも可能だ!」


 「なるほど!その発想はなかったな!」


 「だぁろぉう!今宵はヒャッハーの時間だぜ!」 


 「・・・でもな、真牙。みんなの目を見てみろ」


 「・・・知ってた」


 不信感とはまさにこれだとしか言いようがない。今し方からかわれたばかりの千影はもちろん、その前にねっとりと舐めるように見られていた直華も友香も向日葵も、みんな真牙の方を怯えた目で見ている。慈音はまぁ、いつも通り人を疑うことを知らないので特殊例なのだが。

 とにかく、分かっていたことではあったが真牙への女子の信頼が薄すぎる。知っていたけれど、それと傷付くこととは別だろう。そもそもそんな目で見られているのは真牙だけであって、迅雷にはまったくそういった不信感みたいなのが向けられていないのだから不公平だ。


 「なんでオレだけそんな目で見られなきゃいけないんだ!確かにエロい目でみんなのことは見たけどそれ以上のことはしないと誓えるからね!?というか迅雷なら良いのか、そうなのか!?」


 「え、なんかお兄ちゃんなら大丈夫な気がしますけど・・・その、うん」


          ●


 拗ねて売店に行ってしまった真牙はひとまず放置することとして、結局部屋割りはハーレム2個ではなく、最初に言っていたとおり1人男子部屋に加わるという方向になり、その1人はジャンケンで決めようということになった。もちろん選ばれるのは最後まで負け残った1人だ。

 しかしながらジャンケンほど不平等な賭け事もないもので、これほどまでに運のない者を蹂躙し尽くすのも珍しい。

 ただ、それも運をねじ伏せるほどの動体視力と反射神経がなければ、の話である。それはそれでジャンケンの不平等性を加速させるような条件なのだが、この際そこは置いておくとする。

 

 実際、千影は迷った。か弱くて小さくて可愛くて幼いまだ10歳の少女が、単身、思春期真っ盛りの

男2人の部屋に乗り込むことを人はよしとするのか・・・と。 


 だが、決心した。


 いよいよジャンケンの掛け声が始まった。千影は他4人の手に全力で集中し、その出される手が確定するしたその直後に最善の手を判断して出していく。

 1回戦、2回戦、3回戦・・・。


          ●


 「・・・ハイ、ボクの負けだね。あぁー、負けちゃったー」


 最終的に10回戦まで続いたジャンケンを、遂に千影は最後まで負け抜いた。


 「千影ちゃん今絶対見ながらやってたよね、わざと負けたよね!?」


 「ナンノコトカナー?」


 白々しい声を出す千影。彼女はやはり迅雷のいる方を選ぶことにした。もちろん直華にツッコまれたとおり、千影は全員がなにを出すのか見極めた上で、そこからあいこか自分の負けになるように手を出していた。

 こうして千影が迅雷と真牙の部屋に加わることになったところで改めて考えると、千影の脳内では「か弱い」とかいう千影から最も遠いワードが出てきたが、大体彼女の場合警戒しなくてもランク1程度の魔法士など1人だろうが2人だろうが瞬殺可能なので、まずなんの心配もなかったりする。

 というわけで、まさにベストな配置が完成したわけなのだが、そもそもの前提がおかしいことに誰も気付かない。なんで襲われることが前提みたいになっていたのだろうか。


 「と、いうことでぇ」


 「な、なんだ?」


 すすす・・・、と迅雷にすり寄って千影は彼の腕に自分の腕を回す。それから千影は迅雷の顔をいつも通りの悪戯のときの小悪魔顔で見つめて、回した腕に込める力を強くする。


 「今夜もヨ・ロ・シ・ク・ね、とっしー?」


 「これ以上俺の社会的地位を貶めないでください!」

 

 千影の薄い・・・というかまだ成長がほとんど始まっていない胸がピッタリと腕にくっついてきて心臓が跳ねる迅雷。なんでこんなにドキドキするのかというと、全くないわけではないが、いじらしい千影にドキドキしているからではない。もうこんなことは慣れてきたので、元々そこまで年下趣味が強くない迅雷はこの程度では興奮しない。

 見慣れている直華や慈音のリアクションは薄いが、友香と向日葵のドン引きの目といったら。遂に迅雷の信用度も真牙と同じ水準に落ちたかもしれない。この状況に公然で陥るのはさすがにマズイ。イヤな緊張で心臓がバックバクである。


          ●


 「むむ、なんだか賑やかな人たち?カシラ。ん、あの子は・・・へぇ、ふぅん?」


 面白そうなものを見つけた鈍色の瞳が好奇の色に輝いた。



元話 episode2 sect46 ”お説教タイム” (2016/9/30)

   episode2 sect47 ”光陰の交差点” (2016/10/1)

  

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