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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode7『王に弓彎く獣』
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episode7 sect41 ”後ろの戦場”


 千影はIAMOの助っ人を名乗る謎の集団が現れたという情報と、市街地にいつの間にか現れた巨大植物を見て彼女の同類―――オドノイドの介入があったと推測していた。そして、その推測は正しかった。

 その確証を得たのは迅雷と千影がニルニーヤ城に到着したあたりのタイミングだった。民連軍の通信回線を借りて戦闘へ介入する意図を伝えてきた少女の口調を、他でもない千影が聞き間違うはずがなかった。


 オドノイドたちは単独あるいは2人のペアでノヴィス・パラデー市街地の複数地点に出現し、主に皇国の地上部隊との戦闘を受け持ってくれているようだ。ただ厳密には「今、現れた」というよりも「予め持ち場で待機していた」と言う方が正しいような登場の仕方だった。

 一見すると奇妙な話だが、今回オドノイドたちをまとめ上げているのは、おでんだ。実際になにをどう考察したのかは付き合いの長い千影でもさっぱり理解出来ないが、あの少女の知能と固有能力が合わされば「敵がいつどこにどれだけの数で現れて、それを最も効率良く迎え撃てるような人員配置」を事前に割り出すことさえ可能になる。

 

 「・・・と思う。分かんないけど」


 「なにそれ、頭に量子コンピュータでも内蔵した改造人間?顔も知らないと素直に歓迎しづらいにゃあ。それで、チカゲちゃん以外のオドノイドたちってどれくらいやれるの?さっきの話だとたった6人って話でしょ?」


 ルニアが千影に投げかけたのは、至って素朴な疑問だった。ルニアに限らず、恐らくは今戦っているみんなが一様に知りたがっていることのはずだ。

 しかし、千影もまた別の疑問を抱えていた。千影が知る限り、現在IAMOに魔法士として登録されているオドノイドは彼女を含めて7人。千影がここにいるということは、助っ人6人は残りの全員―――と考えるのが自然だが、ぶっちゃけ千影たちは互いが互いを思い合うような仲良し集団ではない。特に1人、絶対におでんに協力なんてしなさそうなヤツもいる。彼が意外にも協力してくれたのか、あるいは千影の知らない誰かがいるのか。


 「正直、分かんない。普通に戦ってボクより強かったのなんて1人・・・2人くらいだもん」


 「それは・・・」


 キツそうね、と言いかけてルニアは呑み込んだ。

 しかし、千影は「だけど」と言葉を繋げた。


 「たぶん、どうにかしてくれると思う。根拠とかあんまりないけど、たぶん」


 千影の口振りからは、信頼とは少し違う雰囲気を感じられた。もっとも、追及したところで状況が改善するでもなし。ひとまずルニアは生返事をひとつ、話に区切りを付ける。


 ニルニーヤ城の庭園は、市街地同様に異形の巨大植物によって綺麗だった景観をがらりと変えていた。装甲車の大きさが通れる植物の隙間を縫って奥へと進み、見えてきた地下空間への入り口の手前でルニアは初めてブレーキペダルを踏み込んだ。


 「着いたわよ。テム君、周辺の警戒ご苦労様」


 ルニアの労いの言葉でテムは装甲車の中に戻り、入れ替わりに迅雷と千影が車を降りた。それから、ルニアも。

 ルニアには、本当はエンデニアのように自身も前線に立ちたい気持ちもあった。その方が簡単だ。だけれど、ルニアはその感情をぐっと我慢した。ルニアが為すべき仕事は、この戦いが終わった後にこそある。だから今は、自らが作り上げた民連軍の勝利を信じ、バックアップに徹するのだ。


 「じゃあテム君、後は頼むわよ」


 「はい」


 「・・・・・・」


 降りかけて、ルニアはふと立ち止まる。

 運転席を代わってくれたテムを振り返る。

 彼も恐らく前線に立つことはないだろう。でも、きっとルニアよりずっとずっと危険な仕事になる。

 テムはなにも言わず、ルニアを待っている。ルニアが車を降りれば、彼は1秒と待たずここを飛びだして行くのだろう。1秒でも早くそうさせてやるべきなのだろう。

 分かってる。分かってる。分かってる。―――けど、果たして、本当にそれで良いだろうか。


 「―――テム君っ」


 そんなワケない。

 ルニアは、テムからヘルメットを奪い取り、彼の額に自分の額を押し付けた。


 「ル、ルニア様、なにを・・・っ!?」



 「頑張れっ!!」

 

 

 さしものテムもルニアの顔が鼻先の当たる近さにあっては動揺させられたが、そんなものは彼女の声に上から塗り潰された。


 「頑張れ、テム君、頑張れ!!誰も見てなくたって私が見てるからっ、だからっ、超ッ絶、頑張れ!!」


 テム・ゴーナンはもう、テムが思うような男じゃない。ルニアは次に彼を強く抱き締める。


 「お礼、そういえば全然言えてなかったわ。クースィのことから、チカゲちゃんとトシナリさんのことまで。・・・でもまだ言ってあげない。いちいち感謝するのは面倒だから、後でまとめて言わせなさい」


 「・・・、はい!!」


 この抱擁はテム1人に向けられたものではない。今、ルニアはテムの体を通して民連軍全員を抱き締めているのだ。彼女の抱く愛もまた、きっと、アーニアにも負けないくらい大きなものだから。

 今度こそルニアは装甲車を降りた。ルニアが離れると、やはりテムは1秒と待たずにニルニーヤ城から去って行った。これから彼は軍本部で指揮を執る。間違いなく辛い戦いとなるだろう。多くの仲間の死に触れるだろう。敵を討つ罪悪感はルニアでは及びもつかぬ痛みだろう。全て投げ出して狂った方が楽なんじゃないかとさえ思うだろう。だが決して、テムは逃げないだろう。


 「行ってらっしゃい。私の自慢の騎士君」


          ●


 ルニアはあの後、迅雷と千影とは別れて、城の上階にいるだろう家族と合流しに行った。

 改めて2人になった迅雷と千影は、初めて来たときに感じた広さが嘘のように大勢の市民でごった返す地下防空壕で、はぐれないよう手を繋いでスペースを探し歩いた。


 「なんか、変な天井が出来てるね」


 「魔術で作ったんじゃないか?いくら広くても街の人全員を床一つじゃ収容出来ないだろうし」


 「うん・・・でもさぁ、なんか若干透けてない?ボク、スカートじゃなくて良かったぜ」


 「お前スカート穿くことあるん?」


 迅雷はなぜか千影に叩かれた。

 魔術的に作られたらしい床は、地下空間を全部で5層に分けているようで、上下の行き来には、元々あった城の地上階と繋がる螺旋階段を使えるようにしてあった。登ってみると、3層目でさえ既に満員となっていた。空気は重苦しく、子供の泣き声も幾人となく聞こえてくる。

 迅雷は唇を噛んだ。数分で炎に包まれた街を見たし、目の前でバスの運転手を射殺された。恐らくは何万という単位の、なんの罪もない人々が謂れのない謗りを受けて、こんな暗い地下に追いやられている。


 これが敵のやり方だ。皇国は、理不尽と傲慢が肉を得て野放図に交わり続けた末に国が出来ましたとでも言わんばかりの、利己主義の権化だ。


 (こんな連中となんて・・・)



 「分かり合えます」



 頭上から響いた声に、迅雷は驚いて顔を上げた。まるで迅雷の心の声を耳敏く聞きつけたかのようだった。この穢れのない透き通った声は、アーニアのものだ。


 「確かに皇国は私たちの国を脅かそうとしています。そのことは決して許してはいけません。しかし同時に、皆様には忘れないで頂きたいのです。私たちにはいつだって可能性も希望もあるということを。決して、彼らとの相互理解を諦めてはなりません。学び識り、歩み寄り、想い合えば、いずれかならず愛は見えるようになります。私たち獣人はまだ魔界に暮らし始めて年の浅い種族なのです。ですから、このような悲しい擦れ違いはこれからもまだたくさん起こるでしょう。ですが、いずれその艱難辛苦を乗り越えた暁には私たちが夢に描く理想的な未来がある。私は、そう、確信しています。だから皆様も、決して彼らと分かり合う意志だけは失くさないでください」


 アーニアの言葉は終わったが、声は止まなかった。

 芯の強い人だ―――迅雷はそう思った。顔は見えずとも、声色だけでアーニアの覚悟や想いは伝わってきた。

 足音が、降りてくる。3層と4層を繋ぐ階段の中腹で、迅雷と千影はアーニアと再会した。


 「トシナリ様、チカゲ様・・・?あぁ・・・よく生きて戻ってくれました!よかった・・・とてもとても心配していたのですからね!」


 実は、アーニアは文字通り避難者ひとりひとりの顔を見て回っていた。恐怖に泣く幼児を宥めたり、怪我に苦しむ者を城の医師らに診させたり、子供を守りここまで連れて来た大人たちを労ってきた。だから、一方で姿の見えない2人のことでかなり気を揉んでもいた。


 「アーニア様こそ、良かったです」

 

 「えぇ、ありがとうございます。それより、お2人ともお怪我をされているようですが大丈夫なのですか?・・・ハッ!ザニアに聞きましたが、もしやルニアが助けに行った方というのは、まさか・・・!」


 「あ、ボクたちだね」


 「やっぱり!なんっという無茶をされるのですか~!!―――なんて言っても遅いですね・・・。とにかく、なんともないのでしたら本当に良かった。必要なら城のお医者様を訊ねてください。重傷の方が優先にはなりますが、手当はして差し上げられるかと思います」


 お茶目に両手を振り上げて声を張るアーニアに、迅雷と千影は苦笑した。全く笑い事じゃないのに。アーニアなんて、今夜だけでもう何回心臓が止まりそうになったことか。韓ドラなら毎度卒倒しているところだ。


 「アーニア様。さっき上でしてた話、俺たちもここで聞いてましたよ」


 「・・・そう。・・・・・・ねぇ、トシナリ様。貴方はどう?私たちは皇国と、魔族と、分かり合えると思う?まだ、そうすべきと思う?」


 「俺は・・・どうでしょう。俺、アーニア様みたいにいろんなものが見えてるわけじゃないから・・・今のこの状況を見てるとものすごく腹が立つし、正直こんなことするヤツらを信じようなんて簡単に思えないっていうのはあって。―――だけど」


 「・・・?」


 だけど、そういえば迅雷は既に一度経験していた。

 異界の森で遭遇したあの騎士と。

 そのことを、アーニアの言葉で思い出した。


 「分かり合えないわけじゃない、と思います」


 「そうですか。そうですね。ありがとうございます。貴方の言葉で、私も自信を得た気がします」


 「俺の方こそ。アーニア様のおかげでなんていうか、まだ希望はあるんだって思えて来ました」


 アーニアはこれから3層目に降りて、4層目と同じように避難者たちひとりひとりと言葉を交わして回るつもりのようだ。当然、その後は2層目と1層目にも赴くのだろう。

 迅雷は「頑張ってください」と月並みな言葉くらいしか掛けられなかったが、思いの丈は伝わったのか、アーニアは「はい」とまたもや月並みな言葉で相槌を打ち、嬉しそうに階段を降りていった。


          ○


 迅雷と千影は、アーニアとは反対に上の層に登ってきた。4層目にも大勢の人々が身を寄せていたが、下層と比べるとまだいくらかスペースが余っているようだった。ホテルから逃げる際に一緒だった気がする顔を見つけて、迅雷は4層に留まってみることにした。人間の式典参加者はほとんどが迅雷と同じホテルに宿泊していたから、探せばひょっとすると、萌生もこのフロアにいるかもしれない。頼れそうな人は1人でも多い方が安心だ。

 

 「2人とも、探してるのはあそこの人たち?」


 迅雷と千影の様子を見て気を利かせてくれた獣人の避難者が声を掛けてくれた。教えてくれた人物を見た千影が、「あっ」と声を上げる。


 「マオにゃん!」


 「またお会いしましたね、お嬢様☆」


 親切な白毛のネコミミ少女は、見れば昼間に訪れたメイド喫茶のアルバイト、マオだった。冗談めかした仕事口調と共にポーズを取った彼女は、口調とは打って変わって野暮ったいジャージのような格好だ。急な避難でやむを得なかったのだろう。


 「マオさんもこっちに避難してたんですね。無事みたいで良かったです」


 「まあね。一応ギリギリ都心住みだから。私もホッとしたよ、避難所で知り合いと会うだけで全然違うなー。なんかすごいことになってるし、なにがなんだか。逃げる途中でいきなり前を走ってたバスが事故ったりしてホント恐かったんだよ!?」


 「そりゃなんというか大変でした・・・ね?」


 ちょっと心当たりがありまくりで、迅雷は語調が変になってしまった。いよいよマオが無事そうでなによりである。


 「まぁ私の話は置いといて。どう?違った?」


 「違ったって?」


 「だから、ん」


 マオの指差した方を見て迅雷は思い出し、手を叩いた。


 「とっしー、テン長もいる!」


 「うん。ありがとう、マオさん」


 「いーよいーよ、それじゃね!」


 「それじゃ!」


 「・・・」


 「・・・・・・えっとー」


 それでバイバイのはずが、なぜか迅雷と千影はマオに服を摘まんで捕まえられていた。

 

 「ど、どうしたのマオにゃん?」


 「良かったら一緒に来ます?」


 「あっ、えと、ごめん!あー、いや、違くてね・・・じゃなくってね」


 マオは急に歯切れが悪くなってしまった。なにかに怯えているような表情だ。迅雷も千影も、そのときはマオが一人でいるのが不安だから引き止めただけだと思った。でも、そうではなかった。


 マオは今日、バイトを終えて帰宅するとすぐに今日の取材の反響をネットで調べた。


 『驚愕、ネコミミ接待!!交流式典の裏側に迫る!!』


 ―――一番上の記事の見出しには、そうあった。呼吸が止まった。たった数分テレビで流れただけの映像が、皇国に渡って言いたい放題にされていた。


 「そんなつもりじゃなかったんだよ?ちょっとした話のネタくらいのつもりで・・・こんなことになるなんて思わなかったんだよ?私、ただ君たちと仲良くしたかっただけなんだよ?で、でも私、す、すごい大変なことしちゃったっぽい・・・・・?」


 「ふざけんじゃねー」


 「ふざ・・・?ふ、ふざけてなんかないよ!!」


 「って、王様が言ってましたよ」


 「・・・あ」


 「だから良いじゃないですか、全然。多分、俺たちがマオさんと会ってなくても今起きてることはそのまま起こってたような気がするし、だからむしろ、あんな風に遊べて良かったって思います。・・・まぁちょーっとおふざけが過ぎたような気もしなくもないですけど」


 迅雷が視線を脇へ逸らすと、千影は素知らぬ顔で小首を傾げてみせた。

 マオはしばらく放心したように瞬きばかりしてから。


 「そっ――――――かぁ」


 「そうだよーう」


 「んにゃっ」


 千影がマオに抱き付いた。


 「じゃあ、良かったって思って良いんだ?」


 「もちろん!ね、とっしー!」


 「そうそう。あのゆりゆりでモフモフが悪かったなんて誰にも言わせない」


 「ちょっともう・・・えへへ・・・へ、へぅ・・・あ、あーゴメン、なんかちょっと安心したら涙出てきた・・・泣けるわー、こっち見ないどいてぇ・・・」


 ずっと抱え込んでいた分、次から次へと溢れてくる涙を両手でなんとかして、マオはまた笑ってみせた。


 「オッケー、もう大丈夫!行って行って。私も家族のとこに戻るし!じゃね、平和になったらまたお店に来てね!待ってるにゃあ!」


 「うん、またね!」


 「絶対また来ますね!」


 「あ!そ・れ・と。トシナリ君、友達なんだからもう敬語なんてナシなんだからね!これからは恥ずかしがらずにキッチリ”マオにゃん”って呼んでもらうにゃん♡ほーら、さんはいっ」


 「ぬぐっ・・・ぜ、絶対また来るよ、マ・・・マオに、ゃん」


 「よく言えました!楽しみにしてるにゃん!」


 まさか避難所で顔から火を噴くことになるなど思いもしない迅雷であった。実の妹には公衆の面前でも今より恥ずかしい言動を平然とするくせに、今更にゃん付けがなんだというのか。赤面する迅雷にも軽くハグをして、マオは楽しげに去って行った。

マオの下りは蛇足気味ですが、なんとか救われて欲しかったので。

マオにゃんは全然アホでも悪い子でもないのです。ただちょっと変態さんなだけなのです・・・。

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