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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode7『王に弓彎く獣』
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お正月特別編 ”一年の慶も元旦にある”

明けましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


 体が重い。あれからもう何時間経っただろうか。剣を握る手の感覚もとっくにない。


 分かっていたことだが、おでんが言うようなボーナスイベントなんて甘いものではなかった。外見の貫禄に欠けていても、相手はれっきとした龍、最強の生物なのだ。とてもではないが鱗や角を剥ぎ取って一攫千金を狙うどころの事態ではなかった。

 こんなとき、疾風がいてくれたなら―――。弱音は吐きたくなかったが、どうしても迅雷はそう思わずにはいられなかった。龍殺しの異名を持つ魔法士は、その全てがIAMO公式の優秀な魔法士のランキング最上位グループを争う程の怪物揃いだ。しかも大抵の場合、彼らでさえ龍に挑む時は多人数のチームを組むものだという。裏を返せば、迅雷のような半人前の学生がする仕事ではない。

 神社にいた人々のほとんど、が程度は様々だが、既に龍の吐く毒素に中てられ二本の足で立つことすらままならないほど気力を奪われたあとだ。それは夏姫だけでなく慈音も、真牙も、あの雪姫でさえも逃れることが出来なかった。正月病だなどと甘く見てはいられない。この極寒の中で無気力に惰眠を貪り始める者が現れれば、その瞬間にそれは事実上の死の病と化すのだから。

 元日の夜明け前。遙か高みに位置するこの境内。待てども助けは来ず、冗談のような攻撃で多くの仲間たちまで奪われた。本当は迅雷も既に酷い倦怠感を感じている。いくら防ごうとも、微量ずつ吸い続けてきた龍の毒が体内に蓄積していた。もうあとがない。逃げてしまいたい。その選択の後にこの龍がなにを引き起こすのかには目を瞑って、温かい家にみんなを連れて逃げ帰れば、とりあえず自分たちだけは、無事に新しい1年をスタート出来るのだ。

 


 でも、だけど。



 強く、強く、大地を踏みしめる。

 迅雷の隣には、まだ千影とおでんがいる。

 まだ2人がこの場で龍を倒すために力を尽くしているのだ。

 迅雷が諦められるはずがない。


 「とっしー、あとちょっとだよ。あとちょっとで倒しきれる!!」


 「良いか迅雷。次がラストチャンスらと思え」


 「ああ、分かってる。大丈夫だ。次で絶対に決めてみせる」


 もう何度目かも分からない「ラストチャンス」。毒の影響が出始めた迅雷に、おでんがしたアドバイスだ。あと1回頑張れば良いと思えば無気力感を抑制することが出来るという意味での「ラストチャンスだと思え」だ。

 ・・・がそれもさっきまでの話。次が本当のラストチャンスになるだろう。迅雷自身が一番よく分かっていた。


 餅のような体に多くの傷を負った龍と正面から睨み合い、迅雷は両手に掴む魔剣に渾身の魔力を注ぎ込んだ。


 「来るよ!」


 千影が叫ぶ。刺すような緊張感で体が跳ねる。

 龍は、自らが吐き出した毒の白霧に躯を捻るようにして飛び込み、巻き込み、纏って急降下してきた。直撃すれば粉微塵、躱せども撒き散らす毒霧に精神を冒される。神の卑劣な一面を垣間見たかのような大自然の理不尽が堕ちてくる。

 迅雷たちは、手筈通りに散開した。取るべき作戦はさっきまでと変わらない。引きつけて、回避して、一撃を見舞う。一歩間違えば即死しかねない極度の恐怖が、かえって迅雷の精神に活力を呼び戻す。

 千影とおでんにとって、迅雷の莫大な魔力量から生み出される火力は生命線だ。だから、彼女たちは迅雷が最大限攻撃に集中出来るようにサポートしてくれる。そのリスクは言わずもがな。


 龍が境内の石畳を紙片の如く舞い上げて迫り来る。その巨大な顎が大地を穿つ瞬間に、迅雷は大きく跳んで直撃を回避した。そのすぐ後に、千影とおでんの魔法が龍を捉えた。既に与えた傷を抉るように放たれた攻撃は確実に龍に苦悶を与えた。決定打にはならないが、その一瞬、龍の動きが止まる。


 「しくじるわけにはいかないんだ・・・ッ!!」


 龍が地面に激突した瞬間に毒素を含んだ大量の霧が暴風と共に迅雷を包み込んだが、構わず、迅雷は駆け出した。

 

 霧を抜けた先で、迅雷は龍と目が合った。

 眼球だけで自分の身長程度の大きさはありそうなほどの、巨大極まりないその生物と正面から視線を交わし合う。

 霧が溢れる龍の口が大きく開く。人間ひとりなど容易く串刺しにしてしまえるような白い牙が覗く。


 「とっしー、ダメ!!」


 「構うもんかよ!!」

 

 おでんだって言っていたじゃないか。

 これが最後の最後なのだ。

 2人が命懸けで作り出してくれた、正真正銘のラストチャンス。

 安全策は命取り。

 なんとしてでもこの一撃を叩き込む。

 急速に滅入る士気を、想いで奮い立たせる。

 

 雷光が、濃霧を引き裂いた。


 右の『雷神』。

 横凪の一閃。

 牙が舞う。


 だが、まだだ。


 「ぅぅぅあああああああああッ!!」


 左の『風神』。

 垂直に叩き落とす。

 噴き出す霧は白から赤へ。

 しかしその霧さえも鋭い暴風に阻まれて迅雷を避けていく。


 十字の剣閃の後も嵐は止まない。

 龍の鱗は魔力を弾くという。

 得意の飛ぶ斬撃は大して通用しない。

 でも、だったら、斬って、斬って斬って斬って、斬りまくれば良い。

 今の一撃が終わるより早く、次の一撃を。

 龍の断末魔も霞むほどの轟音を立てて、魔力が尽き果てるまで力の限りに斬り続けろ。

 優雅さを捨てた泥臭いソードダンス。


 「あと少し、あと少し、あと少し、あと少し、あと少し―――!!」


 空に逃げようとする龍の腹に剣を突き立て、張り付き、なおも片腕で剣を振るう。

 龍は暴れ、迅雷は振り落とされる。

 だが、それでも。


 迅雷は『風神』を投げ捨てて、『雷神』の柄を両手で握り締めた。

 効かないとか、そんなのもう関係ない。

 効かないなら効かせれば良いだけだ。

 地上へ真っ逆さまに落下しながら、膨大な光量をそのたったひとつの刃に閉じ込めて。


 身を翻して剣を振るう。



 「『駆雷』(ハシリカヅチ)―――ぃぃぃッ!!」


 

 雷光が龍の身を灼くか否かを見届けることも叶わぬ激しさで、迅雷の視界はホワイトアウトした。


          ○


 「とっしー!!」


 迅雷は、千影に空中で抱き止められた。

 ゆっくりと地上に舞い戻り、下ろしてもらう。


 「とっしー、すごいよ、やったよ!!」


 「・・・あれ・・・?」


 いつの間にか酸欠で目が霞んでいた。

 くらりと体が傾いで、荒れた石畳の上に腰を抜かして座り込む。

 千影は迅雷をぎゅーっと抱き締めてしきりに喜んでくれているのだが、迅雷自身はよく分からないままで、首を傾げてぼんやりと頭の中を整理した。


 「やったって・・・えーっと。龍を・・・?」


 「うん、そうだよ!」


 「あー・・・・・・」


 ―――実感が追いつかない。

 まるで熱を出した日に見る夢のようなふわふわした感覚に支配されて、展開がまるで現実味を帯びてこない。

 それからしばらく。何度も激しく空気を吸い込んで、迅雷の視力は次第に戻って来た。そうしてようやく、迅雷は自分のすぐ横の地面に刺さっていたものを見て、理解した。門松のようにも見えるそれは、半ばで断たれた龍の角だった。


 雪駄が砂利を踏む音がして、迅雷と千影は顔を上げた。


 「おでん―――」


 「お疲れさん。なんというか、オーバーキルになってしまったな。そら、見てみろよ迅雷」


 「・・・?」


 若干引いたような表情で、おでんは空を顎で指した。言われるままに迅雷は頭上に目を向けた。

 金色の雪が降っていた。

 一粒を掌で受けて、迅雷は小さく声を漏らした。雪に見えたそれは、体温では溶けることがない龍の鱗だった。1枚で1万円、銭の雪は風に吹かれて神社の外まで拡散していく。


 「金のなる木も御覧の有様さ。お前が放った最後の一撃でお正月ドラゴンはものの見事に爆散してしまったのら」


 「爆散て」


 「爆散したもんは爆散したんらから、それ以外に言いようがなかろう?ま、それも仕方あるまい。ともあれこれでお前もドラゴンスレイヤーの仲間入りじゃないか。良かったな」


 ほれ、とおでんは手に持った白い塊を渡してきた。焼餅に見えるが、龍の肉片が程良い塩梅に焦げた代物だ。醤油でも垂らして食べたらさぞ美味しそうだ。果たして食べても大丈夫なものかは分からないが。なにせ正月病のウイルス(?)を吐き出す毒持ちだったのだから。

 でも、千影はなんにも気にせずドラゴン餅にパクついた。オドノイドは毒を食っても死なないから羨ましい。千影とおでんが最後まで戦えていたのもひとえにオドノイド特有の毒耐性の高さのおかげだろう。彼女たちがどれだけ美味しそうにドラゴン餅を食べていても、それが迅雷にも安全なのかは分からないから非常にややこしい。

 

 ・・・と、手に持ったドラゴン餅をジッと観察していた迅雷は既に自分の手の中に起きてはいけない異変が起きていることに気が付いた。

 

 「・・・ん?なぁ、おでん。ひとつ聞いても良いか?」


 「なんじゃ?」


 「()()()()()()()()()()()()()()・・・?」


 「あぁ、気付いたか」

 

 この時代では常識として知られていることだが、異世界で絶命した生物は黒い魔力の粒子となって消滅するものだ。だから、魔法士が街に現れたモンスターを退治しても死体は残らない。

 しかし、迅雷が今手に持っているドラゴン餅、すなわち龍の肉片は消える気配がない。嫌な予感がした。急いで迅雷は地面に置いていた『雷神』を拾い上げ、立ち上がった。


 「まさかまだ生きてる・・・ッ!?」


 だが、ドラゴン餅を咥えて伸ばして楽しむおでんは、迅雷の裾を引いて座り直させた。


 「安心しろ、ちゃんと死んらよ。モンスターの死体が残るパターンは他にもあるはずなのら」

 

 「それってどういう・・・」


 「さっきの龍はな、元々は某国が細菌兵器開発の研究素材として飼育していたものなのら」


 「ふぁ!?飼育!?ドラゴンだぞ、無理に決まってんじゃん!?」


 「ああ。無理らったからこんな所にまで出てきたのさ」


 おでんの言う某国がどこのことかは不明なままだが、彼女の言うことにはお正月ドラゴンは収容されていた研究所をぶっ壊して脱走し、世界中を飛び回ってはさっきの如く正月病をばらまいていたらしい。討伐隊を出そうにも神出鬼没で、一度現れたら次はどこをマークしていれば遭遇出来るかも分からない故に、IAMOも手を焼いていたとか。

 そこからがおでんの出番だった。彼女は先日もSNSにアップロードされた知育菓子の写真の中に一定の法則性を持つものがあることに気付いて解読を行い、それが国際テロ組織が秘密裏に司令や報告を行うために開発した暗号であることにまで辿り着いた変態だ。今回の件についてもお正月ドラゴンの移動パターンの解析を依頼されていた。もっとも、なんらかの知的な意図が織り込まれたテロ組織の暗号文と野生動物の行動原理では定式化のしやすさが全く異なっており、今日まで手こずってしまったわけだが。

 話を聞いて、迅雷は首を傾げた。なにやら、昨日聞いたことと話の順序が異なっている気がしたからだ。


 「最後の仕事終わってねーじゃん、なに勝手に休暇してんスか」


 「そもそもわちきは最初から『仕事が終わったから遊びに来た』とまでは言っとらんぞ」


 「屁理屈かよ。え、ていうか待って、じゃあなんで俺たちが戦う羽目になってんの?IAMOの討伐隊の話は?」

 

 「年越しまでに終わらせられる目処が立たなかったからな。いっそ遊びに行く流れでついでに友情・努力・勝利で美しく元旦を飾ってみるのが良いと思って。怒ってるか?まぁ怒ってるよな」


 「・・・さすがに人を巻き込みすぎだ」

 

 「そうらな。わちきも少し浮かれていたかもしれん。気を付けよう」


 おでんは反省しているのかいないのか分からない顔をしている。どうせ彼女の中ではこの結果は事が起きる前から確定していたのだろう。彼女が保険をかけるのは、本当の本当に、非常に重要なときだけだ。既に価値観が常識と乖離している。迅雷が怒るだけ意味がないのだろう。おでんには、人の気持ちが理解出来ても人らしい考え方は出来ないのだ。


          ○


 お正月ドラゴンは一体どれほど凄絶な最期を遂げたのだか、黄金の鱗雪は戦闘が終わって半刻ほど経っても降り続いていた。

 戦闘の疲労か正月病の名残か、山を下りる気力もないままに見上げていた空の果てが色を変え始めた。


 「あ、初日の出」


 ひとり、またひとりと小さな感嘆の声を上げて、参拝客たちは東の空を拝み始めた。

 海の向こうから溢れ出した陽光が舞い落ちる鱗雪で反射されて、煌びやかに神社の境内を照らした。


 「わあ!見てとっしー、超きらきらしてる!!」


 「ホントだな、すげぇ・・・」


 寒いはずなのに、とても温かい光だ。

 そういえばおでんも凶のち吉と占っていたのだったか。

 迅雷は思わず笑いがこぼれた。


 「ホント、波乱の幕開けすぎんだろ、なぁ神様」


 「・・・・・・」


 「神様?・・・おーい、おでん?」


 「・・・ぁ、え?なんじゃ?すまん、聞いてなかった」


 「珍しいな、ボーッとして」


 「そうか、そうらな・・・。らしくもなくちょっと感動してしまったらけなのら」


 そう言っておでんははにかんだ。


 「確かにあの龍を倒すところまでは織り込み済みらったけど、まさかこんな綺麗な初日の出まで見られるとは思わなかったからな。迅雷、お前がわちきの想像を超えて頑張ってくれたおかげなのら。礼を言うよ」


 「お、おう・・・?それはどういたしまして」


 おでんは、青春がしたい。だからここに来た。

 みんなで深夜に初詣に行って、お節料理を食べて、初売りに行ってみたい。

 そのために綿密に計略を練って、予測を立てて、日本にやって来た。


 でも、知らないことが起きた。あって嬉しい知らないこと。

 

 久々に心の水面が揺れた気がした。

 こんな、予定の狭間に紛れ込んだだけのなんでもないことのはずなのに。


 「あぁそうか―――この感覚が、青春するってことなのかもしれないな」


 「相変わらず小難しいこと言って。まぁ、良かったな。青春出来て」


 「あぁ、来た甲斐があった。けどまら満足はしとらんぞ?」


 「・・・ま、俺も正月くらいは受験勉強も休みたいし、付き合うよ」


 「そうこなくてはな」


 神々しい朝日に照らされて、正月病ブレスに倒れていた参拝客たちも次第に活力を取り戻し始めた。遭った被害にはとても釣り合ったものじゃないはずなのに、もう誰も恐怖で震える者はいなかった。


 災いは過ぎ去って、新しい一年が始まる。

 


          ●



 そういえば慈音の父親がずっと下の駐車場で待ってくれていたことを忘れていた。正月に車中泊になってしまった。南無三。大丈夫、きっと今年はその分良いことあるさ。


 「ただいま」


 「お兄ちゃんっ、帰るの遅すぎ!!・・・ってうぎゃー!?なんでそんなボロボロなの!?」


 「おでんに嵌められた・・・」


 ギョッとした直華が、迅雷と一緒に家に帰ってきたおでんを見ると、おでんは舌を見せてウインクした。あくまでもとぼけるつもりらしい。


 「と、とにかく上がって上がって、絶対寒かったでしょ!えっとーえっとー、私、温かい飲み物用意するね!あ、でも先にお風呂にする?ていうか寝る?」


 「それともナオにするぅ~♡」


 「わちょっ、ダメだってば!てゆか冷った!!お風呂!!お兄ちゃん、お風呂!!今沸かすから待っててね!!」


 抱き付いて頬ずりしてきた迅雷の尋常じゃない冷え方に仰天して、直華は思わず抱き付かれたまま風呂場までダッシュした。幸い、迅雷がいつ帰ってきても良いようにお湯を張ったまま置いていたので、追い炊きすればすぐだ。

 それを待つ間に直華はせっせと、迅雷、千影、おでんの3人分のお茶を淹れてきてくれた。なんと気の利く妹だろうか。そもそも元日とはいえこんな朝早くに起きているなんて、きっと帰りが遅くなって相当心配をかけたに違いない。せめてもの恩返しに、迅雷は直華を抱き締めて頭をなでなでしてあげる。


 「ごめんなぁ、ナオ。ナオは本当に良い子だなぁ・・・はぁ、しゅき・・・」


 「引くほどシスコンらな、コイツ。そして割とされるがままの直華も直華じゃないか・・・?」


 「ボクもそんなにとっしーになでなでしてもらえないのにっ!」


 オール電化の風呂の追い炊きは早い。お茶を半分も飲まないうちに風呂場からピーと音が鳴った。

 

          ○


 「ごっしごっしごー、しこしー。あーわあわー」


 「痒いところはないか?」


 気が付いたら迅雷は金髪と銀髪のJCコンビに背中を流されていた。


 「待って」


 「とっしーは今日一番の功労者だもん。遠慮しないの!」


 「いやだからって風呂一緒に入るのはおかしくない?」


 「そう恥じらうなよ。ガキの体には興奮しないんじゃなかったのか?」


 「そうだし、しねーし!!」


 ついつい強がっちまった。もうダメだ。服を着るまで前を向けない。

 

 「じゃあ次はボクの背中流してねー。あ、とっしーは前も洗ってくれて良いんだよ♡」


 「自分でやれ」


 「ぶー」


 「じゃあわちきが前洗ってやろうか」


 蟹歩きで迅雷は千影と椅子を交代した。零距離でじゃれつく千影とおでんのちょっとピンクなキャッキャウフフを聞かされてなお理性を保つ迅雷の強靱なメンタルに敬礼。

 だがしかし、風呂に浸かるときまでタオル装備というわけにはいかない。神代家では万一男女で風呂の入る事になろうがなんだろうが浴槽にタオル装備は厳禁なのである。迅雷は割と本気で一人先に上がってあとは千影とおでんでお楽しみ頂こうかとも考えたのだが、しかし思い直す。わざわざ直華が冷え切った迅雷のことを案じて風呂を用意してくれたのであり、それに入らないのは兄としてあるまじき行為なのではないか、と。


 然らば即ち、迅雷の取るべき選択は。


 ガチャン、と風呂場の扉を開け放つ。


 「いっそナオも一緒に入らない?」


 『いや普通に遠慮します』


 脱衣所のドアの外からフラれた。

 

 「なあ千影、それからおでんも。ジャンケンで負けた方は一旦風呂上がんない?」


 「お前はこの3人でジャンケンして決着が着くとでも思っているのか?」


 千影は相手の出す手を見てから手を変えてもバレないインチキなスピードを持っている。

 おでんには出す手が読まれてしまう。

 無理だ。勝つことはおろか負けることすら出来ない。


 「嬉しいくせに。それに女子とくっつくのなんて言うてお前にとってはそう珍しいことでもなかろう?さっきの直華みたいに」


 「あれは俺から仕掛けてるから良いの!」


 ダメです。


 結局なし崩し的に、迅雷は千影とおでんとは背中合わせの形で浴槽に浸かった。

 バスタブはよその家より広い自信があったのだが、さすがに3人で入ると狭い。


 「ねーぇー、ボクを乗っけたら足伸ばして入れるんだよー?」

 「ほらほらー」


 「背中合わせって言ったよな・・・?」


 背中に感じる感触に迅雷は懸命に耐えた。耳元で囁かれる甘い誘いには屈しない。


 屈しない・・・。


 屈し・・・。


 「のぼせそうだからもう上がるっ!!わーん!!」


 「あっ、と、とっしぃぃぃ!!」


 屈しない!!


          ●


 『鬼よ、嗤わば嗤え!わちきは来年も雪姫のおせちを食べに来る!!』


 夜。千影のスマホに、おでんから気の早いメッセージと共に写真が送られてきた。どうやら無事に天田家の食卓に混ざることが出来たらしい。写真の中の雪姫が用意したお節料理はどれも鮮やかで美味しそうだ。毎年さすがのクオリティである。

 既読を付けると、目ざとくおでんが電話をかけてきた。


 『どうじゃ、羨ましいじゃろ』


 「うーむ、明日お裾分けしてもらいに行こうかな」

 

 『わちきから伝えておこう』


 「で、どう?エンジョイ出来た?」


 『まあな。今日らけでもそれなりに来た甲斐があったが、でも休暇はまらあるしもっともっと遊びまくってやる・・・あ、ちょっ、待っ、ぎにゃー!!』


 「え、なにどうしたのおでん?」


 おでんの尋常ではない悲鳴が聞こえて、千影はあまりの音量にスピーカーから耳を遠ざけた。


 『あーいや、なんでも・・・はぁ。なぜ勝てんのら・・・?』


 「あーはいはい、分かっちゃったよーん」


 多分、今おでんは夏姫にゲームでボコボコにでもされているのだろう。あの子には千影もほとんど勝てたためしがない。

 電話しながらでは勝てないと理解したのか、おでんは巻き気味に話を締めた。


 『とりあえず明日からは初売りらからな。絶っっっ対に寝坊するなよ』


 「うん!じゃあおやすみ、おでん」


 『ああ、おやすみ』


 通話を切ると、丁度迅雷が部屋に戻ってきた。本日2回目の風呂は思う存分ゆっくり出来たようでなによりだ。


 「電話してたん?」


 「おでんと。ゆっきーのおせちがおいしいってさ」


 「そりゃそうだろなぁ。お裾分けしてもらおうかな」


 「って思ってもうお願いしちゃった」


 「でかしたこのヤロー、うりうり」


 迅雷にほっぺをツンツンされて千影はまんざらでもなさそうに甘えた声を出した。

 休憩でベッドに横になった迅雷に、千影は並んで寝転ぶ。


 「明日はどこ行こっか。お年玉もいっぱいもらったし、可愛い服ほしいなー」


 「じゃあ選んでやるよ」


 「えー、とっしーセンスないしなー」


 「うるさいぞこのヤロー」


 「まぁとっしーがどーしてもボクの服を選びたいって言うんならぁ、しょーがないなー」


 「えー?べっつにぃ?そんな?どうしても選びたいって程でもないし?ていうかむしろ千影が選んで欲しいって言うのかなって思っただけだし?」


 「うん、選んで欲しいよ?だって、それってとっしーがその服着てるボクのこと可愛いって思うってことでしょ?」


 期待に満ち満ちた笑顔を向けられて、迅雷は頬を掻いた。ツンデレな迅雷は未だにこうやってストレートに好意を向けられたときの反応が分かりやすくて面白い。


 「まぁボクはなに着てても可愛いから安心して選んでね!」


 「はい一言多い」


 下から直華が呼ぶ声が聞こえた。神代家も夕飯の時間だ。迅雷は返事をして、ベッドから起き上がった。

 だけれど、部屋から出るあたりで千影に裾をつままれて、迅雷は立ち止まった。


 「ねぇ、とっしー。こういうの、もう終わりじゃないよね?」


 「なんだよ藪から棒に。初詣のときの続き?心配性だなぁ」


 「ん・・・。ボク、やっぱりやだよ」


 「だから別にみんな遠く行っちゃうわけじゃないって」


 「そうだけど、そうじゃないのっ!もー、ばかばかばかっ」


 ぽこぽこと殴られて、迅雷は苦笑した。でも、笑ったら笑ったで千影はまたむくれてしまう。しばらく千影には好きにグルグルパンチをさせてから、迅雷は目線の高さを千影に合わせた。

 

 「あのさ、千影。大学受かったらさ、引っ越すのはしょうがないんだよ。こっから通うのはさすがに大変だしさ」


 「・・・・・・」


 「で、さ。まぁ、ちょっと考えてたんだけどさ」


 そういえば、初詣のときはちょうど除夜の鐘が始まって慌てて階段を登ったから言えずじまいになってしまったのだった。


 「もし受かったら・・・受かったらだぜ?そんときはさ、千影が良かったらさ、引っ越すとき、一緒に来る?」


 「え・・・え?良いの?」


 「というか・・・・・・その、来てくんないかな?」

 

 「うん、行く。・・・絶対ついてく!」


 「よっし、決まりだな。はー、やっと言えて安心したー。やっぱもう抱き枕がないと安眠出来ねーからさー」


 「あー、自分で言って自分で超照れてるー。かーわいー」


 千影もすっかり調子の良い笑顔に戻って迅雷をイジりにきた。


 「千影こそちょっとウルウルしてんじゃねーか」


 「ふーんだ。ボクは素直に嬉しいって言える子だもんねー」


 迅雷が初詣でしたお願いは、すごくシンプルだった。

 

 (今年も千影とずっといられますように)


 きっと誰かに教えても叶っていたかもしれないけれど、恥ずかしすぎて誰にも教えられない、そんなお願いだった。


 なかなか降りてこない迅雷と千影を、夕飯が待ちきれない直華が急かしてきた。

 2人は大きく返事をして、軽い足取りで1階に降りるのだった。

 

新年一発目はやっぱり、としくんと千影がメインじゃないとですよね。


それでは皆様、改めまして本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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