大晦日特別編 ”お狐様も青春したい”
こんばんは!
いやぁ、今年は本当にいろいろ大変でしたね。なにがと言わなくても世界中みんな通じるくらい大変な年なんてそうありませんね。私からあらためてなにか言う必要もないでしょう。
さて、今年の年末年始特別編は大晦日と元日に分けてお送りいたします!大晦日編では作者のお気に入りキャラのひとり、銀髪碧眼のあの子にもスポットを当てていきますよー!
それでは皆さんごゆっくり!そしてよいお年を!
部屋がクソ寒い。夕方に部屋の掃除をしたきり、舞った埃を逃がすために窓を開けたままずっと下のリビングにいて、締めるのを忘れてしまった。なんか外より寒いんじゃないかとさえ思える。今から寝るだけなのにもったいない気もしたのだが、迅雷は仕方なくエアコンのスイッチをオンにした。
「はぁ~、疲れた~」
「だねー」
迅雷がベッドに大の字になると、千影が迅雷の上に大の字になった。さっき風呂に入ったばかりの千影は甘い香りつきの湯たんぽ同然だ。さっさと暖を取りたくて、迅雷は千影をぎゅっと抱き締めて布団を被った。決して不純な意図はない。決して迅雷は金髪ロリに欲情などしないのだ。決して多分。
千影は迅雷の腕の中でモゾモゾと体勢を変えて、枕に頭が乗る高さまで登った。どっちかというと、抱き締められて分かりやすく色めき立っているのは千影の方である。顔が同じ高さになった迅雷に唇を伸ばして迫るも、キス出来たのは彼の掌だった。
部屋の明かりを消したあとも2人はいつものように眠くなるまで話をする。
「大掃除スゴかったぁ。去年ってこんなだったっけ・・・?」
「今年は父さんいないからな。いかに毎年父さんがひとりでバリバリ掃除してくれてたかっていうやつ」
「さすがはやチン、掃除の手際もランク7だったのか・・・!」
「まぁでも今日のうちにあらかた済んだから大晦日はゆっくり出来るだろ」
年内最後の大仕事も片付いてひと安心。あとはどんな風に年を越すかだけだ。楽しみ方を想像する迅雷が、抱き寄せた千影のふわふわした金髪に顔を埋めるようにしてぬくぬくしているうちに瞼が重くなってきた頃だった。
がたがたがた。
と、ベッドのすぐ横の窓から不気味な音がした。風が吹いたにしてはビュウという風そのものの音はしなかった。一気に目が覚めた迅雷と千影は少し体を起こして、カーテンを閉めて見えない窓の外を警戒した。
「な、なんだ・・・?」
ゴトゴトゴトっ!
「まっ、まさかドロボー!?」
さらに窓を揺さぶる音は激しくなって、いよいよ迅雷と千影は身構えた。これはもう間違いなくまともなことではない。
そして、カタン、と窓のクレセント錠が外れた。やはり別段強くもない風が冷たく吹き込んできて、侵入者を包むカーテンのヴェールを取り払う。年末の寝込みを狙う不埒な輩の正体は―――。
「じんぐるべーるじんぐるべーる、A HAPPY NEW YEAR !!」
なんだか可愛らしい歌声の銀髪碧眼のサンタさんだった。
「うわあああああッ、混ざってる、それちょっと遅い・・・それまだ早い・・・・・・脱げてる!!」
「おおっと、慣れない格好をしたばっかりにスカートを引っかけてしまった」
パンツが見え・・・見え・・・見えない。あれ?パンツはいてる?
窓から転がり込んできた鼠蹊部チラ見せえちえちコスチュームのサンタさんは、迅雷の腹の上に着地してウインクした。
「きっちり要点を押さえて全部まとめてツッコめる良い子にはサンタさんからお正月のプレゼ―――ふ、ふぇっきし!!うー・・・さ、さぶ・・・悪いけどちょっと布団に入らせて・・・」
「良いけど布団に鼻水つけないでね・・・」
先の紹介改め顔面蒼白鼻水ずびずび美少女台無しサンタさんを、迅雷は優しく毛布でくるんであげるのだった。
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「ねーわちきもっと青春したいー」
聖夜の食卓を囲んで一言目がそれだった。
ぶー垂れたのは、銀髪碧眼の和装少女、伝楽だ。ただし、今日はいつも被っている狐の面の代わりに赤いサンタ帽を被っていた。
隣の席で七面鳥を楽しんでいた赤い髪の中性的な若者、ナナシが困惑しつつもおでん―――おでんの愛称のことである―――をスルーするのがいたたまれなくて、仕方なしに続きを聞いてやった。
「急になに?」
「別にな?わちきらってクリスチャンじゃないしクリスマスの過ごし方に拘りがあるワケじゃないけどな?でもわちきも年頃の乙女じゃろう?なんかこう、もっとキラキラした青春を過ごしてみたい」
「美味いもの食べてみんなでワイワイしてるから今でも十分青春してるんじゃないの?」
「ワイワイ?うん、まぁな、ワイワイしてるよな。でもさぁ、いや、そうじゃなくて―――」
「あーっ!!それ私のなのにぃ・・・」
「―――はぁ、またか」
渋々おでんは席を立つ。
「そら、どうした伊那?」
「うっ、ひぐっ。ガインが私のプリン食べたー・・・!」
「だって全然食べないから要らないんだと思って、食べてやっただけだし!」
「ちがうもん!!デザートってごはんのあとに食べるんだよ!!」
「あーはいはい。うるさいから喧嘩するな・・・。プリンならわちきのやるから」
「ホント!?」
「あぁもちろん。ガインも悪いと思ってるならちゃんと謝るんらぞ」
「うっ・・・・・・。ご、ごめんなさい・・・」
「わちきじゃなくて伊那にな」
「ごめん・・・伊那・・・」
「うん、もういいよ。でももう絶対しないでね」
「よろしい」
自分のプリンアラモード(実は割と楽しみにしていた)を犠牲に2人の喧嘩を仲裁したおでんは、自分の席に戻って大きな溜息を吐いた。
「お疲れさん、おでんママ」
「やめろ。マジで」
「でもなんだかんだノリノリじゃん」
「黙れ」
「酷い!?」
ナナシの喉にチーズフォンデュ用のピックを突き立て黙らせて、おでんは食卓を囲むみんなの顔を見た。
ズラリと座る、子供、子供、子供。―――みんなまだ年端もいかないオドノイドだ。紆余曲折あっておでんはこの幼いオドノイドの子供たちの面倒を見ているのだが、今日ばかりはさすがにもう我慢ならない。
この歳で愛も恋も碌に楽しまぬまま一足飛びにリアルおままごとに興じられるほどおでんは母性溢れる精神性の持ち主ではないのだ。子供たちが幸せなら自分も幸せとか言っちゃうヤツの正気を疑う程度には自分の人生をまだまだ楽しみ足りないタイプの人間だ。
「いや、良いんらけどな?楽しそうならそれで。一応せっかく用意したクリスマスパーティーらし。けどナナシ、これ見てくれよ」
「ん?」
おでんは、SNSで送られてきた写真をナナシに見せた。その写真では、真ん中の金髪赤目の少女が家族やたくさんの友だちと一緒にプレゼント交換で贈り合ったプレゼントを持ってさぞかし幸せそうに笑っていた。
「お、千影か?へー、楽しそうじゃん」
「じゃろ!?コレ見て、はい次、わちき見て!!」
「???」
「なーんでーわかーんないのー!千影とわちきはたったの2歳差なのになんじゃこの差は!わちきだってもっと友だちとワイワイしたいー!わちきもプレゼント交換とかしたいー!わちきももっと甘えたいー!わちきもサンタさんに来て欲しいー!」
「友だちならほら、ここにいるじゃん?」
「死ね」
「酷い!!ホントはおでんにもプレゼント用意してたけどもうぜってーあげねーから!!」
「ほほう?なら死ななくて良いぞ。疾く渡せ。良かったな、命拾いして」
駄々っ子高慢ちき女王の恩情に与って、憐れな下僕はさめざめと涙を流すのであった。
ただ、この後ナナシがおでんに用意していたプレゼントを渡すと、おでんからもプレゼントを渡された。そういうところがあるから、どうにも憎めないのである。
施設からの帰りがてら、おでんはナナシに宣言した。
「よぅし、決めた。千影には負けておれん。こうなったら年末年始こそは青春してみせる!」
「うん、もうなんつーか頑張れ頑張れ」
○
「というわけでIAMO辞めます」
「辞表とはまた大きく出たね」
IAMOの魔法士を統括する実働部総司令のギルバート・グリーンは、相変わらず淹れた紅茶に口を付けない無礼な部下の持参した退職願に目を通して、苦笑した。
「今の生活はわちきの人生ではない気がしてな。ここいらでひとつ転職でもしてみようかなと。例えば、そうらなぁ・・・政治とかやってみたい気もするな」
「よした方が良いよ。確かに君の能力なら大抵のことは出来るのかもしれないけれど、それ以前に誰も君を政界に入れようだなんて思わないだろうさ」
「なぜまた」
「君が政治家ならSNSに投稿されている知育菓子の写真が国際テロ組織が使っている暗号だと見破って一網打尽にするような人間と一緒に働きたいと思うかい?」
「なるほど、よく分かる例えをありがとう」
おでんは週休二日が汚職事件発覚の伏線になるような女だ。少なくとも、政治や大企業のような既に巨大かつ複雑に成長しきった世界にとってはおでんを招き入れるのはリスクが大きすぎる。彼女の実績を知れば、後ろ暗い事情を隠しているエリートたちは震え上がり、あの手この手で書類選考落ちさせようとすることだろう。
「それにIAMOにはまだまだ君の力が必要だよ。オドノイドの地位向上だって君が目指す水準にはまだまだ達していないじゃないか。考え直してみて欲しいな」
「オドノイドが嫌いなくせによくもまぁぬけぬけと。でもまぁ、お前がそこまで言うなら仕方ない。らけど、それならせめて年末年始くらいは休みをくれんか?」
「休みなら普段から十分にあると思うのだけれど」
「言い方が悪かったな。わちきはもっとプライベートな時間が欲しいって言ってるのら。せっかくの休みもお目付役無しにはどこにも行けないなんてサイアクらと思わんか?」
IAMO組織内においても、依然オドノイドの行動は逐一監視されている。ひとりひとりに監視役の魔法士が当てられていて、四六時中一緒というわけではないものの、人並みのプライベートが保証されていないのだ。・・・もっとも、こうやって文句を垂れるおでん自身はいつも監視役を巧みに欺いて割と自由にやっていなくもないのだが。
ギルバートは肩をすくめた。結局のところ、おでんにIAMOを辞められるくらいならまだ一時的に監視を外した方がマシという話だ。権力で押さえ付けることも出来なくはないが、そのための同情を誘う文句だろう。下らないことに変な交渉術を絡めてくるものである。
「良いだろう、分かった。昨日伝えた案件が一段落したら1月4日まで休暇をあげよう」
「そうかそうか!話の分かる上司を持てて良かった♪二言はないな!?待ってろ~、明後日までには片付けてやるからな!」
目を輝かせて執務室を飛び出して行ったおでんを見送って、ギルバートは小さく笑った。
「やれやれ・・・さしものオデンも年頃の女の子だったね。少しは羽目も外さないと窮屈、か」
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「というわけなのら」
「「全然わからん」」
おでんは神代家に不法侵入をすることとなった経緯を懇切丁寧に説明してくれた。なんかおでんの回想のはずなのにその他の人物の心理描写までキッチリされていたせいで一人芝居みたいになっていた。
「いや分かるじゃろ、わちきは青春するために来たのら」
「うーん、どっちかというとそこから空き巣の真似事するまでの空白の数日間を埋めて欲しかったかなー、俺は」
「壮絶を極めるぞ」
「じゃあ良いです」
おでんの好き放題は今に始まったことではない。おでんのせいでまた寒くなってしまった部屋で長い苦労話を聞く気もないので迅雷は丁重に断った。
千影が気を利かせて淹れてきた温かいコーヒーを飲んで落ち着くと、おでんは思い出したように手を叩いた。
「そうそう、そうらった。さっきは結局渡しそびれたんらったな」
「改めて見るとマジでゾッとする格好してんな。外の気温知ってる?らしくもなくバカみたいなことして」
「黙れ。股間を落ち着けてから言えよ。セクシーで悪かったな」
「う、うるさいなっ」
「もしもし、とっしーさんや」
「なんだい千影さ・・・・・・やめ、見るな、触るな、確かめるな!」
今も持参したプレゼント袋を漁るおでんのスカートがひらひらと危ない色香を撒き散らしている。結局はいているのか?はいていないのか?気になりすぎる。
袋から上半身を出したおでんは、迅雷と千影のために用意したプレゼントボックスをそれぞれに渡した。袋の大きさも納得の、想像以上に大きな箱だ。
「おお、なんかすごそう」
「ありがと、おでん!」
「さ、開けてみろ」
「わーい門松だー」
「すごーい鏡餅だ!」
2人はそっとプレゼントを脇に置いて、改めておでんと向かい合って正座した。
「で?」
「ホントのプレゼントは?」
「あ、もうツッコんでもくれんのか。冷たいな・・・」
ちょっとナナシの気持ちが分かって反省しつつ、おでんは仕方なしにプレゼント袋に潜り直した。
「ほい、迅雷にはバッグ。千影には指輪」
「ボクのだけなんか重くない?主に愛が」
「安心しろ、食べられる指輪らから」
そういえば昔そういうキャンディーがあった気がする。どこから入手してきたのだろうか。しかもよく見るとリング部分はただのプラスチックの輪っかじゃなくてキチンとしたアクセサリになっていた。本当にどこから仕入れてきたのだろうか。
さて、これ以上うるさくすると隣の部屋でもう眠っているだろう直華を起こしてしまうかもしれない。夜も遅いので、迅雷はもう一度寝直すことにした。
「で、おでんはどうする?下で布団敷くか?」
「なにを言っとる、お前のベッドを使うに決まっとろうが。まさか極寒の中を何時間も歩いてきたわちきをまたしても凍える廊下に放り出そうらなんて思っちゃいないらろうな?」
「とっしーの隣はあげないからね」
「というかわちきと千影の2人がベッドで寝て、迅雷は床でも良いんじゃないか?さすがに3人じゃ狭かろう」
「わー・・・図々しい。残念だがウチに来た以上は抱き枕の刑だぞ」
おでんを脅すように迅雷は手をワキワキさせるが、おでんは知ったことかとばかりに迅雷とは千影を挟む格好でベッドの端に腰掛けた。それどころかむしろ誘うように、おでんは迅雷に背を向ける格好でサンタコスを脱いで生っ白い背筋を見せつけてきた。そのまま器用に寝間着用の浴衣に着替えたおでんは、迅雷の腕を枕に借りて寝転び、部屋の電気を消した。
おでんに抱き枕にされながら、千影は小声で訊ねた。
「それでおでん、具体的にはなにしたいの?」
「んー、いろいろ考えてきたのら。まずは人を集めて初詣しながら年越しがしたいし、あとは初売りで要らんもん買いたいし、それからいろんな家のお節を食べて回りたい。というか具体的には雪姫のとこのお節が気になってるのら」
「ふーん、いいねぇ。ボクは行く行く。とっしーは?」
「構わないけど、さすがに神社で年越しってなるとみんな集まってくれるか分かんないぜ」
●
「集まっちゃったよ」
深夜11時。
真牙と慈音に雪姫、それから夏姫まで集まっていた。ノリの良いことだ。特に天田姉妹なんて意外なくらいに。しかも、神社までは慈音の父親が送ってくれることになった。
「やー、わざわざすんません、車出してもらっちゃって」
「良いよ、おじさんも高校生の頃は友だちと一緒に深夜に初詣に行ったのを思い出すし」
運転手の眠気覚ましに真牙は慈音の父親と盛り上がっている。
ぎゅうぎゅうの後部座席で、迅雷は(どさくさに紛れて)膝に乗っけた夏姫がウトウトしていたので軽く肩を叩いた。
「大丈夫?眠かったんじゃないの?」
「大丈夫です。迅雷くんにお姉ちゃんは渡しませんから」
「寝ぼけてるよこの子かわいいなぁ」
「寝ぼけてないですしっ!あたしはお姉ちゃんと一緒に年越しの瞬間を迎えたいんです!」
「シスコンを一切隠す気のない夏姫ちゃんもかわいいなぁ」
「あーもう頭勝手に撫でないでください、ホント気に食わない人ですねっ!」
すっかり目が覚めた夏姫は迅雷の顎に頭突きをして安全なお姉ちゃんの膝の上に帰って行った。入れ替わりに、迅雷の上には千影がやって来る。いや、別に迅雷の膝に座らないといけないほど車内空間が圧迫されているわけではないのだが。それを見ていた真牙が物欲しそうな目をちっこい組に向ける。
「どうせ座るならオレの膝でも良いのよ?」
「セクハラされそうだからやだ」
「というその発言が既にセクハラじゃろ」
「お姉ちゃんが良いです」
「じゃあ慈音ちゃんどう?」
「え、えぇ・・・?しの?うーん・・・重いよ?」
「重くないって、大丈夫大丈夫。むしろ慈音ちゃんの体重なら平均よりも軽い方だぜ!」
「なんでしのの体重知ってる感じなの!?ねぇなんで、どこで!?」
「いや、目測」
視姦ここに極まれり。真牙の分析によれば慈音の体重が平均より軽い原因は主におっぱいが全くと言って良いほど成長していないからだ。そしてまた別の分析によると、だがそれが良い。
そんなことばかりしているからドン引きされるのだが、しかし考え方を変えてみよう。そう、真牙は非常に優れた観察眼の持ち主なのだ。ぱっと見から服装の情報を加味しつつ本来の体系を推測し、ピーピングや水泳の時間を最大限活用して脳に蓄積した膨大なデータベースと照合することで限りなく実際の数値に近いスリーサイズと体重を導き出す技術は、まさに神業と言って良いだろう。まぁ、ドン引きされることに変わりないというか、説明している最中に罪状が増えた気もするが。どうかこの年末で彼の煩悩が少しでも消えますように。
そうこうしているうちに神社に到着した。参拝客の車列は、さすがに日が昇ったあとと比べればマシではあっただろうが、それでもウンザリするような長さになっていた。この寒い中あんな標高の高い神社で年越しを迎えようだなんて、物好きも大勢いたものだ。てっぺんの気温の低さと言えば、昼間でさえ境内で配っている甘酒なんかじゃ到底誤魔化しきれないというのに。
だというのに。
「ゆゆゆゆっきーホントにそれささささ寒くないのののの?」
「いや全然」
暖房の効いた車を降りた途端にあまりの寒さでみんなが震え上がる中、相変わらず雪姫は秋の暮れ頃なら丁度よさそうな程度の防寒対策しかしていなかった。本人が平気でも見る者の体温を奪うから気を遣って欲しいところだが、これでも我慢して着込んでいる方だという。妹の方も、姉ほどではないが見ていて腹の冷える気がする格好だ。
迅雷は温かくして全体的にもこもこしたシルエットの千影と夏姫を見比べて溜息を吐いた。
「着膨れしてる夏姫たんも見てみたいなぁ」
「南極旅行に連れてってくれたらお披露目してあげます」
「お、言ったな?言質取ったぞー?」
「・・・えっ?」
本当に南極に行くかどうかは作者の気分次第として、さて。駐車場で駄弁っていてもしょうがない。神社の境内まで続く長い階段を踏破すれば、多少は体も温まることだろう。
参拝客たちの行列に混じって上を目指しながら、おでんは雑談に華を咲かせていた。青春したいだなんて言うと大袈裟だったが、要するに彼女は仕事とは関係ない交友関係を楽しみたかっただけなのだろう。雪姫は、他の参拝客たちがおでんに向ける視線を見て小馬鹿にするように笑った。
「なんかアンタのお面と着物、コスプレだと思われてるくない?」
「みたいらな。大方、神社に狐の面を被った美少女というシチュエーションから想像したんじゃろう、ネット社会らしい安易な発想なのら。まぁなんとでも思うが良いさ。誰がなんと言おうとこれはれっきとしたわちき自身のアイデンティティなのら」
「その割に昨日は平然とサンタコス着てなかった?」
「黙れ。いっぺん用意した衣装を1回しか着ないのがもったいないと思ったからサプライズがてら着直してみたらけなのら」
「オレもおでんちゃんのサンタコス見てみたかったんだけど」
「そりゃ残念じゃったな。次のクリスマスに呼んでくれれば可能性はあるぞ」
「呼ぶ!呼ぶ呼ぶ、なんなら今から招待状書く!迅雷!来年のクリスマス会の日取り決めるぞ!」
「じゃあ真牙んちの道場貸し切って盛大なパーティーにしようぜ」
「ダメに決まってんだろ」
「急に真顔でダメだしするなよ・・・」
「だってウチの道場あんなに広いのに石油ストーブ2台しか置いてねぇし」
「それはダメだわ」
知りたくなかった意外な裏事情である。門下生も多いのだから暖房器具のひとつやふたつ買っても良いと思ったが、どうやらそもそもストーブ用に空いているコンセントが2箇所しかないらしい。建物が古いと大変なようだ。
わちゃわちゃしている迅雷たちを列の後ろの方から見上げていた慈音は、心の底から楽しそうにニコニコしている。
「ね、千影ちゃん。来年もまたみんなでこうして集まれると良いねー」
「ちょっとしーちゃん、なんだかそういう言い方すると寂しくなるんだけど」
「えー?そっかなぁ?しのは普通にそう思っただけなのに」
「でもさぁ、だってさぁ、みんな大学とか行くんでしょ?」
言い忘れていたが、なんだかんだあって今年の迅雷たちは無事にマンティオ学園の最上級生をやっていた。もうみんなそれぞれの進路を考えている時期だ。
例年ならこの深夜の初詣に煌熾も誘っていそうなものだが、そうしていないのは彼が既に卒業してしまったからだ。そして、煌熾がそうなら今日のメンツも来年は集まれるか分からないのかもしれない。そう思うと、慈音の何気ない言葉も、置いてけぼりを食う千影にはちょっと寂しく聞こえたらしい。誰しも充実した日常に大きく変化が訪れようとしていれば不安に思うのが当たり前だが、千影にとっては今が人生で初めて手に入れた「変わって欲しくない日常」だ。人一倍、そんな不安を感じてしまうのも仕方がない。
前を歩く迅雷は、真牙や雪姫と下らない話をして楽しそうに笑っている。その笑顔を見て、千影はなんだか重くて苦しい胸の痛みを覚えた。なんとも酷い話だが、初詣で彼らの受験が失敗すれば良いのにと願ってしまうかもしれないほどに。変化は否応なしに訪れるものだと知っているのに、そんな幼稚なワガママを頭に思い浮かべてしまう自分が少し恥ずかしくて、千影は下手なことを言わないように口をつぐんだ。
しかし、妙に静かになった千影を気にしたように迅雷が足を止める。
「千影?」
「な、なに?」
「いやなんでもないんだけど、黙ってて珍しいなっていうか」
「ボクも別になんでもないよ」
「ふーん・・・」
言外に「なんでもない顔じゃないくせに」と言っているような生返事だ。さっきまで後ろを歩く千影のことなど見てもいなかったくせに、こういうときばかりよく気付くものだ。
迅雷はそれとなく慈音と立ち位置を交換して、千影と並んだ。
「寒くて腹でも下した?」
「美少女はお腹を下しません」
「まぁ言ってみろよ、じゃなきゃ分かんねーし、気になるし、年越せねーし」
「とっしーが受験落ちるように神頼みしよっかなーって考えてた」
「クソかっ!?なにお前心の底ではそんなえげつないこと考えてたのかよ!?」
「・・・」
「別にそんな遠くまで行くわけじゃないんだぜ。俺も、みんなもさ。休みごとに全然一央市に帰ってくるだろうし」
「分かってるんじゃん・・・とっしーのバカ」
「まぁそりゃな」
さっきの慈音と千影の会話も聞こえていた・・・というより、それはむしろ―――。
ぼーん。
ひとつめの梵鐘の音は、後ろからノイズ混じりに聞こえてきた。
ここは神社なので今夜に鐘を撞くことはないが、誰かがラジオかスマホでよその中継を聞いていたのだろう。いよいよ今年の終わりのカウントダウンが始まったのだ。誰しもなんとか境内でその時刻を迎えたいために、自然と階段を進む人の列も流れる速度を増す。
後ろから押されて転ばないように、迅雷は千影の手を握って近くに引き寄せた。
○
「ひぃ、ふぅ・・・な、なんとか間に合いましたね、ぜぇ・・・」
迅雷たちが頂上の境内に到着した時刻は23時57分と、まさにギリギリだった。ぶっちゃけ無茶なペースで階段を上がってきたせいで、元々暑がりな夏姫がゆでだこのように顔を火照らせている。雪姫がハンカチで夏姫の汗を拭いてやっていた。夏姫以上の暑がりである雪姫がそれほど酷い汗をかいていないのは、単純に普段からもっと激しい運動をしているからだろう。強力なモンスターとの戦闘は神社の階段を一息に駆け上がるよりも辛いことだってあるのだ。
手の痛くなるような冷たさの手水を使うと、本当に身が清められるような気分がする。本殿の前にズラリと出来た行列の中腹で、迅雷たちはみんなでひとつの時計を凝視してその瞬間を待った。
おでんの「せーの」でみんなが声を揃える。
『3!』
大きな声を出すのがちょっと照れ臭そうな雪姫も、夏姫に誘われては敵わない。
『2!』
ちょっぴり伸ばし気味の浮かれたカウントダウン。
『1!』
デジタル時計にゼロが4つ並ぶ。
『あけましておめでとーう!!』
隣同士で手を繋ぎ、大袈裟にバンザイ。みんなが平等におめでたい瞬間を、みんなで盛大に祝福した。
ようやくをもって神社の鐘もシャラシャラとひっきりなしに鳴り始め、初詣の行列は緩やかに動き始めた。
○
「ねぇ、としくんはなにお願いした?」
「教えたら叶わなくなっちゃうだろ~」
「あ、そうだったー。あはは」
無事にお参りを終えて、迅雷は慈音と一緒に屋台の並ぶ境内の一角を歩いていた。この標高に露店を構えて商売をする彼らの気合いと覚悟と情熱は、そんじょそこらの夏祭りで適当なものを割高で売り捌く連中とは訳が違う。苦労に見合うだけの報酬を得るべく、どの屋台もよそに負けない拘りの品々を取り揃えているのだ。
「おやおや、しーちゃん結構買いますなぁ」
「うぐっ、きょ、今日は特別だもん!」
迅雷は、ちょっとお腹の方に目をやりながら慈音をたしなめた。デリカシーのないクソ主人公である。
買い揃えた夜食を頬張りながら、2人は今年の運勢を占ってみようとおみくじを引きに行ってみたのだが、なぜか売り場には妙な人集りが出来上がっていた。おみくじを引く程度のことならサクサクと人が捌けていきそうなものだが。
「なんだろう?」
「ん・・・?あれって千影とおでんじゃね?」
「あ、ホントだ。でもなにしてるんだろ?もしかしておでんちゃんさっきからずっと箱に手を突っ込んでるのかな・・・?」
見つけてからとりあえず10秒くらい経って、おでんはずぼっとおみくじの箱から手を出した。だが見てみてびっくり、彼女の手には無数のおみくじが握られていた。しかし「いやそれ掴み取りじゃねーから!!」とツッコむにはまだ早い。おでんだってその程度のことは当然知っている。
待ち行列から上がる不信感のどよめきなど欠片も気にせず、あろうことかおでんはその大量のおみくじを取捨選別し始めた。要らないおみくじはまるでゴミのように元の箱に投げ入れて、最終的に残ったおみくじを持っておでんは上機嫌で列を離れた。
迅雷と慈音に気付いたおでんは、まだ開封していない厳選おみくじを持ってやって来た。
「あのね、ボクは止めたんだよ・・・」
一緒に戻って来た千影は、既になにか申し訳なさそうな顔をしている。
いっそ狂気といって差し支えないほど清々しい笑顔で、おでんはおみくじを開封した。
「それじゃ、迅雷と慈音もしかと見とれ。これが今年のわちきの運勢なのら!」
神。
「待って」
「ふははー、わちきは神である!」
「待って。おみくじってそういうのじゃないから」
「たわけ、この世に運も偶然もありはしない。運命も幸福も全ては自分で勝ち取るものなのら」
なんとなくそういうことを言い出すんだろうなとは思っていたけれど、それにしても、神って。なんでそんなものが入っているんだ。神様のお告げを書いているのがおみくじという設定ではなかったのだろうか?それとも今どきの神様は自分で「神ってる」とかいう若者言葉を使っちゃう設定になったのだろうか?威厳ねぇー・・・。もう運勢のところにどんだけ真面目なこと書いてあっても全然信憑性ないよコレ。
「なんかおみくじ引く気失せたなぁ」
「じゃあ代わりにわちきが迅雷を占ってやろう。神である、わちきがな!」
「ドヤ顔が可愛いからもういいや」
現金な神様が高笑いしていると、おかげで暗い中でも目立ったのか、別々に回っていた真牙と天田姉妹も集まって来た。彼らは彼らでお守りなどを買いに行っていたらしい。おでんはそちらにも自分の”神”を見せつけて、そんなお守りの代わりに自分の加護を授けよう、だなどと抜かしている。
「で、どうする?神社で年を明かすっていう当初の目的は果たしたわけだけど」
迅雷が買ってきたたこ焼きを1個横から摘まみながら、雪姫はそれとなく帰りを促した。風も強くなってきて、雪姫はともかく、他のみんなはこんな寒いところに長居しても風邪を引くだけだ。
「まぁもうちょっと待てよ。神であるわちきの占いがまだ済んでおらんぞ」
「あー・・・まだその設定続くんだ。うん、いいよ、続きは階段降りながら聞くから」
「そう余裕をこいてはおられんかもしれないぞ?」
「・・・?」
「さあ、今年の諸君の運勢は~。でれれれれれれれ・・・」
不意におでんの瞳に妖しい輝きが滲んだ。面と向かって会話をしているのは雪姫のはずなのに、おでんのつぶらな瞳はまるで人形のガラス玉のように異次元を見据えているような感じがする。
時折、なんの前触れもなくおでんはこういう気配を現す。真意の掴めない、どこか浮き世離れした―――それこそ本当に神憑りであるかのような気配を。いいや、事実としておでんは人智を超えた能力を持っている。それはおでんがオドノイドとなったことで発現した固有能力という話ではない。そんなものは彼女の本質を補強する付加価値に過ぎないのだろう。本当に我々人類が理解出来ないのは、おでんの頭の中身なのである。
要するに、あいつ頭良すぎてなに考えてるかさっぱり分からない、という意味である。
しかし、ひとつだけ言えるのは、おでんがこういう顔をするときはなにか厄介なことを企んでいる、ということだ。一体どんな神のお告げが飛び出すことやら、雪姫だけでなくみんなが生唾を呑んで言葉を待った。
「ででん。凶のち吉。今年は波乱の幕開けとなるが、頑張れば楽しい1年を過ごせるでしょう!」
「・・・・・・え、それだけ?」
「それらけ」
「はぁー・・・だったらなんだったの今の?いいや帰ろ帰ろ、もう夏姫も寝かせたいし」
雪姫の腕に引っ付いている夏姫は確かに眠そうだ。まだ小学生の彼女にとってこんなにハードな夜更かしはさぞ堪えたことだろう。緊張を誘われただけに一気に面倒臭くなって、雪姫は大きな溜息を吐いた。
しかし、雪姫はまだ気付いていない。おでんの目に灯った光の色は褪せていないことに。そして、既に自分たちが事態の最中にいることにも。
「ほら、夏姫。帰るからもうちょっと頑張って」
「んー・・・・・・あう」
「・・・夏姫?」
言葉にもならないような小さい唸り声を漏らしたかと思うと、急に夏姫は地面に倒れ込んでしまった。
居眠り―――にしてはおかしい気がした。まるで急に意識を奪われたかのように、重心の変化が不自然だった。その意味を瞬時に察知した雪姫は、慌てて倒れた夏姫を抱き起こした。
「な、夏姫っ!?」
「え、な、なになに!?大丈夫!?」
慈音も慌てて夏姫の様子を確かめようとしたが、変化はそれさえ追い越して唐突に、しかし爆発的に顕在化した。
バタバタと人が倒れる音が連続した。夏姫と同じように急に意識を失う人間が次々と現れ始めたのだ。
寒さが原因とは思えない。もしそうなら例年このような事態が起こっていてもおかしくないはずだ。
千影はなにかを感知したのか、頭頂部のアホ毛をピンと立たせた。
「なにかいる・・・!」
千影の言葉で迅雷と真牙は真っ先に『召喚』を唱えた。なんの情報もないが、千影が「いる」と言ったのだから「なにか」は必ずここに今、現れたのだ。だから、言葉少なにただ剣を握って斬り伏せるべき危機を待ち受ける。
やがてうっすらと聞こえる重厚な風斬り音。
月を隠したのは、雲ではなかった。
遙か上空を漂う朧な白影。
それを歓迎するかのように、神憑りの少女は両腕を広げた。
「さぁ、龍は舞い降りた!干支には合わんが今夜の余興の始まりなのら!!」
龍。
そう、龍。
空を舞う雄々しく長大なその威容こそ、まさしく東洋の伝説に謳われる龍そのものであった。
夜闇に爛々と輝く双眸に睨まれた人間たちは、それだけで圧倒されて膝を折った。
龍とはドラゴンと同系の、ありとあらゆる世界の生態系の頂点に立つ最大最強の生物である。
迅雷も、真牙も、剣を構える手が小刻みに震えるのを我慢出来ない。互いをからかい合って武者震いだと強がる余裕もなかった。
「嘘だろ!?こんなとこに出てきて良いモンスターじゃねえって・・・!!」
「とっしー、しんちゃん!!なんかしてくる!!気を付けて!!」
龍はその口を大きく開いて白い霧のようなものを噴き出した。千影の警告で迅雷は咄嗟に風魔法を使用し、真牙と千影ごと囲むように気流のバリアを作り出した。だが、それでは他の人たちまでは守れない。ここにはたくさんの参拝客がいて、そしてその多くがこんな怪物相手に身を守れるほどの力など持っていない。
龍の息吹が過ぎ去って、迅雷は恐る恐る目を開ける。
「・・・?」
辺りが火の海になるわけでもなければ、強烈な風に煽られて社や屋台が吹き散らかされているわけでもなかった。
しかし、だからといってなにも起きなかったわけではない。
迅雷が頭の中にクエスチョンを浮かべたのは、惨状が広がっていなかったからではなかった。
かくん、と。一瞬だが、膝から力が抜けたのだ。見れば、真牙と千影も腰を抜かして尻餅をついたまま目を丸くしていた。すぐになんともなくなって、急いで立ち上がって剣を構え直した。
だが、3人の症状がそれで済んだのは迅雷が風を起こしたからだった。次の瞬間、またしても多くの参拝客が突如気絶して倒れ込んだのだ。
もはや因果関係は明白だった。真牙が厄介そうに顔をしかめた。
「毒、か・・・!!」
極めて現実味を帯びた推測だった。
あの龍の吐き出した息に混じっていたものが毒、それも、一瞬で人間が立っていられなくなるほどの猛毒だとすれば―――。
迅雷はゾッとして、既にその毒を受けてしまった夏姫を探した。彼女は、雪姫と慈音に守られて先ほどと変わらない場所で依然意識を失ったままでいた。
「雪姫!!夏姫ちゃんは大丈夫なのか!?」
「多分、大丈夫・・・でも、これって・・・」
「な、なんだよ、なにか分かったのか!?」
一方で、夏姫の状態を確かめていた雪姫は周囲の人々の様子も見て比べることで、彼女が意識を失ったように見えた原因を突き止めた。
「これはなんというかその・・・正月病・・・だと思う」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
迅雷は思わず聞き返してしまった。
というよりも、そう言ったあとで雪姫自身さえちょっと戸惑っているようだった。
○ 説明しよう!! ○
『正月病』
年末年始の休み明けに出やすい「眠い」「だるくて疲れやすい」「やる気が出ない」「身体が重い」などの心身の不調のことをいう。正月はさまざまなイベントがあり、生活リズムが崩れ、体内時計が乱れやすいことがこの症状の原因とされる。こういった症状が長期間続くと、うつ状態になる可能性があることも指摘されている。[1]
引用元
[1]『正月病とは』、コトバンク(出典:朝日新聞出版/知恵蔵mini)
https://kotobank.jp/word/%E6%AD%A3%E6%9C%88%E7%97%85-2127903
○ 説明した!! ○
「えっとー、雪姫さん?もしかしてなんですけど、正月病って↑の正月病のこと言ってるのかな?」
「だってほら、見てよ迅雷も慈音も。この子のこのダっっっっっルそうな顔」
雪姫に言われて、迅雷は夏姫の顔を覗き込んだ。
「・・・ぅぁー・・・・・・めんどくさい・・・なんかよく分かんないけど全部めんどくさい・・・帰ってこたつ布団の一部になりたい・・・あー・・・だる」
なんというか、雪姫の腕の中で夏姫がぐでぐでに溶けていた。耳を澄ますと、さっきから夏姫はブツブツとやる気無い発言を繰り返しているようだった。そして、これもまた夏姫だけの症状ではないらしく、他の倒れた参拝客たちもまた正月病にかかってうなされているようだった。雪姫の気付きのおかげで、慈音はホッと胸を撫で下ろした。
「よ、良かったぁ。これなら大丈夫そう・・・だよね?」
「それにしてもぐでぐで無気力な夏姫ちゃんも可愛いなぁぐへへ」
雪姫に殴られた。可愛いと言っただけなのに。ぐへへが余計だっただろうか。
迅雷が殴られて腫れた頬をさすっていると、再び龍が空からブレスを放ってきた。対策はさっき試した通りで支障ない。迅雷は落ち着いて、魔法で強力な風を起こしてブレスを正面から吹き散らした。夏姫は雪姫と慈音に任せて、迅雷は戦線に復帰した。
「とっしー!ねぇ、どうなってるの!?なにか分かった!?」
「あぁ、分かったぜ。あの龍の毒を食らうと・・・正月病になる!!」
「ちょっとなに言ってんのか分かんない!!」
「俺だって知るかよ!とにかく正月病になるんだよ!!」
「なんで逆ギレ!?」
まぁでも、これなら毒に冒された人たちの心配もなさそうだ。やる気が出なくなるだけなら命には関わるまい。
「おい迅雷、千影たん!龍が降りてくるぞ、気を付けろ!」
「なに!?」
遙か高みから正月病ブレスを連発するだけだった龍が、その高度を下げ始めた。恐らく迅雷が風魔法でブレスを遮ったことが気に入らなかったのだろう。
やがて、龍の巨体は社の灯籠によって下から照らし出され、その全貌を明らかにした。
金色の鱗に覆われてはいるが、それ以上に目を引く白くて丸みを帯びたそのシルエットはまるで―――。
神社本殿直上に降り立った龍は、恐怖と正月病に支配された境内に野太い咆哮を轟かせた。
『モッチィィィィィィィィィン!!』
「いややっぱ餅じゃねーか!!」
ツッコミついでに迅雷が放った『駆雷』は、もちもち肥えた龍の腹に、もちっと吸い込まれた。
「おー、思った以上にもちもちしとるなぁ」
そしてついに、今まで見物を決め込んでいたおでんが盤上に舞い戻ってきた。迅雷の攻撃を吸収した龍の腹を興味深そうに見上げて、余裕の笑みである。迅雷の説明ではどうしても納得出来なかった千影が、おでんに説明を求めた。
「ねぇおでん、アレなんなの!?おでんはこうなることが分かってたんじゃないの!?なんで先に教えてくれなかったの!?てゆーか人を正月病にするお餅ドラゴンってどういう設定!?」
「そういっぺんに質問されても困るのら。でもまぁ、そうらなぁ・・・わちきは別に先に教えてやるのもやぶさかではなかったんらけど、『じゃあ良いです』と言ってわちきの話を聞かなかったのは迅雷と千影、お前たち2人なのら」
「なに?あれそういう伏線だったの!?分かるわけなくない!?」
あれとは、とりあえずおでんが昨晩、迅雷と千影の寝込みに突撃してきたあとのやり取りにあった壮絶を極める長そうな苦労話のことである。あのタイミングで迅雷が目を輝かせて「是非聞きたいです」と言っていたら、あるいは今日このタイミングでこの場所に、あのお正月ドラゴンが出現することを教えてくれたのかもしれない。・・・でも結局教えてくれなかったかもしれない。
「ぐぬぬ・・・と、とにかくなんとかしないと・・・!知ってたってことは、おでんもなにか考えがあってボクたちを連れて来たんでしょ?ボクたちはどうしたら良いの!?」
「え?さぁ・・・どうにかしたら?」
「ええ!?いやいやいやいや、だって、あれ、龍・・・ドラゴン!どうにかしたらでどうにかなるようなモンスターじゃないじゃん!?ねーどうすんの、さすがに無理だよぉ!」
「あーもう、泣き言を言うな」
千影だけではない。迅雷も真牙もおでんになにかを期待する眼差しを向けていた。そもあの龍相手に対抗する意志を保っている魔法士自体がほとんどいないだけに、おでんの立てる作戦への期待がいっそう強まっているようだった。
龍のことを黙っていたおでんに対してそんな全幅の信頼を寄せるのもどうしたものかと感じなくもないが、さりとておでんも友人たちをあんなフザけた生物のエサにする気はない。
「じゃあここいらでひとつやる気の出る話をしようか。お前たち、あの龍の体を覆ってる鱗が見えるか?」
「金色のだよね?」
千影が龍の体の適当なところを指差して確認した。おでんは然りと頷く。
「あれ、1枚1万円で売れる」
「!?」
「あとあの角が見えるか?そう、あの門松みたいな形の角。あれ半分に折れてても50万」
おでんの鼓舞で空気が変わった。
千影の目が輝いて、迅雷と真牙が拳をぶつけ合う。
「それを先に言ってってばあ」
「ぃよーっし、なんかやる気出てきたーぁ・・・!」
「迅雷、どっちがよりキレイに角を取れるか勝負だぜ」
「たら気を付けろよ。正月病の連中もこんな寒い中でやる気失って眠りでもしたらそのまま凍死するからな。そんなに猶予はないと思え」
おでんはそう釘を刺しつつ、自身も戦闘態勢に切り替えた。
「さあ、お年玉ザクザク☆お正月ドラゴン討伐戦、開幕なのら!!」
神社で友人たちと一緒に新年を迎えた伝楽の前に現れたのは、正月病を振り撒く脅威のおもちボディを誇るお正月ドラゴンだった!!
次々と無気力にされてしまう初詣の参拝客と仲間たち・・・。
果たして伝楽はこの新年最初の試練を切り抜けることが出来るのだろうか!?
そして青春したい伝楽の願いは叶うのか!?
そしてそしてお正月ドラゴンの素材でボロ儲けの夢は叶うのか!?
次回!お正月特別編”ぶっちゃけ切り抜けられる”、乞うご期待!!