episode7 sect37 ” The Hero Always Comes Too Late ”
「―――攻撃が止んだな」
「そうだね。たぶんもうこれ以上狙えなくなったんだと思う」
千影の目と迅雷のパワーで敵の狙撃を掻い潜り、ひとまずルニアたちの乗るバスを守ることには成功した。だが、それで安心は出来ない。
どの方角からも空爆とは違う音がしている。恐らく、既に首都内の複数の区域で戦闘が勃発していた。1人でも多く、1秒でも早く、皇国の戦力は削っておくべきだろう。・・・迅雷と千影が本当に勝てるかどうかは、さておいて。
魔族はみな起源魔術または特異魔術と称されるなにかしらの特殊能力を持っている。それは迅雷も一央市迎撃戦から身をもって理解していた。敵の姿は見えない。細心の注意を払いながら街を歩き、そして、開けた通りに辿り着く。
ついにその姿を視認した狙撃手は、まだかなり若く見える青年だった。
○
それほど屈強そうには見えず、戦闘のプロらしい雰囲気もないが、物々しいスナイパーライフルを携えているのを見ればあの青年がそうであることに疑いの余地はなかった。
そして、彼の頭上に浮かんでいる黒く染まった天使の輪のようなものを見て、迅雷と千影は緊張の糸をいっそう張り詰めさせた。
「とっしー・・・アレ」
「ああ、なんとなく憶えてる」
アルエル・メトゥとの戦いでの記憶だ。『レメゲトン』という、詳細不明ながらとりあえず急にパワーアップする厄介な魔術だったと思う。
悪魔の狙撃手は、顔を強張らせた2人に挨拶をしてきた。
「僕は皇国七十二帝騎第八座のロビルバ・ドストロスだ。僕の『黒閃』を全て防ぎ、あまつさえ一矢報いてくるなんてね、見事な連携だったよ」
「・・・ご丁寧にどうも。俺は神代迅雷、こっちは千影。ただの高校生とオドノイドだよ」
「嘘は良くないな。少なくとも”ただ”では済まないし、済ませないつもりだろう」
相手の武器は剣だ。白兵戦となれば、長大な銃身のライフルは邪魔なだけだ。ロビルバは愛銃を迷いなく手放して、二丁拳銃に持ち替えた。
迅雷と千影は、それに呼応してロビルバを挟撃すべく飛び出した。特にこの近距離であれば、千影の速さは全生物にとって最大級の脅威となる。
事実、ロビルバはまったく反応出来なかった。
視認不可能な速さでロビルバの死角に回り込んだ千影は腕から生えた黒い鉤爪で、ロビルバの左腕を肩から落とすつもりで初撃を仕掛けた。
「が、あぁ!?」
鮮血が舞う。だが、浅い。さすがに防御が無策なはずもないか。
ロビルバは即座に攻撃を受けた方向へ銃を連射した。千影は一度バックステップで距離を取る。
千影の初見殺しに動揺したロビルバを、次は迅雷が狙う。
ロビルバは、驚くべきことに迅雷のことなど一切見ることなく、空いた方の手の銃を向けてきた。しかも、正確に。全方向に目がついているかのような挙動だ。
「くッ、らうかよ!!」
引き金を引かれる前に、弾道から体をどかす。
すんでのところで転ぶように体を翻して、迅雷は回転する勢いに任せてロビルバの足下から肉薄した。
「『雷斬』!!」
地面に触れるか否かで翻る刃。
剣に込めた雷魔法が地面との間でアーク放電を起こす。
迅雷が狙うのは、ロビルバの腹部。
電光石火の一撃必殺。それが、迅雷と千影の最も得意とする戦術である。
加えて、本当は無茶な戦闘行為は医者からきつく止められているように、今の迅雷はあまり体に負荷を掛けるのは好ましくない。ただでさえ言いつけを破っているのだから、せめて事は一瞬で済ませておきたいという感情もあった。
しかし、ロビルバは迅雷の斬撃には逆らわずに、斬り上げられる力の向きに沿って翼で飛翔する。飛び上がりながら、ロビルバは迅雷に『黒閃』を撃つ。
狙撃銃などなくともロビルバは自在に『黒閃』を操れる。むしろあの銃は威力を犠牲にしてでも射程と弾速を稼ぐための装置でしかなく、直接撃った方が破壊力や範囲において圧倒的に優れてさえいるのだ。
噴き出し広がる暗黒が迅雷を世界から奪い去った。
「とっしー!?」
「まずは1人だ」
『黒閃』の痕には地面すら残っていなかった。
速い敵には、速い攻撃を。ロビルバは拳銃で千影に向け、弾幕を張った。
「ッ・・・・・・!!」
千影はやはり凄まじい速さで移動して銃弾を回避してしまう。偏差射撃をしようにも、そもそも弾の動きを見てから避けているらしく、当てようがない。
しかし、全弾回避して懐に踏み込んできた千影の攻撃を、ロビルバは辛うじて回避する。ロビルバもまた、『レメゲトン』により周囲の微生物たちから膨大な情報を得ることで千影の動きを予測していたのだ。3人寄れば文殊の知恵といったところか。微生物から送られてくるひとつひとつの情報こそ質素なものだが、ロビルバ自身の培ってきた情報処理能力や洞察力によってそれらは極めて高度で価値のある総合的判断材料へと転化するのである。
もっとも、千影のスピードに対して「次の動きが分かれば対応出来る」だなんて考え方そのものが荒唐無稽なのだが、ここはさすが皇国屈指の実力者と賞讃すべきなのだろう。
「なんで!当たんないの!」
確実に相手の体力を削っている感覚はあるが、決定打を与えられないことに千影は焦っていた。早く迅雷の無事を確かめないといけないというのに、ロビルバの動きをあと一歩で捉え損ねる。
「動きが単純だな、小娘!」
「ッ」
背後を獲ったつもりでいたら、ロビルバが翼を広げて嘲笑していた。
彼はこれを見越して、畳んだ翼の中に『黒閃』を溜め置きしていたのだ。
攻撃の姿勢から無理に逃げに移った千影は足を絡ませて転倒した。ただ転んだだけに思うかもしれないが、今の千影は一挙手一投足全てが軽い衝撃波を生みかねない程に加速している。そんな勢いで足がもつれたら、地面に手をついた瞬間に手首や腕の骨が砕け散る。
咄嗟についた右腕からバキリとかなりエグい音を立てた千影は、それでもなんとか翼をクッションにして転ぶ勢いを和らげて頭を打つことだけは避けて、バネのように跳ね起きる。
しかし、千影は既にロビルバの思う壺。
起き上がった千影のこめかみを鋼が打った。ロビルバが拳銃のグリップで殴打したのだ。
切れた皮膚から血が飛沫く。
「い”っ」
「痛いで済むか!」
よろける千影の顔面に返す刀、もとい返す銃のグリップを叩き込み、仰け反った彼女の腹に靴の底を押し付けて蹴り倒す。怪物じみた強さで忘れがちだが、千影の肉体強度は所詮10歳の子供と変わらない。大の大人が思いきり腹を踏み潰せばどうなるかなど言うまでもない。
「――――――~~~~~~~~!?!?!?!?!?!?」
千影の視界が真っ白に染まった。オドノイドなだけあって死ぬほどではないが、苦痛は十分、耐え難いものだ。
意識まで飛びかけたが、銃口を突き付けられて反射的に爆破魔法を放ち、ロビルバを弾き飛ばす。
這う這うの体でロビルバの拘束から抜け出した千影は激しく嘔吐く。
思えば迅雷と一緒に食べ歩きしたばかりだったのだから、胃を破られては堪らない。
背後では立ち上がったロビルバが『黒閃』を撃ってくるが、千影は涙ながらに『黒閃』を返してなんとか凌ぐ。多量の血が混じった吐瀉物で汚れた口元を腕で乱雑に拭い、千影は再びロビルバと正対した。
これが七十二帝騎とやらだとすれば、この連中はモノが違う。確か、以前は5番ダンジョンに魔族が作っていた『ファーム』に関する事件でもその肩書きを名乗る皇国の騎士にIAMOの精鋭が手酷くやられたと聞いた気もする。その時は確か、小西李が対応して撃破したのだったか。
「ちょっとスモモンを見直しちゃうね・・・!!」
痛みが残っていて力が入らない。収まるまで勝負を引き延ばすべきだろうが、やはり迅雷のことが気になる。
(あんまり搦め手は得意じゃないけど・・・)
動きを読まれていては仕方がない。千影は小刀『牛鬼角』を『召喚』した。勝つには思いついたことを試すより他にない。
ロビルバも、千影の刀を見て身構えた。
(見た目は素朴だけど、かなりの業物だな。防御魔術を突破されるかもしれない)
となれば、今はとにかく死なないように時間を稼ぐのが得策か。
互いに持久戦の覚悟を決めた直後だった。
突然光が降り注いだ。
千影は目を大きく見開き、ロビルバは背後の気配に思わず振り返った。
「バ・・・バカな・・・・・・」
目を焼く壮絶な閃光を刃に乗せた、少年がいた。
いいや、それはおかしい。なにかの間違いだ。
ロビルバの『黒閃』は、見ての通り地面をも穿ち穴を空けるほどの威力だ。それだけの魔力量を一度に浴びせかけている。あれを受けた人間が肉体を保っているはずがない。塵ひとつ残さず消滅して然るべきだ。
(そ、そうか、オドノイドは特異魔術と類似する特殊能力を持つと言っていた!つまり僕は今あの娘に幻覚を見せられて―――)
いるわけがない・・・・・・とすぐに分かった。千影でさえ予想していなかったかのような顔をしているからだ。
(ならアレは―――くそ!!!!」
ロビルバは少年の亡霊に指先を突き付け『黒閃』を放った。
が。
「『駆雷』」
雷光一閃。
光は容易く闇を引き裂き、ロビルバの体を通り抜けた。
ガクン、と重心が揺らぐ。
痛みは遅れてやって来た。
「ぉあっ、ああっ、がっあああっぁぁぁぁああっ!?」
左腕が切断されていた。電流に焼かれた傷口を押さえてロビルバは絶叫し、絶叫し、そして絶叫した。
「お返しだ、くそったれ!!千影、このまま取り押さえるぞ!!」
「うん!!」
一応フォローしておく。迅雷は決して亡霊なんかじゃなく、生きている。当然だが死者は決して動いたり喋ったり、まして蘇ったりはしないのだ。
確かにロビルバの『黒閃』は強力だったが、狙撃銃により撃ち出していたときと比べると魔力の密度が低かった。密度が低ければ干渉はしやすくなる。よって迅雷は、持ち前のバカみたいな魔力量をフル活用することで生身でロビルバの『黒閃』を耐えたのだ。ただ、足下が崩れてくれなければ迅雷の防御は破られていただろう。都市部の戦闘だったおかげで命拾いした。・・・なぜって?そりゃ、地下には水道管や電力ケーブルを巡らせるための空洞が掘られているからに決まっている。でなければ地面が崩れるはずがない。
そして、地の底に叩き落とされた迅雷は、頑張って地表まで這い戻ってくるついでに切れた電力ケーブルから直接盗電して自身の魔法に上乗せすることで、『駆雷』の威力を水増ししたのだ。
大電力を一瞬で放出したせいで灼ける『雷神』を大きく振るって冷まし、迅雷は隻腕となって悶えるロビルバに突撃した。彼の合わせ、千影もまた刃を手の中で弄ぶ。
「あああああああああクソがあああああ!!まあだかああぁぁあああァモンズゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!」
左の肩口から激しく血を噴き散らかしながら、ロビルバは闇雲に『黒閃』を連射した。迅雷も千影も、狙いの定まらない横殴りの死の雨を潜り抜け、刃を振るおうとし――――――た瞬間だった。
「遊びはここまでだ!!」
何者かが、流星の如く降ってきた。
・・・が、迅雷は。
(知るか!!まとめてぶった斬る!!)
構わず―――どころか、むしろ渾身の一撃を振り抜いた。
介入者の剣と『雷神』を激突するが、迅雷の方が勢いも威力も剣の斬れ味、強度に至るまで完全に優位だ。
しかし。
「遊びはぁ、ここまで・・・だぁっ!!」
突如、迅雷は自分の剣が押し戻される感覚に気付いた。
そして、短い悲鳴に意識が逸れる。
「千影っ!?」
「ブレたな小僧め!!」
「チッ・・・!!」
剣を合わせたまま、迅雷は『雷神』に魔力を注ぎ足した。零距離での『駆雷』が炸裂する反動で、迅雷は介入者との距離を取った。すぐに千影の姿を探すと、彼女は近くの建物の3階の壁に突き刺さっていた。冗談みたいな光景だけに、かえって敵の強力さが察せられた。
壁から下半身だけ見せてジタバタする千影は、すぐに普通に脱出するのを諦めて、爆破魔法で壁ごと破壊した。魔法を寄せ付けない人間界の建物だったら詰んでいたかもしれない。
「千影、大丈夫か!?」
「だいじょばないよ!!服までボロボロだもん!!」
「体の心配しろ!」
「お互い様でしょ!」
軽口はほんの精神安定剤だ。
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episode7 sect37 ”遊びはここまでだ”
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「俺の名はアモンズだ。七十二帝騎第七座、ロビルバの同僚だぜ。ヨロシクな」