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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode7『王に弓彎く獣』
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episode7 sect36 ”御伽と凶弾のバルバトス”


 ガラスの割れる音がしたかと思えば、いきなり迅雷たちの乗るバスが制御を失って歩道に乗り上げ、そのまま近くの建物の玄関口に突っ込んだところでようやく停止した。辛うじて横転することだけは避けられたが、急激な慣性力に見舞われた車内は、定員オーバーで走行していたことも相俟って酷い有様だった。


 「な、なんだ・・・!?」


 あまりにも突然のことだったので、迅雷は思わずまた魔力のコントロールを緩めてしまった。バチッと大きな音を立てて漏電し、その拍子に車内の照明装置が復帰する。取り戻した光を頼りに、なんとか意識を取り留めた乗員たちは現状を確認し始めた。


 「きゃああっ!?!?!?」


 悲鳴があったのは、運転席の近くだった。

 声に驚き目を向け、最初に飛び込んできたのは、真っ赤に染まった獣人の女性の姿だった。確かめるまでもなく、それは夥しい量の血液に濡れたせいだ。―――だが、その血は彼女のものではなかった。彼女の、足下。


 頭に握り拳大の風穴が空いた、運転手の死体が転がっていた。


 「うっ・・・・・・!!」


 側頭部からもう片側にかけて綺麗に貫通した射創から、遅れて崩れた脳の破片がこぼれ出しつつあった。堪らず迅雷は口元を抑えて目を逸らした。すんでのところで吐き気を我慢出来たのは、普段から刀剣でモンスターを倒してきた経験からグロテスクなものへの精神的な耐性が多少なりついていたからだろう。


 「トシナリさん、なにがあったの!?」


 「ル、ルニア様は見ない方が―――」


 「みんな伏せて!!」


 割り込んだ千影の声で、迅雷は反射的にルニアの腕を掴んで身を屈めた。その直後、まさに丁度今、迅雷の目の前にあったバスの窓ガラスが砕け散って、なにかが迅雷の頭上を掠めていった。


 「狙撃されてる!!」


 運転手も今のような射撃に遭ったのだ。恐らくは、まず確実にバスの動きを止めて逃げられなくした上でターゲットを狙い撃ちにするつもりだったのだろう。そして、今の射撃で敵の狙いはほぼ絞り込める。


 「とっしー、ルーニャさん!生きてる!?」


 「ああ、千影、助かった・・・・・・って、お前その手どうした!?」


 迅雷とルニアの無事を確かめた千影だったが、当の千影の右手は大きく削れて人差し指と中指が失われていた。

 乗員みんなが迅雷みたいに鋭い反射神経を持っているわけでもなければ千影に信頼感を寄せているわけでもない。反応が間に合わなかった人たちが流れ弾に当たらないよう、彼女が身を挺して先ほどの狙撃弾の弾道を逸らしたのだ。


 「5分あれば治るからボクはいいよ!それより早くなんとかしないと!触った感じ、今のは普通の銃弾じゃなくって『黒閃』だよ。バスの車体じゃほとんど防げない!」


 「千影、どっから撃たれたかは見えたか?」


 「う、うん。たぶんあっち。そんなに遠くはないはずかな」


 「分かった」


 そう言い、迅雷は『召喚(サモン)』を唱えた。呼び出したのは、彼の愛剣が一振りである『雷神』だ。金色の刃を納めた鞘を背負った迅雷の面持ちが変わる。


 「狙撃なら普通は高い場所からだろうし・・・方角的にあのビルが怪しいな」


 「待って・・・トシナリさん?なにしてるの・・・?ダメよ、敵の力量も分からないのにっ!人間の君がそんなことする必要なんてないわ!」


 「必要かどうかなんてどうでも良いんです」


 式典の客人だから、まだ学生だから、過去の戦いで負った怪我を引きずっているから、今、目の前に迫った危機に対処するのが迅雷である必要はないのかもしれない。でも、だからといって迅雷がなにもしなくて良いことにはならない。迅雷は魔法士だ。先日、ランク2にも昇格した。


 ―――けれど、違うのだ。迅雷の胸にあるのはそんな単純な責任感なんかじゃない。


 「まだ来てたったの2日ですけど、それでも、俺、民連がすごく好きなんです。だから、相手が誰だろうとこの国を滅茶苦茶になんかされたくないから」


 色んなところに行って、色んな人と出会った。

 メイド喫茶ではちょっと強かで計算高いけれど、千影のことも人間との友好関係も心から歓迎してくれるネコミミメイドのマオと仲良くなった。

 マルス運河の遊覧船では、おしゃべりが好きな船長に昔の運河の様子を教えてもらったり千影との関係を茶化されたりした。

 栄光の丘に寄ったときは、たくさんの獣人の観光客たちと石碑をバックにして記念写真を撮った。

 夜のノヴィス・パラデーでは地元の人たちと一緒になって祭を楽しんだし、意外にもサラという人間の観光客にまで出会った。

 そしてなにより、この国を心から愛するニルニーヤの王族たちと触れ合った。


 迅雷は、この”強い”国を守りたい。それはきっと、迅雷が望む未来にも繋がることのはずだから。


 「千影、やろうぜ」


 「・・・とっしー」


 迅雷の眼差しを受けて、千影は逡巡した。・・・が、力強い笑顔で返した。

 いつだって2人、想いは一緒だ。


 「『黒閃』は魔力をぶつければ防げるよ。とっしーなら余裕でしょ?」


 「良いこと聞いた!」


           ○


 迅雷と千影は勢いよく車から飛びだして行ってしまった。ルニアが止めようにも、全く聞きもせず。


 「・・・なんて無茶な子たち。みんな、聞いたかしら?」


 ルニアはしっかりと芯を持って立ち上がった。狙撃の脅威を忘れたわけではない。


 「私たちの民連は幸せな国よ!私たちの国は世界中から愛されている!」


 ルニアの声で恐怖に身を縮めていた獣人たちが顔を上げた。そしてまた、ルニアは同乗者である人間たちにも宣言した。


 「私が絶対にあなたたちを守るわ。もうこれ以上、誰も死なせないんだから!」


 王女であるルニアがあの2人に負けてなどいられない。バス前方へ歩くルニアのために、獣人も人間も道を開けた。

 ルニアは酷たらしく射殺された運転手を優しく瞑目させてやった後、自分が血で汚れることも厭わず彼の亡骸を抱き上げて、そっと床に座らせた。


 「ここまで本当にありがとう。後は私に任せてゆっくり休んでいなさい。大丈夫。私の運転テクにはきっと度肝を抜くわよ?」


 運転席を代わったルニアは、落ち着いて座席を調整し、各装置の具合を確かめた。試しにエンジンのスタートスイッチを押すと、無事に微かな振動が蘇る。


 「さっすが国産車ね、頑丈さが違うわ!みんな、ここからは第2王女自ら城へご招待するケド、お代に魂をもらうから覚悟してよね!」


 レバーをバックに切り替えると同時、ルニアはアクセルを全開で踏み込んだ。獣人の運動能力を前提に設計されたエンジンは、その瞬間、定員オーバーの大型車が何センチか跳ねるほどの加速力を生み出した。建物に埋まっていた車体前方を勢いよく引き抜き、ルニアは激しくハンドルを切ってバックで車道に飛び出し、その次の瞬間にはレバーを強引に動かして城へのラストスパートを開始した。彼女のクレイジーな運転に、車内はまるでポップコーンを煎るフライパンのような惨状を呈していた。

 ・・・ちなみに言っておくと、バスの巨体で鮮やかにドリフトを決めながら市中を爆走するルニア姫は無免許である。今年で17になるので(普通車の)免許自体は取得可能だが、ルニアの場合は教習所より先に自ら設立した民連軍の車両を勝手に乗り回すうちに自動車の扱いに慣れてしまったクチだったりする。


 さて、王女自らの堂々たる違法行為には緊急事態につき目を瞑ることとして。


 ルニアは窓を覗いた。


 (本当にあれ以降こっちに弾が来ない―――スゴいじゃない、2人とも何者よ。まったく、テム君とどっちがってレベルね・・・。でも、だからって敵がどうかも分かんない。どうか無事でいてよ・・・!!)


          ●


 狙撃手の名は、ロビルバ・ドストロス。

 皇国騎士団の上位組織にして切り札と呼ぶべき七十二帝騎に名を連ねる、魔界屈指の精鋭騎士だ。

 彼の現在の標的は、第2王女ルニアだ。ニルニーヤ城には王族のうち唯一彼女の姿だけがなかったのを、ロビルバがいち早く見つけ出していた。ルニアは現在バスで移動中だ。目的地は城であると見当はつくため、ロビルバはバスの進行ルート付近にある高層ビルの最上階の一室に狙撃ポイントを構えていた。


 (―――そろそろ通過する頃合いだな)


 事前情報で特定しているのはルニアが乗っているバスの車両だけだが、目標達成には十分だ。運転手を先に殺してしまえば、バスは止まる。民連製の自動車は高速走行中の衝突事故も十分に想定した構造を持つから、バスの制御が失われてなにかに衝突したり横転しても、爆発炎上に発展する可能性は極めて低い。つまり、バスに無理矢理事故を起こさせ停止させたとしても、ルニアの生死が不明なまま炎や煙によって狙撃困難な状況に陥る危険性はあまりない、ということだ。

 深呼吸をひとつする。予想とほぼ同じタイミングで視界に標的のバスを捕捉し、ロビルバは彼専用の狙撃銃のスコープを覗き込んだ。


 (目標・・・距離1,100メートル。速度は時速80キロ程度―――)


 距離はあるが、ロビルバの狙撃は原理上、風や空気抵抗を無視できるため限界射程に優れ、偏差射撃の難度も軽減されている。

 なぜか?答えは単純。

 トリガーに指を掛ける。込める弾は己が魔力。撃ち出すは音速に達する『黒閃』だ。


 回避を禁ずる高弾速と、物理を拒絶し全てを噛み千切る『黒閃』の貫通力、そしてロビルバ自身の射撃技能が合わされば射殺(いころ)せぬ獲物などそうはいない。


 (第1射)


 トリガーを、引く。


 (・・・命中)


 まるで巨人に殴られたかのように、バスは道を大きく横に逸れて、通りのレンガ造りに突っ込んで止まった。

 ラッキーなことに、狙撃ポイントを変えずとも標的を探し、狙えるような状態に落ち着いてくれた。ロビルバはすぐさまスコープ越しにバスの中を観察した。少し青白い光があった後、バスの照明が復活した。つくづく都合の良い狙撃対象だ。あの第2王女には死神が微笑んでいるとしか思えない。


 (・・・見つけた。人間と一緒か。アレは・・・例のオドノイドとスピーチの少年?想定外に大物揃いだったみたいだな)


 3人まとめて葬ったときに功績の大きさに少し興奮しかけたが、ロビルバはすぐに冷静になった。定かではないが、あのリリトゥバス王国騎士団長アルエル・メトゥが敗北した相手というのが例のオドノイドと少年だったという情報もあるくらいだ。さすがに信じがたいことだが、油断は出来ない。


 (欲は捨てろ、最優先は第2王女だ。気取られる前に仕留める―――)


 射角を微調整し、正確に弾道を予測する。


 (第2射)


 再びトリガーを、引く。


 実体を持たない漆黒の弾丸は、瞬きの内にルニアの後頭部へと吸い寄せられていったが、彼女の頭部はロビルバの攻撃とは異なる予想外の力を受けて消えた。


 (外した・・・いや、躱されたのか?)


 窓からでは見えない位置に隠れられた。様子見に顔を出す様子もない。『黒閃』の弾丸がバスの窓を割る直前に、金髪のオドノイドが一瞬ルニアになにかを叫んでいたようにも見えた。既に狙撃されていることに気付いていたからこそ、2射目に反応を間に合わせてきたと考えるのが妥当だろう。

 驚異的な対応力だ。やはり見た目通りの子供と侮るわけにはいかない相手に違いない。・・・となれば、この狙撃ポイントも逆算されていると想定すべきだろう。


 (さて、どうする・・・?どっちみち早く次のポイントに移動しなくちゃならないけど、その前に燃料タンクを撃っておくか?)


 派手に爆破してしまえば狙撃はままならなくなるが、次の攻め手の布石にはなる。ロビルバ個人のスコアは落ちるが任務失敗よりはマシだ。


 「やれやれ、結局いつものパターンかな」


 足掻きの一発を魔銃に装填し、ロビルバはもう一度スコープを覗き込んだ。しかし、彼は状況の変化に気付いて引き金に掛ける指を止めた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ―――冗談だろ?狙い撃ちにされているんだぞ?


 ロビルバが一瞬凍り付いたのは、そんな風に困惑したからだ。


 (・・・いや、慌てるな。まだ距離はある。狙うべきは変わらないんだ)


 例の2人の行動から目を離すことに直感的な抵抗はあったが、ロビルバは敢えて銃の照準をバスに合わせたまま引き金を引いた。どうせバスを爆破すれば展開は似たようなものだ。


 しかし。


 ロビルバが放った音速の『黒閃』は、少年が振るった剣に弾かれた。


 「嘘だろ・・・ッ!?」


 思わずスコープから目を離して叫んでしまった。

 あちらはあちらで猛烈なスピードでこちらに向かっていたはずだ。それで、背後のバス目がけて撃った弾丸に斬撃を合わせてくるなど、尋常な反応速度ではない。


 いっそ面白い。ギリリ・・・と奥歯に力が入るのを感じながら、ロビルバは本能的に銃口を少年剣士に向け直した。瞬時の判断でありながら、その狙いは恐ろしく正確だった。


 (剣士なら狙うは足!)


 だが、またしても。


 いや、それにしても。


 「・・・マズい」


 自分のマズルフラッシュと同時に向こうでも閃いた光が、次第に大きくなってきて、ロビルバは気付いた。あれは魔力の塊だ。数百メートルの射程を飛んでくる巨大な破壊力だ。ロビルバの『黒閃』など豆鉄砲に見えるほどの。


 直感、理解、離脱までワンステップワンアクション。七十二帝騎に選ばれるだけのことはある鋭敏な危機察知能力と言うべきだろう。ロビルバは服の下に納めていた翼を広げて、ビルの窓から外へ飛び出した。

 頭から地上へ真っ逆さま。狙撃ポイントにしていた部屋を、その両隣の部屋ごとまとめて焼き尽くす雷光を眼下に見上げ、ロビルバは皮肉げに笑みを浮かべた。


 「は。これが人間の力ってヤツか。姫様の仰る通りだな」


 魔界にいながら魔族より先にこんな連中と懇意にしようとすれば、そりゃ間接的な武力の所有を図っているのではないか、といちゃもんをつけたくもなる。


 「けどねこっちも」


 翼で風を捉えギリギリの姿勢制御をしながら、


 「負けちゃいないんだな・・・」


 銃を構え、


 「これが!!」


 スコープを覗く。



 「『レメゲトン』!!」



 ロビルバの頭上に黒い輪が現れると同時、凄まじい量の周辺情報が解禁された。

 アスモから与えられた『レメゲトン』は、使用者の魔力を大幅に増幅する術だ。これにより、一時的にロビルバの特異魔術(インジェナム)の効力や『黒閃』の出力は跳ね上がる。

 

 ちなみに、ロビルバの特異魔術は簡潔に言うと「動物と会話する能力」だ。・・・なんだかメルヘンに聞こえるかもしれないが、しかしその実この能力は全く、そんな可愛いものではない。道中見つけた野良猫も野鳥も全てを悉く殺して回る逃亡者はいないのだ。そして、『レメゲトン』を発動したロビルバのその能力は、なんとヒトより遙かに脳の小さい昆虫はおろか、もはや脳と呼ぶべき器官を持たぬ菌類とさえ交信が可能となる。


 空中を漂う菌や地を這う虫の声を聞けば、滑空しながらの精密射撃すら容易い。瞬時に照準を矯正し、ロビルバは連続して引き金を引く。


 「敵もバスも同時に狙い撃ちなんだ!」


 曲げ撃ち、偏差射撃も織り交ぜた十条を超す『黒閃』の雨が降る。しかもその全てがいずれかの時点における「標的」への直撃コースであり、かつその「標的」がなにであるかすら敵には判別困難である。


 さすがに少年剣士が狼狽えた。だが、次に動いたのはオドノイドの少女だ。まるで同族を思わせるような翼を生やした彼女が、宙に舞い上がって細長い尾を振り回した。

 彼女の尾の先から放たれたものは、ロビルバと同じ、『黒閃』だった。

 黒と黒が互いを喰らい合い、弾けて消えた。

 撃ち漏らし―――というよりは少女が敢えて残した『黒閃』を、少女に鼓舞された少年の剣が斬り裂いていく。

 

 滑空を終え、ロビルバは地上を東西に貫く大通りに着地した。舌打ちをして、銃の構えを下ろす。

 もうこれ以上バスを狙い続けるのは困難だ。


 「”禁忌”とはよく言ったもんだな。これが人間の成れ果て、と。なかなか良い兵になるみたいじゃないか・・・」


 それから1分と待たずに、彼らはロビルバの前へとやって来た。

民連の法律ではルニアは一応、普通車の、免許は取れます。バスは大型車です。要、お察し。

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