episode7 sect32 ” COUNTDOWN -0- ”
「とっしー!次はあれ!あれ食べたい!!」
「はーいはいどうどう。そんな寄り道ばっかしてたらマンガ肉の屋台に着く前に腹一杯になっちゃうだろ」
「うぅ~」
観光ツアーの流れで夕飯を食べてしまった2人の空き容量は知れている。千影の気持ちも分かるが、今は残念ながら優先度をつけなければならないのだ。もっとも、既に千影は甘いものを3つほど買い食いした後だが。
千影と手を繋いで、迅雷は華やかなノヴィス・パラデーのメインストリートをゆっくりと歩く。民連にとって異世界人の2人はよく目立つが、今日もやっぱり、獣人たちは暖かく接してくれた。迅雷の思った通り、オドノイドであることを公言した千影に対しても偏見を持っているような様子は少しもなかった。
「お、水路跡」
「あ、ホントだ」
昼間のツアーでガイドが言っていたことも思い出しながら、2人は目的の屋台までやって来た。
「お、なんだ兄ちゃん、昨日ぶりだな!んん?今日の彼女さんはそちらのお嬢ちゃんか?くぁー、こいつは隅に置けないねェ!」
「のんのん。とっしーはボク一筋だもんねー」
「ま、まぁそれは隅に置いといて。今日もまだやってます?」
「おうよ、2人分か?」
「いやぁ、実は今日はもう夕飯済んじゃってて・・・。すみませんけど1本で」
「オーケーオーケー」
串刺しにした巨大な肉塊を炭火で炙る様子を千影は目を輝かせながら見ている。なんか、某狩猟アクションゲームで聴いたことのあるメロディーをハミングし始めると、もうそれにしか見えなくなった。
店主が肉を火から上げるのに合わせて、迅雷と千影は揃って拍手した。
「「上手に焼けましたー!」」
「へっへ。じゃ、冷めねぇうちにな!いろんな意味で!」
「その心配は無用だZE☆」
豪快に笑う店主に千影はビシッと親指を立てた。サインは民連じゃ通じないようだったが、言いたいことはバッチリ伝わったようだ。
「ん~♡おいひ~!」
「やっぱコレだなぁ」
2人で1つの肉塊にありつきながら、迅雷と千影は別の、少し奥まった屋台通りにやって来た。
「でもさー、もっとこう、お土産の屋台とかあっても良くない?アクセサリとか置物とか」
「確かに食い物ばっかだもんなー」
それでこれだけ目移り出来ているのだから十分な気もするが。
しばらくは大勢の市民で賑わう通りを目で楽しみながら歩き、マンガ肉を食べ終えて満腹の2人は、とりあえず残った串を捨てられるゴミ箱を探した。
「お、とっしー、あそこゴミ捨て場じゃない?」
道端に設けられた臨時のゴミ回収所のようなものを見つけた2人がそこに立っていた係のネコミミ青年にゴミを渡すと、なぜかポケットティッシュを渡された。どうやら、ただのゴミ回収ではなくリサイクル目的の資源回収ブースだったらしい。
「ご協力ありがとうござまーす」
ネコミミの青年は、立ち去る迅雷と千影に軽くお辞儀をした。
なんでもないワンシーン。
だが、スイッチは突如切り替わる。
今までネコミミの青年の体で入り口が塞がれていた細い路地裏。
ほんの軽く下げられた青年の頭のその後ろに、迅雷と千影は不意に視線が流れて。
目深に被ったフード。
夜間とは言えまだ温暖な時期に見合わぬ大袈裟な丈の黒いケープコート。
あからさまに周囲から浮いているそれに気付いてしまった。
刹那、その性別すら不明の人物と目が合って―――。
「あっ」
次の瞬間、黒ずくめの人物は弾かれたように路地裏を、迅雷たちとは別の方に向かって駆け出した。
迅雷と千影がそれを追いかけたのは、もはや条件反射の領域での出来事だった。
一歩先に飛び出した迅雷に千影がすぐさま並ぶ。2人の間に確認の会話など不要だった。頭に浮かぶのは、今が”2日目の夜”であることと、おでんの警告のみだ。
このタイミングであの不審な挙動は、疑うなと言う方が無理である。危険を顧みない軽率な判断だったと気付きつつも、もう足は止まらない。
2人はリサイクルブースの青年の頭上を跳び越えるようにして路地裏に飛び込んだ。ネコミミの青年の素っ頓狂な驚声を背後へと吹き飛ばし、フードの人物を猛追する。
迅雷は昨日、李と一緒にこの辺りも歩いたから憶えている。路地裏を抜けた先の通りは、表よりも人通りが少ない。逃げ込むには適しているだろう。
・・・が、勢いのまま建物の陰から飛び出したフードの人物はさすがに不注意が過ぎた。
急ブレーキの音が鳴り響く。
人が少ないとはいえ、通るときは通るし、それこそ車だって当たり前に通行しているのだ。
しかも、民連の法定速度は日本人の常識の倍近くまで出せる。
遅れて通りに飛び出す迅雷と千影の眼前でフードの人物がヘッドライトの逆光に照らし出され。
ダンッ!!
と。
「うっ―――!?」
急制動でつんのめって滑る自動車を、フードの人物は力強い跳躍で飛び越えた。
「―――そだろ!?」
「とっしー!!」
嘘のような反射神経だった。ますますあの逃亡者が只者ではない様相を帯びていく。
千影に手を引かれるようにして、迅雷は止まった車の正面を真っ直ぐ駆け抜けた。
フードの人物は、そのまま向かい通りの建物の陰へと入っていく。迅雷も千影も既に『マジックブースト』による身体強化で風のようなスピードに達しているが、それでも追いつかない。
「ギア上げてこう!」
迅雷は、自身の内側で脈動する膨大な魔力に意識を向けた。この力をフルに『マジックブースト』に注げば、恐らく今より数段速く走れるはずだ。千影も頷いた。
グン、と景色がブレる。全力戦闘の感覚が舞い戻り、迅雷の視覚感度が急速に矯正されていく。突然の加速は、2人とフードの人物の距離を一気に3メートル程度まで縮めた。しかし、その瞬間、逃亡者がケープコートの裾を翻して腕を振るった。同時、ストライプ模様の闇が閃き―――。
「速ッ―――!?」
止まれず、堪らず、悪寒が走る。
直後、迅雷の爪先から数歩先の地面が、いとも容易く抉り取られて、爆発的な土煙の煙幕が立ち上る。
「千影!」
「大丈夫!」
慌てて煙幕から飛び出すと、頭上でレンガを削る音がした。
「よじ登ったのか!?壁を?あの速さのまま!?」
時間にしてほんの3秒。
だが、フードの人物はたったそれだけのうちに10メートルはある高さの建物の屋上に飛び込んでいた。
さすがに迅雷にはあんな芸当は出来ない。全く完全に不可能というわけではないが、あまり無茶な魔法の使い方をしては、また胸部の人工骨の破損などを招きかねない。そうなってしまっては結局まともに行動出来なくなり、本末転倒である。
だから、千影が一言で対応した。
「任せて」
「頼む」
変貌は一瞬。
悪魔のような翼が千影の背中から噴出した。
だが、千影は翼を使わない。
使うのは、彼女がオドノイドとして持つ、彼女固有の超高速移動能力だ。
物理の枷から解き放たれた千影の体は路地を狭く挟む2棟の壁の間を、ボールを激しく叩きつけたような音を上げて跳ね上がっていく。帽赤い配管工もビックリの世界最速パルクールだ。彼女の立てた足音は、夜の街に機銃の銃声の如く響いた。
「見えた!!」
次は反撃を受けるかもしれない。千影の前腕部の皮膚を破って、真っ黒な3本の鉤爪が生えた。生半可な魔剣より遙かに鋭利な爪だ。
宙返りで勢いを殺し、屋上に着地し、床を蹴る。
「お―――と―――な―――し―――くぅぅぅ!!」
「はッ・・・」
焦ったのか、フードの人物―――声からして女性は千影を振り返った。そして、振り返り様に再びあの地面を裂くストライプ状の闇が現れる。
その闇の姿は、奇しくも千影と同じ「爪」の形をしていた。
そして、2人の爪が激突する。
「つかまれぇぇぇぇ!!」
「速すぎぃッッッ!?」
雷光の如く火花が散り、向かい合った2人。
衝撃は空気を震わせ、女の顔を覆っていたフードを捲り上げて。
迅雷は、千影に遅れて夜空に飛び出した。
その手には黄金の魔剣。その刃には今にも地上へと落ちそうなほど莫大な雷光を宿して、千影が足を止めることに成功したフードの女を見据える。
フルパワーの迅雷が放つ、必殺の”飛ぶ斬撃”だ。その威力は、恐らく冗談抜きであの『ゲゲイ・ゼラ』すら一撃で殺害せしめるだろう。
「『駆・・・ぃいっ!?」
・・・が、迅雷は捲れたフードの奥から現れた女の顔を見た直後、『雷神』に溜め込んだ雷魔力を慌てて霧散させた。
フードの女の正体は、毛先だけ金色に染まる黒毛を持つ猫人の少女、すなわちこの国の第2王女、ルニア・ノル・ニーア・ニルニーヤだった。
●
「ル、ルーニャさん・・・?」
千影は、自分が爪を振るった相手を見て愕然とした。慌てて鉤爪と翼を引っ込める。
対するルニアは、若干泣きそうな目でバンザイ降伏していた。
「にゃーっ、降参!降参するからもう勘弁してちょうだい!」
千影が臨戦態勢を解いたことで気の抜けたルニアは、屋上の床にへたり込んだ。
「ハァ、ハァ・・・。あ、あなたたち、想像、以上に、やるのね・・・ハァ」
「ごめんね!?いや、ごめんなさい!ルーニャさんだとは思わなかったの!!」
話が噛み合わない千影とルニア。
剣を仕舞った迅雷も、顔を真っ青にして2人に追いついた。
「だだだだ大丈夫でしたかルニア様ーっ!?けっ、けけ、ケガとかないですよね!?」
「うん、ヘーキヘーキ。・・・なんとか、だけど・・・」
「よ"がっだぁぁぁあ・・・・」
祝、極刑回避・・・!!
「それより、ルニア様がなんでこんなトコにいるんですか?」
「・・・にゃ?」
ここでようやくルニアが違和感に気付いて、首を傾げた。
「私を連れ戻そうとしてたワケじゃないの?」
「「え?」」
「えとその、じゃあ、なんで私のこと追いかけてきたの?」
「いや、だって、ねぇ・・・。路地裏でコソコソしてる顔を隠した人が、しかも目が合うなり逃げ出したらさすがに不審すぎますよ・・・」
「じゃあもしかして私がルーニャさんだと気付かず追っかけてたと?」
「だからそうだってばぁ!ルーニャさんだって分かってたらボクもとっしーもあんな荒っぽいことしないもん!」
「えぇ~?ええええ~っ!?なによ!なによ、もぉ!なら私とんだ逃げ損じゃないのよ~っ!!」
徒労を嘆きたいのはお互い様である。
○
「それで、結局ルニア様はお1人で街を歩いて、なにをしてたんですか?」
甚だしい無礼を寛大な王女様に許してもらった迅雷と千影は、再び地上の雑踏の中へと戻って来た。だが、今度はルニアも一緒だ。ルニアはやはりフードで顔を隠して周囲から正体を気取られにくいようにしている。しかし、ルニアの不審な挙動には、実はそれほど後ろめたい理由があるわけではない。
「だって、お祭りよ。お城でジッとしてるなんてつまらないにゃん」
「それで抜け出して遊び歩いていた、と・・・」
ルニアらしいお転婆っぷりに、迅雷は深く納得した。
「そ。だから私はトシナリさんとチカゲちゃんがこっち見てたときに、もしかしたら城の誰かから私を見つけたら知らせるなり捕まえるなりしろって頼んでるかもしれないと思って逃げたのよ。ホラ、街の人は私たちに甘々だから告げ口なんてきっとしないし」
「しないんですか」
「しないわよ。じゃあ例えば」
ルニアは鼻をスンスンと働かせ、夜道に漂う色んな誘惑を吟味し始めた。やがて気に入った匂いの源を選んだルニアは迅雷と千影を連れてその屋台に並んだ。そこは、キャンディーの店だった。
初めは人間とオドノイドの客に注目して振り返った客たちだったが、すぐに2人と一緒にいたフードの人物の正体に気付いて目をキラキラさせた。
「しーっ。ナイショで来てるからバラしちゃダメよ。ルーニャさんからのお願いにゃん」
「心得ました。ではお客さん、ご注文はどうされますか?」
割引すら許さず欲しいものを買った挙げ句、去り際にアイドルらしいファンサービスまでしたルニアは、3本買ったキャンディを迅雷と千影にも分けてやりながらウインクした。
「ね?チョロいもんだにゃあ」
「あ、おいしい」
ルニアチョイスのキャンディが口に合ったらしい千影は幸せそうにぺろぺろと舌を動かしている。そんな千影の心に合わせてピョコピョコ揺れるアホ毛に、ルニアは興味津々のようで。
「人間って髪の毛にも神経通ってるの?」
「千影のソレが変なだけです」
「フーン・・・・・・・・・・・・・・・に」
「に?」
「にゃー!!もう我慢出来にゃい!!」
すぱーん!
と、千影の頭頂部に理不尽なネコパンチが炸裂した。
○
「今日は楽しかったわ。まさか誰かと一緒に遊んで回れるなんて思わなかったもの!付き合ってくれてありがとにゃん♡」
「ボクたちこそ楽しかったよ!あといろいろごちそうさまにゃん♡」
夜もいよいよ三つ更ける頃、次第に祭を楽しんだ人々も家へと帰り出す時刻だ。3人もまた、ニルニーヤ城への帰路に就いていた。ルニアと千影はあざとい者同士ハグしている。
迅雷も楽しかったが、でも、途中から千影と2人で回れなかったことをちょっぴり気にしていたり、いなかったり。
「トシナリさんも、ありがとにゃん♡でも次からは追いかける前に相手が誰かちゃんと確かめなきゃダメだゾ?」
「はい。ごめんなさい。気を付けます・・・」
「分かればよし!」
「わ、ちょ!?」
「チカゲちゃんだけじゃ不公平でしょ?」
ルニアは迅雷に対しても一方的にハグをした。なかなか豊満なルニアのバストが胸に当たって迅雷はドキリとしたが、ルニアはさして気にしていない。挨拶のようなつもりだったのだろう。
「おやおや赤くなっちゃって。意外にウブなのね」
「いやその、俺の国にハグの文化はあんまりないものでして・・・」
「あれ?マンガだと日本人もよく抱き付いてたイメージだったんだけど」
「それは作者の妄想・・・」
勘違いを自覚したルニアは、今更ながら恥ずかしそうに目を泳がせた。
「さ、そろそろお別れの時間ね」
迅雷と千影が泊まっているホテルが見えてきた。
「城まで送りますよ?」
「紳士ね。でも大丈夫よ、帰り道も秘密の裏道を使うから。たとえトシナリさんとチカゲちゃんにでもバレたらいけないし、ボディーガードは遠慮するわ」
「そうですか?じゃあ、そうしますけど・・・」
「えぇ、そうしてちょうだいな。それじゃ2人とも。もう式典も終わっちゃうけど、最後まで楽しんで行ってよね!」
これ以上ないルニアの笑顔があった。
そして、彼女の背後で、東方の空が紅蓮に燃え上がった。
●
夜は来た。
夜は来た。
夜は来た。
さぁ始めよう。
傲れる獣たちは、今宵、真に畏れ、従い、尽くすべき王を思い出す。