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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode7『王に弓彎く獣』
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episode7 sect26 ”天子より三年越しの返礼を”


 比喩でも冗談でもなく、マイクロバス1台分程度はあろう巨大な荷物を抱えて歩く男がいた。

 黒い眼球と背中に生えた翼は、彼が純粋な魔族―――とりわけ叡魔族に類別される人種であることを示していた。


 叡魔族といえば、多々ある魔族人種でも特に生物として高い能力を有し、その影響力をもって遙か魔界文明の黎明時代から支配者的に君臨してきた人種である。その存在感はまさしく、人間でいう白人のようなものだ。

 だが、叡魔族、と一口に言っても当然、同族内でも身分や優劣は存在する。アメリカで適当な会社に行けば、白人の上司に白人の部下がいて、その部下にもまた白人の部下がいるかもしれないし、あるいは、気の強い白人の少年が、臆病な白人の少年をいじめているかもしれない。それと同じだ。

 人口のほとんどを叡魔族が締める皇国内においては、貴族文化の影響もあって、同じ叡魔族内でも甚だしい階級区分が存在する。


 大荷物を預けられたこの男は、平民の出身であった。平民が実力で成り上がって貴族と肩を並べる活躍をすること自体は、今の時代、特別珍しいことではない。この男もまた、騎士として一旗揚げようと意気込んで皇都サントルムに上京してきた手合いだった。

 


 しかし。



 ゆくゆくはかの名誉ある皇国七十二帝騎となって歴史に名を刻むことを夢見ていたその男は、気が付けば大女貴族・モーン侯爵邸の下男としてこき使われるばかりの、栄えある騎士とは程遠い存在に落ち着いてしまっていた。


 『なにやってるんだい!!アンタのその両腕はなんのためについてんだい!?まったく、せっかくピッタリの仕事を与えて望み通りに役に立たせてやってるっていうのに・・・この愚図は!』


 『も、申し訳ございません、我が主。ですが、その・・・他の者の仕事のてつだ・・・』


 『私ゃ言い訳が聞きたくて急かしてんじゃないんだよ!口を動かす暇があるならとっととのその臭いゴミの山を捨ててきな!!』


 『・・・承知いたしました・・・』


 最後に剣を振ったのは、いつだったか。なにか趣味をする時間など与えられた記憶はなかった。

 毎日毎日、どこから出たかなんて考えたくもない、ただとりあえず車では運びきれない山のようなゴミを足で捨てに行かされ、仕事の合間には下男仲間の仕事も手伝わされて、全部が終わる頃にはもう疲れきって、気絶するように眠りこけるだけ。

 最初、皇室とも関わるのある大貴族に雇われたときには自分の可能性が肯定されたように感じたものだ。世はまさに非情だ。他の使用人たちよりも一際貧相なベッドに横たわって、明日が来る前に少しだけ、天井に手を伸ばした。


 《大剛勇力のカイナ》―――どんなものでも、いくらでも持つことの出来る自慢の両腕に、男が自らつけた名前だ。


 『この”腕”があれば騎士の座を得るなど容易いと思っていたのに・・・もう諦めるしかないのだろうか・・・』


 壁に耳あり障子に目あり。屋敷の内外問わず、使用人が自身の待遇に不平のひとつでも零すことがあれば、翌日からは路頭に迷って野垂れ死ぬしかなくなる。男自身、突如として忽然に屋敷を去った使用人たちを何人も知っていた。・・・中には、彼が密告したせいで追放された者もいた。仕方ないのだ。男が他の使用人からも蔑視されているのだってその一環に過ぎないのだろう。皆が、ただベッドの上で明日を迎えるために必死なのだ。それがモーン邸の絶対の掟であり、そこに雇われた者たちに課せられた運命だ。


          ●


 だが、そんなある日、男に大きな仕事が巡ってきた。

 主人であるモーン候に呼びつけられた男は、彼女の第一声に耳を疑った。


 『アンタに今夜は屋敷の浴場を使うことを許可するよ。明日までにその鎧のように全身を覆っている汚い垢をキレイサッパリ落とすんだよ』


 『か、かしこまりました。・・・ですが我が主、ひとつお伺いしても?』


 『あー?なぁに、文句があるのかしら?』


 『滅相もございません!むしろ許可を頂いたことにこの上なく感謝しております!!』


 なぜかモーン候直属のお世話係まで出張ってきて浴場で泡だるまにされ、数年分の汚れを洗い流した男に与えられた役割は、またしても荷物の運搬係だった。

 だが、気のせいか肌や髪の色すら変わったように見える男の前に現れたのは、いつものゴミの山ではなく、巨大な贈物だった。


 『明日の「レスレークト」ではこれをアスモ様に献上するのよ。でも見ての通りあまりにも巨大だから例にもよって車じゃ運べないのさ。そこでアンタの出番ということよ。感謝なさい。こんな光栄な仕事はアンタのつまらない人生でそう何度もあることじゃないでしょう?』


 レスレークトとは、魔神アスモデウスの再誕を祝う皇国最大の祝祭―――要するに当代のアスモ姫の聖誕祭である。この日についてだが、男が仕えているモーン候の用意する豪華でド派手なプレゼントは、もはや貴族界隈では毎年の風物詩となっているほどだ。近頃はジャルダ・バオース侯爵が張り合ってくるので殊更に気合いの入ったものを用意していたらしいことは、男も知っていた。

 だが、その年のプレゼントは輪を掛けて巨大であった。


 当日、モーン候は男を『僅かでも遅れれば死よりも残酷な目に遭わす』と脅した上で、自分は車に乗って悠々と出立した。

 主人を見送った男も、なにやら生き物の気配がする怪しいプレゼントボックスを自慢の腕で担いで屋敷を出た。無論、徒歩で。大荷物を抱えて、男は言いつけ通りにそれがモーン候がアスモ姫へ贈るプレゼントであることを笑顔で喧伝しながら市中を練り歩き、皇城を目指した。

 

 男は、遅れるなと言うくせに街中で民衆に今年の贈物のすごさを知らしめろと言うモーン候の理不尽に辟易していた。だが、それが、男の人生に変調をもたらすきっかけだった。


 『おやおやぁ・・・?なぁんだね君ぃ、その大ぉきな荷物はぁ?』


 路傍で停まった高級車の窓から覗いたのは、古傷まみれの強面が特徴的な騎士団上がりの侯爵、ジャルダ・バオースだった。


 『これはバオース候。こちらは我が主、マム・モーン侯爵がアスモ姫殿下のご生誕をお祝い申し上げるために用意した品にございます。中身は私にも知らされておりませぬが、見ての通り、明かされれば驚嘆の嵐間違いなしの巨大な逸品にございます』


 『ははぁ、では君はぁ、あの金の亡者の若作りババァのとこの下男というわけかねぇ?可哀想になぁ、そぉんな重くて重そぉぉうなもんを一人で担がされてぇ』


 『・・・・・・我が主の侮辱はおやめください、ジャルダ・バオース候。それにこの程度の仕事、我が《大剛勇力のカイナ》にかかればなんということはないのです』


 『ほぉぉぉう?ふむふむ、そういう”特異魔術(インジェナム)”を持っているのだねぇ。なぁらまあ引き続き頑張りたまえよ、青年。中身を見られるそのときをぉ、楽しみにしておくとしようじゃぁないか』


          ○


 男と彼の運んだプレゼントは、既に大勢が集まった城の庭園で出迎えられた。なんと()()()()()光景だったか。とびきり素敵な笑顔の主人に労いの言葉を掛けられたとき、男は戦慄した。

 予定がほんの少しだけ早まったのだというが、あの女はそのような事情如きで発言を撤回するような甘さなど持ち合わせてはいないのだ。


 男はその後のことを良く憶えていない。数時間の記憶がない。多分、プレゼントの箱を開けたりしたはずなのだが、結局その中身がなんだったのかも、幼い姫君がどんな反応を示したのかも、主観的なビジョンが頭のどこにも、全く、残っていない。


          ○


 『アンタは本当に愚図だねぇ!!よくも姫様を5分も寒い中でお待たせさせた上に私にまで恥をかかせてくれたね!?』


 男が恐怖と理不尽に立ち向かうための気力は何年にも渡るモーン邸での生活の中で、丁寧に丁寧に、欠片も残さず削がれていた。嫌だが、受け入れた。ついに自分も捨てられる時が来たのだ、と。

 広い庭の真ん中に敷いたシートの上に立たされ、目隠しをされ、両腕を水平に上げさせられた。右の脇に冷たい熱が当たって、覚悟を決める暇もなく、自分の名前すら雲の向こうへ飛んでいくような激痛が全身の神経を駆け巡った。それでも力尽くで立たされて、立て続けに左の腕をも失った。


 騎士たり得るための気力も、大貴族邸に仕える者という地位も、自慢の腕も、男を象徴するものは全て無くなった。傷だけ雑に塞がれて失血死することすら出来ず、何者でもなくなった彼はモーン邸のゴミ事情の一部と化した。


 今まで自分が日々徒歩で捨てに行っていた山の中腹で、男は虫が湧き始めた自分の腕を喰って長らえていた。死を望んでいるはずなのに、心に反して体は飢えに従順だった。きっと、体と一緒に脳まで芋虫になってしまったのだと思った。

 自分なら一日で片付けていたはずの山は、日に日に高く高く積もり続けるようになって、男が山から掘り出されて処分場に送られたのは、かの祝祭から1ヶ月も経った頃だった。新しいゴミ処理係はまだ意識を保っていた男にゾッとした顔をしていた。さもありなん。尋常なことでないのは男が一番知っていた。


 『今までも下男が消えることなんざ珍しいことじゃなかったが、お前はどうにも特別憐れでならないよ。実に同情して止まない。今までお前をバカにしてきたことは、心から、心から謝罪する。お前は妬ましいほど良く出来た使用人だったと思うよ。だから、どうか、俺のことは恨むなよ・・・』


 処分場を去る間際のかつての同僚から、そんなしようのない弔詞を手向けられた。


 処分場の職員たちの慌てる声が聞こえ始めたのは、それから程なくしてだったか。

 モーン邸のゴミ山が小高い丘に思えるような新居の頂上から虚ろに見下ろす山の麓に踏み行ってきたのは、いつかのあのおどけた口調の侯爵だった。


 『あぁ、あぁ、いた、いた。相変わらず死んだ目をしてるじゃぁないかぁ?君はぁ』


 『バオ・・・ス、候・・・?』


 『んぉやぁ?君、腕はどぉうしたんだい?まぁ良い実に良い丁度良い。あのババァが要らんと言うならぁ、是非もない。君、私と来んかね、んん?』




          ●



 「準備の具合は?」


 「安心しな、予定にゃ間に合わせるさ」


 「ならば良し。だが確認は疎かにするなよ」


 「そんな面白くねぇことすると思うかね、この俺が。え?イブラットよぉ」


 「そうだな」


 男の名は、イブラット・アルク。

 ジャルダ・バオース侯爵が誇る私兵団において最強とされる、6本腕の究極兵士である。


 「それにしたって、急にアスモ姫からお呼びがかかったかと思えば、気前の良いもんをもらって来たもんだ」


 「あぁ、どういう風の吹き回しなのだろうな。あの摂政もなかなか読めない男だ。我らが主は貴族派の筆頭というのに」


 イブラットが見上げたのは、いつかその姫君のために運んだプレゼントを想起させるような、姫君からの巨大なプレゼントだった。

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