episode7 sect25 ” Look Forward ”
「―――と、まぁこんな具合なんですよ。つい長々と話しちゃいましたねぇ・・・いや、サラッと済ますつもりだったんだけど。スミマセンね、迅雷クン。さして面白い話でもなかったでしょう?今まであんまり昔の話はしてこなかったもんでして、つい。・・・・・・?迅雷クン?」
迅雷は、さすがにすぐに返せる良い言葉が思いつかず、口元に手を添えた。目を泳がせると、李は首を傾げた。どうやら、話をした李自身の自覚がまだ足りていないようだった。
「なんというか、その・・・李さんを見る目は変わったかも、ですね・・・」
さんざん頭を悩ませた挙げ句、結局、迅雷が用意出来た返事はそんなものだった。だが、そのおかげで李も話がいささかヘヴィーだったらしいことに気が付いたようだった。頬を人差し指で掻きながら、李はにへらと苦笑する。
「いやぁ~、そっか。いえ、私べつに同情して欲しくて今の話をしたワケじゃないんですよ?せっかくキミが昔のことを教えてくれたからそのお返しのつもりだっただけで。『カワイソウ』とか『辛かったんだね』みたいな言葉で私の生き方を納得されるのは、むしろちょっと心外です」
「まぁそりゃそうでしょうね。李さんはそんな単純な人じゃなさそーですし。正直、今の話聞いたところでどっちみち普段の李さんはフツーに理解不能ですよ。大丈夫」
「ミステリアスな美女だなんて照れますよォ」
さすがにそうはならんだろう。さすがはフツーに理解不能な女。
「でも、今は私、それなりに幸せですよ。運命の出逢いってのはホントにあるんですねぇ。タイチョーが言った通り、生きてりゃ良いこともあるもんです」
「うー・・・。マジでもう勘弁してくださいよ。大体、俺だって人間じゃないですか」
「え?」
「えっ?」
そんな折りだった。李の宿泊室のドアが叩かれ、外から関西弁特有のイントネーションで李を呼ぶ声がした。彼女の同僚の冴木空奈だ。迅雷と李が話し込んでいるうちに、ニルニーヤ城を煌びやかに彩っていたイルミネーションは消灯していたようだ。
部屋の鍵は先に戻って来た李が持っているから、同室に泊まる空奈はノックせざるを得なかったらしい。
「・・・なにボーッとしてるんスか、李さん?」
「2人きりの時間が惜しいからに決まってるじゃないですか。いいですか、迅雷クン、考えてもみてくださいよ・・・?今キミはオネーサンとこの小さな部屋の2人きりなわけですよ?」
「・・・だからといって何事も起きないし、起こさせませんけどね?」
「なんで?割と良いフインキだったじゃないですか。あーもう、こんなチャンスはきっともう二度と巡ってこないッ!!くッ、ならせめてチューだけでも、おなしゃす!」
「急になに言ってんですか!?」
「そう、世の中だいたいのことは急に起きて急に終わるのです!なにが起こるか分からない!ロマンチックもまた然り!出逢えた奇跡に感謝しましょ?だから、ね、ね?1チューだけ!」
「ぼくそんな単位しらないもんねっ!!あぁっ、ちょ、マ、待ってぇぇ―――」
抵抗空しく迅雷は床に押し倒された。貞操の危機に瀕した焦りから、魔力が漏れ出して軽くスパークする。しかし、それでハッとした迅雷は最後の足掻きのつもりでスタンガンと化した右手を滅茶苦茶に振り回したのだが、李の左手に掴まれた途端に電力を発生出来なくなってしまった。万事休す―――ッ!!
○
「ほい、現行犯逮捕」
「無慈悲!理不尽!人でなし!そもそも私と彼を2人きりにしといて手を出すなという方が無理無謀無茶千万だったんですよォ!!」
「はーいはい。続きは署で聞こうな」
なにやらただならぬ事態を察知した空奈が疾風を呼んで突入してきたおかげで、迅雷の純潔は守られた。空奈に保護された迅雷はマジ泣き寸前である。多少良い感じに距離感が近付いたからといっても、物事には然るべき順序があるということである。迅雷はそこまでチョロイン(?)ではないのだ。
「え、なにこのカオスな状況?」
少し遅れて未成年に対する性的暴行未遂の犯行現場にやってきた千影が、引っ捕らえられた李と空奈に頭を撫でられてぐずる迅雷を見て絶句した。千影に気が付いた迅雷は、えも言われぬ安心感に、思わず空奈の手を離れて千影に飛びついてしまった。
「うわぁぁぁん千影ぇ、こ、こわかったぁぁぁ」
「ホントにどういう状況!?!?!?」
ツッコミとは裏腹に、珍しく迅雷の方から求められたことに千影はご満悦の様子である。
女児に慰みを求める憐れな息子に苦笑しつつ、疾風は手を叩いた。
「さ、冗談もこれくらいにして・・・」
「冗談!?俺の危機が!?」
「冗談!?私の愛が!?」
「あー?んー・・・真剣もこれくらいにして、迅雷と千影は部屋に戻ってもう休めな。ホテルで騒ぐもんじゃないぞ。小西と冴木は今から各国の護衛陣とも合同で明日以降の打ち合わせをするから俺についてこい。状況は想像以上に複雑になってきたからな」
●
自分の本来の宿泊室に戻ってきた迅雷は、彼が李によってニルニーヤ城から連れ出された後の出来事を、千影の口から伝えられた。といっても、拠ん所ない事情もあって内容は大雑把なものだったが。
「え、なにそれ?民連軍が副首相を??しかも軍は解体???ちょっと待って、話についていけねぇ」
「ボクだってなにがなんだかだよ。なんでそんなことしたのかも分からずじまいだし、その割りには大人しくお縄につくし」
「てか、じゃあ皇国は絡んでない?」
「うん。今んとこ全然関係なさそう」
「うーん・・・そうなのか」
迅雷は、納得がいかないのにホッとする、なかなか実に奇妙な気分になった。
しかし、事件の内容は掛け値なしに由々しい。頭が痛くなってきて、迅雷はベッドで仰向けに寝転んだ。
「まだ初日が終わったばっかりなんだぜ?明日からどうなっちゃうんだろうな、交流式典はさぁ」
「予定通り―――とはいかないかもだけど、続行するんじゃないの?」
元々、民連は皇国からかけられていた圧力を無視してまで交流式典を強行したほどだった。千影のそっけない意見もそこそこ的を射ている。
しかし、ではなぜ、民連は人間との友好関係構築をこうも急いているのだろうか?別に、今までくらいの距離感でも際だった不都合はなかったはずだ。大規模な戦闘やオドノイドの件を経て、人間界の魔界の関係性に転換期が訪れているのは確かだ。いちはやくその波に乗ろうとしているのかもしれない。
だが、そうだったとしても、民連という国家がこうも強気な姿勢を見せるのは、実に久しいことであった。
「続くなら、俺はその方が嬉しいけどさ」
迅雷はそう言って、悩ましげに唸った。所詮、迅雷の知識など限られたもので、千影の意見に対してここまで詳しく考察出来ていたわけではない。むしろ、迅雷なんて大仰なスピーチをしておきながら未だに世の中の事情なんてさっぱり理解なんて出来ちゃいないお子様だ。だからこそ、迅雷は純粋な気持ちでこの式典が大きな実を結ぶことだけを願えているのだが。
千影はベッドに腰掛け、迅雷が寝ながら立てた膝にもたれかかった。
「とっしーはそれで良いんだってば」
「政治は政治家の仕事だよ―――って?」
「なんだ、憶えてるじゃん。別にバカにしてるワケじゃないんだよ?」
「分かってるよ。でもさ、きっと、みんな思いは一緒のはずなんだ」
迅雷が思い浮かべるのは、李と一緒に回った祭騒ぎの夜の街。あそこで触れ合った異世界人たちの温かさまでもが建前や偽りだったとは思えない。例え交流式典に迅雷の想像が及ばないような狙いや目的が隠されているのだとしても、今日を祝う人々が平和と相互理解に期待していることは絶対に確かな真実だ。
「だったらさ、まだ信じられるじゃん?だから大丈夫、俺はまだ前を見てる」