episode2 sect19 ”また逢う日まで”
今回で合宿編はラストです、お疲れさまです。
編集の都合上これだけ他よとはくっつけずにセクション番号だけ変えました。
「着いちまったな。早いもんだわ」
物憂げに呟いたのは迅雷だった。
バスに揺られて約3時間ほど。窓外を過ぎてゆく景色は、始めは木と草ばかりが見えていたのも、次第に田畑が飛び込んできて、それからちょっとした大通りで多くの車が出入りしている大きな商業施設が流れていき、住宅街が映り、そしていつの間にかここ数日で見慣れてしまった現代的なビルがそびえ立っていた。一央市のギルドだ。
合宿講習会などと銘打っていたものの、旅館に着いてからの時間は、ただの旅行に少し勉強が混じっただけのような時間を過ごしていたと思う。
そして、旅行からの帰りというのは少しの名残惜しさが付き物の儚いもので、こうして見慣れた景色に戻るとちょっぴりさみしく感じてしまう。きっと、こう感じるのは誰しも一度は経験があることだろう。
迅雷の隣では、往路同様に彼の横に座った真牙が眠っていた。中学の修学旅行とかのことを思い出してもそうなのだが、きっと真牙はそういった感慨には疎いところがあるのかもしれない。そうしてぐっすりと眠っている彼も今日はいびきをかいていないので、迅雷も比較的穏やかに車外の景色を眺めてぼんやりとすることが出来た。
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合宿3日目の2限目の講義は由良が担当で、困ったときの応急処置方法、という内容のものだった。魔法に頼らない怪我の手当や、人が倒れたときの介抱のしかたなど、実際に役に立ちそうなテクニックを教わった。やはり困ったときには神頼みをするのではなく、自分たちの持てる知識をもってして状況を改善する能力は大切なのだと由良は言っていた。
それにしても、意外にもしっかり先生っぽいことをこなした由良は、講義の後に生徒たちから散々からかわれまくったので、「もう二度と教鞭は執りたくないです!」とか叫んでいた。
そうして講義が終わればすぐに昼食の時間となって、それから1時間ほどの休憩(実際には点呼もあったので10分ほどは削れていたが)を挟んで、合宿は呆気なく終了してしまった。あれだけいろいろなことが起きたというのに、終わるときは本当にあっさりであった。
ちなみに迅雷はその実質50分だった休憩時間のときになんとなく売店なりなんなり旅館内をうろついていたところ、『山崎組』の面々と鉢合わせた。そのとき迅雷は2班のメンツとも一緒にいたので、大所帯と大所帯で出会ったわけだったのだが、そのまま合宿で起きたことを当たり障りなく話したりして親睦を深めた。もちろん例のうるさいオッサン、日下一太もいて迅雷と昴は苦い顔をしたのだが、存外面倒な長話のループに陥るということはなかった。
迅雷は『山崎組』の面々とはある程度付き合いがあるので親睦をわざわざ深めるほどでもなかったし、彼らの内部事情や経歴もある程度は知るところだったのだが、迅雷以外の2班のメンバーはそうでもなかった。『山崎組』は若手もいるがベテラン揃いの有力パーティーだ。聞ける武勇伝なんかも面白いものが多く、そんな彼らの話に真牙や矢生あたりが聴き入っていたのを覚えている。
いずれにせよ他にやることもなかったし、ベテランの話は聞けるだけ聞いておくべきありがたいものなので、そうして迅雷はずっと『山崎組』の活躍(最新版)を聞いていたわけだが、気が付けば集合の時間が迫っていたので、これからも世話になることがあるだろう大先輩とは軽い別れの挨拶だけをして話を終えた。
余談だが、魔銃使いである昴への勧誘や女子3人へのオッサン共の悪ノリが凄かったことは言うまでもあるまい。
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普段のうるささからはちょっと想像しにくい、穏やかな寝息を立て続ける真牙を揺さぶる。が、それでもなかなか起きない真牙を結局ビンタで起こし、迅雷はバスを降りた。
捲れ上がったアスファルトと工事車両が視界の端に映る、ギルドの駐車場。
解散のミーティングともつかない簡単な声がけがあり、これで完全に合宿講習会は終了だ。
「うーん!ぷは、終わったー」
「なに疲れたみたいな感じ出してるんですか。旅館についてからなんて、ほぼほぼ温泉に入ってお話を聞いただけなのに」
涼と光が、運転手が一仕事終えて休憩に行っているために駐車場に停まったままのバスに背中を預けて話をしている。その2人を見つけて矢生が、その少し後に彼女を追うようにして真牙が涼たちを発見して、それと一緒にいた迅雷と昴が合流してきた。
「続々集まってきましたね」
「まぁこれでこの合宿2班も解散なんですから、最後にはちゃんとお話をしたいものでしょう?」
「そゆこと」
ちょっと驚いたような顔をする光に矢生がそう言って、真牙が首を縦に振る。
こうして一人先に帰った雪姫と、インストラクターだった煌熾を除く班の6人が揃って、解散して最後のみんなでお話する機会となったわけなのだが、
「いや、でもお前らみんな学校一緒じゃねぇか」
唯一マンティオ学園と違う制服を着ている昴が、そんな水を差すようなことを言う。確かに彼の言う通りであるが、ちょっと空気を読むことをして欲しい。いや、昴のことなので、分かった上で言っているのかもしれないが。というかそうだったら実は性格がクズということになってしまう。
苦笑しながら迅雷が昴をたしなめる。
「そんなつれないこと言うなって。確かに6人中5人がマンティオ学園だけどさ、お前は一高だし」
「そうかよ。ちぇ、さっさと帰って寝たかったんだけどなぁ」
なにかと憎まれ口を叩く昴も、結局は笑っていた。恐らくこの反応を期待していたのだろう。
それを見てから真牙が改めて話を切り出していく。
内容なんて、他愛ないものだ。精々中学校を卒業したばかりに過ぎない少年少女がする話のレベルに、ライセンスを取って少々魔法士っぽさが入ったくらいの、そんな話。
これからの目標。ちょっとした自慢話。使ってみたいマジックアイテムやマジックウェポン。尊敬している魔法使い。とりとめのない会話が一番楽しい思い出になるのだろうな、と。そう感じるのも人間の心というものだろう。
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しばらくバスの横で喋っていたら、バスの運転手が戻ってきた。もうバスを出すから、あとはもう帰るか、それともギルドの中で座りながら喋ってくれば良い、と言われた。
もちろん話し足りない人がいたわけだから、中に入ってレストランでお茶をしながら話の続きをしていたわけだが、
「そろそろ日が傾いてきましたね」
ギルド本館2階のレストランは外に面する壁の面積のほとんどがガラス張りになっていて、今は少しずつ赤みを増していく西日がよく見えた。ここのところ一央市ではちょくちょく雨が降っていたので、こうして夕陽を見るのはひさしぶり・・・でもない。正確には太陽ではなかったけれども、夕陽のようなものならダンジョンの中で見た。
「まぁ、本物はこっちだよね」
紅茶と一緒に注文したケーキの最後の一口をらしくもなく優雅に口に入れながら、真牙がなにに納得したのかも分からないが、とりあえず納得したように頷いている。
「そろそろお開きにしましょうか。私も暗くなる前に帰りたいですし。涼さんも光さんも、そう思うでしょう?」
矢生の言葉に涼も光も肯定の色を示した。
しかし、そんな2人と矢生を見比べながら昴がまた余計なことを言った。
「涼と光はともかく、矢生あたりならスリだろうが痴漢だろうが、果ては武装した強盗団でもボコれそうな気がするけどな」
「えぇそうですわね。今すぐあなたもボコっちゃいましょうか?」
さすがの矢生でも武装した強盗団を相手に無事でいられるわけがない。か弱くはなくても、もう少し女子扱いをして欲しい矢生がこめかみをひくつかせて昴に食ってかかる。
「遠慮遠慮。そういうお楽しみはまた今度な」
昴のその一言で、全員の目つきが一瞬だけ変わった。
「今度」というのは、このメンバーでまたどこかへ出かけよう、とかいう平和な意味ではない。そうではなく、きっと昴の言う「今度」というのは、
「『高総戦』・・・のことだよな」
昨日付けで因縁の出来た一大イベントの名前を出す迅雷。椅子の背もたれに寄りかかり、疲れて脱力しているようにも見える姿勢で確認を取った。疲れているのは、あながち間違いでもない。
いろいろと疲れてやっと帰ってきた矢先に、まぁ随分と気を張らせるようなことを言ってくれるものだ。やる気の片鱗すら見せない昴の口からそれを臭わせるような言葉が出てきたのは、かなり意外だった。
姿勢を直して、迅雷は全員の顔を見回した。昨晩の真波たち教師陣の『計画』とやらの話を聞いた6人だ。きっと、他のどの1年生よりも覚悟は決まっているだろう。
本戦、全国に行った後のことだけが本番ではないだろう。目の前の5人全員が、そこに辿り着くまでの好敵手だ。上を目指せば、いずれ必ずぶち当たる。
「・・・そう思うとゾッとするな」
迅雷は軽く身震いするジェスチャーをする。真牙の強さは身に染みて分かっているが、それにも増して特に矢生と昴である。矢生がマンティオ学園の新1年生でナンバー2という評価を受けるほどに強いのは見たし、昴に関しては学校の違いからランキング外であり、彼の本気を見ていないのが最も大きな懸念材料となる。
「ぞくぞくする、の間違いではありませんの?」
しかし、早くも矢生は臨戦態勢だった。きっと彼女は教師陣にも多大な期待を受けていて、そしてそれに応えるだけの実力も気概もあるに違いない。もとより自信家の彼女だ。やっぱりと言えばやっぱりである。
「私もまぁ、頑張ろうかな。せっかくこの合宿でいろいろ気付かされたんだし、その分は良いところを見せつけてやんないと、だよね」
「ん?オレ?」
涼は、真牙の顔を見てそんな風に言う。やけにやる気に満ちた顔をしている涼に急に見つめられて、真牙がキョトンとする。
その状況を見るや否や、迅雷と昴は顔をしかめた。このままいけば涼はきっと碌なこともあるまいに、先が思いやられる恋をしたものだ。吊り橋効果も良いものではない。
大体、真牙の方も分かっているくせにそんな態度を取る辺りは、さすがにエグいと思う2人だった。
・・・と、そんな2人の内心は置いておいて、流れで今度は真牙が決意表明をする。
「うん、まぁザコの迅雷には負けないのはいいとして」
「あ?」
「ハイハイあとでな。つーわけでオレの場合、負けないように頑張るって方向で」
らしい、と言えばらしい意見だった。消極的に聞こえるかもしれないが、彼の諸々の行動の動機を知る迅雷としては、むしろ彼の積極性が垣間見える台詞に聞こえた。逆に言えば、他4人はみな前者側の感覚で受け取ったのだが。
「はいじゃあ次は光ちゃん」
「えっ!?みんな言う感じなんでか!?えぇ・・・。正直防御一辺倒なので個人戦とかはこれっぽっちの自信もないんだけど、とにかく頑張ろう・・・かな?」
仕方なく、というか困ったようにして、光は頭を少し傾けつつ笑いながら一応の宣誓をした。それにしても、言われてみれば確かにとしか言いようがない。彼女の頑張りには期待だけしておこう。
「えっと、じゃあ迅雷君?」
「つか俺がトリかよ。この中で唯一正面から『お前使えねぇ』とか言われたヤツだぞ、いいのかそれで」
いつの間にか発言がラストになっていた迅雷は、複雑な表情をする。あれだけボロクソ言われてこれっぽっちも傷付かないほど迅雷のメンタルはフルメタルでもなければ不定形でもないのだ。一応平静を装っているのだが、むしろ言わないだけでけっこうきているくらいだ。どれくらいきているのかというと、あちこちから綿の飛び出した継ぎ接ぎだらけのテディベアくらいボロボロだ。
そもそも・・・。
「でも手は抜かないんだろ、迅雷?」
迅雷の思考にかぶせるように真牙が口を挟んだ。ニヤリと笑う彼の顔は高らかな勝利宣言のようで、迅雷を煽り立てる。
「・・・あぁ、そうだな。まずはお前の鼻っ柱をへし折って泣かせてから全国優勝だ」
「それはやる気出しすぎだろ。雪姫ちゃんいるんだから諦めろ」
「ぐ・・・それもそうか・・・」
真牙に反論はしなかった。現状、この場にいる誰も、彼女には勝てないだろう。もしかすると、雪姫は既にマンティオ学園のしばしば変動する実力序列に革命を起こしかねない。そんな彼女が全国で優勝を狙うポジションに収まるのは、確かにほぼほぼ確定事項のようなものである。少なくとも迅雷が滑り込む余地はない。
ただ、それでもモチベーションは上がった。まずは真牙の鼻をあかしてやって、とにかく自分の持てる力すべてを遺憾なく発揮して、行けるところまでは行ってやるのだ。
「で、決意は固まったか?」
昴がそう言って席を立った。それに従ってみなが腰を上げるが、それを待たずに彼は背中を向けてスタスタとレストランの出口に向かってしまう。しかし、その途中で首だけ振り返り、この3日間で初めての『狙撃王』な笑みを浮かべた。
「俺ぁ学内選抜なんざ寝てても突破できるからな。ま、精々座して寝ながら待っといてやらぁ。俺と当たったらハチマキと胸ポケットにお守りでも仕込んどきな」
そのまま、じゃあな、と言って昴はいつもの気怠げな猫背に戻って帰って行ってしまった。最後の最後にこれまた随分なものを残して行ってくれたものだ。
「あいつ、なんでマンティオ学園の来なかったんだろうな?」
『さぁ?』
迅雷が問い、他4人がハモった。あれだけの自信があって、それでもマンティオ学園に来なかった理由が分からない。
―――――兎にも角にも、まずはゴールデンウィーク明けからすぐの学内選抜戦からだ。
「・・・あっ」
「ん?どうかしたんですの、光さん?」
綺麗に締まりそうだったところで急に光が小さく声を上げたので、何事かと思った矢生が尋ねる。光はとんでもないことに気が付いていた。
「昴君のお代・・・」
「「「あっ」」」
領収書を見る。昴の注文は抹茶オレ(税抜き320円)にまさかのモンブランとガトーショコラ(税抜き450円×2)2つ。合計金額1220円。総金額の3分の1。
本当に、最後の最後に随分なものを残していってくれたものだ。
元話 episode2 sect44 ”また逢う日まで” (2016/9/26)