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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第一章 episode1『寝覚めの夢』
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episode1 sect3 ”少女は”


「どうしてこうなった・・・・・・」


 迅雷(としなり)はそう漏らさずにはいられなかった。キチンとフラグは全部折っておいたというのに。別になにが起きたかも分からないままに地上まで落下したわけではないし、むしろどうしてこうなったのかなんて考えなくても分かっていることだったが、それでもそう言いたかった。


 「ど、どっどどどうしよう、としくん!」


 後ろでは慈音(しの)があたふたしている。それもそうだ。今迅雷たちは割とまずい状況にある。

 説明をすると、こんな感じだった。


          ●

 

 校内放送が終わる前に、校庭ではすでに戦闘が始まっている。ぼんやりしている暇はない。窓を閉めてしまえばあとは大丈夫なのだ。迅雷はすぐ手前の窓を閉め、鍵もしっかりと掛ける。

 頑丈な代わりにやや閉めづらいのがこの窓の欠陥だ。隣の窓の前に立って先ほどの試合を見ていた女子たちは焦りもあったのだろう、窓を閉めるのに手間取ってしまっている。さらに悪いことに。


 「ちょ、あれっ!?」


 「え?あ、きゃあああぁぁ!?」


 校庭に見える個体の多くと比べると比較的大きなモンスターがこちらに向かって飛んでくる。見た目からしてあれはマズい気がした。

 ・・・だってゴリラに翼が生えて飛んでいるようにしか見えないのだから。その『羽ゴリラ』が真っ直ぐこちらへ来る。


 「は、早く窓閉めろっ!!」


 言いながら迅雷はもう間に合わないのを察した。黒い塊が校舎の壁、開いた窓のすぐそばに激突する。ぶつかった様子からして知能は低そうだがパワーは見た目相応だった。ぶつかった反動を間近で受けた窓際の少女が窓枠から飛び出してしまった。

 慈音がその少女の腕を掴んでくれたが彼女の力では掴み止めることも敵わない。すぐに慈音の両足が宙に浮く。


 「ああっ!くそ、間に合えよ!」


 死に物狂いでなんとか慈音の手をつかむことに成功した迅雷だったが、重力というのは優しくなく、彼の体もろとも下へ下へと引きずり込む。ついに足が教室の床から離れる。


 「迅雷ィ!!」


 「いいから窓閉めろぉぉ!」


 真牙は窓から身を乗り出して叫ぶが、迅雷の必死な言葉に従って窓を閉めた。

 

          ●

 

 「2人ともけがはないか?」


 「としくんこそ空中でしのたちの下になったまま落ちちゃったけど大丈夫だった!?」


 「しーちゃんが即席で結界張ってくれたからなんとかな。よし、大丈夫そうだし俺の後ろから出んじゃねぇぞ」 


 眼前では例の羽ゴリラが獲物を狙うように、フーッフーッ、と荒い息を吐いている。突然の危機的状況。


 ここでこの二人を、なにより慈音を『守れ』なければいよいよダメだ。・・・・・・腹は括った。自分の届く()範囲のはなんとしてでも『守る』、それが迅雷が自分との、そして尊敬し、慕うあの少女との約束。間違っても違えるわけにはいかない。深く息を吸い、迅雷は叫ぶ。


 「『召喚(サモン)』!!」


 迅雷の手元に魔法陣が現れ、そこから一振りの、両刃の直剣が現れる。


 迅雷の戦意を察知したのか羽ゴリラも攻撃態勢に入る。口元からは細長い釘を思わせるような牙が見える。


 「グルアアアアアアアァァァァ!」


 「そこはウホって鳴いとけってんだよぉっ!!この、クソゴリラがぁっ!!」


          ●


 次々と放たれるゴリラの拳をうまく体をひねって素早く躱しつつ、隙を突いて何度も何度も斬りつけていく。だが、どうもおかしい。明らかに迅雷の方が優勢なのにも関わらず、まったくダメージが通っていない。


 「チッ!なまくらじゃあないはずなんだけどなぁ・・・。こりゃマジで頑丈なヤツか!?」


 幸いなことに相手の動き自体は遅いので、そこそこ動体視力には自信のある迅雷は苦労せず攻撃を躱せているのだが、剣の方は既に少し刃が欠けている。

 魔剣自体はそこまで上等な品ではないにしろ、それなりに丈夫な品を選んで購入していたはずだったのだが、そもそも迅雷の剣の扱いがパワー重視の大振りを間髪入れず打ち込み続けるスタイルであることに重ねて、ゴリラの骨が思った以上に頑丈なため刀身が先に傷み始めたのだ。

 そして、一瞬そこに意識がいってしまったのが仇となった。その一瞬だけ、迅雷の攻撃の手が緩み『羽ゴリラ』に余裕が生まれてしまった。


 ふと揺れた視界を敵に戻すことも敵わず、木の幹のようなゴリラの腕がフルスイングされ、迅雷の体を捉えた。


 「がぁ!?あ、ぐ・・・」


 まともに一撃食らって、迅雷の体は軽く吹き飛ばされて校舎の壁に激突する。どこも折れていないのが不思議だった。しかし、そんなことを考えている余裕はなさそうだ。


 もう迅雷が動けないと思ったのだろう。『羽ゴリラ』は慈音たちの方を見ていた。


 翼を大きく広げ、、あの校舎に突っ込んできたときの猛烈な突進を行うモーションに入る。迅雷の攻撃では動きを止めきれない。


 迅雷は迷わなかった。残った魔力も惜しまずすべて筋肉の中に注ぎ込んで全力で跳び、2人を庇うようにゴリラの前に躍り出る。同時に、ゴリラも飛び出した。とはいえ。


 (ダメだ、さすがにこの体勢じゃ受けれねぇ!)


 自分から飛び込んだといっても、なんで入学初日で人生終了のお知らせが来てしまったのだろう。2人はこのまま逃げおおせてくれるだろうか。走馬燈のように約16年間が高速再生されるような気がした。

 

 (・・・・・・あぁ、悔しいなあ、まだ何にも『守れ』るようになってないってのに)




 ―――――――――ゴリラの首が白銀の閃きと共に消えた。




 「・・・・・・え?」


 生きている。迅雷はなにもしていない。後ろの二人もそのはずだ。頭にハテナを浮かばせながら重力に従ってドシャリと地面に倒れ込む。



 「どうしたの、とっしー?こんなのに手こずっちゃって」


 

 聞き慣れてはいないが記憶に新しいこの声は、間違いない。あの居候の、小さな女の子だ。だがなぜこのタイミングであの子が現れたのだ?なぜこんな危険な状況で?迅雷の脳内はいよいよハテナで飽和しそうになる。

 ボトリと言う音と共に羽ゴリラの首が落ちてきた。後ろの二人、特にはじめに落ちた少女が引きずったような声を出す。頭を失ったゴリラの体は不気味に痙攣しつつ地に倒れ伏し、黒い粒子のようにほどけて虚空へと消える。


 そこにはやはり、今朝の金髪の幼女がいた。澄んだ紅色の瞳を「ドヤァ」とでも言うように輝かせている。風にあおられて頭頂部のアホ毛がなびき、左側にまとめられたサイドテールとそれを束ねる赤くて大きなリボンがふわりと揺れている。


 「やぁとっしー、自己紹介が遅れたね。ボクは千影(ちかげ)、歳は10歳だけど特例でお墨付き。ヨロシクね」


 「お、おま、なんでここに・・・!?」


 「おや?命の恩人にそんなことを言っちゃうのかい?」


 悔しいが事実だ。あのあどけない外見からして信じ難いことではあるが、この少女が来なければもう迅雷はこの世にはいなかったことだろう。


 「ぐ・・・。そ、それは助かった、ありがとう・・・。そ、それよりお前なんでここにいるんだよ!まさか自己紹介に来たわけじゃないだろうな!?」


 「んー、それもなくはないけど、モンスターの駆除が一番かな。まあ気づいたのは散歩でたまたま近くに来たからなんだけどね?」


 どこからどこまでを本気にしたらいいのだろうか。散歩でわざわざここに来るのか?しかしこのチビ、あのゴリラを一閃したのだから見た目に反して実はかなり強いのではないか?それに、今ライセンスを持っていると言っていたような。あれは10歳では取得できないはずだ。ハテナがまたさらに増える。


 ―――いったい何者なのだ、こいつは。


 「それよりとっしー。これくらいのモンスターなら楽勝なんじゃないの?」


 「なっ!?確かに攻撃は遅かったから躱せたけどなあ、剣は無茶に耐えないし、魔力的にもキツいんだよ!そ、それよりも!本当にライセンス持ってんなら駆除手伝ってくれるか?」

 

 今は分からないことを気にして立ち止まっている場合ではない。この少女がライセンスを持っているというのが嘘であろうと事実であろうと、その実力は見せられた分だけは少なくとも確実だった。手が借りられるのなら借りない手はない。

 本気で困っている迅雷の言葉を、その小さな少女は下らないとばかりに鼻で笑い飛ばした。


 「言い訳はいいよ。まったくこれだから近頃の若者は。ま、モンスター退治は任せてよ!」


 「そろそろぶっ飛ばしたいなぁこのガキは!?」


 お前の方がずっと年下だろうが。迅雷の捨て台詞も聞かずに千影とか言う少女はものすごい速さで去って行った。具体的には100メートルが5秒くらいのスピードで。いったいどんな人生を送ってきたら10歳であんなことになるのだろうか。


 「と、としくん、今の女の子って・・・」


 「あー、うん、そうだな。あとでしっかり話を聞いとこう。2人とも歩けるか?・・・・・・よし、とりあえず中に入って!」


 モンスターが近くにいないうちに急いで慈音ともう1人の女子生徒を校舎に入れて迅雷は外に残った。散々な言われようだったので退くに退けない気分だった。やられっぱなし、言われっぱなしはさすがに悔しい。体の倦怠感からして残存魔力はかなり少ない感じがするが、そこは意地でなんとかすれば良いのだ。


 「ちょ、としくんは!?」


 「悪い、憂さ晴らしにもう一踏ん張りしてくるから先戻っといてくれ!」


 そう言って飛び出す。すでに先生たちはもちろん、校庭にいた雪姫(ゆき)煌熾(こうし)をはじめとした一部の生徒が戦っている。


 それにしても、と迅雷は考える。さっきの雪姫と煌熾の試合は確かに激しかったがあれでここまでの数のモンスターが現れるほど大きな影響があったとは思えない。半年ほど前から思っていたことだが、なんとなく、最近ここらの魔力環境がいっそう不安定な気がする。


           ●


 小物には魔力も割かずにそのまま斬り伏せつつ、人手の足りなさそうな方に向かって駆ける。

 背中を気にせず戦えるだけで動きが軽くなったようだった。迅雷は今、校庭の脇の小さな林のようになっているところにいた。校庭の方には人が多く向かっているのでその脇で手の回らない部分を頑張ることにしたからだ。


 剣を左手に持ち替え、右手で魔法を展開する。目標は目の前の巨大ナメクジ。


 「『サンダー・アロー』!」


 掌に浮かんだ魔法陣から稲妻が生まれ、収束された一筋の雷光が直進して3メートルほどの大きさのナメクジを貫通し、後ろにいた雑魚もろとも吹き飛ばす。魔力が少なくたって魔法の一発や二発は使える。未だに蠢くナメクジに止めを刺すために魔法を撃った勢いで空中に跳び上がり、回転をかけてナメクジの頭部を両断する。今度こそナメクジの体は黒い粒子となって消えた。


 「二刀流はできなくても両利きってのは便利だよな」


 誰にともなく呟き、また剣を右手に持ち直し次の敵に向かう。


          ●


 一方、校庭では。


 「ああ、くそっ、全然数が減らないぞ!」


 煌熾は手当たり次第にモンスターを焼きながら叫ぶ。正直本当に疲れてきたが周りを見て下がりづらくなる。遠目には生徒会長がモンスターを植物の蔓で締め上げているのが見える。後ろでは相も変わらず無感情な様子で淡々とモンスターを狩る後輩がいる。


 「焔先輩、下がってていいんですけど。というかそろそろこいつら頭にきたんでちょっと伏せててください」


 訂正。後輩の目が怖い。淡々と狩るのはお仕舞いにするらしい。


 雪姫の周りにたくさんの小魔法陣がグルリと展開された。本日二度目の命の危機を感じた煌熾は伏せながら叫ぶ。


 「おい待て!周りのことも考え―――」


 「『アイス』」


 雪姫を中心として空間が氷弾で飽和する。魔法を放出した陣は砕け、入れ替わりに新しい陣が現れてを繰り返し、嵐のようになっている。


 待てって言っただろうが!と言おうと思って雪姫を見た煌熾は思わず言葉を飲んだ。

 砕けた氷の破片と蜂の巣にされたモンスターの血飛沫や肉片で一瞬しか窺えなかったが、彼にはまた、彼女が笑っているように見えた。今度はさっきよりも嗜虐的で、裂いたような笑みを。


 アホみたいな氷の弾幕の嵐が過ぎ去った跡にはもうほとんど小型のモンスターは残っていなかった。


 「ち、近くには他の人もいるんだからもっと加減しなさい!!」


 驚いたテンションでなんだか口調が変わった気がした。割と本気で青ざめながら煌熾は怒鳴るが、周りを見ると、ただ全員が突然の嵐に頭を抱えてうずくまっている光景だけがあって、不思議なことに今ので怪我をした生徒や教師はいない模様だった。煌熾の言葉を無視して雪姫は次の獲物を探すように去って行った。


          ●

 

 「なんじゃありゃあ!?」


 校庭の方から飛んでくる氷の嵐を見て迅雷は身の危険すら感じていた。というか危うく2、3発は当たりそうになった。嵐が止んでからもしばらく動かないでまた同じのが来ないかと警戒してキョロキョロする。「俺、行ったらかえって死なね?」とかも思ったのだが先ほどの幼女に鼻で笑われる感覚を思い出して首をぶんぶん振って、気を取り直して再び走り出す。


 迅雷の見て回ったエリアでは思いの外モンスターが少なかったので大体を狩り尽くし、そろそろ魔力切れも怖くなってきたので戻ろうと思って校庭の方に出ようと思ったら、先ほどの大ナメクジが3体ほどで1人を囲んでいるのを見つけてしまった。


 「あぁ、まだいたのかよ・・・。手伝わないと・・・?」 


 と思ったらナメクジがまとめて砕け散った。キラキラと華やかだ。凍らせていたのだろう。煌めきが収まって視界を取り戻したところでそこにいた人物を見てみると、囲まれていたのは雪姫だったようだ。これはナメクジの方が近づいたのが運の尽きだったとしか言えない。


 あちらも近寄るこちらに気がついたようで、横目でチラリと視線を向けつつ、少し驚いたように、


 「アンタは中にいなかったの?外はこんなだったのに」


 おっと、突然の会話チャンスだ。周りにもモンスターはいないしここは少し距離を縮める良い機会なのではないかと考え、迅雷は少しテンションを上げつつ、ここまでのいきさつを短くまとめて言ってみることにした。


 「いや、2階から落っこちてさ、仕方ないからこうして頑張ってたんだよね。天田さんも試合後でやっぱり大変だったんじゃないの?」 


 「あぁ、そう。別に大変じゃないけど」


 そう言って雪姫は背中を向けて校舎の方に戻ろうとし始めた。


 ―――会話のチャンスなんてそんなことを考えて内心ドキドキしていた自分が恥ずかしい!


 想像以上のクールさだ。


 しかしよくよく考えたら教室でもほとんどしゃべっていなかった・・・というか来る人を追い払う以外にしゃべっていなかった気がする。迅雷が「あれ?話しかけてもらえた俺はツイてるんじゃね?」なんて思っていると視界の外から、小型の一本角のモンスターが飛び出してきて背を向けた雪姫に向かって突っ込もうと角を突き出してきたことに気づき。


 「危ない!」 


 と、迅雷が咄嗟に間に入ってガードし、そのまま斬り倒して。


 「大丈夫か!?」 


 とか言ってみると、当の雪姫は「なにしてんの?」と言うような顔でこちらを見ている。目が冷え切っている。もしかしたらはじめから今のモンスターに気づいていて、迎撃の準備も整っていたのかもしれない。


 「よ、余計なことだったみたいですねー・・・・・・あは、あはは」


 今度こそ雪姫は帰っていった。彼女の目の冷たいことと言ったら。もうなんかいろいろ恥ずかしくなっている迅雷はどんよりしながらその後ろ姿を見送る。


          ●


 さっきも見落としで何体かモンスターが出てきたので雪姫と分かれてからも5分ほどあたりを見回り、今度こそモンスターがいないのを確認してから迅雷も校舎内に戻ることにした。校庭にいた人たちはみなすでに戻っていたらしく、さっきまでとは打って変わって外はしんとしている。

 

 とりあえずまず教室に戻れば慈音や真牙(しんが)も待っていてくれるだろうと思って校舎に入ったところで、さっきまで上靴で戦っていたことに気づき、いきなり思いっきり汚したなぁと溜息をつく。泥だらけの上靴を仕方なく脱いで下駄箱に向かい、上靴をしまってから昇降口隣の階段から二階に上がろうとしたところでまた面倒なことになった。


 「あ!とっしー、この人たちちょっとどうにかしてよー!」


 階段の踊り場に先生2人に捕まった千影がいた。今更ながら格好を見ると、袖口の広がった独特なデザインのTシャツが目を引き、目立つ見た目だ。


 彼女を捕まえている2人の先生のうち片方はたしか生徒指導部長の先生だったと思う。折り悪しすぎる。


 「君が神代(みしろ)君か。なるほど、名前を聞いたことがないと思・・・・・・む?神代っていうともしかして?」


 ―――え、なに俺のこと知ってるの?いや、知ってるのはいいけどこのタイミング?なにこの状況?できたら全力で知らない人になりたい。というかなろう。


 「えーっと?はい、確かにそうですけど、その子はいったい?」


 「あ!?ちょっ、知らないふり!?とっしーがそんな冷たいヤツだなんて知らなかったよ!ベッドの中ではヌクヌクだったの・・・むぐぅっ!?」


 千影を捕まえている先生や周りで見ていた生徒がザワっとなる「ザ」くらいで反射的に彼女の口を押さえつける。


「あーーー!思い出したー!まったく勝手に学校の中に入ってきたらダメだろー!?」


 そのまま千影を先生からひったくり、その場を疾風の如く切り抜ける。


 「あ、コラッ!廊下を走るなぁ!」


 知ったことか。こっちだって歩いて教室に戻りたかったわ。・・・などとは吐き捨てられない。入学初日からこれ以上問題は起こしたくない。


          ●


 屋上に出る扉の前の踊り場まで階段を駆け上がった。先生は追ってこない。きっといちいちこんなことに付き合ってもいられないのだろう。迅雷はほっと息を吐いてから千影を解放する。 


 「お前ほんといい加減にしてくれよなんで先生に捕まっとんねんええ加減にせぇよしばくぞこら」


 「てへっ☆」


 舌を出して誤魔化そうとしている。分かっているのに、怒っているのに、しかし不覚にもキュンとしてしまう。


 「なんつー扱いにくいヤツなんだこいつ・・・・・・」


 「もー、せっかく自己紹介したんだから名前で呼んでよー」


 聞いてはいるが適当に流しつつ迅雷は目の前の小さな少女について考える。もうさっきのことで強いのは分かった。一緒にいると疲れるのも分かった。ちょっと考えただけで気にかかることがぽんぽん浮かんできたのでやはり細かいことは帰ってから聞くことにした。出会ってしまったのだから仕方ない。今はひとまずそこから始めよう。


 「ふぅ。まぁいいや。千影(・・)、帰るぞ」


 「・・・・・・!うん、わかった!」


 教室に向かう迅雷の後ろを、千影はぱぁっと嬉しそうな顔になってついて行く。


          ●


 教室前にて。


 「あ、きたきた!真牙くーん、としくん戻ってきたよ-!」


 どうやら慈音が待ってくれていたようだ。呼ばれた真牙もやってくる。


 「よぉ、やっと見つけたぞ!ったく」


 「真牙くんったら、しのよりとしくんのこと心配してたんだよー?」


 「まじか」


 「なぁっ!?別にそこまで心配なんかしてねぇぞ!?だいたい俺のライバルともあろうものが・・・・・・?おい、迅雷、その子どしたん?めっちゃ可愛いな!お嬢ちゃん、頬ずりしてもいい?ってうそうそうそ、冗談だから!」


 ツンデレ乙になるのかと思ったところで数あるモードの内からロリコンモードへ切り替え始める真牙。さすがに千影も引いたらしく、真牙が初対面の幼女にぺこぺこ謝っている。


 「えーっと、千影ちゃん?だっけ。やっぱりとしくんのおうちに住むの?」


 「うん、そーだよ!そう、つまり一つ屋根の下だよ!」


 「さっきから余計な表現すんじゃねえ」


 「なあそれほんとか?代われよ迅雷」


 代われるものなら代わりたいが、また千影に引かれてなんだか楽しそうにぺこぺこしている真牙を見て無理そうだな、と結論づける。荷物を取ってくるからちょっと待っているように言って教室に入ると、女子生徒が2人、待ち構えていたように寄ってきた。


 「「あ、神代クン(君)!やっと戻ってき(まし)た!」」


 「ねぇねぇ、さっき下で戦ってたよね!」


 「結構強いんですね!剣かっこよかったですよ!」


 大方、雪姫にスルーでもされたのだろう。迅雷とは話をしようと思って待っていたようだ。この様子では初日から悪目立ちしてしまったかとも思う迅雷だったが、とはいえ女子に「かっこよかったよ」なんて言われちゃうと、


 「(我が世の春が来た・・・・・・!)いや、そんな大したことはできてないけど、ありがとな!」


 ―――黄色い未来も遠くはないかも・・・・・・!!


 「とでも思ったかー!!」


 と言って千影が狙ったように教室に飛び込んできた。さらに続けて、


 「寝室のことなんだけど、部屋あいてないから一緒に寝ていいよね!」


 「ヤメテェェェェ!」


 我が家の寝床事情だけで青春は終わったのだった。あぁ、せめて直華(なおか)の部屋で寝てくれればいいのに。声をかけてきた女子たちは少し引き気味に帰って行った。


 「あぁ、俺の春が去って行く・・・・・・」


 さすがにやり過ぎたかな、といった感じに千影が慰めの言葉を投げかけてくる。


 「だ、大丈夫だって、聞いてたのあの二人だけだし!」


 なにが大丈夫か。イマドキ高校生のネットワークは恐いんだぞ。きっと光通信並みの速さで伝播するんだろうなぁ。と根拠もない偏見に肩を落とす迅雷であった。


 なにはともあれやっと一段落した。時計を見るとまだ昼の1時だった。千影を連れて、慈音、真牙と一緒に帰り道のボクドナルドで昼食を済ませて家に帰った。


          

 






元話 episode1 sect7 ”守る” (2016/5/11)

   episode1 sect8 ”世の中うまいことできている” (2016/5/12)

   episode1 sect9 ”少女は” (2016/5/14)

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