episode7 sect22 ” FAGGING !! ”
神代疾風はニルニーヤ城の上層階で物陰に身を潜めていた。
先ほど交戦した侵入者を最後に、それ以後は敵を発見することはなかった。隠しカメラへの警戒だけは緩められないが、おおよそ理想的なペースだったと言える。
疾風は、初めにいた大広間が何階で、自分がどれだけ上まで上ってきたかを計算した。
(ここから先は王族関係者以外立ち入り禁止か・・・)
進むべきか、様子を見るべきか。
少なくとも、疾風が許可無く踏み込むことが許される領域ではない・・・のだが。
(これなんだよなぁ―――)
鋭く、濃密な悪意の気配。疾風が魔法で展開しているレーダーの圏内には、明らかに警備員とは別のなにかがいるのだ。それも、よりにもよって上へ続く階段の中腹あたりに、だ。連中には立ち入り禁止の文言などまるで意に介する様子がない。もしも侵入者が民連出身の獣人だったとしたらとんだ暴挙と言える。なにせ、王族を尊ぶ民族において言えば、聖域を侵すような所業なのだから。
疾風は身を隠したまま、レーダーからのフィードバックを解析するために精神を集中させた。
(だけど、連中はなんで今は誰もいないはずの上階に忍び込む?くそ、やっぱ目的が謎すぎるんだよ・・・)
物品の窃取、爆弾の設置―――色々と考えてはみるが、いずれもしっくりこない。コソ泥にしては多人数すぎるし、爆破テロなら今までのルート上にも設置していて然るべきだ。上階だけ吹き飛ばすつもりだったとしても、それはそれで下の階にいた連中の行動と結びつけにくい。彼らは、まるでなにかを追うように上を目指していたのだ。
疾風が思索に耽っていると、不意にエレベーターの開閉音がした。ハッとした疾風は、エレベーターに乗ってきた人物が誰であるかを確かめるべく移動を開始した。こっそり視認するための小さな鏡も用意していたが、必要はなかった。会話が聞こえてきたからだ。
クースィとテムの声だった。
(モニタルームに向かったはずの2人がここにいるということは、モニタルームがここより上にあったということ。侵入者は上を目指していた。狙いはモニタルームの奪取?でも連中はどうしてモニタルームの場所を知っている?いや、むしろクースィさんとテムさんを追って登ってきた?いや待て・・・じゃあなんで!!)
疾風は、気付いてしまった。
結論に言葉が与えられるよりも早く疾風は身を潜めていた場所から飛び出していたが、今、敢えて疾風が思ったことを文章化すると、次のようになる。
(じゃあなんでヤツは階段の真ん中なんかに留まってんだよ!?伏せたってフツーに見つかんぞ!?コッソリあの2人のあと追っかけてきたんじゃねーのかよ!?つか、それってつまり待ち伏せじゃね!?やっべぇ、狙いはそっちかよクソッタレ!!)
要するに。
『なりふり構っちゃいられねぇ』
ということである。
疾風はついに、躊躇いなく、高性能魔力貯蓄器を搭載した6連装リボルバーシリンダーが刀身に組み込まれた漆黒の大剣、『マスターピース』を抜き放った。
風魔法を応用して空気を掻き分け、非生物的な加速力を実現した疾風は、最短最速で階段を登るクースィとテムに追いついた。
そこは、まさに姿を現したプロテクター姿の侵入者が。
クースィに向けて引き金を引いた瞬間で。
「させるかよォーーーッ!!」
疾風は、クースィの頭上から飛び込み、『マスターピース』を真下に振り下ろす。その一撃は空を斬るが、狙いはそもそもクースィを凶弾から守ることだ。甲高い音が刃と銃弾の間で打ち鳴らされ始める頃には、疾風は既に反対側の壁に足を着けている。すなわち、次のアクションはもう始まっている。
ここに来て反則的な事実を解説する。
すなわち、疾風と千影が知り合った経緯は、ここにある。
世界最速の生物とされる千影に対する抑止力として抜擢された男の疾さっていうのは、伊達じゃないのだ。
巨大な金属の刃が、まるでプラスチック製の板のように軽々と踊り狂い、光を乱れ散らす。血飛沫が上がり、大剣『マスターピース』の鋒が紅の煌めきを描く。
まずは一人。
そして。
疾風は、階段の上で銃を構えたもう一人―――最後の敵に左手をかざした。
弾丸と風魔法の衝突は、風魔法の一方的な勝利で幕を下ろした。
プロテクターごと胸の肉を抉られた侵入者は、鮮血で階段に滝を作ながらもんどり打って、ほどなくして動かなくなった。
「・・・・・・くそ。最悪の気分だ」
苦虫を噛み潰したような顔をして、疾風は『マスターピース』の刃に付着した血を拭った。
・・・もうそろそろ、疾風の正直な思いを明かしておいても良いかもしれない。
だって、迅雷も一緒に来ているのだ。子供の見ていないところでヒトを殺して、平気でまた顔を合わせられる父親がいるか?それが例えどんなに正当な理由によるものでも、仕事だったとしても、同じ命の話だ。
疾風は敵を殺さなかったのではない。殺せなかったのだ。それ故に、今ここで血を流し倒れている2人の侵入者の命を保障出来ないことが、疾風の胃を痛烈に締め上げていた。
「お怪我はありませんでしたか、クースィ副首相、テムさん」
物々しい大剣を仕舞って、疾風は背後の2人にそう確認した。クースィは唖然、テムは警戒、といった様子だ。
ややあって、我に返ったクースィが腰を抜かしたように壁にもたれかかった。顔に浮かんだ玉のような汗を拭うことも忘れたまま、クースィは夢半分現半分の目で疾風の姿を確かめて。
「た、助かりました・・・。このお礼は、どうしたら良いものでしょうか・・・」
「少なからず”こういう事態”も見越して自分が連れてこられたんだと思ってます。ですから、これも本来の仕事の内みたいなものです。・・・あぁ、すみませんテムさん。別にそんな意図で言ってるわけではないんですよ」
「いえ、返す言葉もありません・・・。不甲斐ないところを晒してしまいました」
本来、凶弾からクースィを守り侵入者を捕縛すべきだったのはテムだった。軍人としての経歴はほとんど無いに等しいとしても、その表情に滲む悔しさの色は目的を持って力を磨いてきた者に相応しいものだった。
疾風も、テムに対して無用な慰めは言わなかった。
発砲や跳弾、ヒトの転倒などなど、決して小さくはない戦闘音がしたので、フロア本来の警備の黒服たちが駆け付けてきた。ようやく調子が戻って来たクースィの指示で、急ぎ救護が呼ばれる。無論、疾風の攻撃で重体となった侵入者のためだが、救命は、血まみれの男2人を神聖な王族たちの空間からどかすついでのようなものだろう。死ねばそれでおしまいだし、生き残れば参考人として鞭を片手に詰問するだけである。
クースィは、侵入者の正体を確かめる時間をも惜しんで、急ぎ足に本来の目的地へと足を向けた。すなわち、モニタルームである。テムが引き続きクースィの護衛につくが、疾風は、そんな彼らのあとについた。
「すみませんが同行させてもらいます」
「それは・・・・・・いえ・・・分かりました。王族の皆様には後で私から説明しましょう。ですがくれぐれも・・・」
「分かっています」
ここまで来てしまった時点で疾風にはモニタルームの場所に大方の見当がついてしまっているはずだ。大きな借りを作ってしまったこともあるが、なによりこの非常事態を可及的速やかに収拾するには、疾風の同行を認めた方が確実かつ手っ取り早かった。
テムと疾風を引き連れて、あるいは首相であるケルトスも経験したことがないであろう厳重な警護の下、改めてクースィは階段を登った。
いつまた刺客が現れても今度は自分でも対処してやるとばかりの緊張感を維持するクースィだったが、幸い2度目の襲撃はなかった。疾風の介入で下手に手出しが出来なくなったのか、あるいはまだここまで侵入してはいなかったのかは分からないが、3人は以降何事もなく隠されたモニタルームへと辿り着いた。
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ニルニーヤ城は、元々は民連の独立戦争時代の要塞だ。今日に至っては外観こそ立派な白亜の王城となったが、下層階にはかつての名残も多く存在している。
例えば、やたらと広大な城の医務室もそうだ。かつては前線から運ばれてきた多くの負傷兵たちを残さず受け入れて治療を行ってきた部屋が、時代と共に進化した場所だ。今では、王族が急病で倒れてもわざわざ城外の病院まで搬送する必要がないほどに充実した医療設備を取り揃えた、民連国内最先端の医療現場といっても過言ではない。
だが、皮肉なことに今夜ここに運び込まれてきたのは、王族に危害を及ぼす可能性もあった謎の侵入者2名だった。
医師たちは血まみれの彼らを包む破損した防具を脱がし、ヘルメットの下から出てきた顔を見たとき、落胆を隠せなかった。
だが、それでも仕事は仕事だ。彼ら全員が、目の前に揺れる命の灯火があれば細かいことは抜きにして、ただ消えないように計らうのが医師の在り方であると学んできたプロなのだから。ニルニーヤ王家に仕える医師としての矜恃に懸けて、彼らは副首相暗殺未遂犯の命を救う。
施術に入る前に、医師の1人が他の医師数名に指示を出した。
「所持品から身元が判るかもしれない。頼むぞ」
「はい、すぐに調べます」
前回のあとがきでいろいろ科学っぽい話をしたけど、まぁもちろん磁場の時間・位置変動を許せば条件次第ではあそこまで頭オカシイ数字にはならないハズ・・・?
というか、もしもあの磁場強度のまま作者の妄想通りに過熱で変形する銃弾の表面に電磁誘導で渦電流が誘起されたとしたら、ありとあらゆる方向にローレンツ力が働きまくって溶ける云々とか言う前に銃弾が大爆発するんじゃ・・・?そもそも溶けるというよりプラズマ化という方が正しいのでは・・・?
ぐええ、思考実験じゃキリがない・・・っ!!(感電死)