episode7 sect18 ” Frustration behind Royalism ”
ザニアに向けられる厳しい視線に、迅雷は生唾を呑んで身構えた。ジリ、と後ずさる迅雷の腰を、千影が肘で小突いた。
「(やっぱアレだよ!さっきのカンパイでミスったこと怒ってるんだよ、とっしー!)」
「(えーッ、マジで・・・?あれそんなに重大な失敗だったの?知らんし、知らんし・・・ッ!!)」
「(無知もまた罪なのだよセニョール)」
「(誰だよ!つかそれ言うなら千影も同罪だろが!?)」
「(良いから謝るの!ボクもいっしょに謝ったげるから、ホラ、ね!?)」
声を掛けるなり、迅雷と千影が失礼千万にも顔を寄せ合ってヒソヒソ話を始めたので、いよいよザニアの面持ちが強張ってきた。一歩下がってしまった迅雷たちに、ザニアがおもむろに手を伸ばす。
「・・・あの、君たち」
「っ、ホ、ホラとっしー!せーのっ」
千影がジャンプして迅雷の後頭部を押さえ込む。
「「すみませんでした!!」」
いきなり広間に大きな謝罪が響いたので、場が静まりかえってしまった。しばらく床を見続けた迅雷と千影は、恐る恐る、下げた頭を上げてみると。
「・・・え、なに・・・?なにが・・・?」
何事かと注目を一身に受けたザニアが、青い顔をして狼狽えていた。
なにもクソもない。この際、仕方なく迅雷は乾杯の件を白状すると、ザニアはますます顔色を悪くするのだった。
「あぁ、そんなこと君が気にすることじゃないのに。次からは乾杯の前に飲み干すようお客人にはアナウンスしておくようにしなくちゃいけないね・・・。僕たち主催側の不手際だ。許しておくれ・・・」
「ひぃっ、そ、そそそそんなザニア王子が謝るようなことなんてこれっぽっちもないんですーっ!僕らが勉強不足だっただけなのでーっ!」
「そうか・・・そこまで言ってくれるのか・・・気休めでもありがとう。それで、あぁ、そう。謝るのはむしろ僕の方なのだった」
「え、ま、まだなにかありましたっけ・・・?」
「だって、姉のアーニアと妹のルニアが君と萌生さんにご迷惑をお掛けしたんだろう?無駄に心を煩わせてしまったに違いないと、気が気じゃなかったんだ・・・。2人に変わって改めてお詫びするよ、本当にすまなかった・・・。なにか気持ちを表せる品が用意出来れば良かったんだが・・・」
あぁ、と迅雷もそろそろ理解してきた。
ザニアは些細なことや自分と関わりないことに対してもいちいち気を揉んでしまう、苦労性なのだ。
二度も頭を下げさせてしまった罪悪感や気まずさとは裏腹に、迅雷は少しホッとした。アーニアやルニアもそうだったように、王族と言っても、人間くさい部分というのはあるようだ。
「いえ、むしろわざわざ僕のスピーチを聞いて話がしたいとまで言ってくれたので、とても嬉しかったんですよ」
「でも急で驚かせたろう?」
「まぁ、それは少し。それであまり時間がなかったので、この晩餐会でまたお話させてもらえることになってたんですよ」
急に落ち着いて対応し始めた迅雷を見て、千影がしきりに感心している。だが、迅雷だって無為に今日一日を過ごしたわけじゃないのだ。無論、全く失礼のない会話が出来ているという意味ではないが、少し民連の王族との関わり方のようなものは理解し始めていた。
「あら、ザニア。トシナリ様とお話してたのね」
「アーニアとルニアの非礼を詫びていたんだよ。全く、迅雷さんが寛容な人で良かった。これでひとつ不安が消えたよ・・・」
来るなり古傷を抉られたアーニアまでシュンとしてしまった。でも、アーニアはさすがにザニアほど繊細ではない。すぐに笑顔を取り戻した。
「ザニア、イヅル様には私が直接お詫びするから心配は要らないわ。あなたも、今しか出来ないお話を楽しんでいらっしゃい?」
「・・・そうか、うん、アーニアならそこまで心配してないんだ。ただルニアがなぁ」
「あの子ももう子供じゃないわよ、大丈夫」
アーニアに宥められて、納得したザニアは今後の付き合いについて話をしているケルトスと人間界の各国首脳陣との集まりに混じっていった。ザニアが去った分のスペースに一歩踏み込みながら、アーニアは優しい目で彼の背中を見て、語り出した。
「ザニアはね、少し心配性が過ぎるように思ったかもしれませんけれど、裏を返せば物事の機微には敏感なのですよ。そのおかげか、今は経済学を学んでいて、たまにケルトス首相からも助言を求めてもらうことがあるそうです」
人の心の機微にも、もうちょっと敏くても良い気もするけれど―――と締め括って、アーニアは誇らしげに微笑んだ。
「互いを思い合うステキなご姉弟関係なんですね」
迅雷にニッコリしてから、アーニアは改めて千影と向かい合った。忘れかけているかもしれないが、これが事実上のアーニアと千影の初対面だった。
「ご挨拶が遅れました。第1王女のアーニア・ノル・ニーア・ニルニーヤです。貴女がチカゲ様で間違いございませんか?」
「あ、ハイ」
すっかり無垢なプリンセスオーラに圧倒された千影は、ぽけ~っとしたままアーニアとの握手を済ませてしまった。
「やっぱり、お二人は本当に仲がよろしいようですね。素晴らしいです」
「ま、まぁ?ボクととっしーは相思そうぷっ―――」
千影の口にもったいないくらい一気に料理を突っ込んで、迅雷は苦笑で話を誤魔化した。正直、行儀が悪い上に下策なのは承知していたのだが、もう迅雷はダメなのだ。体が勝手に動いてしまう。ツンデレの悪い癖だ・・・とでも嘆いておこう。
あらあら、とアーニアは微笑ましそうにしながら、千影の口の周りについたクリームをハンカチで拭いてくれてしまった。全くもって申し訳ないことである。
「人間のトシナリ様とオドノイドのチカゲ様がこうして笑い合っている光景は、とても素敵です。私は、今のお二人の愛こそが、私たちの生きるこの時代、この世界の可能性だと信じているのです」
「そう・・・そうだよお姫様!ラブ・イズ・ジャスティス!愛が世界を救うんですよ!」
「まぁ、チカゲ様もそう思いますか!?」
すっかり千影と意気投合したアーニアが舞い上がる。ただ、アーニアには悪いが2人の言う「愛」のベクトルは違うのだ。現に、千影に至っては言質を取ったようなドヤ顔で迅雷を見ている。確信犯だ。
もっと実りのある話もあるだろうに、あろうことかアーニアと千影はどんどん「愛」について盛り上がっていく。間に挟まれ相槌を打つ迅雷はちょっと「愛」の単語が多すぎて恥ずかしくなってきた。とはいえ、麗しのアーニア姫とこんなに長くお話出来るのはこの上ないラッキーだろうし、その点千影にはナイスだと言いたいが・・・一方でやっぱりアーニアが千影の有り余る煩悩に影響されないかが少し心配になるのだった。
民連の将来を思えばここは我慢して千影を黙らせるべきかと悩み始めたところだったが、そこへさらなる煩悩の塊(っぽい感じがする)第2王女のルニアまで割り込んできた。
「あーっ、姉様だけズルいわ!私だってオドノイドちゃんとお話したいのを我慢して挨拶回りしてきたのに、先に独り占めだなんて!ねぇ、そう思わない?トシナリさん」
「えっ、あ~、えっと」
とんだ無茶な問いかけをしておいて、ルニアはもう千影にかまけていた。
「ヘイ、オドノイドちゃん、イエーイ♪」
「イエーイ♪あとボクの名前は千影ですぜプリンセス・ルニア」
「オウシット。これは失礼、チカゲちゃんイエーイ!直で見るとなかなかキャワワだね~」
「そういうルニア姫こそなかなかじゃございませんか~」
ホームパーティーじゃないんだぞ。
王女ながらに国民的アイドルとして活躍しているらしいルニアと、千影とは、波長が合うのかもしれない。主にルックスに自信があるところとか、ノリの軽さとか、いろいろ。
「ふむふむ、ノリの良い子は大好きにゃん。私のことはルーニャさんと呼んでくれたまえ」
「ははーっ、光栄であります。ところで、ルーニャさんって他の王族の人たちと雰囲気違うね?」
「おや、これでも国民のために出来ることを色々考えてるのよ?アイドル活動もその一環なんだから」
あざとくピースサインをキメたルニアは、そう言って背後に控えさせていたイノシシ耳の男を呼び寄せた。迅雷は、その男の顔を見て一瞬考えて、「あ」と声を上げた。
「今日クースィさんと一緒にお二人を探してた方ですよね?服装変わってたから一瞬気付きませんでした」
「おやおや、良かったじゃない、テム君。スーツ姿も様になってるそうよ?」
先ほどまでは軍服だったテムは、迅雷と千影に一礼し、ルニアの横に並んだ。
「紹介するわ。この人はテム・ゴーナン。私が設立した民連軍の指揮官をしてもらってるの」
「・・・え?いや、ルニア様。民連は軍を持たないって話だったと思うんですが、これは一体?」
「えぇ、そうね」
ルニアは、あっさりと自身の発言の矛盾を認めた。その上で、彼女はテムを従えているということだ。怪訝な顔をする迅雷に対して、ルニアは大きく腕を広げて、説明というよりも演説するように語る。
「確かに『手ぶらの強国』は理想的だけど、魔界はそう甘い場所じゃないわ。最低限の自衛力は要ると思うの。まだ世間の目は冷たいし、規模も軍と呼ぶにはあまりにちっぽけだけどね。そういえば、トシナリさんの国にも似たような軍隊があるって聞いたわ?」
「一理ある・・・とは思います。でも・・・」
「そーね。でも私だってこれはマジメよ。そのうち、みんながその必要性に気付く時が来る。明日の公開演習はその第一歩なの。良ければトシナリさんとチカゲちゃんも見に来てちょうだい?」
迅雷は、ルニアが語っている間、ずっとその横でアーニアが複雑な表情をしているのを視界の端に見ていた。だから、と言うと責任逃れな印象になるが、迅雷はルニアの誘いに曖昧な返事をした。
そうなると、次に気を遣ったのは千影だった。
「・・・で、軍ってどう募集したの?やっぱアイドルだからコンサートのときとか?」
「それもあるけど、今どきの主流はネットよね。ファンの人たちがたくさん応募してくれるのは嬉しいけど、アイドルと軍隊は別だから」
ルニアはそう言うが、アーニアは手でテムを示して、フフっと笑った。
「だけれど、テムは根っからのルニアのファンだったのでしょう?」
「えぇ、まぁ」
「えーっ、ドルオタだったの!?」
「言い方」
迅雷は千影に軽くチョップする。テムは苦笑しているだけだから、まだ良かったが、そのせいか千影はまだまだテムに食いついて離れない。
「もしかして部屋はルーニャさんのグッズやポスターでビッシリだったり?」
千影の期待に満ちた眼差しに、テムは恥ずかしそうに目を逸らした。かく言う今も、テムの私室には国民的アイドル☆ルーニャちゃんグッズが増え続けている。彼の立つ最前線は軍事だけではないのだ。
普通、自分の写真で壁を埋め尽くしているようなヤツを進んで側付きにするアイドルなどいなさそうだが、ルニアは心底信頼したようにテムの背を叩いた。
「テム君の能力は私が保証するわ。高学歴で武術の心得もあるエリートだもの。そういえば、チカゲちゃんも腕は立つんでしょう?ウチのテム君とどっちが強いかにゃーん?」
「ほぉ~ん?ボク多分ルーニャさんの想像の100倍は強いよ~?」
迅雷はまた千影にチョップして、変なノリをやめさせた。この調子では明日の公開演習とやらでCQCの公開スパーリング相手に千影が選ばれてしまうかもしれない。それは双方にとって良くない。
「ま、ファンでいてくれるからこそ背中を任せられるってのもあるのヨ。さて姉様。そろそろ私は他のお客さんのトコに行くわね。この機にもっとたくさんの人に民連軍をアピールしとかないと。頑張るにゃあー♪」
テムを率いて、ルニアは話し中のクースィと米大統領の間に突撃してしまった。軍事に積極的な国へ売り込むつもりなのだろう。
奔放な妹を見送ったアーニアは、迅雷と千影に向かい直って困ったように微笑んだ。
「あの子も・・・色々と頑張っているのは確かなのですけれど、ね」
アイドルに軍隊ごっこ。迷走している、とでも言いたかったのだろう。否定も肯定も出来ず、姉としてルニアの先行きを憂える心情は、身分など関係なく察するにあまりある。