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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode7『王に弓彎く獣』
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episode7 sect16 ” COUNTDOWN -1- ”


 魔界の夕陽も赤かった。


 今日だけでも十分過ぎるくらいの新鮮な驚きと感動を経験した迅雷は、ニルニーヤ城近隣の立派なホテルへと送り届けてもらった。立地が立地なだけにリッチな建物だ。他の利用者が纏う、なんというか、オーラが違っている・・・気がする。緊張しながら、迅雷はフロントで予め手配されていた部屋の番号を伝え、鍵を受け取った。


 城で催される晩餐会までは、まだ2時間弱の時間がある。本当はもう少し異世界の街並みを自由に散策したい気持ちもあったが、疲労感が勝った。それは明日ゆっくり楽しむことにして、ひとまずは部屋でゆっくり休みたい。

 しかし、そうは問屋が卸さない。


 「あ、とっしー!おーい!」


 部屋に向かうところだった迅雷は、背後から聞こえた幼い少女の声に振り返った。ホテルの雰囲気をぶち壊す無邪気さで、千影が手を振っていた。迅雷が軽く手を振り返すと、千影は花が咲いたような笑顔で駆け寄ってくる。


 「おい転ぶから走るなって」


 「大丈夫だよもうだいぶ慣れてき、うわっ」


 「っと。言わんこっちゃない」


 案の定、千影はドレスの裾を踏んだので、迅雷は倒れる直前で受け止めてやった。

 

 「俺も千影もドレスの着付けなんて出来ないんだから、今日くらい大人しくしとけよ」


 「えへへー」


 迅雷は、倒れる格好のまま腰に抱き付いて緩みきった笑顔を浮かべる千影の頬を摘まんで、引っ剥がした。わざと転んだわけじゃあるまいな。


 「千影も今来た感じ?1人か?」


 「んーん、今着いたけど、1人じゃないよ」


 千影が見た方には、白髪の老人がいた。レオだ。民連の王族以外で白い服を着ているのは彼くらいのものだから、顔よりも先にそちらが目立って、彼だと分かった。そんなことを言えば彼を支持するカトリック教徒たちが怒りそうだが。

 仲睦まじい2人を見て目を細めたレオは、ゆっくりとした足取りで迅雷に歩み寄り、迅雷もレオの歩く距離を短くしないといけない気分に駆られて、来た道を数歩戻った。


 「ふぉっふぉっ。やぁ迅雷。スピーチ、ご苦労じゃったな。気持ちの籠もった良い語りようじゃった」


 「ありがとうございます」


 「迅雷と千影の絆は本物なのじゃな。・・・やはりお前は特別な存在なのかもしれんな。儂はお前に期待しとるよ、IAMO総長としてな」


 レオは迅雷の肩に手を置いて、意味ありげに頷いた。迅雷が、光栄ながらも困惑を隠せずにいると、またレオは「ふぉっふぉっ」と笑って迅雷の肩を2度、優しく叩いて手を引っ込めた。迅雷にとってはレオとは今日が初対面でも、様々な情報を持っているIAMO総長にとっては違うのだろう。


 「レオ総長も今日はここに泊まるんでしたっけ?」


 「いいや、儂はまた別の場所に泊めて頂くことになっておる。ただまぁ、せめてこの子を宿まで送ってやらんと大人げないじゃろうて」


 「あぁ・・・そうでしたか。ありがとうございました」


 「礼には及ばんよ。こうしてお前とも会えたことじゃし、これもきっと主のお導きじゃ」


 なんだかさすが教皇様といった雰囲気のセリフを言って、レオはホテルから、やっぱりゆっくりとした歩みで立ち去った。


 改めて迅雷と千影は2人になって、千影は迅雷の腕に抱き付き、その手を引いて歩き出す。


 「ねぇねぇ、とっしー、でさでさ」


 「ん~?」


 「ボクの出番見てた?」

 

 ――――――――――――あ。


 エレベーターの中で、千影は迅雷を期待でいっぱいのキラキラした瞳で見つめてくる。だが、迅雷は千影から目を逸らした。

 だって、そういえば、迅雷は結局アーニアとルニア、突撃してきた2人のお姫様とおしゃべりしていて、IAMOの会見の内容も、その中であった千影の出番のこともほとんど記憶にないのだ。不用意なことは言えない。


 「ボクはね、もちろんとっしーのスピーチ見てたよ!」


 「へ、へぇ・・・・・・そっかぁ」


 「うん!堂々としててなんかいつもよりカッコ良かったよ!でもなんかちょっと照れ臭かったっていうか・・・でもね、その・・・ありがとね」


 「・・・え?」


 「いや、もう何度目だよって思うかもしれないけど、やっぱりすごく嬉しくてさ。ボクとか、オドノイドのことをこんなに想ってくれるのが。とっしーが頑張ってくれるから、ボクも頑張れるんだ!」


 なんかもう死にそうだった。千影から屈託のない笑顔(リーサルウェポン)を向けられた迅雷は、血を吐きそうなほどの胃痛に襲われた。言えない。断じて言えない。『見てなかったんだよね~、テヘ☆』なんて絶対に言えない。

 というかマジでなぜ今に限ってこんなに良い話の流れにするのだ。いつものロリビッチキャラらしく、迅雷のスピーチをロリコンのそれ扱いするなり、エレベーターの密室状態を良いことにキスを迫るなりして茶化してくれたらまだやりようがあったというのに。

 だが、そんな迅雷が辛うじて講じた苦肉の策『沈黙』も、エレベーターが目的のフロアに着くまで続くとさすがに怪しすぎた。


 「とっしー、どうしたの?」


 「ま、まぁ今更改まって感謝すんのとかナシにしようぜ。な?俺の気持ちはあの時からずっと一緒なんだ。だから、それもこれも当たり前のことなんだぜ」


 「ううん。当たり前だろうとなんだろうとボクが嬉しいのだって一緒なんだから、やっぱり言うよ」


 エレベーターを降りた直後に閃いた良い感じのセリフと、手応えのある千影の返答に、迅雷はホッと息を吐いた。

 ・・・が、千影はその場で不自然に立ち止まった。

 

 「ところで、とっしーさんや」


 「なんだい、千影さんや?」


 「ボクの話について感想とかその他諸々はございませんか?」


 「・・・・・・。まぁなんというか 「見てなかったんだね?」 はい」


 ジト目から顔を真っ赤にして、頬を膨らませ、目尻に悔しさか寂しさの涙を浮かべる―――千影の表情はあまりにも高速、かつハッキリと移ろった。直後、もはや迅雷が言い訳を始めるより早く千影のグーが彼の顔面にめり込んでいた。


          ○


 「ずびばぜんでじだ」


 迅雷の部屋で、迅雷は床に正座させられていた。

 ベッドに座ったちっこいお姫様は、組んだ足の華奢な爪先で迅雷の額をツンツン小突いてくる。あの後、迅雷は諸々の言い訳をフルバーストして少しでも減罪してもらえるように頑張ったのだが、むしろ千影に若干の嫉妬をさせてしまって、このザマだった。


 「こうなったら再放送かなんかで見てもらうしかないなぁ。多分さすがにどっかのチャンネルではやってるでしょ。とっしー、ほら、テレビ点けて」

 

 迅雷は言われるがままテレビの電源を入れた。リモコンも、文字は分からないが、感覚で扱えるし、なんとも、こうして現代技術に囲まれていると異世界にいる気がしない。千影や萌生が言っていたように、迅雷は変に不便さ(ファンタジー)に期待し過ぎていたようだ。

 最初のチャンネルは国営放送だった。現在もこのチャンネルでは式典関連行事の中継が行われている。他局のニュースなり特番なりを求め、適当にチャンネルを切り替えてみる。


 「あ、とっしー、ストップ!」


 「ん?別にお前映ってなかったけど」


 「いいから戻してはーやーくー!」


 「・・・?」


 千影が真面目な顔でそう言うので、迅雷は怪訝に思いつつチャンネルを戻した。そこでは、壮年白髪の魔族の男が演台に立っていた。その男は、体こそやせ細っていて、顔もまるで祈りを捧げる聖職者のようだが、豪奢な装束と大きな翼がそのシルエットを膨らませている。画面越しにも迫り来る奇妙なプレッシャーで、迅雷は生唾を呑んだ。

 

 「千影、これ誰?」


 「皇帝エーマイモン」


 「・・・?」


 「皇国の皇帝だよ。ボクも見たのは初めてだけど。さっきチャンネル変える直前にナレーションでそう言ってた」


 「皇国の、皇帝・・・」


 皇国と言えば、迅雷にもさすがに分かる。一央市を襲ったリリトゥバス王国と手を組んでいた、魔界で一番大きな国のことだ。黒い眼球に黄金の瞳を輝かせる悪魔の王―――その正体を知った瞬間、迅雷は一連の諍いの黒幕を見た気がした。

 エーマイモンは、その声も厳かに語る。迅雷も千影も、当初の目的を忘れて今の画面に集中してしまっていた。


 『交流式典の中継は我が国からも見させて頂いている。魔族と人間族の相互理解を目指す催しの数々は実に素晴らしい。・・・だがひとつ、皇国を背負う者としてひとつ、訂正してもらわねば困ることがあるのだ。両世界の相互理解と共存を願っているのは、皇国も同じだ。どうにも、民連のケルトス首相もIAMOのレオ総長も、未だになにか誤解しているようだ』


 エーマイモンは極めて残念がるように肩をすくめた。


 『とりあえず、こちらを振り返ろう』


 彼の合図で映像はVTRに切り替わった。

 映ったのは、レオと千影だった。迅雷は、思いがけず件のシーンを見ることとなったわけだ。

 VTR自体は編集済みでレオの言葉の切り抜きだが、千影は特に改竄された様子はないと言っている。レオが話をしたのは、今後のオドノイドの待遇と終戦交渉についての2点であった。


 オドノイドに関しては、まずIAMOが主導して彼らのための教育制度を作ることから始め、一般社会で人間や異世界の人々たちとも共生出来る人格形成を促すこと。社会進出にあたって、まずはIAMO内での活動を通して信頼性の基盤を築くこと。食糧事情に関しては、()()()()()()()()()()()で生じる「副産物」を活用していく、との方針を示した。

 ここで言う「副産物」というのは魔法士たちが討伐したモンスターの肉のことだろう。オドノイドは、別に人肉を食べることに拘らなくても、黒色魔力を持つ生物を食べることで不足した黒色魔力を補給することは十分に出来る。世間がオドノイドに抱く人肉食の印象が強くなりすぎたのは、ただの情報操作によるものに過ぎないことも説明された。

 また、IAMOが受理した、という点を強調するのにも理由はある。IAMOの魔法士たちの仕事には異世界から依頼される討伐任務も含まれる。こうして依頼された仕事に関しては、世界同士の合意があるため、動物愛護団体などから口出しを受けないのである。忘れているかもしれないから補足するが、人間がモンスターと呼んで日々駆除に勤しんでいる生き物たちは、元の世界では地球に住まう鳥や獣と変わらない一般的な動物のため、無許可で狩ってオドノイドの食料にするのは違法と見なされても仕方ないのだ。

 余談だが、編集でカットされた場面でレオは、オドノイドがもう少し広く受け入れられるようになれば、いずれは彼らのために異世界から食肉の輸入が出来るようになれば良いとも言っていた。

 

 千影という既に十分意思疎通可能なオドノイドの「少女」を世界に提示したことで、ある意味IAMOのプランの実現可能性は証明されたと言えなくもない。その上で、IAMOはオドノイドの危険性は一定のレベルまで解消されたとし、少なくとも無条件に全てのオドノイドを排斥する必要性はないという見解を示した。

 

 VTRが終わって、再びエーマイモンが画面に映った。


 『この際、まずはあの少女が真にオドノイドであったか否かは問わない。IAMOの方針も理解はした。だが、ひとつ言わせてもらおう。話題のすり替えはやめて頂きたい、と。終戦条件はオドノイドの駆逐で既に合意した。翻意は終戦条件履行のための猶予期間を破棄したものとみなす』


 諸君は話題のすり替えはどっちだ、と思ったかもしれない。迅雷もそう思った。

 だが、要するにエーマイモンはこう言っているのだろう。


 最初に取り決めた終戦条件を守るつもりがないのなら、やはり争いは避けられない。皇国も相互理解と共存を望んでいるが、人間が約束を守らないのなら仕方がない。


 筋は通っている。魔族は契約を重んじ、信用出来るかどうかで相手を判断する種族だ。

 別に魔族は、オドノイドの危険からこの世界を守る、などとは一言も言っていない。故の”誤解”。

 その後、再三の忠告も無視して交流式典を開催した民連に対してもエーマイモンは言葉を発し、最後にこう告げた。


 『これにあたり、今後の皇国の対応については、私に代わり王女アスモに一任した。後は彼女から説明させる』


 厳めしい悪魔の王と入れ替わって、足りない背丈を補う踏み台を使う、年端もいかない少女が演台に立った。

 彼女こそ、魔姫と呼ばれる皇国の姫、アスモその人だ。いつもよりは後ろに控えさせているが、摂政のルシフェルも傍にいた。

 迅雷は、皇帝同様にアスモの姿を見るのもこの日が初めてだった。だから、彼の目に映るアスモは、魔姫などという大層な存在ではなく、目の色や翼の有無が人間と違うだけで、千影とどちらが年下かも分からないような子供でしかなかった。


 『父上からもご説明がありましたが、今や人間界各国の軍事力、そして魔法士たちの戦闘員としての熟練度は魔界屈指の軍隊国だったリリトゥバス王国を脅かすほどのものです』


 アスモは、一定間隔でルシフェルの耳打ちを受けながら、半ば棒読みで喋り始めた。一目で後ろの白髪長身の男がアスモの側近であり、彼の言葉をアスモが復唱しているだけだということも理解出来る光景だった。


 ・・・もっとも、そう理解した時点で完全に騙されているのだが。


 『それは良いとしても、”手ぶらの強国”を掲げてきた民連がここにきてこれだけ大きな軍事力を持つ種族に取り入って、あまつさえオドノイドを保護するIAMOの考えを支持するというのは、もはや間接的な武装化と言って差し支えないのではないでしょうか?100年積み重ねてきた非暴力の歴史と功績をこうも容易く投げ捨ててまで得られる利益などありません。今からならまだ間に合います。改めて、交流式典の中止を要請します』

 

 およそ無垢な子供の口から出てくるとは思えないような単語の羅列だったが、その締め括りは極めつけだった。



 『もしもまた要請を無視するようなことがあれば、妾にも()()があります。どうか、然るべき決断を―――』


 

 そして、壇から降りた魔姫の口元に危険な笑みがあったことに、画面の前の誰も気付くことはなかった。

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