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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode2『ニューワールド』
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episode2 sect18 “大切な生徒たちへ“


 「ぜー、はァーっ!あー、あぁー!冗談抜きに社会的にジ・エンドかと思った・・・」


 危うく昴より先に社会的死を迎えるところだった迅雷は荒い息を吐く。


 「オイ迅雷、あれは逃げるところじゃなかっただろ。事情説明という選択肢はなかったのか」


 現在地点は403号室。迅雷と昴、そして真牙の3人の宿泊部屋である。もはや条件反射的に逃げてきた迅雷と、彼に担がれてきた由良、それについてきた昴。

 もしかすると『タマネギ』奇襲作戦のときよりも全力で走ったかもしれない。迅雷と昴は警備員との気まずい沈黙の後、迅雷が由良を肩に担ぎ上げる形で逃走を決行したのだった。

 それにしても、本当に全力で逃げた。警備員のオジサンに爽やかな笑顔のまま追いかけられたらそれは恐いだろう。本気で走るのも無理はなかったはずだ。

 ただ、さすがに若者の体力も魔力も惜しまぬ全力疾走には初老の警備員ではギリギリ追いつけなかったらしく、階段を駆け上がって振り返ったらもう彼の姿はなかった。

 これで部屋のドアを開けたらオジサンが爽やか笑顔でお出迎え・・・とかになったらマジモンのホラーだな、とも思った迅雷だったが、さすがにそういうこともなかった。


 「あぁ、これで俺まで暫定的に犯罪者予備軍確定じゃねぇか。そんなの迅雷だけで良いじゃねぇかよ」


 「俺はロリコンじゃない!」


 「寝起きから妹と居候リ(いそうロリ)が自分のベッドで寝ていた夢を嬉しそうに語るやつがなにを言ってるんだ?」


 「ぐぅ」


 ぐぅの音は出た。出たが、それ以上は言い返せない。それでも迅雷はロリコンではない。好きなタイプは面倒見の良いクールなお姉さん系だと信じている。

 生徒2人の不毛な言い合いで置いてけぼりを食らっていた由良がむくれた口を挟んだ。彼女としてはそもそもの前提条件が既に気に食わない。


 「神代くんがロリコンかロリコンじゃないかはこの際どうでも良いので置いておくこととしましてですね!そもそも、先生はロリじゃないのです!というか先生であるこの私をこんな無碍に扱って、一体なんなんですか!?・・・その、こういうことはもう少し段階を踏んでですね・・・?」


 突然生徒に担ぎ上げられて、あげく彼らの宿泊する部屋に投げ込まれて混乱する由良。初めの方の文句はもはやいつものことなのだが、途中の方から次第に様子が変わり始め、最後の方はなぜか恥じらうように身をよじらせ始めた。

 なにを想像したのかは知らないが、羞恥に頬を染める由良を見ていると、言いようのない背徳感を感じる。だが大人だ。


 「何度言いますが俺はロリコンじゃないですからね。別に由良ちゃん先生がどんなに恥じらってもムラッとくることはないので安心してください。俺が先生を見てきゅんとするのは、どっちかというとペットを愛でるような感覚ですから」


 「それ思い切り私愛玩動物扱いされてますよね!?」


 プリプリと怒る由良。ハムスターが怒っているみたいでもふもふしたくなる。思わずニヤけそうになる迅雷だったが、咳払いで誤魔化す。


 「まぁ落ち着いてくださいって。ちゃんと正当な理由があって由良ちゃん先生にはここに来てもらったんですから。なにも言わなかったのは、別にあたふたする由良ちゃん先生が見たかったからじゃないんだからねっ!」


 「語るに落ちてますよ!というかなんの流れでツンデレですか、気色悪い!」


 「えぇっ!?」


 予想外に手厳しいツッコミ。まさか由良がそんなことを言うとは思っていなかった迅雷は少し焦る。相手が小さかったばかりに、子供と話している気分になって調子に乗りすぎてしまったのかもしれない。猛省猛省。


 「あれ、そういえば阿本くんの姿が見当たりませんけど・・・?」


 由良が足りない少年に気付いて小首を傾げた。


 「ぅあー・・・うっさいぞお前らー・・・むにゃ・・・何時だと思ってんだこの野郎・・・」


 「む、この声は。まだ寝てたんですか。あなたこそ一体何時だと思ってるんですか阿本く・・・ひゃいわん!?」


 「ハイッ!阿本真牙、ただいま起きました!おはよう、由良ちゃん先生!」

 

 2秒で完全覚醒した真牙に飛びつかれて由良が素っ頓狂な声を出した。真牙のおめめがぱっちりな理由は、まぁ考えるだけ無駄だろう。

 ひとしきり、詳細に言えば由良が悲鳴を上げることが出来なくなるまで頬ずりをした真牙は、それから彼女を連行してきた2人に目をやる。


 「でかしたぞ2人とも!褒めてつかわす!んでも、なんでもってこんな朝っぱらからカワイコちゃんを拉致ってきたんだ?」


 「あぁ、そうだそうだ。いや別に拉致じゃねぇよ?由良ちゃん先生をマワしてやろうってわけじゃないからな?朝からそんな元気もないし。由良ちゃん先生がなんか財布なくしたーとか言ってたから、まさかなぁと思いつつ連れてきたんだよ」


 「あー、なるへそ」


 それだけ聞いて真牙は納得したらしい。手を叩いてから、彼はまた乱れた布団で足の踏み場がない座敷に戻っていく。

 由良が迅雷の発言に顔を真っ青にして「せめてそこは『(自主規制だよ!)』とか『(聞かせられないよ!)』にすり替えておいてくださいよ!」とか言っているが、もう言ってしまったので仕方がない。

 そうこう言っている間にも座敷からはごそごそと荷物を漁る音がして10秒ほど。「あー、あったあった、こんなところに」と真牙の声がして、すぐに彼は戻ってきた。

 その手にはきちんと例の子供っぽい財布が乗せられていた。


 「はいはい、おまちどおさま。由良ちゃんセンセ、ハイこれ」


 「だから『ちゃん』は要らな・・・って、あぁっ!?こ、これ、どうして!?」


 定番のツッコミも忘れて由良が待たしても素頓狂な声を出し、本からクリクリした目をこれでもかと丸くする。


 「やっぱりそれ由良ちゃん先生のだったんですか」


 「は、はい!そうです!ありがとうございますぅ!あ、でも、どうしてみなさんが?」


 「昨日浴場の前で拾ったんですよ、これ。まぁ、そのままネコババしちゃおうかな、なんて考えたりもしたんですけどね」


 迅雷の冗談に由良が顔を真っ青にして襲いかかってきたが、所詮非力な彼女にグルグルパンチをされてもポコスカと微笑ましいだけなので、男子3人はニマニマしながら彼女を引き剥がした。

 ちなみに迅雷の冗談は、拾ったときに昴が口走った言葉を流用している。善良な高校1年生である迅雷には最初からそんなことを考えつくだけの頭はない。

 今のが嘘だと教えてやったら、今度もまたむくれる由良だったが、すぐに安心した顔で財布を抱きしめた。


 「あぁ良かったよー、お母さん・・・」


 この愛着からしても、きっと母親からもらった物を今日まで大事に使ってきたということだろう。見ている迅雷たちもそんな由良の安堵した声を聞き、財布を後生大事に胸に抱く姿を見て、なんだか嬉しい気持ちになってくるのだった。

 

 それにしても、この背格好や愛嬌のある姿や仕草と、抱きしめる財布のデザイン、中身の金額。どれをとっても、全部足しても、というか掛けても割っても、


 「「「やっぱ子供だなぁ」」」


 「はぅあっ!?」


 仕事が出来てもやっぱり子供っぽさが抜けない由良を見て、迅雷と真牙、昴の3人は癒やされたのだった。

 時刻は7時10分頃。朝食を食べに行くにしてもちょうど良い時間になった。男子3人で、そんな子供っぽい保健室の先生お1人様を会場までエスコート。


          ●


 朝食を摂り終えれば、最初の講義までは20分程度の休憩時間しかなかった。一応予定表を見て分かっていたことではあったけれども、実際その時間になってみるとなかなか短いことを実感する。

 朝食はバイキング形式で、会場に入る時間も7時から8時半までの間なら自由。出るのもまた然りだ。余裕が欲しいなら作ることも出来たのだが、しかし朝はしっかり食べる真牙が時間ギリギリまで食べていたので、彼と一緒にいた迅雷と昴の食事終了は8時25分。朝食終了の5分前だ。


 そこから用を足しに行ったり、部屋に筆記用具を取りに行ったりすると、講義に時間まではあと5分程度しか残らない。もちろん、その5分は移動時間でパーである。もう少し昨日のような時間の余裕が欲しい、というのが参加者全員の感想だったのだが、予定として決められてしまったのだから仕方ない。

 講義用の大部屋に着いて、そそくさと空いている席を取る迅雷。彼は畳の上に敷かれた座布団の上に腰を落ち着ける。その隣には真牙が、さらにその隣に昴が座り、そしてさらにその隣に光がやってきた。こうして長机のワンセットが埋まる。


 「お、光じゃん。おはよう」


 「おはようございます、迅雷君。昴君に真牙君も、おはようございます」


 迅雷の挨拶を始まりにして、光が彼に挨拶を返して、続いて昴と真牙も挨拶をする。今は光もマンティオ学園の制服を着用している。

 ここで光が来たということは、同じくマンティオ学園の制服を着ている残りの2人もじきに来るということだろう。

 

 「あら、3人ともいらしていたのですね。おはようございます」


 「やっほー」


 そう言って迅雷たちの後ろの机に席を取ったのは、その残りの2人、矢生と涼だった。彼女らとも迅雷たちは挨拶を交わす。

 いろいろとドタバタしているうちに、この6人の中の半数以上が知り合ってまだ3日目というのが信じられないほどに打ち解けてきている。それもこれもこの予想外にハードな合宿のおかげだろう。

 ほどなくして、大部屋の前の入り口から真波とホワイトボードが入ってきた。


 「おい、あのホワイトボード勝手に動いてね?すげぇ」


 「違いますよっ!先生が押してるんですからね!」


 ホワイトボードの影からひょっこり顔を出したのは由良だ。途端に場が和むのだから面白い。


 「はいはーい。じゃあ講義を始めちゃいましょう!みんなも聞いてるだけじゃつまらないかもだけど、まぁ我慢して聞いといてね」


 そうは言っているが、真波のする魔法学の話は聞く者の興味を強く引く内容であることは昨日の講義で証明済みである。だから、みんな聞く姿勢はしゃっきりとしている。


 「まあ、それでも一部寝てしまう方もいたようですけれど、ねぇ?」


 「な!?今日はちゃんと聞くもん。・・・多分」


 「はいそこ、シーッ。静かにねー。・・・うん、ではまず・・・」


 真波は鼻唄交じりにホワイトボードにペンを走らせていく。キュッキュッと小気味の良い音と共に、本日のテーマがスラスラと真っ白な板の上に浮かんでいく。

 書き終えて、真波はホワイトボードを叩きながら話を始めた。


 「はいっ!本講のテーマはこれ。『なんでモンスターは消えちゃうの?』です!」


 どうして、モンスターは倒すと消えるのか。先日昴が気にしていた内容だ。相変わらず気怠そうに机に突っ伏したままの昴だったが、それでもテーマを聞いて視線だけはちゃんと部屋前方のホワイトボードに向けた。

 このテーマは、その現象自体なら誰だって当たり前のように知っている事実だが、その理屈は一般に浸透していないため理屈が分からない人が多い、それだった。


 モンスターが消えることなんてあまりに当然の現象である―――――と思われているので、そうそうテレビなどの番組でも取り上げることをされず、知らずとも生きていけるので学校の授業でも扱わない。でも実は、そんな当たり前の中にこそ不思議があるかも、いや、そもそも当たり前じゃなかったりするかもしれないのだ。


 「みんなもちょくちょく見てきたかとは思いますけど、モンスターは倒すとどうなりますか?・・・そう、消滅します。黒い粒子になって、ブワッと消えちゃいますよね」


 両腕でその黒い粒子が拡散していく様をジェスチャーして、真波は生徒の関心を煽ろうとする。自分の方を見て相槌を打ってくれている生徒を見て、真波は満足そうに顎を引いた。


 「では、なんでモンスターは消えるのでしょうか?おかしいですよね。実に非科学的に見えます。人も、犬も雀も蝶も鯨も、どんな生き物だって死んでも体は残りますよね。なら、なぜ?私たちの世界にやってきたモンスターたちは、やっつけたら軒並み消えてしまうのでしょうか?」


 問いかけの体を装っているが、当然無茶苦茶な質問であることくらい真波は分かっている。答えを期待してはいない。あるいは一部の熱心な生徒なら知っているかもしれないとは思ったが、しかしそんな真波の考えも迅雷の顔を見て、やはり32人の合宿参加者のほぼ全員が知らないということで良いのだと結論づけた。

 なぜここで迅雷だったかというと、彼の父親が神代疾風(みしろはやせ)であったことから、もしかするとそういう話を聞かされたことがあるかもしれないと思ったからだ。他にも身内にIAMOや日本警察の魔法事件対策関連部署に所属する人物がいた生徒は数人いたが、特に腕が良かったのは迅雷の家と、あとは天田雪姫のところくらいのものか。

 改めて考えれば、そんな2人がこうして早くからのし上がってきたのも納得する理由には十二分だったのだろう。

 一通り生徒の顔を見渡して、真波は話を再開した。


 「やっぱり分かんないですよね。でも、この研究は実はけっこう昔からされていたんですよ?誰も気にしないような当たり前極まりないことを、敢えて真剣に考えてみたくなっちゃうのが、学者って生き物なんですよね」


 昔から変わらない、人間の知識欲。広い海を渡るために丸太を集めて浮かべてみたり、リンゴが木から落ちるだけのことに不思議を見出してみたり、なんとか空を飛んでみたいと考えて本当に飛んでしまったり、果ては宇宙(そら)の彼方を目指して自分たちの地球(ほし)から飛び出してみたり。気が付いたら数字を振り回して何億年もの時間を遡ったり逆に先読みしてみたり。初めは物の数を数えるための概念を生み出しただけの生き物は、こうして当たり前のことから突拍子もない発見を繰り返す。

 これは科学に留まった話ではないことを、昨日の真波の講義でも既に話していた。魔力とはなんなのか、見て触れて確かめるところから始まって、今は既に魔法を応用したとんでもない代物が開発される世の中である。


 「きっかけは1962年。ロシアの魔法学者、パーヴェルが研究を始めました。でも、魔法学的な視点では足りないと考えた彼は、化学、生物学、地学、そして物理学、ありとあらゆる視点を用いました。もう、一体何人規模だったんでしょうねぇ、その研究・・・」


 呆れ気味に話しながら、真波はホワイトボードの真ん中に大きく「魔法学」と書き、その周りを囲むように今出した様々な科学の分野を書き連ねていく。

 そして、と真波は言葉を繋いで、「魔法学」と「物理学」の2つをそれぞれ赤い丸で括った。


 「分かったんです。分かっちゃったんですよ、その原理が。理論はもちろんのこと、なかなか骨の折れる実験だったそうですね。とあるダンジョンからモンスターを、それもとびきりの大物を引っ張り出してきて、それからそのダンジョンの中に超広範囲で計測器を置いてみたり。発想がさすがとしか言えませんね」


 なんだかよく分からないことを言い出した真波に、生徒の視線が「それで、その後どうしたのだ」と言い寄ってくる。

 

 ―――――あぁ、教師冥利に尽きるとはまさにこのシチュエーション。


 内心でガッツポーズを決めながら、真波は勢いよくホワイトボードを回転させた。裏返されて、真っ白なままの盤面がやって来る。


 「それでは、ではでは?その原理とはいかに?・・・うんうん、学徒の目だね、素晴らしいね!」


 もう一押し焦らしたところで、一拍を置く。これは、なんというか彼女が自身の気分を上げるための前置きのようなものだ。

 呼吸を整え、雰囲気も整え、舌を滑らかに再起動させる。ここからが本番。一番伝えておきたいことの、前段階大前提、それこそ一番大事な内容の話をする。


 「みなさん、物理の『エネルギー保存則』って知ってますか?」


 ハッとする生徒たちの顔を思い浮かべて、ニッと笑う。なかなか格好良くキマったのではないのだろうか。してやったり、という表情で真波は目を伏せてくつくつと笑う。

 それから、勝ち誇った笑みを湛えたままゆらりと顔を上げて、思い描いていた生徒たちのパズルが解けたときのような驚きと感銘の顔を・・・


 「・・・あれ?」


 彼女を仰ぐ視線は「ハッ」とした視線よりも、「は?」とした視線だった。

 果たしてなにが足りなかったのだろうか。


 「あ、あぁ!そっかそっか、1年生はまだ物理とかそこまでやってないもんね!?そっかそっか!」


 苦しい誤魔化しに赤面必至の真波。マンティオ学園では一応1年生から物理を取らせているのだが、1年生はまぁ良いとして、大体これでは2,3年生までもが理解していないことの理由にはならなくないだろうか。というかちょっとくらい思い当たってくれたら嬉しかっただのだが。

 とりあえず1年生のためにそこからの説明がいるらしい。話ながら次善策を練るのが吉だろう。


 「えっと、『エネルギー保存則』っていうのはですけどね?これは、要は1つのまとまりの中でやりとりされるエネルギーの量は常に一定、みたいな意味です。例えば、そうですね・・・ビルから飛び降りたときのことを考えましょうか。高ければ高いほど、着地寸前のスピードってヤバくなりますよね。つまりそういうことです!高いところに登る労力が大きいなら、それだけエネルギーが蓄えられて速度に化けるんです!」


 ・・・つまりどういうことだ。途中からなんだかわけの分からないことを言い出していたことには真波も気付いていたが、いやそれにしても。なんだ飛び降りる人って。自殺志願者か。


 自分で言い出しておいてゾッとする真波、急に自殺の話をし始めた真波にドン引きする生徒たち。いや、高所からの跳躍に慣れているから、あるいは真っ先に思いついたのかもしれないが、それにしても酷すぎるだろう。

 せめて電池を限界まで使ったらそれ相応に電球が光ったり熱を出したりするんですよ、とかもっと穏やかな例えもあっただろうに。あるいは、発電方法なんかも良い例だったのではないだろうか。


 「い、いかん、私思った以上に動揺してる・・・?」


 不安そうな視線を一身に浴びながら、真波は小さく舌を出して苦笑し、なんとか誤魔化そうと試みた。なにが悪いのかって言ったら、よく考えればパッと思いつくような目に見える具体例がない『エネルギー保存則』が悪いのだ。


 「ま、まぁつまり保存則なんてそんなもんです。それではいよいよ2,3年生の感じている疑問の方にも入っていこうか」


 多少焦りはしたが、上級生の方が感じていたであろう疑問の方にもある程度察しはついた。真波は調子を戻して、改めてホワイトボードにペンを乗せた。

 出来上がったのは2つの大きな丸で、モンスター扱いの丸いマグネットが丸の1つに入れられた。ホワイトボードに貼り付けられたマグネットを指でつつきながら、真波は改めて議題を提示する。


 「なぜエネルギー保存則が、このモンスターの『消滅』現象に関連するのか?端的に言うと、この法則は1つの閉じた系の中でしか作用しない、ということでしかないんです」


 先ほど説明したのとまったく同じ説明を、真波は敢えてした。本当に、簡潔にまとめてしまえばそういうことだったからだ。

 しかし、生徒たちの方はさざめき立つだけだった。これもまた無理もない話だ。真波もあくまで端的に言っただけであって、別に分かりやすいように噛み砕いた説明をしたわけではないのだから。

 いい加減焦れったくなってきた様子の生徒たちを「どうどう」と宥めつつ、真波は詳しい話に入ることにした。


 「ここで、系の、つまり括る範囲の規模を変えてみましょう。保存則は、あくまで『1つの位相』、『1つの世界』という、限られた括り(・・・・・・)の中でしか機能しません。これは力学的エネルギーでも熱エネルギーでも、なんでも同じ。それは魔力という魔法学的な『エネルギー』についても例外ではありません」


 位相、世界。規模としてみるには「限られた」と表現するのが憚られるような、そんな桁外れに壮大かつ茫漠とした系の概念。しかし、数十年前にこの研究を始めた天才学者は、この果てしない世界を1つの実験場として扱い、世界の真理を1つ解き明かしたのだ。

 世界も空間も、位相も。なにもかも言葉にして相応のものを想像できてしまうから、人はそこで手を出すのを躊躇うしかないのだ。しかし、視点を変えれば、言葉でしか表せないようなそんな漠然とした存在は、どこまで行っても区切りのないただの概念に過ぎず、それをそれと受け止めてしまえば答えは簡単なものだった。


 「私たち人間が生み出した魔力は、例えば魔法として、例えば魔道具の燃料として、そうでなくとも微量ずつ24時間ずっと体から発散し続けて、そしてそれはやがて、それぞれの消費の型を経て、この世界、地球が、太陽系が、銀河系が、銀河団が、全宇宙が含まれる、この世界に還元されるんです」


 ここまで一息に、静かに強くまくし立てた真波は、呼吸を落ち着かせるために小さく深呼吸をした。ペットボトルのお茶で喉を潤しながら生徒たちの顔を見やれば、今の彼女の弁舌に圧倒されたのか、それとも感銘を受けたのか、かえって呆けた顔をしているようだった。あるいは話の壮大さにまだ理解や実感が追いついていないのかもしれない。


 しかし真波は、そんな彼らに更なる疑問を投げかける。


 「なら、余所者の魔力は?」


 ここが、肝要。これから険しい道程を歩むであろう者がその8割を下らないであろう、自らの教え子たち。学校という枠などももはや関係なく、真波はそんな彼らに、人間の尊厳、命の尊厳を今一度見直してもらうために追い打ちをかけた。


 「彼らの存在は、言ってみれば『はみ出してきた位相の境界線』です。異世界そのものの末端です。彼らがどれだけ私たちの世界で暴れ回ろうと、その存在は彼らが生まれた世界によって固定されているんです。よほどのことがない限り―――――それこそ、全身の細胞が1つ残らず完璧に、私たちの世界に来てから摂取した栄養で作り替えられでもしない限り、彼らモンスターは元々いた世界の『エネルギー』で構成された存在なのです」


 だから、消える。元々いるべきではない世界で死んだモンスターたちは、生命力という楔を失ってその存在を構築するすべてのエネルギーを霧散させ、形を失ったまま元の世界へと帰って行くのだ。

 形を留める理由を失えば、体を形作る総エネルギー量はいかに小さい体躯であれども、それなりに莫大なものとなる。そのエネルギーが一度にまとめて解放されれば、それこそ爆発的なものとなる。

 余談になるが、ここで「なぜ黒い粒子になるのか」という疑問がある。しかし、これについては諸説あるが、実は未だに有力な説が存在していないのが実情だった。そんな中で、それでも一番支持されているのが「飛び散るエネルギー粒子の振る舞いが黒色魔力のそれに近いからだ」というものだ。


 また、生命力が楔であるという話には、一見して学術的論拠が曖昧になってしまっているようだが、そこについては真波は語る必要性を感じなかった。

 なぜなら、「生命力」というのは魔法学的視点で見れば確固たる存在であり、生物の生命の力強さや死にやすさのようなものの比喩などではなく、まさに「生命力」というステータスなのだから。これを言い換えれば、「魔力生成能力」だ。心臓が脈打つのと同じような、現象能力のことだ。魔力を使わぬ間、というより使えない間も、「生命力」は人間の中に存在してきた。

 これが損なわれれば、生物は『死ぬ』のだ。なんとも当たり前の響きで、いちいち説明するのも可笑しい。要は、もっと身近なもので言い表してしまえば「命」。ここに来てまた漠然としてしまうのは、言い得て妙なものである。

 ただ、これも義務教育の恩恵で誰もが知る常識なのだから、ここでそれを言う理由がないというわけだ。

 

 スラスラとホワイトボードにラフな図を描きながら、真波は再び話を一区切りした。ある程度手の方の作業が落ち着いてから、彼女は再び口火を切る。


 「さて、ここまで教えたわけですけど、これだけしか知っていないのではまだまだ心構えには響かないと思います。――――――だからここで、視点の切り替え、してみましょうか」


 ここでも視点の切り替え。あらゆる話題、ことこういう話題には、視点、発想、立場などを違えてみると、深みも意味も増すものだ。

 そうして真波が最も伝えたかったこととは。



 「人も、消滅しますからね」



 ここまでの話を聞いていて「なにを当たり前のことを」と思う人もいるだろう。話の流れから、ある程度想像力のある人なら簡単に思いつく。

 それでもその響きは、戦いに身を置いてから日の浅い少年少女たちの生死観には、重くのしかかった。分かるとか想像できるとか、そんな生ぬるい話ではないのだ。


 「昨日や一昨日の『タマネギ』がそうだったように、私たちもひとたびダンジョンや異世界に入ってしまえば、出るまでずっと異物です。当然、死んだら終わりなんてそんな生易しい最期は待っていません」


 命を落とす、のような婉曲的な言い回しをする必要性はなかった、と真波は確信していた。「死」という慣れない、慣れているはずのない単語に、恐らく真波は相応の質量を与えて送り出すことが出来ていた。

 ここに来て初めて、32人の生徒、いや38人の生徒と隣の同僚、そして自分自身、その全員の顔に緊張が走った。


 「ニュースで魔法士の行方不明情報とかをきっとみんな見たことがあるかと思います。もう分かりますよね、その意味が。つまり、そういうことです。さんざモンスターを無に還している私たち人間が、今更こんな偉そうなことを言うのは少し滑稽かもしれませんけど、異界での死はその人の存在の証明すら有耶無耶にしてしまうほどに尊厳を踏みにじります。残酷・・・なんです」


 もしも、もしもの話だが、仮に自分たちがあのダンジョン探索の最中に、『タマネギ』に首の骨でもへし折られてでもしていたら。

 結末は想像に難くない。本当なら想像もしたくない結末だが、想像しなければなににもならない。全員がこうして生き残ったからこそ、良い教訓になった。

 あの不測は、期せずして若手たちに覚悟を持つ機会を与えてくれたのだ。


 「この一言で締め括らせてください」

 

 彼女が、出会った生徒たち、未来を背負う若者たちに求めるもの。



 「絶対に、死なないでください」


 

 どこのマンガでも見られそうな、ごくごく普通の台詞。それなのに、重みは字面を追うよりも遙かに重い。大切な教え子たちへの真波の想いは、悲壮さすら伴い、疑いようもなく、染み込んでいった。



          ●



 「なんか、甘く見てたな」


 今は、3日目の最初の講義が終わって2限までの休み時間だ。講義中座りっぱなしで固くなった足や腰を戻すために、みんな自動販売機なりトイレなり、各々どこかへ歩いて行ったところだ。

 迅雷もとりあえず足を動かしたいということで、真牙と昴も伴ってトイレまで歩いていた。特に尿意や腹痛があるわけではないが、今日はもう1つ講義あるから念のためだ。

 歩きながら、迅雷はそう言わずにはいられなかった。


 「甘く見てたって、なにをだよ?」


 もう起きてから3時間以上は経つだろうというのに、未だに気怠げで目に見えそうなほどの眠気オーラを醸しながら、昴が迅雷に尋ね返した。


 「さっきの志田先生の話を聞いて、さ」


 それで―――――、と言葉を繋げようとして、迅雷は首を傾げざるを得なかった。「甘く見ていた」と感じたのは確かだった。しかし、それをどうこうと具体的な言葉で表すことが、彼には難しく感じられた。


 「・・・それで、なんつーか、甘く見てたなぁって。こう、現実、というか・・・魔法士としてのなにもかも、というか。そんな感じのことを」


 うまくまとまらない考えに苦心する迅雷が、それでもなんとか言葉にしようと努力しているところで、しかし昴は鼻で笑った。嘲弄というよりかは、からかうような気軽さの込められた感じである。

 

 「ハッ。哲学者かよお前は。やられなきゃ良いんだよ。それだけで済ましとけば良いのに」


 「そりゃオレも同感だな。・・・そ、れ、に。美人の先生に頼まれちゃったことでもあるしな!」


 昴も真牙も、そんな風に軽く言ってのける。これでも彼らなりに考えて出した結果なのか、それともチラとも吟味せずに、言葉のままに受け取ったのか。

 きっと結局は前者なのだろうから、迅雷の方が考えすぎということなのだろうけれど、しかし、それでも。そんなに簡単に割り切れるものではない。


 大切な人を失うことを知っている迅雷には、彼らのようにそうあっさりとまとめてしまうことは出来なかった。


 それでもまだ迅雷は、そうして誰かを失くした人たちの中では幸せな方なのだろう。今も、迅雷は彼女の存在の証拠を大事に持っている。家に帰って机の引き出しを開ければ、あの幼かった頃の記憶に浸ることを許してくれるペンダントがある。

 しかし、本当に形見となるなにかさえ残さずに消えてしまった「誰か」に寄り添っていた人は、この「死ぬな」という簡単な懇願になにを感じるのだろう。なにを感じたのだろう。

 もっと、もっと考えなければいけないのだと、迅雷はそう思わずにはいられなかった。

 

元話 episode2 sect41 ”母とのおもいで” (2016/9/23)

   episode2 sect42 ”エネルギー保存” (2016/9/24)

   episode2 sect43 ”死なないでください” (2016/9/25)


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