episode7 sect13 ” For All the Xenophobic ”
ケルトスの話が終わると、聖歌隊にも似た雰囲気を醸しつつも民族衣装の意匠が盛り込まれた、色彩豊かなユニフォームを揃えた獣人たちが現れた。年齢も性別も人種(生物種?)もてんでバラバラな彼らの正体は、合唱団だ。民連で有名な歌手たちが集まった、今日だけの特別なものだそうだ。
合唱団の登場に合わせて、劇場にいた獣人たちが起立した。民連の国歌斉唱である。
迅雷は、予め座席に用意してもらっていた歌詞カードを手に取った。ただ、どうせ人間の言葉で訳がついていたとしても英語だから結局分かんねー、となるのがオチだろう。・・・なんて思っていた迅雷はすぐに反省した。日本語に直された詩は獣人族の力強さが反映された、勇ましいものだったが、実際の曲は陽気で愛嬌を感じるものだった。
もっとも、迅雷にそんな感想を思い浮かべている余裕があったのは精々3分程度のことだった。民連側が国家を歌えば、次は人間の順番だ。しかし、なにが問題だったのかと言えば、迅雷たちが歌うのがIAMOの組織歌だった点だ。基本的に多くの国から代表者が数人ずつ集まって構成された使節団なので、国籍を持たないIAMOを人間界の代表としたためだ。―――が、残念ながら(?)今の人間界では英語が世界の公用語なのである。いや、でも迅雷だって頑張ったのだ。一夜漬けで歌詞を覚えたまでは良かった。しかし、所詮迅雷は迅雷。結局、ヘタクソな発音は治らず赤面しながら歌いきるという拷問タイムなのであった。
まぁ、そんなことはどうでも良いだろう。周囲の目を気にするうちに目が合ってしまった第一王女(超美人)に「ふふっ」と笑われてしまっただけのことだ。
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一連のプログラムは滞りなく済んで、無事に開会式は終了した。この後は人間の学生によるスピーチと、魔界との和平交渉に関してのIAMOの会見だ。スピーチはこのまま城の劇場ホールを借りて行われるが、会見は場所を移して民連の国会議事堂にて行われる。そちらでは当然オドノイドに関する説明が挙がるため、千影もそちらに向かっていた。
議事堂は、王城のある市の隣の市にある。国の主要施設を一箇所に集中させないためだ。軍事力の有無に関わらず、可能な限り国の機能を頑強にするためには重要かつ基本的なことだ。もっとも、そのおかげで結構な距離の移動を強いられるのだが。
「ボクの足ならすぐなのに」
迅雷がいない車内で、テンション低めの千影は唇を尖らせた。千影からすれば地上を時速80キロ程度で走る自動車もじれったいものだ。
「まぁまぁ、そう言わずに。ゆっくり話せる時間が出来て私は嬉しいんですよ」
そう言って笑顔を浮かべるのはケルトスだ。ふくよかなお肉のおかげで表情に愛嬌も出るが、それも含めて人柄がよく見えるように研究された笑顔といった風に見える。
車内にいるのは、千影とケルトス、それからレオの3人と、あとはボディガードだけだ。そのボディガードも薄壁一枚向こうである。
「それにしてもなぁ、なんともはや。千影さんのようなお嬢さんが世間を騒がすオドノイドの正体だったなんて。皇国や王国の主張からはもっと恐ろしい存在をイメージさせられていましたもので」
「実際、そのお考えも間違ってはおりませんよ、ケルトス首相。全てのオドノイドがこの子のように大人しいわけではないですのでな。・・・じゃが、それは本質的には些細なこと。オドノイドもまた人の子、なれば儂ら人間社会の一員であることに違いはないのです」
「争点はそこではないでしょう、レオ殿。危険というイメージが前面に押し出されてしまった彼らを、いかにして御せるかを示すのが大事なのです。あなたなら分かっていますでしょう?」
「もちろん。ただ、人は論理だけでも心理だけでも動かないということですな」
ケルトスの言い方は、いささか千影を獣かなにかのように扱っているきらいがある。そして、そうなると気になってくることがあった。
「ねぇ。そう思うなら、どうして民連は人間に同調したの?皇国とかに合わせてボクらの保護に反発した方が楽そうなのに」
「確かに千影さんの言う通りでしょう。歳に見合わず賢い子ですねぇ。でも我々もオドノイドの可能性を信じているんですよ。仲間はたくさんいた方が良いでしょう?」
ケルトスの返答は、数秒前のレオのロジックに則ったものではなかった。裏はある、ということか。所詮はここも駆け引きの場、千影じゃどうすることも出来ない別位相だ。次の瞬間には、もうケルトスは開会式で披露した自国の伝統舞踊の感想を千影に求めてくるのであった。
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ビスディア民主連合のみなさん、そして、今テレビでこのスピーチを聞いてくれている人間界のみなさん、こんにちは。
とりあえず、まずは軽く自己紹介からさせてください。僕の名前は、神代迅雷です。日本という国の、一央市という街から来ました。16歳の高校1年生です。そして、オドノイドの女の子を守るためにIAMOにケンカをふっかけた張本人です。
・・・なんでこんなところに立たせてもらってるんですかね、僕?
まぁ、それは一旦置いといて。
今日のテーマは”相互理解”です。みなさんには僕の頭上にある横断幕が見えるでしょうか。その横断幕には交流式典のスローガンが書いてあると思います。これを僕の国の言葉に直すと、《ここから始める平和の輪》となるそうです。シンプルで素敵だと思いました。僕も、この交流式典を通じて人間と魔界のみなさんが手を取り合っていける可能性が広がっていったら良いな、と心から思っています。
でも、今日、僕は敢えて少し違う”相互理解”についてお話をしたくて、ここに来ました。だって、まだほとんど全ての人たちが理解しようとしたことすらない相手がいるんですから。
それはもちろん、オドノイドのことです。オドノイドがどういう生き物なのか、テレビやネットで見て、もう知っているという方も多いでしょう。そして、漠然と恐い、危険だと感じたでしょう。僕もオドノイドが人間よりずっとずっと強い力を持っていることを知っています。その恐さも。
ただ、僕は「恐い」と感じる原因は、自分たちとオドノイドがあまりにも「違う」からなんだと考えています。例えば、今あなたの足下でカサカサと音がしたとします。見下ろせば、そこには無数の脚を蠢かす虫がいます。例えば、あなたは一人で夜道を歩いています。すると突然、聞いたことのない言葉を使う、自分よりも遙かに背の高い人たちに声を掛けられたとします。その人たちは、なにか中身の分からない大きな荷物を持っているようです。
多くの人はこういったとき、「恐い」と感じるものです。何本も脚を持つ虫が恐いように、自分とは違う文化や言葉を持つ人々を恐れたように、人は自分と異なるものに精神的な抵抗を感じるものです。僕も、正直に言うと魔界の人たちが恐かった。だって、文化も言葉も違っていて、それから翼が生えていたり、黒色魔力を持っていたり―――人間である自分とは全然違いましたから。
オドノイドもそうでしょう。彼らは得体の知れない力を持ち、ヒトではない異形の姿に変身し、魔力を補充するために時にはヒトを食べるかもしれないとさえ言われるオドノイドは、僕らとも魔界のみなさんともまるで違います。
だけど、僕は、僕らならそんなオドノイドのことを理解して、一緒に生きていけると確信しています。今日という日を迎えることが出来た今の僕らなら。
ここでひとつ、お願いがあります。この後、IAMOによる今後の人間界の和平交渉の方針について発表があるのですが、そこでオドノイドの女の子が1人、紹介されると思います。あの日、僕が救おうとした子です。・・・どうか、彼女の目を見て、言葉を聞いてください。
あの日、彼女もまた恐かったはずです。人間界への攻撃をやめて欲しければオドノイドを駆逐してくれと言った魔族のことも、平和のためという大義名分を得て自分を殺しに来た人間のことも。あのときの彼女にはこれっぽっちの尊厳も与えられていませんでした。僕ら、ヒトが取り上げたからです。
それでも、あの子は僕と一緒にここに来てくれたんです。
オドノイドたちは、僕らより一足早く、ヒトに歩み寄ろうと努力をしてくれています。恐くても、違っていても、手を取り合うことは出来る。僕がそれをよく知っています。
僕がみなさんに伝えるべきことは、以上です。最後に、改めて自己紹介します。
僕の名前は神代迅雷です。先日、リリトゥバス王国から攻撃を受けた一央市から、相互理解の理念に賛成してここに来ました。
16歳の高校1年生にだって、オドノイドと共に生きていける世界を信じてIAMOともぶつかって、このチャンスを手繰り寄せることが出来ました。
なんで僕がここに立てたのか。
なんの心残りもない最高の”相互理解”を目指して、僕はこれからも自分になにが出来るのかを考えていきたいと思います。ありがとうございました。