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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode7『王に弓彎く獣』
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episode7 sect12 ”手ぶらの強国”


 「慈~音~さ~ん!ねえ早く早く!」


 「ちょ、ちょっと、なおちゃん、あんまり急かさないでよぅ」


 布団を干す最中で庭にいた慈音は、直華に腕を掴まれ、リビングまで引きずってこられた。そこにはとっくに画面の点いたテレビがあって。


 「うわぁぁ、な、なんかまさに異世界って感じですね!ね!慈音さん!!」


 直華は、そんなに近付かなくたって十分見えるはずのテレビに齧り付いている。

 普段はしっかり者という印象のある直華がテレビの前から動かなくなった原因の番組は、魔界にある獣人族の国である民連が主催する、人間との交流式典の中継だった。

 世界を跨げばスマホなどの無線通信は不可能だが、有線通信自体は可能だから実現出来た企画である。『門』を潜る直前に迅雷たちが見つけた、『門』の奥から延びているコード類がそれだ。有線よりも無線の方がよっぽど遠くと繋がれるイメージがあるのに、不思議なあべこべもあったものだ。かくして電波も届かぬ彼方の世界の様子はお茶の間にも届けられている。

 画面に映っているのは、なんだか素敵な劇場だった。端の方のテロップには、「LIVE ニルニーヤ城劇場ホール」と書いてある。どうやら、お城の中らしい。


 「そうだねー。・・・わぁ、ホントにケモミミの人たちがいっぱいいるよ!わぁ、かわいいなぁ、もふもふしたいなぁ。としくんはもうもふもふしたのかな?良いなぁ~」


 慈音が勝手に羨ましがっているところで悪いが、としくんはまだそんな失礼はしていない。

 現在中継されているのは、開会式の様子だ。開幕を彩る獣人たちの民族舞踊は、まさしく異世界の景色を見せられていることを実感する。王城に設けられた劇場や華やかな踊りを見ていると、「開会式」なんて堅苦しく日本語で言うよりも「オープニングセレモニー」と横文字でカッコつけた方が似合うかもしれない。

 パフォーマンスが終わって、男性が現れる。凜々しく立ったイヌミミと、側頭部を刈り込んだ獣人男性だ。・・・余談だが、現代日本のケモミミキャラのイラストは基本的に人間の耳があるはずの部分は髪で隠すような長めのヘアスタイルのキャラが多いイメージがある分、このイヌミミの男―――要するにクースィ副首相の髪型は見れば見るほど不思議な感じがする。なにせ、民連の獣人族たちは人間が耳を持つ部分にはなにもなく、ただ髪が生えているだけなのだから。

 クースィの話の内容は、テレビ局の方でリアルタイムで翻訳からテロップ作成までしているようだ。いくら意思疎通魔法の助けがあっても、3日間ずっとこの作業をするのは無茶苦茶大変なことだと気付かない少女たちであった。


 「お兄ちゃん映るかなぁ?」


 「うーん、どうだろうね。まだしばらくは映らないんじゃないかな?開会式だもん」


 慈音も迅雷の出番は心待ちにしているが、さすがにこんなにテンションの高い直華と並んでいると、気持ち大人になってしまう。いや、単に愛が足りないのだろうか・・・?


 「・・・いやいやいや、なにを考えてるんだろ」


 副首相と代わって、首相のケルトスが登壇した。


 「ふぉぉっ!?」


 思わず変な声が出てしまった―――のは慈音だった。直華が目をパチクリさせているのに気付いて、慈音はいつの間にか自分が立ち上がって両手をワキワキさせていたことに気付いた。


 「えっとー・・・慈音さん?」


 「・・・・・・だ、だってほら見てよ!この人見てもふもふしたくならない方が変だよ!」


 「うぉう、なんかお兄ちゃんが言いそうなこと言ってますね」


 「そ、そうだね。としくんもこういう感じのもふもふ好きそうかも。・・・えっと、あ、そうだ。ちょっと飲み物取ってくるね。なおちゃんはなにが良い?」


 なんとなく気恥ずかしくて、慈音は台所に向かった。しかし、今度はそんな慈音の背中を見ながら直華が顎に手を当てて、なにやら考え込んでいた。


 (・・・いや、これはむしろお兄ちゃんと価値観を共有出来ているんだから・・・?むむむ、さすがは慈音さん、侮りがたし!いや侮るとかないけど―――というかそもそも私は一体なんの勝負をしているつもりなんだー!?)


 結局は千影と比べて一歩引いたポジションに甘んじている思春期の少女2人は冷たい麦茶で喉を潤し、頭も冷やした。

 テレビの中じゃ、もふもふの極致その人が熱く語りを続けている。


          ○


 「我が国が目指すのは『手ぶらの強国』であります。これはすなわち、武力を持たずして他の先進国と同等の”国力”を持つということであります。『手ぶらの強国』という単語を持ち出したのは私ですが、しかしその理念はビスディア成立時点から存在し、そしてそれを実現するために全国民一丸となって今日まで様々な努力をして参りました。では、そもそもなぜ『手ぶらの強国』を目指したのか。ビスディアは戦いの愚かさをよく理解しています。ビスディアは平和こそがなにものにも勝る幸福であると知っています。ビスディアは誰も血を流さず、公平で豊かな未来を信じています。そして、この想いは人間界の皆様にも通ずるものでありましょう。―――ありがとう、えぇ、頷いてくれて。民連国民の皆様は日本という国を知っていますか?人間界の島国です。そう、先の戦場となった国です。・・・しかし、実はその日本には軍がないというじゃないですか。驚きましたが、えぇ、それ以上に私はこう予感しました。究極の同志と巡り会えた、と。かくして実際に、今日は日本の方々もお見えになっております。彼らの式典に臨む面持ちを見れば、その予感は確信へと変わりました。ですがさらにお話を伺えば、日本以外の国々も軍は持てど平和を模索する姿勢はやはり民連と同じなのです。国連やIAMOなどの多国籍組織として公平に世界全体の平和を維持している。これは魔界にはないものです。なんと素晴らしいのでしょう!独立から200年以上が経った今、民連は遂に最高の友を得た!さぁ祝いましょう!今後民連と人間界がより素晴らしい関係を築いていけることを願って―――いいや、願うだけでは足りませんな。全世界の平和とて同じです。我々の手で、自ら築いていきましょう!」


          ○


 胡散臭い野郎だ―――というのが雪姫のケルトスに対する第一印象だった。別に政治的知識に基づいてそう判断した訳ではない。そこを突くにはむしろケルトスの実績は非の打ち所がなかった。


 「ふわぁ~・・・ぉはょ、お姉ちゃ・・・むにゃ・・・」


 「もう本当は夏休み終わってるはずだったんだからいい加減もっと早く起きないとダメだよ」


 「えぇ~・・・」


 「えーじゃねーぞコラ。ほら、顔洗ってきなさい」

 

 「はぁい」


 大あくびをする妹を洗面所に向かわせて、雪姫は溜息と共に両腕に力を込めた。平和だか交流式典だか知らないが(知ってるけど)、いい加減この車椅子生活も長くなって雪姫の心の中は大変物騒な時代が始まりかけていた。無茶を続ける雪姫から松葉杖を取り上げ車椅子に縛り付けてきたあの小太りの医者が彼女の胸の内でどんな目に遭わされているのか。想像するだに恐ろしいので具体的に書くのはよしておく。不殺主義とドSがクロスオーバーしたときなにが生まれるのか・・・これがヒント。

 とはいえ、その足も魔法で作った氷を杖にしてしまえば歩ける程度には自然治癒してきた。台所に立って、雪姫は夏姫の朝食を用意する。


 「あ、夏姫、郵便受け見てきて」


 玄関が二度開閉して、トテトテという足音が帰ってきた。そのまま台所まで入ってきた夏姫が、1通の封筒を雪姫に差し出した。


 「IAMOからだって。なにかな?」


 「んー?あぁ、なるほど。まぁそろそろと思ってたけど」


 ハサミを用意するのが手間なので、雪姫は氷で即席のペーパーナイフを作って綺麗に封を開け、中身を確認した。夏姫が気になるのか背伸びをして手元を覗き込んでくるので、雪姫はサラッと目を通し終えたそれを夏姫に渡してやった。


 「()()()()()()だってさ」


 「3?2じゃなくて3!?すごい、2階級特進、さすがお姉ちゃん!」


 「別に、こんなもんでしょ」


 1ランク上がっただけで大喜びしていた某クラスメートの彼とは対照的に見えるだろうが、これは雪姫の客観的な自己評価に過ぎない。事実として彼女の実力は「こんなもん」じゃない。制度の都合で一度に3ランク以上昇格することがないだけの話だ。

 片手間になんだか素敵なサンドイッチが出来上がって、夏姫は鼻歌交じりにその皿をもって食卓・・・ではなくテレビの前に陣取った。


 「はぁ・・・誰に似たんだか。クズこぼさないでよね」


 「はいはーい。・・・ところでお姉ちゃん、今コレなに見てたの?」


 「例のヤツ」


 「今日からだったっけ?」


 まぁ、日本のJSの政治への関心なぞこんなもんだろう。夏姫が見ていて面白いものなんてケモミミ生やした異世界人くらいかもしれない。

 案の定すぐに飽きてしまった夏姫がリモコンを取って番組表を開いたところ、今見ていた交流式典が日曜午前のアニメ枠を潰して放送されていたことに気付いてワナワナしている。その後ろから雪姫はリモコンをひょいと取り上げ、画面を戻した。


 「あたしが見てんだから勝手に変えないで」


 雪姫はアイスコーヒー片手に、車椅子に腰を落ち着けた。


 「なにがお目当てなの?」


 「オドノイド周りの情報」


 「・・・ふーん」


 一瞬、雪姫の瞳に鋭い感情がチラついたのに気付き、夏姫は俯いた。まだ子供の夏姫には、それが殺意寸前の極めて強い敵意であることまで察しがつかない。


 7月30日の旧セントラルビルでの事件の結末を思い返すほど、雪姫は屈辱的な気分になる。千影という少女が人間でないと知ったとき、みすみす見逃してしまったことを後悔した。あれだけのことをされても雪姫が千影の死を望まなかったのは、あれが人間だと思い込んでいたからに過ぎないというのに、あろうことかオドノイドなどという得体の知れないバケモノだとは。

 本気で、殺しておけば良かったと思った。そうと知っていれば、雪姫は間違いなく、前に立って涙ながらにたどたどしく謝罪するあのヒトモドキを容赦なく氷漬けにしてバラバラに粉砕して殺害したはずだ。そうしておけば、ひょっとしたら魔界との摩擦も今よりもずっと穏便に解決していたかもしれない。オドノイドが千影以外にいたとしても、結果として神代迅雷が話に絡む未来が消失するからだ。あのバカさえ余計な手出しをしなければ、それでも良かったのだが、それすらもはや手遅れだ。

 

 いずれにせよ、今の雪姫はスーパーマーケットで再びそのバカと並んで歩くバケモノと擦れ違うことがあれば迷いなくブッ殺す覚悟すらあった。


 「お姉ちゃん・・・怒ってる?」


 「自分の無知とバカのバカさ加減に」


 「バカって?」


 「オドノイドを庇ったイカレに決まってんでしょ」


 「そういえば、たまに買い物で会うあの人がそうなんだっけ?あたしは世界と戦ってでも自分を救ってくれる人なんてロマンチックだと思うんだけどなぁ」


 「そんなの漫画の中だけで十分だっての。現実はそんな甘くないの。で、そいつ今日これの後でスピーチするんだってさ。あーホントなにを言い出すのやら、楽しみで仕方ないよね」


 雪姫は欠片ほども楽しくなさそうにそう言った。


 「こわっ・・・。で、でもお姉ちゃんが人のこと気にしてるの、珍しいかも」


 「そうかもね」


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