episode7 sect10 ”ビスディア民主連合”
奪う者と奪われる者は相反しない。
世界は気紛れなもので、幸福の偏在を許す一方で滞留は許さないからだ。
そして『運命』は巡る。生と死にも劣らぬ究極の平等性をもって、立場のスイッチを切り替えるために。
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「ビスディア民連へようこそ、人間の皆様!」
「此度はお招き頂いたこと、心より感謝いたします。この3日間が人と魔族の争い無き幸福な未来に繋がる有意義な時間とならんことを―――」
異世界への『門』を持つのは人間だけではない。民連の『門』を管理する施設内は今日のために華やかに飾られていた。民連の首相ケルトスと、人間たちを代表してIAMO総長のレオが握手をするのだった。
迅雷は、『門』を抜けてから案内されて今いる部屋に到着するまでの数分間、いや、今この瞬間も高まる鼓動にウズウズするのを隠せていなかった。
「(ネコミミネコミミネコミミイヌミミネコミミネコミミネコミミネコミミネコミミ・・・)」
「・・・」
迅雷が緊張とも意気込んでいるのとも違う様子で妙に興奮している。それを隣で見ていて、千影はあまりに露骨なリアクションに若干引き気味だった。ワクワクする気持ちが分からないでもないが、取り繕うのが下手というか。
迅雷たち人間を出迎えたのは、首相のケルトス・ネイ(太っちょのネコミミ)、副首相のクースィ・フーリィ(凜々しいイヌミミ)、そしてこの国の第1王女アーニア・ノル・ニーア・ニルニーヤ(麗しのネコミミ)だった。他にやたらネコミミが多いんじゃないかって?後は全部この施設の職員ら(大体ネコミミ)である。擦れ違う全員がなんらかの動物の耳を生やしている、入国数分で既に確信するほどの聞きしに勝るケモミミパラダイスだった。
純白のドレスを纏うお姫様が前に出て、上品に部屋の出口を示した。
「さぁどうぞ、こちらへ。開会式場であるニルニーヤ城まで車にてお送りいたします。城までの道程を国民総出でお迎えいたしますので、お楽しみくださいませ」
アーニアに導かれ、みんなで建物の外に出る。すると、花火が上がった。ちなみに時刻は昼間だ。しかし、その花火はよく見えた。なぜならその光は夜空のような色彩を放っていたからだ。あれは新開発した材料を花火に応用した製品だと、ケルトスがすかさず解説した。
施設の前には、5台の車が駐まっていた。3台はオープンカーで、1台は屋根のあるリムジン、残り1台がバスだ。
3台のオープンカーの真ん中の車両にはアーニアとケルトス、そしてレオが乗車し、その前後を守る2台には民連のSPたちと疾風ら人間側の護衛がそれぞれ乗り込む。
迅雷がアーニアの髪や尻尾に見る黄金の毛並みに目を奪われていると、車に乗り込む瞬間の彼女と目が合ってしまった。おっとりした顔が作るあまりに穢れない笑顔が返ってきて、迅雷はかえって背筋が強張ってしまった。下心を笑って許されたように感じ、なんだか自分がものすごく下賤なヤツに思えてしまったのだ。まぁ間違っていないが。
リムジンにはクースィと日本の総理や米国の大統領などのお偉いさんが乗って、後の者らは後ろのバスだ。バスと言っても、外見まで豪華仕様のリムジンバスだ。VIPらと待遇が極端に違うほどではないだろう。僅かに窓側を向いて斜めに設置された座席が露骨な点を除けば、極めて快適な車内環境だった。
千影の隣のシートに腰掛けて、迅雷は溜息を吐いた。車内にはあのお姫様もケルトス首相らもいないから、多少は気を抜ける。やっと、と言っても10分から20分程度のことだが、あまりの驚きと感動の連続ですっかり感覚が狂ってしまったのだ。
国民総出でお迎え、というのはパレード形式ということだろう。楽しむのはお互い様、席が外側を向いているのは彼らと出来るだけ正面で向き合い手を振り合うための仕様だった。そのパレード区間はここから3キロほど先から始まって、王城ニルニーヤまでの2キロほどの区間だそうだ。今しばらくはそのギャラリーのことも気にしなくて良い。
「むー・・・・・・」
「な、なんだよ」
それはそれとして、さっきから迅雷は千影から向けられている無言の視線について、あからさまに面倒臭そうな顔をした。
「べっつにぃ?」
「お姫様と目が合ったのはたまたまだぞ」
「ウソだね。ずーっと見てたもん」
「めんどくせー・・・。あのな、俺はただ・・・その」
「ただ?」
「そう、ただあの毛並みを見てると異常にモフりたくなって、だけどそれを必死に我慢してたんだ!」
ちなみに無断でモフったらセクハラ扱いで通報されるらしい。それは事前に忠告されていた。迅雷が常識人でなければ今頃は牢の中だったろう。危ない危ない。
「ホントに?」
「ホント」
「なぁんだ。てっきり美人のお姫様を見て既に浮気モードだったのかと思った。まぁボクの方が可愛いけど」
「あーはいはいそうですねはいはいちかげたんかわいいかわいい。でも、千影はモフりたくならなかったのかよ」
「なにその投げやりな褒め方!?モフりたいといえば、ボクはケルトス首相だね。あのぽよぽよしたお腹とか尻尾とか絶対ヤバいって」
「あ、分かりみが深い」
「分かる?さすがとっしー!」
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くだらないことですっかり意気投合して盛り上がる前の席の2人の声を聞きながら、萌生は今日この後するスピーチの原稿を読み返していた。でも、そろそろその作業も終わりだ。じきにパレード区間に入る。萌生は、同じバスに乗っている有名人たちと比べるとただの学生である自分までもがパレードで上から手を振ることに違和感を覚えもしたが、考えてもみればこちらの世界では人間界で有名だろうと無名だろうとあまり違いはないのだろうと理解した。異世界からの来訪者という括りで全員が特別なお客様なのだ。
道幅が広がって、街並みも一気に開けた。植物魔法の使い手である萌生でもあまり詳しくない種類の街路樹が並ぶメインストリートには、大勢の見物客が集まっていた。
前を走るオープンカーでは、アーニア姫とケルトス、そしてレオが立ち上がって手を振り始めた。歓声はバスの車体を左右から震わすほどだ。だが、面白いのは歓声と一緒に掲げられたプラカードなどのグッズだった。そこに書いてある文字は人間である萌生には読めなかったが、半数近くにはアーニアや他の王族たちの写真などが貼り付けられていたのだ。既に民主化した国家でなおも敬愛される王族の姿は、日本人にとってあるいは馴染みのある光景だったかもしれない。
萌生の隣に座っていた学者さんが、訊ねたわけでもないのに解説を始めた。
「王族の皆様の人気が凄いでしょう?」
「そうですね。それだけ立派な方々なんですよね」
「それはもちろん」
バスにも手を振ってくれるケモミミの人々に手を振り返しながら、萌生は学者との会話を続ける。
「ですが、それとは別に英雄讃美の文化でもあるんですよ」
「英雄?」
「えぇ。元は某大国の植民地だったこの国は、英雄エレス二ア・ニルニーヤが主導した革命で独立に成功し、以後ニルニーヤ家による王政が今日の民連の基盤を作り上げてきたのです」
「まさに国民の父とその子孫ということですね」
「そうなのです。それで―――」
(・・・わあ、長くなりそーだなぁこの話)
別に興味がないわけではないが、オチがあるわけでもなさそうだ。一度語り出すと止まらない学者様の貴重な解説講座は話半分に、萌生はパレードの光景へと気持ちをシフトするのであった。
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力強い城だ。初見の者は、民連のニルニーヤ城を見て必ずそう感じる。ビスディア民主連合の前身であるビスディア連合王国の成立をきっかけに、元あった砦を英雄の居城かつ平和のシンボルとして相応しいように増改築を重ねた結果、現在の天に届く白亜の城が出来上がった。だが、山の斜面にずっしりと構え、高い塀や柵に囲まれる建造物は、今なお砦だった頃の面影を色濃く残しているのである。
要塞然とした城門は開放され、人間たちを乗せた車はその内側に広がる雅な庭園へと進入した。見たことのない花々が咲き乱れ、フラミンゴほどの大きさの水鳥が庭園に張り巡らせた水路で遊んでいる。
城門を潜った時点でパレードの役目を終えたバスは、前を走るオープンカーやリムジンとは別の方向へと曲がった。大型の車では直接城の玄関口まで進めないからだ。バスに乗っていた人らについては別ルートで開会式場である城の劇場まで案内されるそうだ。
「迅雷と千影のやつ、ちゃんとやれるかな」
「そんな心配しすぎちゃいますの、班長。ただバス乗ってるだけやないですか」
「だってしばらく面倒見てやれないわけだしさ。・・・まぁ心配してもどうしようもないか。こっちはこっちのやることやらんとな」
総理大臣らの警護としてオープンカーに乗ったまま城の入り口まで直接送り届けられた疾風は、車を降りた後にA1班の部下らと共に警護対象の後ろに並んで一足先に城の主からの歓迎を受けるのだった。
パレードから先導したアーニアが前に出て、既にそこで待っていた4人の猫人族たちの横に加わった。
「ようこそ、ニルニーヤ城へ。我々は皆様を歓迎いたしましょう」
民政へと移行してなお全ての国民から絶大な尊敬と人気を集める、王族ニルニーヤ家。
王、エンデ二ア・ノル・ニーア・ニルニーヤ。
王妃、ナーサ・ノル・シェーラ。
第1王女、アーニア・ノル・ニーア・ニルニーヤ。
第1王子、ザニア・ノル・ニーア・ニルニーヤ。
第2王女、ル二ア・ノル・ニーア・ニルニーヤ。
名を見れば分かる通り、王妃は王族出身ではない。王のエンデニアは漆黒の毛並みを持つのに対して、王妃ナーサは黄金。迅雷も見とれた第一王女アーニアの美しい黄金の毛並みは母親譲りのものである。これに対して、王子ザニアと第2王女ルニアは父と同じ漆黒の毛並みであった。ただ、ルニアのものは耳や尻尾の先の毛が金色に変わっているなど、どちらかといえば両親の外見的特徴をどちらも持っている。
王族のみなが、純白のタキシードか純白のドレスを身に付けていた。それだけなら別になにも気にすることはないが、しかし、実は王族以外の参加者で白い衣服を身につけているのは法衣を纏うレオだけである。この式典において、白い衣服を身につけるのは最も高貴な身分、すなわち王族だけなのである。レオが例外なのは、彼が人間界を代表する者として参加しており立場で言うなら王族と同等と見なされるからであり、同時に白い法衣こそが彼の正装だからでもある。
王族の5人が、王の歓迎の言葉と共にお辞儀をする。
ケルトスとクースィが深々と頭を下げ、それに続く形でレオが、そして総理や大統領たちが揃って頭を下げた。頭を上げた彼らはその後、レオを除いてみな自らの腹を一文字を描くように指で撫でた。この国で最も深い敬意の表し方である。もっとも、頭を下げる文化にすら親しみのない欧米諸国の為政者にとってはお辞儀に加えて自らの腹を見せる意味合いを持つ挨拶にやや思うところもあったようだが。
ともあれ、これで無事に人間と民連の交流式典は始まりを迎えようとしていた。
人間からケモミミと尻尾が生えているタイプの獣人と、動物が立って歩いて人語を話しているタイプの獣人―――作者は前者を愛でる派でございます。だから民連で暮らしている獣人族もみんなそんな感じでございます。ですが、この2大派閥の間に平和が訪れることを私は願っております。