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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode7『王に弓彎く獣』
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episode7 sect7 ”白銀の少女”


 人間としても魔法士としても大先輩である父親からの忠告を受け、ランクアップで上がったテンションを程良く削がれた迅雷は、とりあえず後でこのことを真牙あたりに自慢してやることにして、青い帯の入った新しいライセンスを財布にしまった。大人連中を見る限り、実は、そうのんびりしてもいられないようだ。次は、今いる本館の3階で検査を行うとのことだ。


 この検査だが、言ってしまえば定期的な健康診断とやることは変わらない。数日間、人間界の外に出て生活をするにあたって、健康状態はきっちり管理しておく必要があるのだ。理由など考えるまでもないことだが、要するに、異世界に滞在中に急病でぶっ倒れても現地の医療技術が人間の体に有効かは分からないからだ。いくら人型の生物同士でも、内臓機能や免疫機構はある程度以上は異なるため、場合によっては、我々がよく服用する市販の風邪薬を使った異世界人が血を吐いて昏倒する恐れすらある。

 もっとも、異世界との交流が盛んになるにつれて、異種族の急患のための医療器具や薬品を備える医療機関も出てきたが、それにしたって一部の高度な文明を持つ世界の一部の国の話に過ぎない。・・・あ、でも『ノア』にはちゃんとそういう病院があるので、もしここに異世界人さんがいたら安心して欲しい。


 それから、この健康診断にはもうひとつ大きな目的がある。これもまた当然で、前者の理由よりもあるいは遙かに重要なことだ。感染症の拡散防止。例えば、新型コロナウイルスに感染の疑いがある外国人団体が日本で行われるイベントに参加するため飛行機で飛んできたとする。そして、出発国の飛行場ではウイルスの検査が行われていないとする。今日これを読んでいる読者諸君ならありありと想像出来るはずだ。掃いて捨てるほどあるパンデミックもののシナリオだ。

 先にも言ったように、人と異世界人の免疫機構は同じとは限らない。人間が聞けば顔を青くする病も、ひょっとしたら余所じゃただの微熱で済むかもしれない。・・・が、逆なら酷い。まさしく自分たちの世界には存在すらしない未知の殺人ウイルス、人喰いバクテリア―――恐怖と混沌の幕開けだ。

 しかも、忘れがちだが菌やウイルスはれっきとした生物である。むしろその増殖能力はあらゆる生物の中でも最速の部類だ。異世界で死んだ生物は黒い粒子となって魔力ごと消滅し、元の世界へと還元されるのが常で、菌もウイルスも例外ではない。異世界から持ち込まれる病原体も多くの場合は繁殖に失敗して死滅し、文字通り細胞のひとつも残さずその世界から消え去る。だが、中には異世界の環境に適応するものが現れる。それらはいずれ現地の生活で得た養分を元にその体細胞のほとんどを更新する。それはもはや”その世界の生物”だ。死んでも消えないのはまだ良いとして、問題は子孫を残すことだ。さて、”その世界の生物”から生まれた子孫の所属する世界はどこでしょう。

 ・・・と、ここまでで賢い諸君は「あぁ、なるほど」と手を叩くわけだ。バクテリアは単細胞生物、ウイルスに至っては細胞すら持たず宿主の細胞の活動を使って高速で増殖するワケだから、異世界人に感染して増殖に成功したが最後だ。


 「―――と、まぁこういった危険性がございますので皆様にはこれから検査の方を受けて頂きます」


 「「な、なんだってーーー!?」」


 検査前の講習で世にも恐ろしいことを知ってしまった迅雷と千影は顔を青くしてひしと抱き合った。もしかしたらこの講習室の中にも異世界から来た得体の知れない菌がふよふよ漂っているかもと思うと震えが止まらない。

 賑やかなお子様2名に、最年長の塚田が目を細めた。


 「面白い子たちですな、班長」


 「いやぁ・・・はは。全く羨ましいもんですよ、若いってのは。見るもの聞くことみーんな新鮮なんだろうなぁって・・・」


 「タイチョーが一気に老け込んで見えますね」


 人間判定ドストライクの講師に怯えて部屋の隅で丸まっている李がそんなことを言うが、親となって子を育てれば必ずいずれはそう感じるものだろう。

 迅雷と千影があんまりにも震え上がっていて面白かったので、若手の松田が軽くフォローしてやった。


 「ま、そんなビビらなくても良いんだよ、2人とも。普通そんなこと起きないから。実際そういう事件は今までひとつもないでしょ?」


 「た、確かに」


 「なんだぁ・・・」


 

 「ところがどっこい、ウチらがダンジョン言うとる無人の世界は実は生物災害で人類滅亡した後の世界っちゅー説があってやな・・・」



 「「「な、なんだってーーー!?!?」」」


 子供らを落ち着かせようとしたはずが、松田まで頭を抱えて悲鳴を上げてしまった。だとしたら、異世界由来の病原菌でパニックが起きたらもう世界は滅びるしかないということなのか?いや、というかもうダンジョンなんて何百回何千回と出入りしている松田なんて一度は人類滅亡を引き起こしたヤバいウイルスを無数に保有している生物兵器状態なのではないか?いやでも病状が出ていないということは感染していないと考える方が自然だ。でも菌とかは本来の宿主には危害を加えず共生関係にあるという話もあるし、場合によっては知らない間に人間の体と人類滅亡バクテリアは仲良しになっている可能性もあって・・・。

 松田がブツブツと謎理論を呟く隣では迅雷と千影が泣きそうになりながら別れの挨拶をし始めた。某世界的人気バトル漫画の主人公の死因は心臓病だった。愛も気合いも病気には勝てない。せっかく掴んだ幸せな日常もこれでおさらばなのか。世界とはなんと非情なのだろう。


 「君らホンマおもろいなぁ。ウソに決まっとるっちゅーに。ただの都市伝説や。そんな菌あったらこんな気軽にダンジョンなんか行かれへんわ」


 若手イジリでご満悦の空奈はあっけらかんとして笑い飛ばした。


 「ま、そんくらいの緊張感持っとけっちゅーことや。でしょう、先生?」


 空奈は収集が着けられず困惑していた講師の勤務医にも上手く助け船を出してやった。癖の強い連中(A1班)を仕切るのは慣れっこなのだ。


 「えー、それじゃまずは隣の部屋で基本健診を受けて頂いて、その後は男性の方は先に309号室で内科検診、女性の方は上の405号室で感染症検査の方をお願いします」


 講師に促されるまま一行は隣室に移動し、テーマパーク然とした健診をベルトコンベア式に終え、男女別に言われた部屋に向かう。


          ○


 先に内科検診を終えた大人3人は4階に上がってしまった。少しくらい待ってくれても良いのに、と迅雷は溜息を吐いた。


 「にしても、こんなアッサリで本当に大丈夫なのか?学校の健康診断レベルだぞ・・・」


 あんなおっかない話の後だと聴診器を当てただけで素通しさせられる検査では全然落ち着かない。もっとも、内科検診は感染症の話と関係ないのだが。それで、問題の感染症検査は4階だ。わざわざエレベーターを使うまでもないと思った迅雷は、健診と全く関係ない職員たちもせわしなく行き交う廊下に出て、階段に差し掛かったあたりで頭上に足音を聞いた。


 「千影・・・?」

 

 「残念」

 

 なんとなくそんな気がして呼んだ名は、答え合わせをするように否定された。それは、若干舌足らずな感じのする、少女の声だった。

 カラン、コロン、と軽やかな足音と共に、迅雷の見上げた踊り場にその少女は現れた。

 一言で表すなら、白銀の少女だった。その色の髪は肩に掛かる長さで柔らかく踊り、白い四肢を包むのは丈が合わず肩や脇まで露わになるほどはだけた白い着物、その裾はゆらゆらと危うく舞う。遠目にも分かる整った顔立ちは右半分を狐の面に隠されて、片方だけのエメラルドの瞳が幽玄な燈を灯して迅雷のことを見下ろしていた。

 少女から向けられる緑の光に意識を吸われるような気分でいると、少女はクスクス笑って、階段などひとっ飛びに迅雷の隣へと舞い降りた。彼女を追うように不思議な甘い香りが尾を引く。

 隣に立った少女の着物の隙からは、少し膨らんだ頃の胸がこぼれそうに見えて迅雷は視線を逸らし、それから改めて刺激の強い服装をした少女の横顔に目を向けた。髪や目の色からして全くの国籍不明だが、背丈や体つきを見るに、歳は千影よりも直華と同じ頃に思われた。


 「・・・君は?」


 「人に名を訊くときはまず自分から名乗るものじゃないか?」


 「え、あ。神代迅雷・・・です?」


 「知ってる」


 「・・・・・・」


 「そんな顔するなよ、ちょっとからかったらけじゃないか」


 (―――らけ?)


 初対面ながら馴れ馴れしい姓名共に不明の少女に、迅雷は微かなデジャヴを感じてみる。


 そんな只者ではなさそうな少女は、2人きりの静かな踊り場で、こう自己紹介をした。



 「わちきは『伝楽(つたら)』。千影と同じ、オドノイドさ」




コロナウイルスのところ、プロットというか下書きしていた段階ではエボラウイルスの話をするつもりだったんですがね・・・まさかこんな偶然が起こるなんて想像もしてなかったです。

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