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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode7『王に弓彎く獣』
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episode7 sect5 ”相互理解”


 その後、しばらく会話らしい会話もなく、早めのランチタイムは10分を数えた。そうと知覚したのは、壁掛け時計が一度だけ音を鳴らしたとき。煌熾が顔を上げれば、時刻は11時半であった。

 萌生は箸を止めた。


 「放ったらかしにしたくなかったのは本当なのよ?・・・まぁ、思っていたよりも寮の人たちも様子を見に来てくれていたみたいだから、焔君の言う通り、私がここまで必死になって見に来る必要もなかったのかもしれないけど」


 「い、いえそんな。・・・凄くありがたいと思ってます。会長には本当にどうやって恩返しすれば良いやら・・・」


 「まだ着せ終わってない恩よ。返し方はまた後で考えてちょうだい。それに私、好きでやってるところもあるもん。楽しいわよ、こうして君とおしゃべりしていると」


 「会長・・・」


 「あ、ごめんね。焔君が悩んでいるときに楽しいなんて」


 ―――結局のところ。


 萌生がそのまま煌熾に対する好意を伝えるところまで踏み込めないのは、臆病さというよりも罪悪感だった。彼女は今の自分が、意中の男性が弱っている隙につけ込み、依存させようと企む人間に見えて仕方ない。想像が及ばぬほど辛い思いをしているはずなのにしっかりと自律していようとする煌熾と居ると、嬉しく、また頼もしく思う一方で、そんな己の不誠実な本性を痛感する。

 そんな考えから目を逸らしたくて、萌生は全く別の話題を引き戻してきた。


 「それにしても、神代くんかぁ。学園じゃ時の人よね、彼。良くも悪くもだけど」


 萌生も招待された、ビスディア民主連合との交流式典の学生参加者は2人。要するに、もう1人が神代迅雷であると知ったとき、萌生はなるほど、と特に理由を考察することはなかった。

 萌生が迅雷と深く関わったのは、7月30日、旧セントラルビルでの事件の最中のことだ。迅雷と聞いて思い出すのは、彼と仲が良さそうにしていた千影という金髪赤目の少女の裏切りと、大勢の魔法士に重傷を負わせて立ち去った彼女をそれでも連れ戻そうと奔走する彼の姿だ。マジックマフィアの荒くれ者たちを相手に、最終的には迅雷と2人で立ち向かった。・・・まぁ、もっと最終的の最終的には、彼を一人で先へと行かせることになってしまったが。


 良くも悪くも、という萌生の表現に、煌熾は不安そうな目を向けた。


 「・・・会長は、どっちなんですか?」


 「どっちって?」


 「その・・・神代の選択を、どう思うのか」


 「焔君はどう?」


 「俺は・・・安心しました。確かに、最初、千影が俺たち普通の人間と違うと知ったときは恐いとも感じたんですけど、あいつと一緒に魔界から脱出したとき、思い直したんです。俺や会長と、なにも変わらない、人の温もりを持つ1人の女の子なんだって分かったんです。だから、やっぱり千影は今も変わらず『DiS』の大切な一員です」


 「そっか。やっぱりあの子が神代君の守りたかったオドノイドなのね。ニュースじゃ名前も伏せられて誰なのか分からなかったけど」


 単にオドノイドがどうのという話をされても実感の難しいことだが、あの金髪赤目の少女がどうのと言うなら多少は身近な話だ。もちろん、萌生が知る千影の人物像は自分を含む多くの人々を傷つけ、一央市を引っかき回した厄介者でしかない。手放しで受け入れられるかと問われれば、ノーだ。


 しかし、と萌生は思うのだ。


 「神代君があんなに必死になって守ろうとしていたんだもの。きっと、千影ちゃんには彼がそうしたいと思えるような本質があるんでしょうね」


 「ええ」


 「ねぇ、焔君。その交流式典ね、中継されるらしいわよ?神代君がなにを伝えるのか、見届けてあげてね」


 「そうですね。あと、会長の勇姿を見るのも楽しみにしておきます」



          ●



 人生初の離陸はヒヤヒヤしたが、無事に高度を上げたことでシートベルト着用のサインが消灯して迅雷は「ほぅ」と息を吐いた。だが、安心するのはまだ早い。次の心配は機内食の注文法だ。


 「な、なぁ千影、注文ってビーフオアフィッシュだっけ?」


 「なに言ってんのとっしー?CAさんみんな日本人だよ?」


 「えっ、そうなの?」


 「そなの」


 残念なような、安心したような。というか最初のアナウンスが日本語だった時点で気付け迅雷よ。

 やっと余裕が生まれて、せっかくの初フライトだからと疾風に譲ってもらった青と白の絶景を眺めながら、迅雷は思ったほど感動しないことに気付いてシートの背もたれに帰ってきた。これに乗るために今朝は5時起きだったのだ。いっそ雲上で二度寝するのもロマンと言って良いのではないだろうか。

 飛行機自体の安全性は疑っていないのか、さっそくウトウトし始めた迅雷があんまり相手にしてくれないので、千影は仕方なく疾風に話を振った。そっちもそっちで眠たげだったが、ヘッドホンを奪うと目を覚ましてくれた。


 「ねぇはやチン。今回来る高校生2人ってさ、とっしーと誰?これには乗ってなさそうだけど」


 「ん~?あぁ、それね。そういや話してなかったか。マンティオ学園の生徒会長さんだってさ」


 「へぇ、テン長」


 「店長?」


 「のんのん。テンプレ生徒会長、略してテン長」


 「なんじゃそりゃ・・・」


 一体なにが千影にここまで見事なドヤ顔をさせるのだろう。ひょっとしてセンスの良いニックネームを付けられたなんて思っているのだろうか。・・・いや、思っているに違いない。千影だし。大体、疾風自身「はやチン」という呼び方が威厳皆無過ぎて・・・いや、別に嫌というわけではないが、時と場所を選んで欲しい気はしている。その点、迅雷なんかはシンプルなあだ名で羨ましい限りだ。


 「まぁ結局マンティオから全員選ばれたわけだね」


 「他の学校から選んだ方が意見の幅も広がるって話もあったんだけど、そう、結局な」


 「とりあえず会ったら最初にとっしーの恋人ですって挨拶しておかないと」


 「会う前からそんな警戒しなくても良いんじゃないか・・・」


 「つーかいつ俺と千影はそんな関係になったんだ」


 実はまだ起きていた迅雷がツッコむと、千影はそれこそ意外そうな顔をした。


 「だって、ずっと一緒だーって」


 「うっ」


 「ホラホラ、ねぇどうしたの?も~、ホントとっしーはツンデレさんだ、んにゃ~」


 悔しくて、とりあえず迅雷は千影のマシュマロほっぺたをこねくり回して黙らせた。


 「はぁ~。どうせなら雪姫ち・・・天田さんにも来て欲しかったなぁ。そんでこう・・・なんかいろいろ行事やるうちに仲良くなってさ~」


 「ボクの目の前で浮気計画立てるな!」


 機内ではお静かに。疾風にもほっぺたをこねくり回されて千影はむくれた。お触り少女(健全)千影たんは、斜めな機嫌に任せて迅雷の希望にいちゃもんをつける。


 「ていうかボクは正直あの子と仲良くなれる人なんていない気がするけどね。例えとっしーでも。絶対マトモじゃないと思う」


 「そうか?確かに冷たいし恐いとこあるけど、根は良い人だと思うんだけどなぁ。こないだもワイバーンのブレスから助けてくれたし、聞いた話じゃ学園に避難してきた人たちを守るためにすごく頑張ってくれてたとかさ」


 「良い人とマトモな人はまた別だよ」


 「・・・・・・、分かりみが深い」


 「とっしーさんや」


 「なんだい千影さんや」


 「今の間はなにかな?」


 心当たりがあるのか、迅雷の視線に千影は苦笑い。だが、それは逆もそうだ。思えば、どいつもこいつもマトモじゃない。

 そんな、マトモじゃない連中の座席にも、サービスのカートを押すマトモなCAさんがやって来た。







 

          ●







 「式典は中止するべきだ」


 一言目はそれだった。


 魔界の最大国である皇国の双頭のひとつ、皇帝エーマイモンの演説である。

 一人娘である王女アスモと比して―――というより彼女の摂政を務めるルシフェル・ウェネジアと比して―――いくらかは穏和なあの男も、基本的な方針は娘と同じだった。あるいは、国政の混乱を避けるためにある程度合わせているのか・・・そこに判別はつかない。だが、少なくとも民衆の前で声を大にしてビスディア民連の選択を否定する態度に偽りはなかったように映る。

 エーマイモンは、演説を次の言葉で締め括った。


 「式典の強行は『手ぶらの強国』の思想に反するものである。ケルトス首相の賢明な決断に期待している」



          ○



 王族たちや副首相クースィらと明日の行事の最終確認を終え、ふくよかな猫人族の壮年男性ケルトスは自邸にてくつろいでいた。

 皇国の訴えは無視することを決め込んだ。あれはただの脅しだ。


 すっかり国中が祭模様だ。王城に近い宿泊施設なんて、交流式典の開催が報じられた翌日にはキャンセル待ちの客が山積していたそうだ。ニュースでインタビューに答えていたホテル従業員が、電話応対で嗄れた声で言っていた。

 式典のテーマは”相互理解”だ。公募で決定されたスローガン《ここから始める平和の輪》(実際は魔界語です)は、その分かりやすさも相まって、誰もがそらで言えるほど浸透している。一歩外に出れば、至るところに張り出されたそのポスターを目にするだろう。


 「ここから始める、まさにそうだなぁ。・・・まぁ、なんにせよ・・・これでまたカネが動くなぁ」


 ポリポリと出っ張った腹を掻く第13代民連首相は、好感度稼ぎのために人間たちの間で流行っているらしい映画やコミックを見て話のネタ作りに励んでみたのだが、なかなか興味深いものでつい睡眠時間を削ってしまった。もっとも、ここで言う”興味深い”という感想は、エキサイティングな内容に対する評価というよりも価値観や倫理観に見られる共通点と相違点についての評価だが。

 純粋に人間の生み出す娯楽を好む第2王女には「楽しみ方が下手」だと言われてしまったけれど、駆け引きを生業とする外交屋にとってはこういう考察を好む者こそ向いていよう。

 

 「あら、あなた。まだ起きていたんですか?明日からはもっと忙しくなるのでしょう?」


 「スピーチ原稿を見直してから寝るよ。お前は先に休んでなさい」


 「そうですか。それではお休みなさい」


 妻を先に寝室にやって、ケルトスは椅子に深くもたれかかった。彼が次に腰を上げたのは、それから4時間後だった。


 これは、単なる平和を讃えるイベントなんかじゃあ決してない。民連こそが魔界最強国となるための布石なのだ。中止などもっての外、失敗は出来ない。

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