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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode2『ニューワールド』
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episode2 sect17 “早起きは三文の損“

 「――――――――という夢を見たんだ」


 「完全に引いたわ。しかもやけにリアルすぎんだろその夢。シスコンロリコンの二拍子揃ってそろそろ日の当たる世界からさよならか」


 千影と直華が迅雷の部屋で寝ていた――――――――という夢を見たんだ。


 昨夜チラッと話に出てきた千影とかいう金髪ロリの居候少女と件の迅雷の良く出来た妹である直華が、迅雷が留守の間に自分のベッドで寝ていたという無駄にハイクオリティな夢を見たのだと嬉々として語るシスコン兄貴から、昴はそそくさと後ずさるようにして2mほど飛び退いた。ツッコみ甲斐がないほどニヤけている迅雷はやっぱり本物だ。ドン引く以外に手の打ちようがない。


 ちなみに現在の時刻は午前6時半頃なのだが、朝食会場が開くのは7時から8時半までである。もとより開いたそばから朝食を食べに行こうとは考えていないが、どちらにせよ時間にはまだかなり余裕があるし、真牙に至っては既に迅雷と昴の2人分の目覚ましが同時に鳴ったにも関わらず、いっそ頑ななくらいにぐっすりと眠り続けていた。

 そんなわけでそこそこ静かに迎えた朝だったのだが、迅雷のテンションは高い。


 「いやー、よく考えたら合宿1日目も早起きだったからナオの顔が見れてないからな。ナオリウムが足りないというかなんというか・・・。昨日の暴走も今日の夢もナオリウム不足が原因なんだろうな。昨日のメールで逆に深刻化したかもしれない」


 「ナトリウムみたいに言うなよ・・・」


 なんだか本当に必須の栄養素みたいに思えてくる表現をする迅雷に、先ほどからツッコむことを放棄し続ける昴。完全にお手上げなので、うんと伸びをしてから、その姿勢のまま起こした体をまた布団の上に投げ出した。

 合宿に来ているのだし、と思って早起きなんていう体に毒なことをしてみたら、案の定このざまだ。体というより頭に毒な惚け話をされた。まだ人の妹と居候だから可愛げがあるが、もしそれが自分の家の事情だったらと俯瞰的に考えるとぞっとしない。


 「それはそうと」


 「・・・あん?」


 迅雷がおもむろに枕元に置いてあった彼のポーチの中からとあるものを取りだした。それを見た昴も、すっかり忘れていたそれに少し顔を青くした。なにせ、これを忘れていたことで困るのは自分らではないのだから。迅雷の顔は昴よりも真っ青で、冷や汗がダラッダラである。

 

 「ぁ・・・」


 迅雷が取り出したのは、ピンク色の子供っぽい可愛らしいデザインの(ほぼ空っぽな)財布だった。


 「これ、どないしまひょ・・・?」


 語尾がおかしい。どんだけ焦っているのだ。

 昨日のドタバタ(主に真牙が原因)のせいですっかり真波と由良に預けるのを忘れていた。きっと真波あたりならもう起きているだろうけれど、だからといって今から訪ねるのはちょっと迷惑な気もする。・・・となると、朝食のときに彼女らを探して預けるのだろうか。まぁ、そうするほかない。

 もしかするとこれの持ち主は迅雷たちが財布を先生に預ける前に自動販売機でも使おうとして財布がないことで泣くかもしれないが、まぁそこは残念としか言いようがない。というか、よく考えたら落とす方が悪いのだ。そう、迅雷たちが罪悪感を感じる必要なんてない。矢生の推理が正しければこれの持ち主は自分たちと同じ高校生。子供でもないのだから、貴重品の管理くらい自分でしっかりやれという話だ。


 「そうだよ、俺はなにも悪くない!拾っただけでもありがたく思えって話だよな」


 「まったくその通りだけど、開き直り方が酷いな」


 それから、迅雷も昴も浴衣から持ってきたそれぞれの学校の制服に着替える。迅雷はベージュのブレザーと灰色のズボン。昴は黒の学ラン。こうしてみるとお互いが違う学校の生徒なのだと実感する。この合宿が終われば、同じ班でダンジョンを冒険した昴は迅雷のライバルとなるわけだ。


 なぜ制服に着替えたのかというと、これが一応学校としての活動であることを示すためであるのと、昨日一昨日とで汚れて汗まみれになったジャージを着続けるのはさすがに不快だろうということでの計らいみたいなものである。しかしながら、やはり制服はジャージと比べると動きづらい。これでもかなり動きを妨げないように工夫はされているらしいし、そのことに実感がないでもないのだが、それはそれ、これはこれである。

 適当に着替えた後は気にならない程度に身嗜みを整える。迅雷も昴もあまり髪型とかにこだわりがあるわけでもないので、寝癖を取ってからいつも通り無難に整えるだけである。

 それから、少し喉が渇いたことに気が付いたので2人は自動販売機にでも行くことにした。もしかしたら例の財布の持ち主もいるかもしれないので、それも一応持って行くことにした。部屋の留守番には真牙を置いていくことに。寝ているけれども。


          ●


 「てか昴って早起きできる人だったんだな。てっきりギリギリまで寝てるかと思った」


 「いや、俺もその方が良いんだけどな。たださ、どうせ7時とか8時に起きるんだったら6時に起きるのも一緒じゃね?と思って」


 時間感覚がおかしい気がするのは気のせいだ、と迅雷は自分に言い聞かせた。早起きの基準が大体7時くらいの迅雷は苦笑して意見の相違を誤魔化す。しかし、そんな迅雷の態度も寝起きな昴には見えなかったのか、彼はそのまま自分の起床時間観を語り始めた。


 「そもそもだぜ?7時起きの時点でキチッてんだろ。俺が普段何時起きだと思ってやがんだ?」


 なぜか饒舌になる昴。彼の睡眠に対する並々ならぬ情熱の賜物なのだろうか?なんという無駄な情熱。

 というか、学生として聞き捨てならない一言が飛び出した。


 「おいまさか」


 「そうだよ。俺は平日も休日もちゃんと10時起床。本当なら就寝も11時から0時が好ましいな」


 「遅刻じゃん!超遅刻じゃん!てか寝過ぎだし!」


 遂に2班メンバーでまともそうなのは光だけに・・・。まぁ煌熾も含めれば彼もまともなのだろうけれど、それでもまだ2人だ。ちなみに涼が「まともじゃない枠」に入れられているのは、昨晩の話の結果を基にして迅雷と昴の独断と偏見による判断をいただいてのことである。嗚呼、可哀想な真牙。


 とか言い合っているうちに階段を降りきって旅館の1階に着いた。なぜエレベーターではなかったのかというと、ちょっとした目覚まし代わりで歩きたかっただけであり、なぜわざわざ自分たちのいる階の自動販売機を使わなかったのかというと、ちょっとした目覚まし代わりで歩きたかったからである。他にも1階の方が台数も多くて品揃えも良いから、というのもあったが。


 と。



 「はわあぁぁぁぁっ!?」



 「「・・・っ!?」」


 まだ見えない自販機コーナーの方向から、生命の危機にでも晒されたかのような絶叫が木霊してきた。そのあまりの切迫に、迅雷も昴も一瞬体を強張らせた。強盗か、モンスターか。後者は屋内であることから可能性は薄い・・・はずである。

 いくら魔法が使えても強盗が銃でも持っていたら優位は薄れかねない。それに、その強盗だって強力な魔法が使える可能性は十二分にある。


 「朝から随分な目覚ましじゃねぇかよ・・・」


 「行かないわけにもいかないだろ」


 既に臨戦態勢の迅雷と、溜息混じりに頷く昴。


 「「行くぞ」」


 一言。


 瞬間、2人は走り出した。迅雷は掌に広範囲を攻撃できる『スパーク』を、昴は銃を構えて。

 一息に自販機コーナーに到着する。


 「動くなっ!」


 相手を人間と仮定し、いつでも魔法を撃てるように構えを取りながら迅雷は吠えた。

 

 「ビュワアアァァァァァッ!?な、ななな、なんですかぁ!?」


 すると、聞こえてきたのは幼い叫び声だけ。強盗犯などいないし、モンスターももちろんいないようだ。


 「・・・・・・はぁ?」


 銃口を向けた先で腰を抜かしてカーペットの上にへたり込むその叫び声の主を見て、昴は拍子抜けしたような声を出した。今まさにぺたんと尻餅をついたのは、見た目12,3歳の少女・・・ではないらしい。


 「なにやってんですか、由良ちゃん先生?」


 「そっ、それはここここ、こっちの台詞ですよ!びっくりさせないでください!というか早くその物騒な構えやめてくださいぃ!」


 びっくりさせるなと言いたいのはむしろ迅雷たちの方なのだが、話がややこしくなりそうだったのでそういう感じのことは言わないことにする大人な2人。

 涙目で訴えかける由良に従って迅雷はとりあえず警戒は解かずに魔法を構えた手を下ろすだけして、それから彼女を立たせた。昴はもう銃をしまっていた。

 迅雷が改めて由良に事情を聞く。


 「・・・で、もう一回聞きますけど、なにしてんですか?なんか凄い声聞こえたからなにかあったのかと思ったんですけど」


 「うっ・・・」


 由良は上ずった声を出して顔を青くしたり赤くしたりして、なにも答えない。まるで信号機にでもなったみたいなので、このまま答えないのなら試しに交差点にでも立ててこようかなとか考える昴。もちろん考えるだけであって、そんなことは言わないが。

 かくして生徒2人に詰め寄られる先生が出来上がったわけなのだが、



 「な、なにかあったんですか!?」


 

 切羽詰まった野太い声と共に、一般の宿泊客らしき男性が駆けつけてきた。

 その男性は、自販機コーナーに姿を見せた瞬間に、物騒なものを手に小さな女の子を囲んでいる少年2人を発見した。


 「・・・な!?お前たち、なにをしている!!」


 「「は?な、ちょ、なんですか!?はな、放してくだァァァ!?やめ、イヅヅヅヅヅヅッ!?」」


 3秒で組み伏せられる迅雷と昴。ほぼ不意打ちだったとはいえ年頃の男子高校生を2人同時に瞬殺してしまったそのオッサンは、2人の顔を凶悪犯でも見るような目で見ている。

 急展開アンド急展開に、おまけのワンモア急展開で翻弄されて放心状態になっていた由良がハッと我に返り、目の前の惨状を見て悲鳴を上げた。


 「はわぁっ!?だ、大丈夫ですか神代くん、安達くん!?あ、あの、ごめんなさい!この子たち私の生徒でしてですね・・・!」


          ●


 「なんだ、びっくりしたよ、驚かせないでくれ!てっきり男2人が小学生の女の子をいじめていたのかと思ったぞ!はっはっは!」


 だからびっくりさせないで欲しいのはこっちだ、と言いたい迅雷と昴だが、あまりにオッサンの勢いが強すぎて口を挟むタイミングが分からない。

 豪快に笑うオッサン。ちなみに、誤解を解くのには由良の身分証明も含んだせいで5分ほどかかったのだが、その間迅雷と昴はずっと腕を背中側で固められて組み伏せられっぱなしだった。激痛が続きすぎて痛覚が死んでいるような気がする。


 「・・・・・・やっぱ早起きはするもんじゃねぇな。碌なことが起きねぇ」


 もはや早起きしていようがいまいが関係なさそうなことだったが、きっとどれもこれも早起きをしたから神様が面白がって昴に災難をふっかけたのだ。そうに違いない。いつも通り10時に起きていればきっと幸せな1日が始まったのだ。

 ・・・などと考えている昴なのだが、そんなことを言われて黙っていられる養護教諭でもない由良はきっちり反論する。


 「いえいえ、早起きは良いことなんですよ、安達くん?健康的で素晴らしいじゃないですか」


 「うんそーだね、痛くて目が覚めちゃったよ。肩もホラ、こんなに柔らかくなっちゃった」


 そう言って昴はぶらんぶらんになった自分の右肩を左手で遊ばせた。


 「って、それ外れてますよね!?わわわ、今はめ直しますからね!?」


 昴の肩を脱臼させるほど強烈に拘束技をかけてきたオッサンは、相変わらず愉快そうに笑っている。由良を助けに来た割には人の心というものがないのだろうか。それとも―――。


 「男子たるものそれくらいの経験は若いうちにしとかにゃならん!がっはっは!」


 「言いやがったなオッサン・・・。まさかマジでこんなことを言う人がいたとはな。つか今脱臼させられた意味が分っかんねぇ」


 相変わらず死んだ魚のような目をして抑揚に乏しいしゃべり方をする昴だったが、明らかに怒っている。というのも、死んだ魚の目ではあっても僅かながら瞳孔が開いているし、抑揚のない声とはいえ言葉の所々に刺々しさがあったり、一応眉もひそめているからだ。


 「ははは!すまなかったな!あぁ、申し遅れた!俺は日下一太(くさかいった)だ!よろしく!」


 「いや、聞いてねぇし・・・」


 謎の流れで自己紹介を始めた、日下一太とかいう筋肉質なオッサンのテンションは下がる気配を見せない。あのあまりにも強引な一太の勢いには迅雷も、そして由良も、ただただ圧倒されて気の抜けた返事を返すことしか出来なかった。ただ、昴だけは反抗的な返事をして、喧嘩腰な雰囲気を醸している。まず間違いなく、理不尽に外された肩の恨みだろう。


 「まぁそう言うな少年!あぁ、そうだ!そういえば君も銃使いだろう!」


 「はぁ、そうっすけど・・・それが?」


 いい加減に一太の突拍子もない話題転換には、昴も苛立ちを萎えさせていた。どうもこのオッサンには人の気持ちを思いやることが出来ないらしい。なにも事件なんて起こっていなかったのだから早くどこへなりと消えてしまえば良いものを、と昴は心の中で毒づく。これを言わないのはただの保身か、それとも昴の優しさなのか、それは本人のみぞ知るところだ。

 とりあえず、なんだか気になる発言をしてきた一太の会話に、昴は今だけ乗ってやることにした。


 「で、だからなんだってんです?」


 「いやいや、俺も魔銃使いだからな!同志を見つけてつい嬉しくなってしまったのだよ!」


 「・・・だけ?」


 昴はあくまでも冷たく冷たく、しかし会話を先に進めるよう誘導していく。彼には一太の言わんとしていることがこれだけではなかったように思えていた。違和感が昴の中を席巻しているのだ。恐らく、この感覚に間違いはない。


 「冷たいなぁ!ハハハ!いやはや、実はな!俺は銃使いの熱き男たちの集まり、『山崎組』のメンバーなんだよ!新参、それもホントに先月の中旬くらいからだけどな!」


 いちいち声の大きい一太のしゃべり方は、この話題に入ってからますますうるさくなってきたので、昴も耳を塞ぐ。耳を塞いでちょうど良い音量になったことに気が付いて、昴はそのまま耳を塞ぎながら一太と視線だけ合わせて話を聞くことにした。ただ、もう返事をするのにも疲れたので、聞くだけにすることにしたが。

 そんな昴の代わりに、今まで呆けて話も虚ろに聞いていた迅雷が、一太の所属に反応を示した。


 『山崎組』というのは、決して暴力団みたいなことをする集まりではなくて、一央市のギルドに登録しているベテランが多く集まっているパーティーのことだ。一太の説明通り、このパーティーは魔銃をメイン武装とした魔法士たちで構成された集まりである。構成人数は平均的なものだが、先述の通り若手もいるがし、ベテランも多い。小隊としての戦術を得意としており、一央市の治安維持には一役どころか二役も三役買っているほどの街の看板のようなギルドだ。

 そんな『山崎組』も、父親の人間関係上迅雷はある程度知り合った関係にはある。

 

 「『山崎組』ですか?貴志(たかし)さんとこの?」


 「お、君はウチのパーティーのことを知っているのか!そうかそうか!やっぱり『山崎組』ってのは有名なところなんだな!なんだか今更だが、光栄だな!やる気が出てきたぞ!ハッハハハハ!」


 一太の関心が一気に迅雷に向けられ、暴風のように覇気のある大声を浴びせられて、迅雷は思わず軽く後ずさった。今までこんなのと会話していた昴の苦労も、今の迅雷なら推し量れなくもない。

 ちらと横合いを見れば、由良が昴の脱臼した肩をせっせとはめ直している。未だに気怠げな顔をしている昴なのだが、果たして痛くないのだろうか?


 そんな昴の横顔から視線を一太に戻して、迅雷は心の中だけで大きく溜息をついた。こうして正面から一太を見てみれば、その筋骨隆々な外観と先ほど受けた酷い仕打ちのトラウマからなかなか文句も言えない。この肉体を越えて迫り出すような圧迫感が、先ほどまで昴が本音を出し切れなかった理由だということにまでは気付かない迅雷。ともかく、向いてしまった矛先にはなんとかして対処するしかあるまい。


 「ま、まぁ父さんのツテで知り合って・・・。結構良くしてもらってるんで」


 「ほぅ、君のお父さんも魔法士か!さぞや優秀なのだろうな!うむ、もしかすると知り合いかもしれないしな!君と、君のお父さんの名前を教えてはくれないか!」


 疑問符がない辺り、このオッサンとの会話において迅雷の側には選択の権利が与えられていないらしい。質問すべてが強制イベント。なるほど、昴がなかなか話を切り上げられなかったのも納得がいく。迅雷は改めてチラッと昴の方を向くのだが、彼は迅雷に憐れみの眼差しを投げかけてきていた。

 そんな昴の同情の目に、むしろ迅雷は苦虫を噛み潰したような顔になった。それにしても、同じ轍を踏むことが避けられないとか、反則級のおしゃべり技術である。


 「み、神代です。俺が神代迅雷で、父さんが神代疾風です・・・」


 「んなっ!・・・神代疾風とは・・・これまた数奇な巡り合わせ・・・」


 疾風の名前を聞いて初めて声のトーンを落ち着かせた一太に、逆に迅雷はなにか不審なものを感じていた。小さく首を傾げて、考える。


 (もしかして教えたらマズかったのか・・・?いや、でもこれからは同じ一央市を拠点としてやっていくわけだし、父さんだって遅かれ早かれ・・・)


 そう、彼が『山崎組』のメンバーならどうせ早いうちに疾風とも顔を合わせるのだ。それに、ずっとうるさかった彼が初めて声を小さくしただけで、それを不審と決めつけるのはあまりよろしくない。疾風だって業界では顔出しNGにしてはいても有名人のようなものだ。数奇な巡り合わせ、という表現も特におかしいことなんてないのだ。

 そこに気が付いて、迅雷は若干申し訳なくなってしまう。初対面の人物を警戒するのも大切だが、それと同じくらい初対面の人物は信用すべきものなのだ。


 「日下さん、どうかしたんですか?」


 「あぁ、いや!ごほん!彼は有名だからな、聞いて驚いただけだ!・・・それで、君らもライセンスを取ったのかな!ということは今日こうしているのは学生の新人研修ってことかな!うんうん、いいな!未来ある若者とこうして出会えたことが俺は凄く嬉しいぞ!実は俺も昨日から歓迎会でだな・・・!」

 

 迅雷の予想は大体合っていたようなので、そこはよしとする。しかし、またもや話題を切り替えてきた一太を止める手段はない。このままだとあと30分はしゃべり続けそうだったので、申し訳なさは今更として迅雷は勇気を振り絞ることにした。これ以上は付き合っていられない。


 「は、はは、そうですね。これからもよろしくお願いします!ではっ!」


 迅雷は愛想笑いと無難な挨拶だけをして話を切り上げた。そんな迅雷の意図を察してか、申し訳なさそうに苦笑しながらも由良が後に続き、それからはめ直した肩の調子を確かめるように腕を回しながら昴が、自販機コーナーを後にした。

 物寂しげな目を向けてくる一太を見ると、僅かに抱いた罪悪感が針でつつかれるような去り心地の悪さを感じたが、どうか悪く思わないで欲しいところだった。


          ●


 結局本物だった養護教諭を自称する合法ロリと、魔銃使いの少年、そしてあの神代疾風の息子の3人は、逃げるように去ってしまった。表情を見る限り、困惑と罪悪感といったところだったか。そこは、まぁ一太の方に落ち度があったのだろう。いつも自分が喋ると時計の長針が半周以上していることには自覚がある。直すつもりもないが。

 諦めたように、一太は自動販売機の1つに小銭を入れてボタンを押す。


 「・・・神代、ねぇ。すぐに遭うとは思っちゃいたけどな。まさか息子とはいえ、こんなに早く。いやはや・・・」


 物々しいヒゲ面には似合わないミックスジュースに喉を鳴らしながら、日下一太は感慨に耽るようだった。


          ●


 「・・・・・・マジあのオッサンなんなんだよ・・・」


 昴は首の骨をゴキゴキ鳴らしながらぼやいた。

 日下一太とかいううるさいオッサンから逃げてきた迅雷と昴、そして由良の3人は、現在1階のエレベーターホール前のソファーに並んで腰掛けている。なぜまだ1階にいるのかといえば、わざわざ1階まで飲み物を買いに来たのにそのまま上の階に戻るのが、なんとなく忍びなかったからである。

 由良を真ん中にして座っているのだが、モジモジとしている由良が微笑ましい。端から見れば兄妹みたいな感じなのか。


 「ま、まぁ落ち着いてください、安達くん。『山崎組』っていえば一央市でもそこそこの有力パーティーですし、君も魔銃使いなら入っても損はしないんじゃないですか?だから日下さんとも仲良くなって悪いことはないと思いますよ?いいえ、そもそも人と人が仲良くなって悪いことなんてないですよ?それに、日下さんも私を心配して駆けつけてくれたようでしたし、まず間違いなく悪い人じゃないと思いますよ、先生は」


 相変わらず純真無垢な性善説ではあるが、それが由良らしい。彼女も舌打ち混じりに愚痴を漏らす昴の威圧感には縮こまっていたが、一太の所属には十分な信頼があったので発言には自信が見えていた。それに、その点に関しては昴も同意するところはである。もし彼がどこかのパーティーに加入するとしたら、まず間違いなく一番の優良物件が『山崎組』だろう。それを考えれば一太と出会ったのも『山崎組』に円滑に加入するのにはうってつけのチャンスになり得た。

 しかし、昴は「あー」と機嫌の悪そうな唸りを漏らす。


 「ですけどね?・・・怪しいっすよ、あの人」


 「む・・・。どうしてそう思うんです?」


 自分と真っ向から意見を違えてきた昴に、由良は口をへの字にする。不満を感じるのには無理もない。しかし、人の悪口を言う生徒に怒りを表現しようとしていたのだろうけれど、なんだか可愛い。愛玩動物でも見ているようだ。


 「なんでもなにも。なんであの人、俺が魔銃使うって知ってたんでしょうねぇ?」


 「なんでって、それは見てたから・・・」


 キョトンとする由良だったが、迅雷は昴の懸念に気付いた。あるいは由良の場合生徒2人に詰め寄られていて焦っていたから気が付かず、そのせいで思い当たる節がないのかもしれないが、間違いなくおかしなことが起きていた。

 そう。だって、そんなはずがなかったのだから。



 「あの人が来たときには、もう昴は銃をしまっていた・・・」



 迅雷は、捻れた現実に確かな違和感を覚えた。その戸惑いは声にも表れていた。

 昴はそんな迅雷の恐る恐るな発言に無表情なまま頷いて指ぱっちんをし、彼に手で銃の形を作って人差し指を向けた。


 「そ。おかしいだろ、そう考えてもよぉ。いったいいつから俺らのことみてたんだ、あの変態野郎は?もしかしてロリコンだったんじゃねぇのか?」


 「な、なんで私の方を見るんですか!?私だって大人なんですよ!」


 そう言われても、由良の身長は背伸びをしたって広義で言えばロリの範疇だし、顔立ちだってあどけないのだから、説得力は皆無。

 面倒なことは全力で避けたいので、一太のことは犯罪者予備軍に仕立て上げて話は終了。慣れない話もつまらない話もするものではない。さりげなく不穏な話題からレールを切り替えた昴は大きく息を吐きだしてソファーに沈み込み。


 「ズゥ・・・」


 「おい起きろ。ここで寝たら死ぬぞ」


 「・・・ぁ。死ぬ?社会的にか?気にすんな。俺は気にしない」


 「いいの?お前はそれでいいの?恥ずかしいのはお前だけなんだぞ?」


 ・・・と、迅雷がツッコむが、返事がない。どうやら昴は再び夢の世界へと旅立とうとしているらしい。彼の中ではきっと、とりあえず自分が怠惰かつ平穏に暮らしていけることに比べれば恥や面子は圧倒的に優先度が低いのだろう。

 いい加減このままツッコミを繰り返していたら、それだけで朝食の時間になってしまう。アホな会話で過ごすのも悪くはないのだが、それなら飲み物を買った方が有意義というものである。まだ例の一太がいるかもしれないから、そっちも実はイヤなのだが。

 とりあえず昴が社会的に死ぬのは迅雷には無害なので別に良いとして、しかし彼にここで寝られても処理に困るので、迅雷は昴の脳天にハイパー目覚ましチョップを打ち込んだ。ゴッシャァッ!!と凄い音がしたので由良が目を白黒させていたが、きっとこれが最善だったのだと迅雷は彼女を説得した。


 昴にチョップしたことを由良に納得させることに成功した迅雷は、そういえばそもそもなぜ今由良が一緒にいるのだろうか、と考えた。

 飲み物を買おうと思って1階に降りてきて、自販機コーナーに行こうとして、そして。そう、そうだった。


 「そういえばなんですけど、由良ちゃん先生、なんでさっきは自販機の前で絶叫していたんですか?100円玉でも自販機の下に滑り込ませたんですか?」


 いや、あの今にも卒倒しそうな叫び具合からして500円玉か?などと考えつつ、迅雷は由良に尋ねたのだが、質問を受けた由良はビクッと肩を大きく跳ねさせた。

 それから彼女は恥ずかしそうに顔を火照らせて、左右の人差し指の先をツンツンとくっつけながら迅雷から顔を逸らした。しかしながら、そっぽを向いた先にも昴がいて彼女の顔を見ていた。視線が「逃げ場はないぞ」と物語っている。

 それでもあまりに恥ずかしいため話をしたくない由良は、なんとかして論点をずらそうと必死に頭を巡らせる。


 「うぅ・・・。ちゃん付けは要らないですよぅ・・・」


 「はいはい。で、由良ちゃん先生、さっきはなにがあったんです?」


 「スルー!?」


 遂に先月入学したての1年生にすらここまでナメられる始末。この先ずっと続く教師としての第二の学園生活は一体どうなるのだろうか、と由良は今から心配になる。まだ実際はこの職に就いてから由良も1ヶ月と少しなのだが、それがなおいっそう由良の心配を加速させた。いちいち自分はこれでも大人です、とアピールするが、その度に自分でも「これでも」と言ってしまうあたりからして負けているのだろうか。

 そして、もう年齢的にも成長期は遙か昔なのでこれ以上の成長は望めず、当然として貫禄が出ることも恐らくない。


 「しょぼーん・・・分かりましたよ、白状しますよぅ・・・。あぁ、恥ずかしい!」


 あんまりにも由良に羞恥に頬を染めてモジモジしていられると、年甲斐もなくいじらしすぎるというか頭を撫でたくなってくるので、思い切った行動に出てしまう前に迅雷はこの際失礼には失礼を重ねる戦法で彼女に話を急かす。


 「その、お恥ずかしいことにお財布をどこかに落としてしまったようで・・・」


 由良は手持ちのポーチの中を見ながら、がっくりとうなだれてそう言った。迅雷と昴も彼女のポーチの中を覗き込む。その中にはポケットティッシュやハンドタオル、スマートフォン、それとちょっとした応急処置セットのようなものが入っていた。

 それにしても、こうして荷物を見てみれば勤勉な養護教諭にしか見えない。外見はこんななのに、やはり人は見かけによらないのだ。

 そんな、やっぱり本当に保健室の先生だった由良の財布を落としたと言う発言に、迅雷も昴も同じものを思い浮かべた。言うまでもなく、例のピンク色で可愛らしいデザインの、子供っぽい財布だ。確かにあのデザインも、本人がどれほど自分は大人だと言い張っていたとしても子供扱いしかされない由良になら、不思議なくらいしっくりくる。


 「なぁ、迅雷」


 「あぁ、もしかし・・・あれ?」


 「あ?」


 思い浮かべて、それを持ってきたはずの迅雷はポケットを漁るのだが、しかし迅雷は不思議そうに眉をひそめただけだった。

 どうもポケットにはなにか入っているようだったが、明らかに感触からして財布ではない。動きを止めた迅雷に昴が怪訝な顔をする。


 「・・・部屋に置いてきた」


 「持ってこうって言い出したのお前だろ」


 「そして代わりにこれである」


 「・・・お前天才か」


 完全に寝ぼけていた。というより、あんまり幸せな夢を見たせいで舞い上がっていたのだろう。例のピンク色の財布の代わりに、迅雷のポケットからは部屋のテレビのリモコンが出てきた。

 しかし、そこで迅雷は発想の転換を行って首を横にブンブンと振った。


 「いやいやいや、落ち着け、まだ慌てる時間じゃない」


 「・・・そ、そうだな。確かにそうだ」


 昴も察して頷く。

 そう、そもそも本当にあの財布が由良の物かどうかは分からない。話の流れに偶然思い当たる節が少しあっただけであって、実際にあれが由良の財布である確率は低いし、それに大人として見られたがっている彼女ならば、身の丈に合わないようなちょっと大人っぽいデザインの財布を選んでいてもおかしくない。

 そしてなにより、今財布がないことに気が付いたのだ。部屋を出る前にポーチの中を確認するくらいのことはしているはずだし、そこで財布がないことに気付いていたらここにはいまい。


 「・・・で、ちなみにですけど、その財布の見た目は?」


 一応、という意味合いで昴は由良に財布の見た目を尋ねる。ここで違うことが分かれば、とりあえずこれ以上気を揉むことはないし、そのまま財布を預ける話にも持って行きやすい。

 しかし、


 「えぇと・・・色は薄いピンクで」


 ―――――おっと?いや、あるよね、そういう偶然。


 「あとリボンの刺繍が入っていてですね。それと・・・ん?2人ともどうかしたんですか?そんな自分の考えに自信がついて逆に萎えたような顔して」


 無駄に具体的な表現であるが、まさしく迅雷と昴の表情は由良の具体的な表現そのものだった。確かに、部屋に置いてきてしまった財布には赤い糸で刺繍されたリボンのマークみたいな物があった気がする。

 いやいやしかし。あんなカッスカスの財布が収入のある人物の物だとは思いづらい。しかし、かといって・・・。

 迅雷はどう判断すべきなのか迷い、顎に手を当てて考え込む。

 

 「・・・よし、そういうことでちょっと俺らの部屋に来てくださいねー」


 「ど、どういうことで私は拉致されちゃうんですか!?ら、乱暴は良くないですよ!?」


 立ち上がって由良の手を握る迅雷だったが、その肩をトントンと叩いた。はて、昴だろうか、と思い迅雷は振り返る。


 「ん、どうし・・・・・・ぅぁ」


 しばしの沈黙。

 眼前には青い制服と青い帽子、それと赤い警棒を腰に着けた気のよさそうなオジサンが。

 オジサンは白い歯を覗かせて、早朝の爽やかスマイル。そんな彼は、迅雷を捕まえていた方の手とは逆の手をおもむろに上げつつ、その拳を握る。そして親指だけをピンと立てて、そのグッドサインになった拳を彼は自分の背後に勢いよく向けて、明るく飾られた館内では逆に目立つ飾り気のない地味な鉄の扉を指し示した。

 その親指が指した先にあったドアの表面には、ご丁寧に「警備員室」とある。


 再度、沈黙。

 依然としてオジサンは笑顔のまま。

 

 ―――――歯並び綺麗ですね、惚れちゃいそうです。嘘です。でも綺麗です。


 さて、どうしようか。迅雷もなんとなく、早起きが嫌いになった。


元話 episode2 sect39 ”早起きは三文の損” (2016/9/19)

   episode2 sect40 ”信不信” (2016/9/21)

   episode2 sect41 ”母とのおもいで” (2016/9/23)

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