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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode7『王に弓彎く獣』
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episode7 sect4 ”まだもう少し、見守っていて”


 簡単にではあるが、交流式典の概要をここにまとめておく。

 これは、先の『一央市迎撃戦』の舞台となった日本と、人間界との平和的関係の構築を望む魔界のビスディア民主連合―――以下、民連と呼ぶこととして―――この2国間で開かれる文化交流会である。開催期間は人間の暦で9月4日から6日の3日間で、式典会場は民連の首都に位置するニルニーヤ城となっている。

 日本からの参加者のうち、学生は2人。どちらも戦災を被った一央市の高校生から選ばれる。また、式典ではIAMOがオドノイドの処遇に関する発表を予定しており、そのためにオドノイドの参加枠が設けられている。これには千影のみを予定しているが、()()()()()()()()では増員の可能性がある。

 魔界への移動は、民連領内に直結する『門』を利用するため、海上学術研究都市『ノア』に置かれたIAMOのノア支部からの出発を予定している。参加者は出発前日までに『ノア』に到着し、支部にて出席名簿にチェックを入れた上で事前に各種検査等を受けておく必要がある。

 

          ●


 そして、9月3日がやってきた。


 ちなみに、この前日にどぉぉぉしても夏休みに夏休みしたかった迅雷は、自宅にいた千影、直華、慈音をはじめとして、真牙や煌熾、それから向日葵に友香に泣きついて海へ・・・・・・は難しかったので、隣町の市民プールまで行ってきた。ただ、急すぎて水着の用意なんてない女の子組が困惑したり、それがなんとかなったり、煌熾が精神的な疲労でパスしたり、真牙の様子がいつもと違ったりした話は、またいつか。

 きっとそのうち、本当は迅雷の主人公補正をダシにして美少女がキャッキャウフフする光景を妄想したくて堪らない作者なら特別編と称して書く日がくるはずだ。ぼちぼち応援されたし。


 さて、市民プールで作った高校生活初の夏の思い出を胸に、迅雷と千影は、疾風に連れられて羽田空港へとやって来た。もちろん、『ノア』に行くためである。ちなみに、日本から『ノア』への直行便が出るのは羽田空港と関西空港のみである。

 また、『ノア』は米ドルを基本通貨単位に指定してこそいるが、特定の国家に属さない特殊な場所である。従って、ここを目的地にする際にはどこの国の人間でもパスポートの提示が必要になる。ある意味、このひとつの都市程度の大きさの人工島は、全く新しいひとつの島国を洋上で組み立てたようなイメージで構わないだろう。


 「空港、久し振りに来たけどやっぱ広いなぁ・・・!」


 空港のロビー特有の開放的な空間に、迅雷は目をキラキラさせていた。なにを隠そう、彼は今日が記念すべき人生初フライトになるのだ。空港に来ること自体、幼い頃に父親の見送りをしたいとせがんで何度か訪れたくらいの記憶しかない。迅雷にとっては異世界よりも異世界な場所だろう。

 16歳の高校生がテンション爆上がりしているその傍らで、10歳の女の子である千影は大人の疾風と並んで慣れた調子で搭乗手続きを済ませていく。


 「迅雷、お楽しみのところ悪いけど今日予定詰まってるから、ゆっくりしてらんないぞ」


 「わかんないことあったらボクでも聞いてね。あ、次荷物検査だから飲み物とか金属製品とかスマホとか全部出しといてね」


 迅雷を急かす疾風は、フォーマルなスーツ姿だ。国交の場に出る仕事だからだろう。顎髭の手入れも普段より少し気合いが入っている感じがする。迅雷と千影も、今は私服だが、式典で着用するためのフォーマルな服を荷物に入れていた。もっとも、迅雷は学校の制服で良いため用意には困らなかった。

 小さいカゴに財布やスマホなどを入れて職員に預け、迅雷はゲートを潜る。そこで迅雷はふと素朴な疑問を抱いた。


 「なぁ父さん。こうやってチェックしたところでさぁ、結局機内で『召喚(サモン)』使われたら全然意味なくない?」

 

 「昔、そういう事件はあったぞ。だから今はテロ対策で常に機内の魔力濃度が高く保たれていて普通の人じゃ魔法が使えなくなってるんだ。ま、お前みたいなのは例外になるけどな」


 「そういうテロリストが現れて頼れるのはお前しかいないってパターンになりそうな伏線張らないでくんね・・・?」


 「心配するなよ。荒事は避けろって医者に言われてるだろ。テロリストなんて俺が素手でシメてやるよ。大丈夫、実績もある」


 「それまだテロフラグが折れてない!」


 これまた広い待合室で搭乗開始時刻を待つ間、迅雷が初めての飛行機が快適な空の旅になるよう神に祈っていると、千影がこんなことを聞いてきた。


 「てかさ、なんで飛行機初めてのくせにパスポート持ってたの?昨日の今日で作れるものじゃないよね?」


 「まぁ色々あって、一応作ったことがあったんだよね。未成年のパスポートは有効期限が5年ってことだから、結構ギリギリだったけど」


 「いろいろ?」


 「例の十月の直後にさ、父さんが勝手に作ったんだよね。まぁ・・・俺は当時のことそんな覚えてないんだけど。・・・唯姉が死んで、ちょうど一番落ち込んでた時期だったし」


 「ふーん・・・。なんか変なこと思い出させちゃった?」


 「いや、もう折り合いついてる」


 迅雷は特に強がっている様子もなかった。千影もそれでホッとする。

 唯姉、もとい天童唯(てんどうゆい)という少女について、千影はよく知らない。だが、迅雷がその人物から極めて強い影響を受けていることは分かっていた。彼女の形見だという安っぽいペンダントを、身に付けるでもなく箱を用意して丁寧に保存しているような点からも、それは確かなことだった。魔界に行くとなって、迅雷は今朝の出発前に、ペンダントに対して加護を祈るように語りかけていたのを千影は思い出す。

 しかし、実のところ千影は唯に対してあまり良い印象がない。というのは、迅雷が度々気にしていた『約束』である。唯が迅雷になにを托したのか、具体的な話は知らないが、唯は『約束』と称して自らの死後も迅雷を縛り付けていたように感じたからだ。もっとも、それは迅雷が一途で、また考え込みがちな性格だったせいとも考えられるが、それにしたって彼女への依存度は異様だとも思った。

 ・・・あと、千影は単純にヤキモチをやいている。というか、むしろ今はこっちがメインだ。千影も唯と同じくらいか、それ以上に迅雷から好かれたいのだ。


 売店でクソ高いペットボトルを3人分買って、疾風が戻って来た。座って待っていただけの2人はそれを1本ずつ受け取る。世界最強の魔法士をパシれる人間なんて言うと、なんだかすごそうでしょ?まぁ、魔法士の実態なんて組織に言われるがまま各地を飛び回るのが仕事で、ランク7なんてその一番忙しいバージョンなんだけど。ランク7でパシられないのは、IAMOの代表であるレオくらいのものだ。

 

 「お前ら、トイレとか先済ませとけよ。そろそろ時間だからな」



          ●



 土曜日の午前11時。恒例となりつつあるチャイムが鳴って、煌熾は玄関の戸を開いた。

 

 「おはよう、焔君。よく寝られたかしら?」


 マンティオ学園の男子寮を訪問したのは、笑顔の素敵な大和撫子にして、学園の生徒会長、豊園萌生だ。

 『一央市迎撃戦』の最中で、意図せず自らの魔法に巻き込んで魔族の女性騎士を殺害してしまったことで罪の意識に沈み込んでいた煌熾を、彼女は献身的に支えてくれていた。その甲斐あってか、初めは飯も碌に喉を通らず衰弱しきって廃人同然にまで陥っていた煌熾は、今はそれなりに元通りの生活を送れるくらいまで持ち直していた。

 ただ、それは裏を返せばまだ今まで通りには行かない、ということでもある。戦争という免罪符は、兵士の心を救ってくれない。まして、本来戦場に立つはずのなかった少年の心に逃げ場を与えることなど、決してありえない。

 今日もまるで酔狂な化粧のように酷い隈をこさえて顔を出した煌熾は、鏡で見た自分の顔を思い出して苦笑した。


 「いやぁ・・・まだ少し。いつもすみません。もう別に、俺は大丈夫だとは思うんですけどね・・・。これ以上会長にご迷惑かけるのも悪いですし」


 「良いのよ、そんなの。こっちも半分は好きでやらせてもらってるようなものなんだから」


 「でも、受験勉強とか本格的にやるシーズンじゃないですか」


 「あら、私を誰だと思って?それこそ無用な心配だわ」


 「あはは・・・すみません」


 招き入れられた萌生は丁寧に靴を揃え、その後洗面所を借りて手洗いうがいまでキッチリ済ませてから部屋に上がる。

 一時期は通い妻のような行為をする萌生を目撃した寮生たちの間で良くない噂も囁かれたものだが、煌熾の惨状を知った者から順に態度を改めていた。そのおかげか、この頃煌熾の冷蔵庫には萌生とは関係のない差し入れがたくさん入っている。それを見て、萌生が「ちゃんと食べきらないと失礼よ」とたしなめると、煌熾は困り笑いで頬を掻いた。


 「そういえば結局、ご実家に連絡はしたの?」


 「はい。まぁ・・・それで一旦帰るかどうかって話にはなったんですが―――」


 台所にエプロン姿で立つ萌生の姿を眺めながら、煌熾は言葉尻を濁らせた。


 「なにか心配なことでも?別に、夏休みが空けるからって無理に登校することもないと思うのだけど」


 「いえ、そういうわけじゃ。ただその―――今はなんとなく、家族と過ごすよりもこっちで会長たちといる方が落ち着くんです」


 「ふ、ふーん。そうなのね」


 つまり、煌熾はちょくちょく世話を焼きに来る自分に対して並々ならぬ安心感と信頼を抱いてくれているらしいと知り、萌生はちょっとはにかみつつもそれを気取られないように努めた。いかに清く正しい生徒会長と言えど、少しの下心もなくここまで甲斐甲斐しく煌熾に付き合ってはいなかっただろう。

 ただ、煌熾がそう感じている心の根底にあるのは、やはり罪の意識だった。人質を取って立て籠もった犯罪者の説得に母親の呼びかけが効くのと似ているかもしれない。今の彼はそれだけ家族に対して強い引け目を感じていた。

 それと比べれば、幾分だが、友人や先輩後輩との関わり合いは気が楽だ。絆の強さと、他人であることは独立しているからだ。彼らは彼ら自身の判断で煌熾との距離を決めてくれるし、煌熾も彼らに依存しすぎないよう自律していられる。実家に帰ってしまえば、そうもいかない。

 

 そうして帰省を断った一方で、それならばせめて精神科に罹るための費用は工面してやろうという話になったことを伝えられると、萌生はさもありなんといった調子で相槌を打ちつつも、あまり快い様子ではなかった。煌熾より、萌生の方が煌熾の鬱傾向を認めたくないのだ。

 少し気まずくなって、煌熾は話題を考えた。こういう努力も、萌生が他人だからこそ怠らずに済む。


 「そういえば、今日から神代が魔界に行くそうですよ」


 「神代君が?」


 「あれ?驚くかなと思ったんですけど、そうでもないんですね」


 「当てても良いかしら。それって、ビスディア民主連合との交流式典でしょ?」


 「えっ」


 返り討ちにあった煌熾は理解が追いついていないようだが、なんてことはない。


 「だって、私のところにも話が来たんだもん」


 「あぁ・・・なるほど。戦闘の被害が大きかった一央市の学生の声を届けるって話でしたもんね。一央市の高校から連想すれば会長に白羽の矢が立たないはずないか。・・・ん、あれ?でもじゃあこんなところで油売ってて良いんですか?神代は今日空港行くために早起きしないとだって愚痴ってましたけど」


 「良いのよ。荷物の準備も済んでいるし、なんとか間に合うわ」


 「言ってくれれば良かったのに。どうしてそこまでして来てくれたんです?」


 「焔君を放っておけなかったから」


 「え・・・えっ」


 萌生は誘惑的に微笑んで、出来上がった料理を運んでくる。しかし、今の発言が気になりすぎて煌熾は箸を握れない。低いテーブルに向かい合って正座した萌生は何気ない調子で食前の挨拶を済ませてしまった。


 「食べないの?」


 「ぁ、えと、いただきます・・・」

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