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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode7『王に弓彎く獣』
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episode7 sect3 ”着々”


 夕飯を終え、一番風呂もいただいて、迅雷は窓を開けた自室のベッドで涼んでいた。下の階も冷房は消して窓を開けているのか、うっすらとテレビの音が外を通じて舞い込んでくる。ニュースなのだろう。魔界のビス・・・何某?と日本人がなにかをするとか―――本当に微かな音でうまく聞き取れないが、概ねそんな内容だ。迅雷が入院中の暇な時間にスマホで流し見ていたネットニュースにも、ビス何某という単語はあった気がする。

 今は千影が風呂に入っているので部屋には彼一人。静かに物思いに耽る時間だった。

 8月24日以降の迅雷には、ずっと頭から離れない不安があった。半分切除した肝臓や欠けた肋骨を補う人工骨のハンデのことではない。どうしても考えてしまうそれは罪悪感とは少し違うが、似ているとすればやはり罪悪感と言うべき、後悔のない罪の意識だ。


 「千影さえいれば、戦争になったって良い・・・」


 あの気持ちは本物で、今も変わらない。迅雷は彼女のことが大切で仕方がない。彼女のいない世界では、もう永遠に幸せになんてなれない。

 それでも、あのとき、迅雷はもっと上手くやれたのではないだろうか。千影は犠牲にならないし、戦争も起きない未来を提示出来た可能性は?

 迅雷は、常識人だ。彼はほんの最近まで、すなわち16年の歳月を当たり前に過ごしてきた少年に過ぎない。確かに、他と比べると多少特殊な環境で育ったことは否めないが、良識ある人間に囲まれて温かな愛情を一身に受けて健全に生きてきたことに違いはない。彼の取ってきた極端な行動や言動は、ひとえに彼自身が”レールを外れてでも譲りたくない”という強い想いから生まれたものであり、その前後には必ず人並みの葛藤が存在する。

 だから、迅雷は悩まずにはいられない。

 千影は、そんな迅雷に『政治は政治家の仕事だよ』と言って少しでも安心させようとしてくれた。彼女の言う通り、IAMOはオドノイドを守りながら戦争も回避しようとしてくれている。迅雷はひとりの市民として望んだ世界の姿を叫び、政治家すなわち、ここではIAMOがそれを聞き届けて実現のために議論に臨む。間接民主主義の普遍的な形態だ。言うだけ言って暴れるだけ暴れたその尻拭いをさせている自覚さえあるのであれば、迅雷はそれ以上は悩まずに今を喜んだって良いのだ。


 千影の笑顔を思い浮かべて、迅雷は口元を緩めた。せっかく退院して、しかも夏休みが延長されたのだ。明るいことを考えようではないか。

 例えば、どこかに遊びに行くこととか。そういえば終業式の日にはみんなで海とか行きたいなんて話をしていたはずだ。

 思い立ったが吉日、迅雷が今から友人たちに予定を聞いてみようとスマホを手に取ったときだった。まだ電源ボタンに触れていないスマホの画面が勝手について、着信音が鳴った。迅雷は特に迷わず通話ボタンをタップする。


 『ヘイ迅雷、俺だよ俺俺父さんだ。今度の日曜魔界行こう!』


 「怪しい勧誘はお断りしておりますので」


 父親を名乗り父親の電話番号を使う妙にハイテンションな男からの電話は、それから10秒後に再度かかってきた。


 「はいもしもし?」


 『なんで切ったんだよ!』


 「いきなり韻を踏みながら厄介事持ち込まれたら誰が相手でも切るわ」


 『まぁそう邪険にするなよ。遊びに行くようなもんさ』


 「遊びにって・・・今、人間と魔族は戦争の危機に瀕してるんじゃないのかよ」


 『んだけど、とりあえず話だけでも聞いてくれよ。きっとコレを聞けば迅雷も絶対に行きたくなるはずだぞ~?』


 疾風は妙に楽しそうに話していて怪しいが、そこまで言うのなら迅雷は一旦黙るほかない。

 ともあれ、迅雷には貴重な父親とどこかへ出掛ける機会のようではある。16歳にもなって父親に懐いていると言えばちょっとだけキモいかもしれないが、それだけ迅雷にとって、ひいては直華もだが、仕事で碌に家に戻ってこられない疾風と一緒の時間は得がたいものだ。

 それに、疾風が魔界行きとなると単に観光目的だけということもなかろう。察するに仕事の一環だ。ぶっきらぼうに断ってしまうのは早計である。


 なんて思って、迅雷は電話ながらに居佇まいを直したのだが、疾風は性懲りもなくフザけたことを抜かし始めた。


 『ネコミミ天国だぜ』


 (・・・・・・!?)


 『もふもふしっぽ』


 待て。


 (い、一体父さんはなんの話してるんだ?・・・”魔界”って名前の猫カフェ?)


 『おーい、もしもーし?おかしいな、迅雷くらいの世代ならネコミミ美少女とか興味あるかと思ったんだけど』


 (猫カフェどころかまさかまさかのメイドカフェぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!)


 ひょっとしたら迅雷は今、千影がギルバートにズタボロにされるのを床に這いつくばって見ているしかなかったあのときと同じくらい絶望したかもしれない。世界最強の魔法士も地に落ちた。今までそんな誇るべき父親に相応の憧れを抱いていた迅雷は、今後なにを目標にして生きていけば良いんだろう・・・?

 思わずその手からスマホを滑り落として、膝から床に崩れ落ちた迅雷は、なおもスピーカーから漏れ続ける父親の声に頭を痛めていた。この話は続けるべきなのだろうか。・・・いや、メイドカフェには興味がある。疾風の言う通り、男子高校生はそういうのに憧れるお年頃だ(と思う)。


 「およ、なにしてんのとっしー?」


 「ち、ちかげぇ・・・」


 「ホントにどうしたの!?!?」


 部屋に湯上がりホコホコの千影が戻って来た。寝る前なので特徴的な大きくて赤いリボンはつけておらず、セミロングの金髪は全ておろしている。

 心の芯が折れて大粒の涙を浮かべる迅雷を見て千影もビックリ仰天。すぐさま駆け寄って嗚咽を堪える迅雷の背中をさすり、少し落ち着いてきたところで迅雷の方から事情を語り始めた。


 「なぁ千影。『魔界』っていうネコミミともふもふしっぽのメイドカフェって知ってる?」


 「・・・む。そんなにネコミミメイドが見たいならボクがしてあげるけど?しっぽはもちろんアナ○ビーズで―――」


 「お前に聞いた俺が馬鹿だった」


 「とか言って微妙に期待して?」


 「しっぽはやめてね?」


 遂にNOとは言えなくなった迅雷。ロリコン辞めます宣言が実現する日は遠そうだ。もう可愛ければなんでも良い気がする。ただ・・・オドノイド系金髪ネコミミロリビッチメイドだとさすがに属性の闇鍋な気がしないでもないが。

 ・・・変な妄想を理性で中断し、迅雷はベッドに座り直した。千影も彼の隣に腰掛ける。


 「いやね?父さんがそこに行こうってさ」


 「はやチンが?ふーん・・・?魔界、ネコミミ・・・・・・あ」


 「お、なにか知ってる?」


 「それってさ、もしかしてビスディア民連のことじゃない?」


 「え、なにそれ?そんな国実在すんの?」


 「するよ。猫人族とその他獣人族の国で、魔界の中じゃ一番の親人国家だよ。ニュースで最近よく聞くでしょ?」


 「え?」


 ビスディア民連・・・と心の中で呟いて、迅雷は納得した。そう、あの”ビス何某”の正式名称はそれだったはずだ。これだから最近の若い者は、ニュースとか全然見ないから。

 さらに千影は畳み掛けるように。


 「っていうか民連と言えばケモミミ萌えの聖地だって、マニアの間では富士山より有名なところだよ」


 「日本人がそれで良いのか」


 じゃなくて。


 「とにかく父さんが狂ったわけじゃなくて良かったぁ・・・。にしても、へぇ~。そんな国もあるなんて、やっぱ異世界ってすごいんだな」


 世界の多様性に感銘を受けつつ、迅雷はようやく床に落としたスマホを拾い直した。


 「もしもし父さん?ネコミミ天国、是非、行きたいです」


 『素直でよろしい』


 真実を知るなり人体の限界を超える勢いで手のひらを翻した迅雷を引き戻そうと千影がワーワー喚くが、もう手遅れだ。迅雷の興味は、萌え全開で低俗な欲望を煽ることしか考えていないネコミミメイド服の千影から、本物のネコミミを生やした異界人へと移ってしまっていた。

 やかましい千影のほっぺたを掴むようにして静かにさせて、迅雷は疾風との会話を続ける。


 「でも、今度はなんの仕事?俺が一緒でも良いの?」


 『ニュースでもやってるけど、ビスディア民主連合って国で交流会があるだろ?そこでな、一央市の高校生にも参加してもらおうってプログラムがあるんだ。ま、人間と魔族の相互理解をテーマにしたイベントだと思ってくれたら良いんだが、父さんは万一のための用心棒ってわけだ』


 「なるほど・・・?じゃあ俺はその高校生の参加枠ってこと?てかそんな大事なイベントに飛び入り参加出来るものなのか?」


 『心配すんな。むしろ今はお前の声が必要なんだ。オドノイドを救った、お前の声が。詳しい内容は電話の後で送るから、サラッと目を通しておいてくれ』


 「分かった」


 迅雷が電話を切ろうとすると、直前で疾風が思い出したように待ったをかけた。


 『千影にも来てもらうから、よろしく言っておいてくれ』


 「ん」


 『じゃな』


          ○


 その数分後、疾風から迅雷のスマホに送られてきたのはURLではなく、”民連交流会概要”と”説明会用スライド”という2つのPDFだった。片方は恐らくA4で印刷するための文字ばかりの資料で、もう一方はパワポのスライドのようだ。

 迅雷がベッドに胡座をかき、小難しい顔をして資料とにらめっこし始めると、千影が迅雷の懐に潜り込んだ。アホ毛が鼻に当たってくすぐったく、万が一くしゃみが出たらまた魔力が爆発しかねないから、迅雷は千影の脳天に顎を乗せてアホ毛を押さえ付けた。

 高校1年生の迅雷は、こういう仰々しい資料には慣れていない。意味もなくじっくり読み込もうとしたのだが、画面内の半分も読まないうちに千影が勝手にページをスクロールしてしまった。


 「ちょ、そこまだ読んでない・・・」


 「こんな前書きなんて真面目に読んでもとっしーには関係ないって」


 千影から、要するに今回の交流会で「人間と魔族は仲良く出来ますよ」ということを魔界の他の国々にアピールしたいのだ、という疾風も一言で済ませた開催の経緯が書かれていると説明された迅雷は、こんなに長い文章の内容がそれっぽっちのはずがないと疑って読み直した。しかし、実際に最後まで読んで納得してしまい、悔しさに唸る。だったらなんでこんなに小難しい文章を書くのだろうか、まだ子供の迅雷には甚だ疑問でならない。

 その後もポンポンと資料を読み進めていく千影に置いてけぼりにされたまま、迅雷はもう最後に千影から全体の要約を聞けばいいや、と諦めて画面を眺めていた。

 千影が最後のページに目を通したところで、少し眠たくなった迅雷は間延びした声を出した。


 「で・・・なんて?」


 「なんていうか、最初っからとっしーとボクは行くこと決定だったっぽい。IAMOがオドノイド保護に方針を切り替えたから、その理由と今後の方策を説明する場にもしたいんだって。まぁ・・・それでとっしーを使うっていうのはズルいよね」


 「え、なんで?」


 「だって初めはボクらを殺そうとしてたくせに、今度は保護するって言い出して、その説明にはとっしーのスピーチを利用しようって腹づもりだよ、コレ。真面目に説明する気ないんじゃないかな」


 「良いんじゃねーの、別に。都合良く広告塔にされるにしても、それで千影が死ぬ必要なんかないまま戦争も避けられるなら、それが一番だろ。・・・まぁ、初めからそうしなかったのがムカつくけど」


 思い出すほど、もう一回ギルバートをぶった斬りたくなってきた。次もまた勝てるような気は、まるでしないが。


 「いろいろイベントはやるみたいだけど、とりあえずとっしーの出番はそれくらいかな。あとはまぁ、ホントにただの観光とかかな。元々民連は人間界と魔界の仲介役みたいな国だったみたいだし、この交流会がうまくいったら皇国とかにもうまく言ってくれるって寸法じゃない?」


 「ふーん・・・。やっぱ千影って割と事情に詳しいよな」


 「フフン、これでも魔法士としてはプロだもん♪」


 鼻を高くする千影のほっぺたをつつき回して、迅雷はごろんとベッドに寝転がった。これは迅雷が抱えていた罪悪感を拭い去る、絶好のチャンスだ。それが与えられただけでも、少し肩が軽くなった気さえする。

 やれやれオドノイドを救ったヒーローも楽じゃないZE☆

 ―――と心の中で唱えているうちに、迅雷は千影がなにか引っかかることを言っていたことを思い出した。 

 

 「・・・スピーチって?」


 「原稿頑張ってね」


 その後、迅雷と千影は、大爆発で散らかった部屋の片付けに追われたそうな。

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