epsode7 sect1 ”リブートポイントアンダーゼロ”
第3章、開幕。
ep.7 主要登場人物
・神代迅雷
黒髪黒瞳の高校一年生であり、本作の主人公。重度のシスコンかつ不治の中二病を煩っている。魔法士を目指しており、得意とする戦法は『雷神』『風神』の二振り魔剣を使う二刀流。常人を遙かに超える膨大な魔力を宿していたが、それは自分自身すら傷つけかねない力であり、『制限』という特殊な魔法で平時は封印していた。・・・のだが、その封印はとある戦いの中で自ら破壊してしまい―――?
・千影(神代千影、ちかげ)
セミロングの金髪を、大きな赤いリボンでまとめて、サイドテールにしている10歳の少女。幼いながらIAMOに所属し、人間離れしたスピードでモンスターを薙ぎ倒す姿から《神速》の異名を持つランク4の魔法士。その正体は、生まれてすぐに異世界に捨てられながらも生き長らえた人間の子供たちの成れの果て「オドノイド」であり、彼女たちの存在の是非はこれから世界に問われていくこととなる。
・神代疾風
小綺麗に整えられた黒髪と、ダンディな顎髭がトレードマークの、迅雷の父親。現在世界に3人しかいないランク7の魔法士であり、所属は警視庁だがしばしばIAMOから仕事が回ってくるため世界中、ひいては様々な異世界を飛び回っている。今回もとある仕事で魔界に出張するようだが・・・?
・小西李
疾風の部下。つまり一応職業は警察官なのだが、髪は毒々しいくらい鮮やかなピンク色に染めており、同じくピンクのカラコンを着用している。普段からモコモコのウサ耳と尻尾付きパーカーを着ていたり、人を見ると発狂して逃げ出す極度の人間恐怖症だったりと、かなりの問題児。しかしその実力は本物で、高ランク魔法士複数人を圧倒するほどの強大な魔族の騎士を単騎で一蹴したことも。
・紺
紺色の髪を持つ青年。いつもニヤニヤと笑っているが、それも本当に笑っているのかは分からない、感情の読みにくい人物。顔立ちなどがどことなく迅雷と似ているようだが、2人の間に血縁関係などは全くない。日本のマジックマフィア『荘楽組』の幹部で、主に荒事を担当しており、致命傷すらものともしない凄まじい再生能力でどんな相手でも叩きのめしてきた。また、殺人に抵抗がない。
・研
岩破亡き後の『荘楽組』において、30手前の若さで次のリーダーとなった理知的な雰囲気の男。ラフな性格をしているが、頭の回転が早く、組員からの信頼も厚い。魔法工学や化学に通じ、独自に様々な研究を行っており、最近は世界初の光属性魔力の人工的な生成に成功したほど。現在は組織の長として、ギルバートからの提案を受けてIAMOとのフェアな協力体制を築くために奔走している。
・ルシフェル・ウェネジア
魔界の最有力国家、皇国の姫君アスモの摂政を務める、白髪長身の男性魔族。政治家であると同時に将軍の地位も持つ。やや過激な思想を持ち、傀儡政治によって人間界との戦争を推し進めている。主であるアスモにはかなり気に入られており、恐らくは好意さえ向けられている。しかし、それを察しつつも彼はアスモのことを政治的に利用出来る駒くらいに思っている。誰もが迅雷のような変態さんではないのだ。
・アスモ
黒髪と黄金の瞳を持つ麗しき皇国の姫。幼いながらに父親である皇帝と同等の政治的権限を持っている。しかし、今のところその権限は摂政であるルシフェルにほぼ完全に委ねており、彼女はルシフェルをサポートするような形で政治に参加している。
and more...
この世界には、2種類の人間がいる。
奪う者と奪われる者だ。
強者は弱者から命を奪う。美しい者は醜い者から愛を奪う。賢い者は愚かな者から富を奪う。
けれど、いつ人はそのどちら側であるかを決定されるのだろうか。答えを知る者は、その瞬間を『運命』と呼ぶ。
●
●
●
西暦2016年8月24日。この日は、後の歴史においても非常に重要な転換点だっただろう。これから始まる第7のエピソードを語るにも、その運命の日を切り離すことは出来ない。
同月13日に魔界の二大国家、皇国とリリトゥバス王国により発布され、リリトゥバス王国騎士団長アルエル・メトゥにより告げられた宣戦布告で『一央市迎撃戦』が勃発。この戦いを発端としてかねてより緊張の続いていた両族間の関係は破綻した―――かに見えた。
しかしながら、迎撃戦において王国騎士団とIAMO主導の魔法士部隊の戦闘は痛み分けに終わったことを受けて魔族は人間に対する一方的な態度を緩める。そして魔族は、その主戦場において確認された『禁忌の存在』の正体と思しき生物、オドノイドの全処分を条件にIAMOすなわち人間側に終戦を持ちかける。当然、圧倒的な軍事力を持つ魔族との全面戦争を避けたい人間はこれを受諾、IAMOにより条件履行の準備が速やかに進められた。
これに伴い、8月24日、IAMOは異世界だけでなく人間界内に対してもオドノイドに関するあらゆる情報を秘匿し、実質的にオドノイドを占有していた『匿異政策』を解除し、事実の公表と共に公式史上初のオドノイド討伐戦を展開。
詳細不明の一般有志によるネット上での世界同時中継が行われたその戦闘は、多くの視聴者が見守る中、IAMO所属魔法士の制勝で幕を閉じるかに思われた。
だが、そこに突如1人の日本人の少年が乱入し、オドノイドを庇うような行動を取ったことで中継を見ていた多くの人々の間に波紋が広がる。その少年は討伐対象だったオドノイドと協力してIAMOの魔法士に対抗、激戦の末に一度は倒れたが、最後に魔法によるものと思われる強烈な閃光を放って再起する。
中継映像はその次の瞬間に轟音と共に途切れたが、2日後にIAMOから公式に当時の戦闘記録が開示された。流血等ショッキングな要素を含む映像であり、かつ一般市民である少年のプライバシー保護も図って、公開された映像は低画質のもののみであった。しかし、問題となったのは映像そのものではなく、同時に公開された音声記録だった。
その内容は、”オドノイドの少女の言葉”と”戦闘中の会話記録”であり、特に前者は討伐戦直前に報道された”オドノイドの少女の言葉”と異なるものであった。このことから最初に流れた”言葉”は何者かが悪意をもってオドノイドの発言を改竄した可能性も浮上している。
これらの音声は複数の言語に翻訳された上で各国の報道機関に提供された。日本語であるが故に少年と少女の肉声こそほとんどの国では理解されなかったが、2人の強い感情と同情すべきオドノイドの正体は、無知なままオドノイドを恐れて彼らの殺処分を受け入れていた大勢の一般市民にまで伝わることとなった。
そして同日、IAMOは上記の情報公開に併せて、一時オドノイド駆除について保留し、再度魔族側との交渉に臨むことを決定したのだった。
残念なことに―――はたまた当然なことに、件の少年が取った行動は平和を乱す人類への反逆行為であると多くの批判や疑念を集めることになり、たった1人の少年に揺すられ方針を転換したIAMOにも事情説明を求める電話やメールが殺到していた。
しかし同時に、世界に見捨てられ怪物の烙印を押された憐れな少女を守るために、悪になることすら厭わず世界に立ち向かい、最後には秘めた力を解き放って勝利を掴み取った少年の言葉と姿に心を動かされた者も少なくなかった。魔族はいずれまた別の理由をこじつけて人間界を攻撃するだろうという意見が専門家たちの間でまことしやかに囁かれ始めたことに後押しを受け、オドノイドを人間界の一員として受け入れるべきだとのムーブメントも起こりつつある。
つまるところ、今はまだ、世界はどちらにも傾いてはいない。
しかし、少年の投じた一石は、確実に世界へ変化をもたらそうとしていた。
●
「やっぱ俺ロリコンやめるわ」
全世界に響き渡った愛の告白を、神代迅雷はカゼで学校を休むくらいのノリで撤回した。
時は少し過ぎて、9月1日。
黒髪黒瞳、国立魔法科高校マンティオ学園在籍のごく普通の高校生・・・とは言えなくなった少年、神代迅雷は、しがみついて離れない金髪ロリっ子の千影を力尽くで引っ剥がして病室の床に投げ捨てた。
千影はそのルビーの瞳を潤ませて迅雷の顔を見上げる。
「よよよよ・・・。とっしー、ボクのこと嫌いになっちゃったの・・・?もしかしてもう飽きられてる・・・?」
「四六時中ベタベタくっつかれて廊下出る度後ろ指を差される俺の気持ちが分かるかい、千影さん。いくら優しい俺でもね、看護婦さんたちが『603号室の神代さん、一度精神科の先生にも診てもらうべきかしら』なんてコソコソ話してたらね、我慢の限界なのですよ」
「それはむしろ戦争になっても良いとか言い出したことの方が疑われてるんじゃなくて?」
なんも言い返せなくて迅雷は爪を噛んだ。
そんなサイコパス野郎の病室の戸がノックされた。入ってきたのは、迅雷の母親である神代真名と主治医の脂っこい医者だ。
医者は迅雷に握手を求めてきた。
「おめでとう、晴れて今日で退院だね!」
「おかげさまで・・・本当にありが痛だだだだだだだだッ!!」
「なんて言うと思うかい?あ~、せいせいするよ。あれだけ戦うなって言ったのに見事にズタボロになって戻って来たときは悪夢でも見てるのかと思ったね・・・っと」
想像以上に強烈な握力を受けてベッドの上でもんどり打つ迅雷だが、そんな彼の胸の内側には半分欠けた肝臓と半分人工物になった肋骨が仕舞われている。もっと言うと、人工骨は当たり前だが個人に合わせた特注品で、なおかつ対ギルバート・グリーン戦で破損したため現在のもので2個目だ。スペアがなければしばらく骨抜き(物理)になるところだった。
現役ランク7の父親やかつて姉のように慕っていた少女に憧れて魔法士を目指す迅雷だが、これらの身体的ハンデを負ったことで戦闘行為のリスクが通常より遙かに高まったため医者からは可能な限り魔法士としての活動行わないようにストップをかけられている。つまり、夢を断たれたようなものだ。
こう見えて腕利きの医者は、実は力を入れすぎて自分も痛かった右手をヒラヒラさせながら、退院後の注意点や検診の予定についておさらいし、最後にもう一度これ以上バカなことはするなと釘を刺して病室を出て行った。次の患者もいるから、いちいち迅雷の見送りをしている時間なんてないらしい。・・・そんなに忙しいのに一向に痩せる様子がないのは、ひょっとしたら人体の神秘かもしれない。
「それじゃ、挨拶しながら帰ろーか」
真名はそう言って、持ってきた迅雷のエナメルバッグに入院中の荷物を詰め始めた。迅雷は千影に手伝われながらそれを代わり、真名はベッドを綺麗に整える。
それにしても、ギルバートの意志もあって致命傷は一切負わなかった迅雷より、剣山を突き刺して穴だらけにした輸血パックのように全身グシャグシャにされた千影の方が先に普通の生活に戻っているのだから、オドノイドの再生能力というのは本当に凄まじい。迅雷にも千影のような再生力があれば、もはや入院する必要すらなかっただろう。
千影に急かされながら、迅雷は忘れ物がないかを確認して、長く世話になった病室を後にした。
●
何日にも渡ってIAMOに加入する手続きを終えて、やっと日本に帰国した研は一央市近郊に所在するマジックマフィア『荘楽組』の屋敷に戻るなり玄関で大の字になった。
「あ”あ”~ッ、疲れだあ”あ”~」
普段はラフな格好を好む研だが、今はパリッとしたスーツに身を包み、元々あった理知的な印象をより強めている。・・・が、結局はこの格好だ。玄関に迎えに来た50代の女が呆れて溜息を吐く。
「こら研、せっかく新調したスーツが汚れんだろう」
「うっせぇババァ、テメーらんために俺があくせく働いてんだからな!」
ババァと呼ばれたその女は、名を岬という。彼女もまた『荘楽組』の一員で、歴で言えば研の大先輩である。本人はまだまだ現役の組のアイドルを自称しているが、みんなからはオカン扱いされているのが実情だ。
「ったく、若頭がこんなで大丈夫なんだか」
「うっせぇよ。お前らは黙って俺について来やがれ。絶対損はさせねぇからよ。・・・ところで岬、紺のヤツはいるか?」
「紺かい?それなら―――」
○
「よォ、帰ったぜ」
「やっぱスーツは似合わねぇな。くたびれた社畜にしか見えねぇよ」
「実際くたびれてんだよ、ちったぁ労れ」
ニヤニヤと、らしいと言えばらしい不気味な表情を浮かべる紺色の髪の青年、紺は、立派な墓の前で煙草をふかしていた。研も墓前にしゃがみ込んで手を合わせる。
「親父、帰ったぜ。なぁ、アンタやっぱスゲーよ。でも、俺もなんとかやってみるさ。ずっと変わらねぇもんなんざねぇ。大事なのは俺らの帰ってくる場所を、『荘楽組』をこれからも守ってくことだと思ってる。しばらくは黙って俺らを見ててくれよ」
旧セントラルビルで発見された肉片と腸は、DNA鑑定の結果”身元不明”―――要するに親父こと岩破のものではないことが判明したそうだ。あの日、迅雷と千影が去った後のビルの屋上で、岩破と相対した「あの男」のものと見て間違いない。
・・・が、岩破も、もういない。駆け付けた研たちを待っていたのは彼の亡骸だった。
そして本当は、この墓の下にも、岩破はいない。
研は、紺から煙草を一本もらって墓前の階段に腰掛けた。
吸って、吐いて、小さく笑う。
「・・・やっぱ紺にゃコイツは似合わねぇな」
「煙なんかの味のなにがイイのか全然分かりゃしねぇぜ」
「もっともだな。・・・ま、舌の衰えたオトナの味ってヤツさ」
「マズいもん口に入れてりゃ忘れられるかもと思ったけどこりゃ無理そうだ。この味は多分一生忘れねー。残りも全部研ちゃんにやるよ」
「そーかい」
紺が放った小さい箱は、振ってみると2、3本しか残っていなさそうだった。