episode6.5 Last section6 ” the Apoc. in the Hand ”
「ハ・・・ハハっ。全く、君ってやつは―――!!」
立ち上がり、剣を構える過程を飛ばして、次の瞬間には迅雷はギルバートに肉薄していた。
振り上げられた黄金の魔剣からは、直視すれば光を失うであろうほどに眩しい雷光が溢れ出していた。そして、ギルバートの風も封殺されたまま。
この一太刀は、きっと容易にギルバートの命を焼き尽くす。
これが迷いも躊躇いもその一切を捨て去った神代迅雷本来の―――そう、『制限』の枷すら自ら破壊していよいよ未知の次元にまで解き放たれた、真に”本来”のチカラということか。少年の体を包むように吹き荒れる正体不明の黒いエネルギーの奔流は、何千という強敵と見えてきたギルバートでさえ、未だかつて一度として見たことのない現象であった。
―――だが、戦争の回避、魔界との和平協定の締結、その他の世界との対等な関係の構築、後続の育成、恒久的な平和維持システムの構築・・・ギルバートにだって、まだまだやるべきことはたくさんある。罪無き人々をこそ好んで弄ぶこの歪な世界を正す前に、こんなところで殺されるなんて、絶対にあり得ない。
振り下ろされる剣を受け止めるように右手をかざし、全神経を五指に集中する。
直後、ギルバートの絶対的防御を象徴していた空気壁は。
天を焦がす雷撃の前に、薄氷の如く砕け散った。
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食い入るように見つめていた画面が白光に呑み込まれた直後にギルド本館を地響きが襲った。轟音は、アリーナの方からだった。
崩落した、巨大なドームアリーナの天井と壁。飛び散る瓦礫片。砂嵐しか映さなくなった画面に皆が狼狽える中、堪らず本館を飛び出し駆け付けた日野甘菜が目にしたのは、災害を思わせる規模の破壊だった。
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「・・・・・・・・・・・・」
今の気分は、自ら引き起こした破壊に対する少しの呆然と、押し寄せる倦怠感だ。清潔感のある真っ白なタイルで覆われていたアリーナのステージはまるで風の荒れる砂漠のようでもあり、そしてまた、オゾン臭の漂う異世界のようでもあった。
数秒かけて、自然風が沸き立つ砂煙を除き去り、見えた人影に迅雷は呼吸を思い出す。
「・・・ギル、バートさん・・・」
品のあるスーツは無惨に破れ、胴に深い裂傷を負い、口の端から血を流しながら、ギルバート・グリーンはそこに立っていた。
けれど、迅雷はもう剣を構え直さなかった。余力がないのと、相手の戦意があまり感じられなかったことから、そうした。
ギルバートが、ふ、と微かな吐息のように表情を穏やかにした。
無言でギルバートは道を空け、迅雷は未だ高熱を帯びる『雷神』を体の支えにして、ギルバートの背後で弱々しい呼吸を続ける千影の傍らに腰を下ろした。
「千影―――」
小さい手を取り上げれば、細い指が確かな力で握り返してきた。
うっすらと目を開いて、唇の動きでなにかを囁く千影を、迅雷は抱き締める。
「良かった・・・・・・。千影、勝ったんだよ。俺たち。ギルバートさんに・・・世界に。勝ったんだ。だから、もう絶対放さないぞ。二度と自己犠牲で終わらそうとすんな。俺たちは、ずっと一緒だって言ったろ―――」
「・・・うん」
風が吹く。迅雷は顔を上げ、ギルバートを見た。
「Congratulations,boy & girl」
「さ・・・さんきゅー・・・??」
「おいおい、急に間抜けにならないでくれよ。・・・トシナリ、やっぱり君は良い敵だった」
「・・・?」
「これで方針は決まった、ということさ。IAMOは今日付で『匿異政策』を解除した。オドノイドはこれより公の存在としてIAMO主導の下に生存権を確保され、そして人間界と魔界の確執はより深まることになった」
「戦争が、始まる―――?」
「そう緊張しなくても良いさ。どうせオドノイドなんて関係なく近いうちに戦争は起きていた。魔族は人間がこれ以上武力を持つ前に力を削いで異世界に対する自分たちの絶対的優位性を保ちたいだけなのさ。『禁忌』がオドノイドだなんていうのも、都合の良い口実作りだ。『禁忌』の正体なんてものは存在しない。・・・少なくとも、魔族にとってはね」
「・・・え?な、それじゃあ・・・!?」
「あぁ。ひょっとしたら茶番かもしれないね。これは別にオフレコにしなくても良い。すぐにも知識人がその事実を喧伝し始める。もちろん、我々IAMOはそれでも戦争回避の努力に全力を注ぐさ。何事もなく済むに越したことはない。あるいはそれこそ、近いうちに君にも力を貸してもらう日が来るかも、ね」
乱れた金髪を手でセットし直しながら、ギルバートはその胸中を吐露し始めた。
「トシナリにはひとつ謝ることがあるんだ。実は、私は密かに君を使って賭けをしていたんだ。チカゲを、オドノイドを殺すべきか悩んでいたのさ、私はね・・・」
そう切り出されたとき、分からない話ではない、と迅雷は思った。迅雷ごときがギルバートの背負うものを”分かる”などと言うのは少々、というか大分おこがましいのは承知の上で言うが、もし仮に迅雷が今のギルバートの立場にいたならば、きっと似たような選択に迫られていただろうから。
「確かに私は、さっきも言ったようにオドノイドなぞ全て消えてしまえば良いと考えている。心の底から憎い。しかもその私怨が文書に明示された平和の条件と合致していた。・・・だけれど、同時に後ろめたさを感じたんだ。君と共にいるチカゲを見たときに、その疚しさは私の中で確かなものになった。君の言った通りさ。私は自分と同じ苦しみを君たちにも押し付けようとしていたんだからね」
「そして、どうせ戦いが避けれないならオドノイドを失うのは痛手でもある?」
「・・・あぁ、そうだ。皮肉な話、きっとチカゲたちは受け入れられるよ。トシナリとしては穏やかでないだろうけれどね。それに、正直に言えば私程度じゃ殺せないオドノイドもいる。例えば・・・さっき君の手伝いをしていたらしい彼なんかがそうだ」
ギルバートがその視線を壊れたアリーナの入り口に投げると、下らなそうな舌打ちの後に壁を蹴る音がした。
・・・何気にかなり重大な告白だった気もしたが、迅雷がなんらかのリアクションを取る前にギルバートは結論を語り出した。
「すまなかった。そして、ありがとう。トシナリのおかげで私は今度こそ後悔せずに済むような気がするよ。さぁ、誇れよ、君の初めての”勝利”だろう?決して掴んで離すんじゃない」
そして、ギルバートは立ち去った。
矜恃なのだろう。最後まで負った傷を思わせぬ屹然とした男だった。
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2人きりになった広いアリーナで迅雷はもう一度、千影を優しく、しっかりと抱き締めた。
「いつまでも、隣に―――」