episode6.5 sect1 ”正義の下の悪意”
「なに・・・これ?ブラックアウト解除?ボクらを殺処分?どういう意味・・・?」
モニターを流れる映像に愕然とする千影をよそに、ギルバートは別の場所に合図を出す。
『ボクはオドノイド。ボクは一緒に来た魔法士全員を斬った。殺すつもりでいたよ。初めはそれで終わりのつもりだった。目的のためなら他人の安全なんてどうでも良かったから。そうだよ。ボクがセントラルビルに集めた魔族のスパイを皆殺しにしたの。殺して黙らせようとした』
スピーカーから大音量で垂れ流されたのは、千影の声だった。
「ち、違う・・・ボクはそんなこと言ってない!?」
「言っただろう?少しだけ編集させてもらったけれどね」
どうしてこんな音声が、と考えて、千影はギルバートの手にあったデバイスを見た。
つまり、千影の言葉を記録するだけでなく、リアルタイムで”どこかの誰か”に共有され、IAMOひいては人間界の方策に都合の良い”『禁忌』の存在”、の言葉に変換されていた、と?
結局、じゃあ、なにか。
千影はまんまとギルバートによって陥れられた、と。
千影も、これでも、少しはこの総司令官のことを信頼し始めていたところだったのに。
泣きたい気持ちになった。そんなことがあるか?
「良い出来だよ、チカゲ。少し日本語がチグハグな気もするが、誰も君たちオドノイドの知能レベルなんて知らないから気にしないだろうね。獣がしゃべるイメージを裏切られてむしろよく信じ込んでくれそうでさえある」
「答えてよ、ギルさん・・・ギルバート・グリーン。なに、これ。こんなの、ワケわかんないよ・・・」
「分からないなんてことないだろう」
ギルバートの合図で映像も音声も途切れる。まるでもう、千影にはそれらを見聞きする必要もないと言うかのようだった。
「つまり」
それは、やっと光を見つけた少女の前からその光を奪う、残酷な一言。
「平和のためにここで死んでくれ、『禁忌』」
●
「くそ・・・くそ・・・ッ・・・くそッ!!」
神代迅雷は、走っていた。病院から抜け出すために地上6階の高さから飛び降りて、転がるように走っていた。その服装は入院中に着ていた寝間着同然のジャージのままで、強引に点滴のチューブを無理矢理引き抜いて裂けた傷から血を滴らせながら。
○
民放のニュースキャスターは、彼自身が手元の情報に半信半疑なまま、持ち前の優れた滑舌に任せて淡々と情報を発信していく。
『このオドノイドと呼ばれる生物について今新たに情報が入りました。オドノイドは、外見上は
人間と大差なく、見分けが付きません。また、中には言語教育を受けたものも―――』
○
肝臓を半分も切除したばかりで、肋骨も下の方は人工物に置き換えられたボロボロの体は、10分程度走っただけで既に危険信号を発していた。目眩がして、迅雷は躓くような凹凸なんてなにもない往来の真ん中で倒れ込む。
「どうして・・・こんなことになるんだよ・・・」
突然倒れた迅雷を見てギョッとして、大学生くらいに見える男が回りに救援を頼みながら駆け寄ってくる。救急車を呼ぶために久々にスマートフォンのダイヤルを触る女の子、AEDを取りに近くの店へ走る小太りの会社員。
奥歯が削れるほど、迅雷は歯を食い縛る。寝ている場合じゃない。吐き気に目を回しながら迅雷は青年の手を振りほどき、また、走り出す。
○
某最大手動画投稿サイトの急上昇ランキング2位の動画では、わざわざ頭の悪そうな口調を使う数人の青年たちがいつものアパートの一室で盛り上がっていた。
『みんな知ってる?なんかぁ、オドノイド?ってのがヤバイらしいっすね!』
『なにがヤバイって、非合法な研究で生み出されたバケモノってのがヤバイ!!・・・てかなにこれマンガの話?今日4月1日だっけ?』
『うっせ、話進まねーだろー!はい!!そんなわけでー、ね、今日はね、俺たちなりに”オドノイドの生態”について調べたんですけどね、それがマジもう衝撃的だったんでね、急遽予定を変更してですね、超スゴいオドノイドの真実についてお届けしまーすwww』
○
こうして走っているが、本当は探すアテなんてない。
今はとにかく、自宅を目指していた。今はもう、彼女が帰るべき場所を。
「ねぇ、ちょっと!ツブヤイタッター見てよ!」
「うっわ、なにコレマジ?え、誰これ?戦ってんの?」
「この羽生えてる方オドノイドらしいよ?」
「これが?てか速すぎね?全然なにしてんのか見えないんだけど、倍速再生じゃなかったらマジバケモノじゃん?つーか音ないの、音」
「ないねー・・・ってか、あれ?これギルドじゃない?」
トレンド1位のタグを辿る高校生の男女の前で迅雷はつんのめるように踵を返した。
四本足の獣のようになりながら歩道橋を駆け上がり、下りはもはや欄干から飛び降りる。
○
ワイドショーでは突然呼び出されて十分に身嗜みを整えることすら出来なかったらしい、有名大学の魔法学教授が語る。
『調査開始からここまでの展開が、異様に早いんですよね。今まで誰も知らなかった情報が、今日この数時間のうちに夥しい量開示されてるんです。これは私の推測ですけどね、IAMOは本当はオドノイドの存在を以前から知っていて、今日まで隠してきたんですよ!』
『へぇ、つまり一連のスキャンダルはIAMOの関連研究機関だけに留まらず、IAMOそのもの、全体にまで関わるものだったとおっしゃるんですね?』
『そうです!実は我々の知見で言えばオドノイド発生の理論自体は昔からありましたし、それに従えば自然発生も十分にあり得るとされています。つまり研究の結果生み出された生物兵器という説明すらあるいはIAMOの出任せかもしれないのです。彼らはまだなにか隠しています。我々の知らない、非常に恐ろしい真実を・・・!』
『盛り上がっているところ悪いんですけど、一旦CM入りまーす』
○
「よせ、テメェが割って入ったところでなんも解決しやしねぇのが分かんねぇのか!?今度こそ『荘楽組』潰す気かよ!!」
「フザけんじゃねぇ!だったらどうしろってんだ!?その手を放せよ、頼むから!!」
「放さねぇ。でもな、別に諦めろって言ってるワケじゃねぇ」
研には”家族”全員を守る責任がある。
そのために、考えて、考え抜いて、ひとつの希望に辿り着いていた。
「ヤツを信じろ。俺たちは、信じて、ちょっと手を貸してやるだけで良いんだ―――」
○
都市伝説『黒いライセンスの怪人』の正体はIAMOに洗脳されたオドノイド魔法士だった―――そう題して立てられたオカルト系匿名掲示板サイトのスレッドには、言われてみれば心当たりがある、などという発言が散見され始めた。
ひとつの画面を体を寄せ合って見つめるのは大勢の少女たちだ。避難者がいなくなった自分たちの中学校の体育館を片付けるボランティアの休憩時間だった。
すぐ隣で素直に怖がっているみんなと、神代直華の心中は異なるものだったことは、言うまでもない。あの日、直華の兄に連れられてマンティオ学園へと避難した石川安歌音、小野咲乎もまた、穏やかではない様子で直華の横顔を見ていた。
そんな中、スレッドには新たな発言者が現れた。
『>>1は知りすぎた・・・と言いたいところだが、違うな?先刻テレビで学者が言っていたことをネタにしたように見えるが、それも違う。まるで同時。おまえ、最初から知っていただろ。今日までオドノイドのことはIAMOの人間とごく一部の関係者しか知らなかったが、裏を返せばそいつらはみんな当たり前にその事実をずっと前から知っていたのだから。あまり面白がるなよ。こんなものは始まりに過ぎない』
○
自動ドアが開くのも待てず、ガラス板と衝突して大音を立てながら転がり込んできた少年に、注目が集まった。
汗と涎と泥と土、少し血にも汚れた不健康な顔色の、ジャージの少年だった。
少年の姿を見て、日野甘菜は椅子を倒して立ち上がっていた。
ギルドロビーのモニターには、
『IAMOの調べではオドノイドは外見上人間と区別が付きませんが、モンスター同様体内に黒色魔力生成器官を持ち、その働きが一定以上になると体外に魔力で形成された特殊な器官が発生するとのことです。具体的には、翼や尾の他、多脚類に似た脚など主に人間にはありえない形状であり、これらが発生している状態のオドノイドは極めて攻撃的ですので、万が一遭遇した場合はなるべく刺激せず速やかにその場を―――』
『オドノイドの敵性危険度はIAMOの定める基準で、最低でもSSレート以上の「特定指定危険種」とされています。これはランク5以上の魔法士複数名で鎮圧するのが適正とされる危険度です。万が一オドノイドと遭遇された場合、ライセンスをお持ちの方であっても、決して、戦闘は行わないようにしてください。発見した場合は早急に各都道府県庁または一央市ギルド、二央市ギルドに通報を―――』
『魔族側は秘密裏に行われていたオドノイドの研究を「禁忌」であるとして速やかに関連する研究全ての停止、および確認出来ているオドノイド全個体の殺処分を、終戦条件として提示しました。国連、IAMOは共に元々このような研究が行われていたこと自体が不本意であるとして、魔族側の要求を全面的に承諾したとのことです』
世界中の誰もがそのニュースに歓喜した。
人間にとっても危険な生き物なんて、いなくなっても誰も困らないのだし、人間と魔族の平和のためにオドノイドなんて一匹残さず死んでくれ、と笑って言う。
満場一致でみんなIAMOを応援している。
正義の下に推し進められる笑顔の殺人。
「千影はっ」
自分を抱き起こそうとする甘菜に詰め寄って、迅雷は叫んだ。
「千影はどこにいるんですか!?!?!?!?」