episode6 Last section106 ”8月24日”
今日の昼食も、弁当。
残念ながら恋人の手作りとかではなく、弁当チェーンの幕の内弁当である。ちなみに、既に冷めている。
「そろそろ飽きてくるけど、そんな贅沢は言えないよなぁ・・・。配送車の運転手だって、こんなとこに車持ってくるだけで命懸けなんだろうし」
IAMO実動部、元小牛田班所属の爽やか系黒髪イケメン魔法士、川内兼平は、プレハブの休憩所のテーブルに肘を突いて溜息を吐いた。そのプレハブ小屋があるのは、一央市の某所である。より具体的に説明すると、アグナロスの熱線で焼き払われてしまった帯状に広がる被災地域の一角だ。
今回の件で兼平が一央市に到着したのは、『一央市迎撃戦』が『一央市迎撃戦』と名付けられた頃である。つまり、終結後だ。彼は街のインフラなどの復旧に際して厄介な、大量に出現するモンスターの駆除を目的として派遣されて来たのである。
先日戦闘になった、皇国の魔界七十二帝騎という肩書きを名乗った魔族の騎士エリゴスによって一度は切断された腕も、今は繋がっている。調子も悪くない。元通りになったと言って差し支えないだろう。改めて医療魔法の素晴らしさを実感しているところだ。もっとも、それが保険に控えているからといって怪我を恐れず戦おうとは思わないが。
「ヘイ、休憩はあと30分だぜ」
「もうそんなか・・・。まったく、いくらなんでも狂ったタイムスケジュールだぜ」
同僚―――とは少し違うが、この仕事で一緒に派遣されてきて打ち解けた他班の男性魔法士が、兼平の隣に腰掛けた。
なにも知らない学生を被験体として合意無く魔力パターンのデータを集めるという後ろ暗い実験に加担した挙げ句、とあるマジックマフィアによって壊滅させられた元小牛田班の生き残りである兼平(とアメリア・サンダース)は組織内でも冷遇されがちになっていたのだが、この男はそれでも兼平に対して公平に接してくれている。本人が言うには「別にそこまで悪い奴にも見えないしな」とのことだ。案外、そんな簡単な理由で接してくれるのは大組織の中では珍しいタイプだろう。
時計を見てもう一度嘆息し、兼平は英語で業務内容に対する文句を垂れた。とはいえ、だ。
「ただ家に帰ってきただけの神代疾風さんが休み返上でこっちにも手を貸してくれている以上は、IAMOの仕事でやってる俺たちがうだうだしてる訳にもいかない」
「ま、そういうこった。お前もさっさと食って腹ごなししとけよ?」
最近の欧米人は割と上手にチョップスティックスを使えるものなのか、男はチャキチャキと食事を済ませて、ゴミを捨てに出て行ってしまった。
「はぁ。少しは味わってもバチは当たらないと思うぜ・・・?」
と、兼平が呆れているところに。
「たいへんたいへん、たいへんですよーっ!!これ!!」
今度は日本人女性が兼平のところに突撃してきた。彼女も同業者だ。その手にはワンセグ機能を起動してニュース番組を流すピンクのガラケーがあった。
「なんです、そんなに慌てて?ニュースがどうかしたんですか?」
「どうもこうも、これ大丈夫なんですか!?」
怪訝に思い画面を覗き込み。
兼平はあまりの衝撃で鼻に米粒が逆流するほど咳き込んだ。
●
幾度かの会合を終えてうまい具合に魔族との本格的な戦争を回避する目処が立った。
『一央市迎撃戦』を”痛み分け”で終わらせられたおかげだ。もっとも、そんな残酷な発言をすれば人間側から強く批判されるだろうが。なにせ、純粋な死者数で言えば人間は敵側の数十倍、数百倍にも上っているのだから。
「もっとも、だからこそまともに交渉する余地が出来たのだろうけれどね」
空港のラウンジにて、金髪碧眼の英国紳士、ギルバート・グリーンは、誰にともなく呟いた。今日も彼に連れられている部下のアンディは、その発言が特に同意も反論も求めていないものと承知した上で、あくまで私見として返事をする。
「戦いをこれ以上拡大させないために必要だった犠牲―――と言うには、あまりに惨いですよ。話をする度、数千人もの生け贄を要求してくるんじゃ、結局まさしく悪魔の所業だ。しかも・・・というか、そもそも、向こうから吹っ掛けてきてあの上から目線というのは、本当タチが悪い」
会合に出席していた皇国の王女であるアスモ・・・の傍にいた、摂政ルシフェルとかいう長身長白髪の男の、人間を見下した目を思い出してアンディは舌打ちした。
あの幼い姫君はあの男にとってさぞ都合の良い権力を吐き出す装置なのだろう。
リリトゥバスの国王や、当然の如く再帰して国王の護衛でついてきたアルエル・メトゥの発言から生まれた流れを汲んだ上で、まさかあんな要求をしてくるだなんて。やはり加害者と被害者の識別になにかズレがあるとしか思えない横暴だ。
「あぁ、本当に。上が皆して毛嫌いする理由もまぁ、分からなくはないか」
「上が・・・ですか?」
「あまり知って気持ちの良い話じゃないよ。なにも地の底海の底ばかりが闇ではない。雲を抜けて空を超えると真っ暗な宇宙に辿り着くように、世の中には上の方にも闇が淀んでいるものなのさ」
「教える気もないのに思わせぶりなことを言うのはやめてくださいよ・・・」
「ハハハ、すまない。悪い癖だな。・・・そろそろ時間だね。行こうか、アンディ」
上品な銀の腕時計を確かめて、ギルバートは腰を上げた。
●
ギルバートは、会合を終えて人間界に戻ってきた後、その足でIAMO本部のある祖国イギリスではなく、日本の一央市へと来ていた。
というより、諸君には今一度思い出して欲しいことがある。
彼が今回のお話の一番初めに、どんな動機があって訪日を決定したのかを。
彼が『一央市迎撃戦』に居合わせたのは偶然なのだ。別に戦いの予兆を察して事前に駆けつけたわけではなかったはずだ。・・・もっとも、彼ほどになると本当に全く察知していなかったのかと言われれば疑わしくもあるが、そこまで気になってくると、本人のみぞ知るとしか言いようがない。どっちみち、主目的は別にあったことだけは確かだと言っておく。
彼が一央市ギルドに到着すると、幼い金髪の少女が気付いて、ロビーのベンチから腰を上げた。
「遅いんですけどー」
「やぁ、すまない、チカゲ。本当に」
「モンスターにでも襲われたの?」
「それならこんなに遅刻はしなかったんだけどね。ある意味強大なモンスターよりトラフィックジャムの方が恐いと知ったよ」
「トラ・・・ジャム?え、なに?ひょっとしてIAMO実動部総司令官サマは待ち合わせてる女の子を放ってカフェでジャムトーストでも楽しんでたわけですか!?へー!!」
「・・・なにか勘違いをしていないかい?まぁ、遅刻してしまったことは確かだからこれ以上言い訳をするつもりもないけれど」
ギルド内はギルバートの登場で空気が変わった。街の復旧復興が最優先の今、実際の戦闘から停戦交渉の議場まで終始事態の中心点に居続ける彼の言動に注意を傾けてしまうのは当然だった。
しかも彼の待ち合わせていた相手というのが、また千影なんていうイレギュラーであるからなおさらだ。
「チカゲ、こんなところで話をするのも落ち着かないだろう?場所を移そうか」
「レストランなら閉まってるよ」
「そうか、仕方ないね。もし、受付のお嬢さん」
「は、はひっ!」
ギルバートはおもむろに、近くのカウンターにいた若い女性に声をかけた。
「アリーナは開いているかな?」
「あ、ありーなですか??は、はいだいじょうぶですどうぞ!!・・・あ、でもまだ少し避難設備の片付けが済んでないかもですけどそのっ」
「いいさ、ありがとう」
柔和で穏やかな色気すら感じるギルバートの笑顔に固まる受付嬢の前を通る千影が、ニマニマ笑いを浮かべた。
「甘菜ちゃんキンチョーしすぎじゃん?」
「し、仕方ないでしょ。あのギルバート・グリーンさん本人なのよ?この仕事してたってハリウッドスターより会えないと言われるお偉いさんなんだから・・・。てかなんで千影ちゃんは思いっきりタメ口なの・・・!?」
「ボクが敬語使えるキャラに見える?」
受付嬢こと日野甘菜は超納得して、ギルバートの後を追う千影の背を見送った。
「カナちゃん、ね。いつの間にやら私もあだ名呼びですか」
年下のガキにナメられているような感じだが、これが案外悪い気はしなかった。あの子がこの街に来たばかりの頃から見てきたから、それが好意の表れであると理解していた。
●
ついこの前まで避難所として機能していた一央市ギルドの模擬魔法戦用大型ドームアリーナに向かいながら、既にギルバートと千影は話を始めていた。
「それで、大事なお話ってなんだったの?」
あの日、魔界に向けて発つ前にギルバートは千影に確かめたいことがあると言っていた。千影のこれからについて悩んでいる、と。千影の問いに対し、ギルバートはその旨の前置きを改めて説明した。
普段の千影なら、そんな思わせぶりなことを言われるとつい「ボクと付き合いたいの?でもダメっ、ボクには心に決めた人がー」みたいな軽口を叩きかねなかったが、ギルバートの事情もなんとなく知っている千影は今回ばかりはぐっと呑み込んだ。ふよふよアホ毛を揺らしていかにも頭が軽そうなようで実は分別のつく少女の用意した沈黙を受け取って、ギルバートは話を進めていく。
「7月30日のことさ」
7月30日。
5番ダンジョンにて魔族が人間の魔法士を殺害し、変身能力ですり替わって秘密裏に同ダンジョン内で『ゲゲイ・ゼラ・ロドス』の飼育を行ったり諜報活動を行っていたことが発覚し、その件についてギルド主導で魔族の諜報員らとの話し合いが行われる予定だった日。
マジックマフィア『荘楽組』の武力介入でそれが叶わず、それどころか会議の護衛を依頼した一般の魔法士の多くが重傷を負わされる事態にまで発展した日。
千影は、しかし怪訝な目でギルバートを見上げた。仕事上必要十分な事件のあらましは彼も知っているはずだろうから。
ギルバートも千影の疑問は想定済みだったようで、右手の人差し指を振って否定のサインを示した。
「君自身の口から聞こうと思っていた」
「ボク自身から?・・・まぁ、分かった」
「良かった。ありがとう」
さて、とギルバートは言葉を区切った。
「結論から聞こうか。チカゲはあの日、なにを思い、なにと戦っていたんだ?」
「元々7月30日はあの人と『荘楽組』の取引の日だった。ブツの詳細はもう知ってるよね?」
ギルバートは首肯する。
「ボクはオドノイド。それも、完全な。あの人の本当の狙いはオドノイドと『二個持ち』両方の素質を持つボクだった。でも親父たちはそれを拒否して代わりにそれを用意したらしいんだけど」
しかし、「あの人」は危険な男だ。力の強弱という意味ではなく、彼の人間性が恐ろしいのだ。
『荘楽組』もマジックマフィアである以上、どちらかと言えば社会の闇に属する組織だが、あの男のいる世界はそれ以下のドブのような真っ暗闇だ。あの男と関わり続けることで、いずれ『荘楽組』は大きな不幸に見舞われてしまうと思った。
だったら、そんなことになるくらいなら―――。
「取引を台無しにするために、民間の魔法士を引き連れて旧セントラルビルに押しかけてみた、と」
「初めは、それで終わりのつもりだった。目的のためなら他人の安全なんてどうでも良かったから」
アリーナは無人だ。戦いの最中に逃げ込んで来た人々と今の2人とでは、広さの感じ方が全く違っただろう。甘菜が言っていた通り、まだ当時の荷物の片付けは完了しておらず、中には腰掛け代わりになりそうな大きさのコンテナなんかが端の方に放置されていた。千影は遠慮なく内容物不明の金属の箱を小さな尻に敷いて、話を続けた。
「本当はこんなにこの街の人たちと仲良くするつもりはなかったんだけど、なんでだろね。きっと、とっしーたちのおかげだろうけど」
「それでもチカゲは”あの人”と『荘楽組』の接触を妨害するために彼らを利用することを選んだ。この次の流れとしては、こうかな?仮に自分がその後も一央市に居続ければ、”あの人”の危険がそちらに及ぶかもしれない。だとすれば、もう彼らとも縁を切り、街を去るしかない」
「・・・そう、その通りだよ。それでボクは一緒に来た魔法士全員を斬った。それだけすれば、もう誰もボクの味方なんてしなくなるはずだった」
ギルバートには、はず、と言った千影の表情は嬉しそうにも、自嘲気味にも見えた。
「そして大事な取引を台無しにしたら無事に親父もボクと縁を切ってくれるって寸法だった。そっちは別の方向でうまくいったんだけどね。ま、結局ボクが考えていたことなんてそんなところだよ。バカだって笑う?」
「被害は被害だから笑って終わらせるのは私には難しいかな。短絡的な行動だったということには同意するがね」
「なにかが起きて、その時になってお前なんかいなければ良かったのにって言われるのが恐かったんだ。今なら分かる。ボクは逃げてたんだ。ボクがいなくなることでみんなの当たり前の日常を守れるなら、それはすごく良いことなんだって思って、ならいっそ今のうちにみんなの前からいなくなろうって」
7月30日、あの当時の千影が胸に抱いていた思いは、それが全てだ。ギルバートは「そうか」と静かに受け止めた。
ややあって、ギルバートは再び口を開く。
「ところで、君はもし狙い通り事が進んで独りになれていたらどうするつもりだったんだい?」
「殺すつもりでいたよ。あの人を。ボク1人野垂れ死んだところで根本的に解決することじゃないのは分かってたし」
千影はガラスの天井を仰いでなんでもないことのようにそう言った。
「セントラルビルに集めた魔族のスパイを紺に頼んで皆殺しにしたのと一緒。しつこく立ち塞がったあの騎士団長をとっしーも巻き込んでまで殺して黙らせようとしたのとも一緒。結局、ボクが解決策に暴力しか思いつけないバケモノなのは変わんないんだ」
「それは―――君に限ったことではないさ。もしそうならこの世はバケモノの巣窟だ」
「フォローしてくれるんだ。ちょっと意外かも」
「守るべきもののために、その他には容赦しないのは、私も、それにハヤセだって同じことなんだからね。敵も味方も全てをすくい上げられる博愛の英雄なんていないし、なれないことは皆痛いほど理解しているさ」
ギルバートはスーツのズボンの両ポケットに手を突っ込んで、広いアリーナの片隅の壁に寄りかかった。
彼はそれきり新たな質問をすることなく、一緒に天井を見つめる2人の間には長い沈黙が流れ始めた。
・・・が、先に千影が気マズさに負けてなにか話題が浮かび次第すぐ口に出せるよう唇をムニムニと動かし始めた。実のところ、今も千影は隣に立っている総司令官サマが苦手なことに変わりはない。アリーナはこんなに広いのに、苦手な人と2人きり、隅に寄って無言のまま並んでいるのは結構シンドイのだ。
「あ、あの、ギルさん」
「うん?」
「ギルさんがボクにわざわざ聞きたかったことって、今ので全部だったの?言っちゃアレだけど、あんまりギルさんには必要ない情報だったような気もするんだけど・・・」
「そうでもないさ。言ったろう?君の将来、行く末に関わる話をしに来たって」
そう言って、ギルバートはポケットに入れていた手を抜いた。その手には、なにかが掴まれていた。それは、有り体に言えばよく首相を囲む記者らが食わせようかと言わんばかりに首相の口の近くまで押し付けているデバイス、要するにボイスレコーダーだった。
「私はとても有意義な話が出来たと思うよ」
ヴン、という音が頭上で鳴り、千影は咄嗟にアリーナの天井からぶら下がる大型ヴィジョンの1つを見上げた。ギルバートは画面に目をやることなく、告げる。
「今日、世界標準時8月24日5時00分、IAMOは『匿異政策』を解除した」
●
「と、としくん!!」
息を荒げて幼馴染みの少年が入院している病室に飛び込んだ慈音が目にしたのは、大きく開かれた6階の部屋の窓と、散乱している各種医療器具の電極やチューブの類だけだった。
「・・・そんな・・・」
―――遅かった。
青い顔をして報告のために病室から走り去る看護婦と肩がぶつかっても気に留めず、慈音は覚束ない足取りで、もぬけの殻となったベッドに辿り着き、縋り付くように崩れ落ちた。
「としくん・・・」
病室のテレビは点いたままで、画面の中ではアナウンサーが極めて事務的に、さっきも読み上げたばかりのニュース原稿を読み直していた。
『22日の人魔首脳会談で決定したIAMOの内部調査の結果、一部の関連研究機関で進められていた研究内容から”オドノイド”と呼ばれる極めて危険な生物が現在人間界に存在し、軍事、医療への応用等を目的に十分な説明を行わないままIAMO内外で実験的に活動させていたことが明らかとなりました。”オドノイド”はその誕生過程と生態から市民あるいは国際社会にまで大きな被害をもたらし得ると推測されています。また、これに対し魔界側は今回の宣戦布告の文言で「禁忌」という表現したものがその”オドノイド”であるとし関連する研究全ての停止、及び現状確認出来ているオドノイド全個体の殺処分を終戦条件として提示しました』
episode6 Last section106 " Day of Destiny "
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episode"6.5" sect1 ” Malice Under Peace ”
CANNOT ADVANCE Ep.7 UNTIL AGITATE FOR THE WORLD.