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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode6『Re:Start from By Your Side , Re:Life with You』
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episode6 sect98 ” True Selfishness ”


 ヘリは、迅雷と入れ替わりに敵のど真ん中へと戻ってしまった千影のことなど待たずに、今も縮小し続ける人間界への『門』を目指して加速を続けている。

 酷い勢いで生命の源の赤い液体を腹から溢す迅雷の応急処置に負われながら、清田浩二は染み出すような声色で、パイロット席に座るギルバート・グリーンに訊ねた。


 「あなた、言ってたじゃないですか。あの子に。無事に戻れ・・・って」


 「あぁとも」


 こともなげに、ギルバートは肯定した。表情は浩二の位置からでは伺えないが、見るまでもなく少しの焦りもなかったことだろう。

 

 「今は信じるだけということさ」


 「ここまできて、そんなに投げ遣りな・・・」


 「おっと。そこまで言われるのは心外だな」


 だが、焦りがないのは当然と言えば、当然なのである。なぜなら、ギルバートの精神も焦るときは焦るように出来ているのだから、焦らないという場合には焦らないだけの理由や根拠がある。


 「私は信じるに値するものしか信じないのだけれどね。それに、ほら。チカゲだってなにもまだ自己犠牲で美しく幕を引くつもりはないようだが?」


 「え・・・?」


 ギルバートに言われ、思わず浩二は再びヘリの外を見ていた。

 そして、あっと声を上げた。

 眼下では。

 

 闇を纏った少女がこちらへ、飛んでくる。


 確かに、千影は迅雷を確実に逃がすためにああするしかなかったのだろう。しかし、千影はまだ自分が助かることも諦めていなかった。

 千影は定格を越えた出力で無理に加速し続ける高速ヘリよりもさらに高速でグングン追いついてくる。遙か彼方、敵の姿はもう見えない。あの速度で移動する千影を追える者は、もはやいないようだった。

 少女の表情が見えるようになったかと思えば、その次の瞬きのときには既に、彼女は機内に飛び込んできた。


 「お前ぇ!!ヒヤッとしたじゃないか!!」


 「オッサンうっさい!まだ終わんないよ!」


 「またオッサ・・・うっさい!?つかまだって・・・」


 「『トラスト』!」


 「「あっ」」


 またしても姿を消した千影と入れ替わりに現れた、ヘルメット姿の男を見て、浩二と黒川はマヌケな声を出してしまった。


 「た、助かったのか・・・?」


 ―――ヘルメットの彼に、正直に謝っておこう。浩二も黒川は、この人のこと、すっかり失念していた。誰って、ひょっとして読者諸兄まで彼のことを忘れてしまったのか?そう、彼だよ。浩二たちを乗せて魔界へと突入したシャトルのパイロットを務めてくれた、勇敢なる彼だ。彼の存在なくしてこの作戦は成立しなかったと言っても過言ではないのだ。根幹を支えてくれた功労者ではないか。

 ギルバートも、千影も、彼を忘れていなかった。そして、千影は施設付近の森まで近付いてきていた彼を救ったのだ。ちゃんとみんなで生きて(・・・・・・・)一央市に帰る(・・・・・・)という我儘じみた贅沢な望みを叶える、そのために。

 

 ちゃっかり浩二や煌熾と一緒にヘリに搭乗していた元王国騎士団、現裏切者として逃亡真っ最中の紫髪の悪魔エルケーが、薄情な人間たちのマヌケな面に失笑する。 


 「ハッハハ!アンタらも大概だったな。仲間のことを忘れるなんてさ。・・・まぁ、それも今更(・・)か」

 

 浩二や黒川だって自分たちのことで必死だっただけなのだろうが、やはり人命を左右する行動で、なおかつ彼らと変わらない状況でしっかりと仲間の数を覚えていた千影との比較は避けられないというところか。

 そんなマヌケどもを嘲ったところで、エルケーはやけに”今更”を強調した。人間と魔族の持つ残酷性に大した違いなんてないだろうという話を繰り返すことに、もう意味はないのだろう、という含みだ。

 エルケーの言葉に、煌熾が肩を震わせる。一方で、エルケーから反応を窺うようなネトネトしい心得顔を向けられているギルバートは、振り向きもしない。悪魔はクツクツと嗤ったが、浩二に睨まれると大人しくなった。

 多少落ち着きを取り戻したとはいえ、所詮エルケーの立場は弱いままだ。必要以上のちょっかいも、今は結構我慢している。

 一瞬無言となったヘリの中で、次にぽつりと呟いたのは、またも浩二だった。

 

 「・・・ん?じゃあ結局千影は・・・?」


 パイロットは助かった。良かった。めでたしめでたし―――ではないぞ?


 「ギルバートさん!あと『門』まで―――」


 「閉じるまであと45秒。突入まであと20秒」


 「ぁ・・・!?」


 まだまだヘリは加速する。

 絶句した。

 浩二は窓に張り付いて後ろを見るが、森が広がっているばかりで千影の姿なんてどこにも見えない。

 きっと今も千影はヘリを追いかけているはずだが、こんなの、いくら彼女でも追いつけるはずがない。

 ギルバートが操縦桿を引き、ヘリが上昇を始めた。もはや”ちょっと大きいかな?”程度にしか感じないほど縮んだ『門』――――――いや、正確には既に『門』としての安定性を失っているただの位相歪曲がコクピットの窓に収められた。グングン近付いているはずなのに、一行に遠近法が仕事をしてくれない。それほどの速さで、今も穴が閉じていっているということだ。


 突入まであと10秒。


 乗員たちの覗き込む窓外の景色に千影の姿は現れない。

 しかも、問題は彼女だけではない。


 「浩二サン、迅雷の傷(これ)、思ったよりヤバイんじゃ・・・?」


 「クソ!!死んだらブッ殺すぞこのクソガキ・・・!!」


 千影を待つという選択は出来ない、ということだった。

 誰も致命傷を負っていなかったなら、あるいは交渉次第で今すぐ人間界に帰れなくても安全を確保して、後日きちんとした『門』を利用して戻ることだって出来たかも知れない。だが、ここは敵国。致命傷の人間の治療まで面倒を見てくれる保障はない。むしろ積極的に死なされる可能性の方が高い気もする。というより、交渉に辿り着くまでに『箱庭』を切り抜けねばならず、その時間引き回すだけでも絶望的だ。

 とにかく、迅雷を生き残らせるためには全力であの閉じかけの穴をくぐり抜けるしかないのである。

 浩二も顔に苦渋を滲ませていた。誰もその決断はあんまりだ、などと喚く権利はないのであった。迅雷に、千影の元へと一緒に行こうと鼓舞した煌熾にすら。


 だけれど、恐らくは一央市立病院のベッドの上で目を覚ました迅雷は、誰よりもまず千影のことを想いこんなところまで追いかけてきた迅雷は、この結末を突き付けられたとき、どんな顔をするだろうか。正気を保てるのだろうか。想像するのも恐ろしい。

 終始無言のままの煌熾は、状況に対してただそのような暗い思考を巡らせていた。そのとき、煌熾は迅雷に対してなんと言えば良いのか。お前が生きていて良かった?千影はきっと大丈夫?それとも、俺があんな風にそそのかして魔界まで連れて行ったせいだよな、と謝る?悉く無意味で無責任なだけじゃないか。

 このシャトルのパイロットだったらしい男さえ忘れ去られていればもう千影はここにいたはずなのにな?―――刹那、頭に響いた知らない自分の声に血も凍る思いをした。

 煌熾は元々膝を抱えて縮こまっていた体を、さらに小さく丸め込んだ。助けられたパイロットにも、ギルバートにも、なんら咎められるようなことなんてない。


 「俺は・・・最低だ・・・・・・」


 「泣き言も良いけど、見てみろよガキ」


 突入まであと5秒。


 エルケーの残っている右腕によって顔を上げさせられた煌熾は、ヘリ後部の小さな窓に、小さな影を見出した。


 「・・・っ、千影だ・・・。千影が追いつきます・・・!」


 彼が見たのは、木々が織り成す緑の屋根を突き破って垂直にこちらへ飛び上がってくる千影だった。

 彼女は、パイロットの男を救出した後、ずっと地上を走ってヘリの真下まで来ていたのだ。

 煌熾の声にギルバートが頷いて、ヘリの扉を開放した。気圧差や超高速の影響で凄まじい勢いの空気の塊が、津波のように機内へと流れ込んでくる。

 力のない迅雷の体が吹き飛ばされないように覆い被さる浩二と黒川は動けない。今だけはなんもかんも忘れたように、ただ必死で、煌熾は這うように扉から腕を差し延べた。


 「千影ェェェェッッ!!!!」


 「ムラコシ!!」


 突入まであと3秒。


 手を、伸ばす。煌熾も、千影も。

 一度目に指先が掠め、そして次の一瞬で煌熾は千影の小さな手を強く掴み込んだ。


 「もう追いつかないって勝手に諦めてた!!ごめん・・・ごめん!!追いついてくれてありがとう・・・!!」


 煌熾はなんだか、意味の分からないお礼を言っているような気がしたが、とにかく、そう思ったのだ。

 再び彼女の手に触れて、分かった。なんてことはなかったのだ。千影の姿は、今は確かに、煌熾の見慣れた金髪赤目の10歳の人間の少女とは違っているけれど、恐がる必要はないのだ。彼女がどんなに異質な力を宿していたって、この少女は「千影」というありのままの少女であり、煌熾の、『DiS』の大切な仲間であることは変わらないのだ、と―――。


 突入まであと1秒。 


 「引き上げるぞ!!」


 「うん、急いで!!」

 

 

 突入まであと0秒。



 三度、千影がヘリに転がり込み、煌熾が思い切り扉を閉めた。


  

 「ハァッ、ハァッ・・・ふ、は~・・・・・・間に合った・・・」


 アルエルに奪われた左足の再生がほとんど済んでいない中での全力疾走で、千影は汗だくだった。厳密には走るというより翼の推力と木を蹴る反発力で森の中を跳弾の如く跳ね回っていたという方が近いか。 

 なんにせよ、もう限界だ。黒色魔力が尽きかけている。翼も尾も爪も引っ込めて、千影はひたすら全身に酸素を取り込んだ。


 「千影、お前ってヤツは本当にメチャクチャだな・・・!なんつーヤツだよちくしょう」


 これで、本当に全員が揃った。望外の結果と言って良い。迅雷の止血に苦戦しつつも、浩二はやっと笑顔を浮かべられた。別にお互い仲良くするつもりなんてないままここまで来たはずなのに、今はなぜだかとても嬉しくて堪らなかった。

 そんな浩二の心境を知ってか知らずか、千影も本当なら鼻を鳴らして減らず口を叩いていただろうところを、満面の笑みで返していた。


 「うん!だって、ボクはワガママで良いらしいから!」


蛇足コメント:

 『門』付近は未だ魔力濃度が高いので魔法の発動が阻害されています。ドアを開けて吹き込んでくる気流をギルバートが魔法で緩和するとか、そういう作業はもっと低空飛行中なら出来たはずなのですが、あいにく千影合流時点では既に不可能でした。以上、誰も気にしていなかったかもしれないポイントの捕捉でした。

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