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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode6『Re:Start from By Your Side , Re:Life with You』
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episode6 sect96 ”ただ、平穏を”


 なんの冗談か。


 息の漏れるような傷だらけの雄叫びと共に、ネテリたちの背後に庇われていたはずの、虫の息だったアルエルが、また(・・)立ち上がったのだ(・・・・・・・・)


 迅雷も千影も、ゾッとするのを通り越して、もはや頭の中が真っ白だった。唖然だった。ワケが分からない。理解の範疇を超えている。例えば自分が彼の側で、千影が、あるいは迅雷が自分を庇って立っていたとして、それでも、果たして自分たちはアルエルと同じだけ傷付いてなお、立ち上がれるだろうか。

 その光景に、しかし、アルエルを守ろうとした騎士団の者たちもが信じ難いものを見る目をしていた。

 敵と味方が同様の驚愕を共有する異様な空間で一人、アルエル・メトゥは光の消えない瞳で前を見た。



 「ありがとう、お前たち。お前たちの『意志の力』・・・しかと受け取ったぞ。だが、下がっていてくれ。奴らは・・・奴らは私がこの手で討つと決めている」


 

 彼の頭上には、黒い環が浮かんでいた。『レメゲトン』、魔族の持つ固有能力や身体能力の限界を超えて力を引き出す謎多き魔術の産物だ。

 副官のネテリ・コルノエルは、ふらつく主を支えようと手を伸ばして、しかし、その手を引き戻した。再び自分たちの前に立つべく歩む彼を引き止められない。


 「団、長・・・どうして・・・」


 「ネテリ。らしくもなく、無茶をしたな。・・・だが、嬉しいよ。お前の、お前たちのおかげで、私はまだ、戦えそうだ―――」


 アルエルの言葉の、数瞬の後に。


 そして。ブツン、という音を聞いた。

 唇を噛み切る音だったのか、それとも脳血管が弾け飛ぶ音だったのか、両方か。



 「フザッけんじゃねぇよ・・・!!なんだよ、なんだそりゃあ!!主人公ヅラしやがって!!!!」


 

 迅雷は、もう我慢ならなかった。


 激昂と共に、迅雷は目にも止まらぬ速度で千影の横を飛び抜けてアルエルに斬りかかった。あと1分もしないうちに、迅雷は力を失う。次なんてない。

 アルエルは今まで通りに黒色魔力を成型して作った槍で迅雷が放つ二刀同時の重撃を受け止めた。だが、迅雷は先ほどまでと違う手応えを感じた。まともに力と力でせめぎ合っている感触だ。今のアルエルは『レメゲトン』を使用しているにも関わらず、少なくとも理不尽までな力が使えなくなっている。迅雷が力尽くの力尽くの力尽くで押したら、倒せる。

 

 「んだよその茶番は!!んだよその顔は!!馬鹿にしてんのか?してんだよな!?」

 

 風を纏う垂直斬り。アルエルは槍を動かして衝撃を受け流す。迅雷はすかさず右手の『雷神』でアルエルの達観した表情を作る顔面を狙う。アルエルは2本目の槍を作り出し、寸前で刃を受ける。そして、鍔迫り合いへ。

 鼻先5センチの距離で互いを睨む。


 「まるで俺たちが悪者だな!!なんなんだよそれ!!おかしいだろ、違ェだろうがよ!!」


 激しく絡み合うように迅雷とアルエルは何度も立ち位置を変えて斬り結び、その一合一合に迅雷は剥き出しの怒りの丈をまくし立て続けた。

 我慢ならなかった。許せなかった。正義とか悪とか、そういう概念的な立場は一意的に定まらないものだと分かっている。それでも、だとしても、この期に及んで迅雷と千影の道を阻む魔族の雄に言い切れないほどの憤りを覚えた。


 「そっちが勝手におっ始めやがったんだろ!!」

 「ワケ分かンねぇ言いがかりつけて!!」

 「普通に暮らしてただけの街もみんなの生活もぐっちゃぐちゃにぶっ壊して!!」

 「挙げ句あっさり反撃されてたった数人にここまで追い詰められて!!」

 「そのクセ何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も立ち上がってンじゃねェよ!!」

 「下らねェ仲良しごっこでヒーローぶってンじゃねェよ!!虫唾が走る!!」

 「何様なンだよ!!言ってみろよ!!千影の足引き千切ったクソ野郎の分際でさァ!?」

 「俺も千影も!こんなになって!!そもそも戦争なんかになって欲しくないだけなのに!!!フツーに暮らせりゃそれで良いのに!!!!」

 「全部全部お前らがムチャクチャなことしたせいだろォが!!分かれよ!!分かれよッッ!!」

 「返せよ、返してくれよ!!これからなんだよ!!俺たちの日常を返せ!!」

 「お前らが邪魔して良いモンじゃねェんだよ!!」


 「だからっ・・・だから・・・」

 


 「もう・・・やめてくれよ・・・」



 

 「勝負、ついてたじゃんかよ・・・」





 「もうたくさんだ・・・手が真っ赤なんだ・・・」





  

 「なんで・・・まだ立つんだよ・・・・・・」







 ――――――体が、動かない。まるで鉄の塊に変わっていくみたいだ。コンクリートの床に伏した迅雷は、左手首の刻印が光を失っていく様子を見ていた。

 口だけを動かして、それでも、ぽつり、ぽつりと、迅雷は。


 「俺、帰りたいんだ。千影や、焔先輩、みんなで、一央市(あの街に)に。こんな意味わかんない戦争だかなんだかもよく分かんないことなんて、やめさせてさ、早く、気持ちよく笑って、みんなのところに帰りたいよ・・・」


 千影が塞いでくれた腹の傷が暴れ狂ったせいで裂けて、血液が流れ出す。自分の感覚が血の海の底へと沈み溺れていく。

 ・・・でも、まだだ。まだ終われない。迅雷の思いの丈はこんなもんじゃない。暴力と悪意渦巻く闇の中にいた千影を、やっと迎え入れて、これからやっと思っていたような慌ただしくも平穏な日常を作り上げていけるんだと心を躍らせて、そのために自分に出来ることを考えようとして、そんな最中にこんな戦いに千影が巻き込まれて、駆けつけてみればこんな奴らが千影のことを傷つけて、我が物顔で正義は我が方に有りとでも言わんとして、好き放題、言いたい放題。許せるか?こんな理不尽で野蛮な連中を。許せるわけがない。

 結局きっと、世界の平和とか、町の平和とか、そんなのは迅雷にとって理想の日常の背景に過ぎないのかもしれない。だけど、だからこそそれも全部取り戻して迅雷は千影と一緒にあの場所へ戻らなくちゃならない。

 だからまだ、剣を手放すわけにはいかない。根拠もなにもないけれど、この『制限』(リミテーション)の術式が刻まれた光のリングさえ掴んで閉じさせなければ迅雷はもう一度立ち上がれる。

 右手が左手に届くだけで良いんだ。


 あと少し。もう少し。

 

 ―――そんな目で見下ろすな。俺はまだ負けてなんていないんだぞ。


 ひゅう。絞り出した不諦の言葉はただの掠れた吐息の漏れと消えた。

 力尽きた迅雷を庇ってアルエルの前に片足で立つ千影。彼女の名を呼ぶ自分の声が既に発せられることすらなかったことに、迅雷は気付いていなかった。

 地面を伝って体を突き上げるような振動は次第に大きくなり、音の雨雲が頭上へ差し掛かる。

 千影が振り返る。視線が重なる。



 「ごめん、とっしー」


 

 と、そう謝った千影が迅雷を置き去りにしてどこかへと飛び去るその瞬間が、迅雷の最後の記憶となった。




          ● 

 



 「そろそろ戦闘空域を離脱します」


 『門』の術者たちと、その護衛の騎士2名を乗せた高速ヘリは、王国騎士団の決死行によって無事に『箱庭』と王国本土の境界を越えようとしていた。

 ネテリ・コルノエルは先見の明が利いていた。一時は雄飛するアグナロスに安堵し思考放棄して勝利を確信しかけた彼女ではあったが、アルエルの忠言以降再び指揮に集中した彼女の手の数々は実に巧妙にギルバート・グリーンを初めとする人間の魔法士たちに無駄足を踏ませ続けていた。森の捜索という最序盤の時点で映像のような正確な情報がないにも関わらず敵戦力の分析を高い精度で完了し、拠点で迎撃する算段を立てたことに始まり、ギリギリの崖っぷちを走りながらも術者の回収を成功に導いた。彼らさえ無事なら、例え施設を破壊されても何度でも襲撃を繰り返すことが出来る。この成果は、ほとんど彼女の予知能力があってこそだ。

 ―――いいや、ここで少し語弊があったので訂正しよう。ギリギリの崖っぷちを走りながらも成功を導いた、のではない。ギリギリの崖っぷちを敢えて走り続けることで成功に導いたのだ。

 そんな危険な判断をする意味が分からないかもしれない。戦場は鉄火場ではない。確かにもっと優れた手はあっただろう。ネテリも伊達にアルエルの副官をしていない。彼女なら所謂”最善手”を取り続けることも出来ただろう。

 

 しかし、それをしなかった。


 なぜか。



 ギルバートが必ず(・・・・・・・・)同じ答えに辿り着く(・・・・・・・・・)から。


 

 ある一定の水準を越えて優秀な指揮官であれば、自他の戦況を神の視点から見下ろし、多くの予知や念視と言えるような具体的な推測を交えて最も低損失で必須の事項をクリアする道筋を、あるいは敵側にとってのそれをも導き出せるようになる。故に、彼ら相手に最善手は最善の意を為さない。

 ここに潜むのは奇妙な信頼関係である。自分はミスを犯さないし、相手もミスを犯さない。前提として、待っていても間違いは絶対に犯さない。仮にこのような指揮官同士が遊戯盤越しに向き合えば、この無言の約束の下に勝利への一本道を外れ、進んで入り組んだ裏小路へと踏み込むだろう。

 ギルバートは有名人だ。世界を股にかけ大小様々な仕事をこなすIAMOの代表人物の1人である。だから、その腕力も頭脳も、ネテリやアルエルの知るところであった。奇策に走る理由は彼の参戦で事足りた。


 そして、ネテリは”最悪手”を最速で選んだ。アグナロスが倒された以上、戦争が長期化することも分かっていたから、早々に勝利することから『門』を作り出せる貴重な術者たちの保護に前提を切り替えた。敵の目的も明白だったから、なおさらだ。

 彼女の脳内には人間たちの、特にギルバートの取り得るアクションのフローチャートが組み上がっていた。彼女はそれを余裕を持って先々に潰していくのではなく、寸前までなぞることに決めた。そして追いつかれるギリギリの攻防においてネテリは常に敵が予定に沿って起こす行動の一瞬前にその目的物を対応することで強制的に敵に的を外させてきた。

 あまりに絶妙なタイミングでありながらギリギリの戦いに持ち込み雰囲気を作ることで偶然性を強調し、あくまで「ちょっとの差で読み負けた」という感覚を敵に植え付ける。そして、敵は次こそ先手を取ってやろう、取れるはずだ、と思ってしまう。これによって敵は何度でもネテリが垂らした釣り糸のエサに騙され続け、誘導される。いや、ここまで滑稽に空回りしてしまうと、もはや頭にニンジンのついた竿を括り付けられた馬でも見ているようでさえある。

 ある意味、ギルバートが個人として強すぎたこともネテリには都合が良かった。半端に戦力を注げば殺せる敵だったならネテリは違う手段で短期的勝利の目標を変えることなく戦いを運び、どこかで意表を突かれてしまっただろう。ギルバートがアルエルにしか相手が務まらない圧倒的強者だったおかげで人間たちは自分たちの側が有利であると分かって動いてくれたのだ。


 結論。


 ネテリの作戦は初めから自分たちが不利でないと機能しない最小損害、最大成果の敗北戦術(・・・・)だった。


 負けることで成功する異端の戦術に騎士団長アルエルやⅦ隊の女隊長、他の騎士たちが疑問もなく付き従ったのは、ひとえに彼女がそれだけ篤く信頼されていたからだ。しかしまぁ、そうなれば、すなわちアルエルの作り出した騎士団の新しい形が強みとして現れている裏付けともなるのだろうか。


 なにはともあれ。

 実際は予想以上の力を振るったアンノウンの少年たちや裏切者の寝返り、アルエルの劣勢に駆けつける騎士たちなどネテリの結末予想には綻びが生じているが、今高速ヘリに乗っている者たちにとってそれは重要な異常ではなかった。

 管理施設のパイロットとして今もヘリを操縦するリリス族の男性魔族は、無事最後の任務を果たせることに安堵していた。


 「本当、王国騎士団はスゴい。コルノエル副騎士団長サマサマですね。まさかここまで見越していたなんて・・・気が遠くなりそうですよ。初めは疑ったけど、彼女を信じて良かった」


 もう主戦場からはだいぶ離れた。あの恐ろしく強いアルエルも全力で人間たちと戦ってくれているし、ヘリの破壊を実行したⅦ隊の面々の強さも相当だった。自分たちが追撃を受けることはないだろう。

 パイロットの男は、後ろに積んだ10人の貴重な術者たちも安心させようと振り向いて語ってやった。彼らは、今も騎士2人に守られるようにして体を寄せ合い、青い顔をして機内の床ばかり見つめている。


 「まったく、なにをまだ暗い顔をしてるんですか。助かったんですよ?まぁ、確かにたった6人の人間の部隊にここまで引っかき回されたって思うとちょっと癪ですかね。ハハッ。ま、でも結局これだってこっちの思惑通りなワケで――――――」


 「く、来る・・・」


 「・・・どうしました?」


 術者たちの様子がおかしい。慣れない危険の連続で恐怖と緊張が抜けきらないのは、一般市民でしかない管理施設職員のパイロットにも分かったが、それにしても彼と術者たちとではその差が大きかった。莫大な魔力を『門』の維持のために消費した分、彼らは疲れていて、気が滅入りやすくなっているのだろうな―――とそれらしい想像を巡らせ、パイロットは正面に向き直る。


 そのとき。



 「やぁ、失礼」



 丁寧なノックの音がした。

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