episode6 sect94 ” CHASE CHASE CHASE !! ” ...→→→???
自身に向かってくるありとあらゆる攻撃を、その攻撃自身が勝手に彼女を避けるようにねじ曲がる。それが、女隊長の”特異魔術”だ。暗殺用の掌に収まる毒ナイフも、地形を変えるほどの超破壊兵器も、どんな攻撃手段だって、皆等しく彼女に対しては一切の殺傷能力を失ってしまう。
だが、その絶対的無敵の防御能力を持つ元上司の肌に、エルケーは傷を付けた。”特異魔術”を使えるとはいえ、それすらたかが剣やその破片を自由自在に操れるだけの、女隊長の能力と比べればチンケにも程がある能力でしかない、元下っ端王国騎士風情が、だ。
エルケーは、しなかった。
驚きに目を見開く女隊長。
傷だらけの挑戦者は、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「アンタの能力の穴、気付いたよ」
「・・・」
「確かに、アンタは一見無敵に思える。だけど、実は敵意のない偶然の攻撃―――つまり、事故には巻き込まれる」
エルケーは女隊長を攻撃しようと、しなかった。
「・・・・・・ふふ、ははは!!なぜそう思ったのかしらッ!!」
エルケーに返答の余裕すら与えず、女隊長はその細身の黒薔薇の剣で斬りかかった。エルケーはその一撃を千切れた左腕の断面に止血のため纏った刃粉でそれを受け止め、攻撃用の刃粉を再度女隊長に向かわせる。
彼女は『黒閃』を放つが、エルケーも『黒閃』で対抗する。『レメゲトン』で強化されたエルケーの魔力なら相殺も出来なくはない。
剣を弾き返し、刃粉で女隊長を包む。
コツは掴んだ。一部の刃粉の制御を手放し、エルケーが挙動を把握出来ない刃粉を混ぜ込む。こうすることで、制御下にある刃粉と衝突、または風圧に煽られるなどした非制御下の刃粉はエルケーも意図しない動きをして、「偶然に」女隊長を傷つける。
この事実に気が付いたのは、エルケーの刃粉と浩二が放った光の大爆発に共通する制御の困難性からだった。もっとも、浩二の魔法に関してはさらに「そうなのだろうな」というエルケーの推測が前提となっていたが、効果があった以上は自信を持って解説出来る。
制御の難しい攻撃は、時にその技の使用者も意図しない被害を引き起こすことがある。当然、そこには悪意も敵意も害意もない。それどころか善意すらもあり得ない。完全なる無心現象。物理の数式に従ってこの世界の中で処理される上で最も自然な形に収まっただけの現象である。
女隊長が警戒していたのは、それだった。もっとも、浩二の光魔法が無効だったことを鑑みるに彼は意図して女隊長を巻き込んだことになるが。
・・・というか、一応協力関係にあるはずのエルケーまで一緒に巻き込まれかけたんだけど、これって事案じゃね?そんなヤツと一緒に魔界から逃げるの?やだー、コワーい。やっぱ今から寝返った方が安全かもなー!!
少しずつだが、エルケーの攻撃は女隊長を削っている。正直、ダメージがショボすぎて殺せる気がしないのだが、構わない。実を言うと、エルケーはこのまま女隊長と距離を保ちつつ嫌がらせのような偶然のヤスリがけ攻撃を続けていれば良い。
「チョコマカと・・・!無駄と知りなさい!!」
「クソったれ!!」
闇が迸る。掠めれば容易に肉が削げていく。
ただやはり、『黒閃』だけは厄介なままであった。
それに他の魔術攻撃も警戒に値する。魔族の持つ固有能力である”起源魔術”や”特異魔術”とはまた別に―――というよりこちらの方がより一般的と言えるようになったが―――魔族にも人間の魔法のように体系化された基礎魔術がある。それは多岐にわたるが、戦闘に関しては魔力を成型して武器にしたり、身体能力を強化したり、他にも固有能力をダウンスペック化したようなものも現れ始めている。勿論『黒閃』ほどではないが、魔力製ナイフの投擲でも当たり所が悪ければ普通に死ねる。
これらがあるだけで、単純作業が成立しなくなる。エルケーは、必死に逃げている。逃げるだけでも命懸けだ。攻撃に割く集中力を減らす作戦が攻略の鍵で助かった。逃げる方により集中出来る。
エルケーはチラッと背後を顧みた。浩二と煌熾の様子を確かめながら、エルケーは2人からは見えない東棟の陰に駆け込んだ。
「余所見か?余裕ね!!」
建物の角を曲がるエルケーを追う女隊長が、刃粉の中で剣を振るう。浮かび上がった魔力のナイフの群れが飛んでくる。エルケーは大きく跳んで躱し、東棟の壁面に着地した。
刃粉を振り払った女隊長は砲弾の如き勢いで頭上にいるエルケーに飛び掛かりレイピアで鋭い突きを繰り出す。藻掻くように壁面を伝ってエルケーは更に上へと逃避し、対する女隊長は煉瓦に刺さった剣を引き抜くことすらせず、壁を引き裂きながら猛追する。刺突を主な使い方とするレイピアにはあるまじき斬れ味がエルケーの尻に迫る。
「行け!!」
再び女隊長に刃粉が襲いかかるが、もはやエルケーの自覚する通りその威力自体は脅威になり得ない。視界が悪くなるくらいだ。
「虫にたかられるようで不快な戦い方ね」
「元より俺なんぞムシケラ扱いしているくせに、今さらだな!」
「えぇ、その通りよ。お前は今のこの技以上の攻撃手段を持っていない。病原菌すら持たない蚊風情に刺されて死ぬ人なんていないわ」
そのまま壁面を駆ける2人は、屋上に到達する。
「ハッ。元仲間をそんな風に扱ってなんとも感じないのですか、隊長?」
「感じないわね」
空中へと飛翔し、なおも逃走を図るエルケー。しかし、女隊長は足場がなくなったこのタイミングでさらに加速した。翼で空気を掴んだのだ。その瞬間に、エルケーは反応出来ない。片や『レメゲトン』まで使用して力を底上げしているというのに、まだ残るスペック差には嫉妬したくなる。
辛うじて高速の剣閃を、腕に纏う刃粉で防ぐ。だが、凌ぐことには成功したものの、激突した衝撃までは殺しきれず、左肩が脱臼する。エルケーは自身の翼で生み出していた揚力以上の力で上空へと撥ね飛ばされた。無防備なエルケーを女隊長の剣が猛追する。
・・・が。
「結構。見殺しにするのを躊躇わなくて済む返事をありがとう」
「なにを―――」
問うまでもなく。
その赤光は、女隊長の目にも飛び込んできた。
ちょうど2人が戦っている管理施設の東棟を包囲するように、6つの大きな魔法陣が地上で輝き、そこから光の柱が空へと伸び立っていたのである。
まさか―――。女隊長は見開いた両眼のピントをエルケーの顔に合わせ直したが、既にそのとき、彼は身を翻して東棟の直上から離脱を試みるところであった。
謀られた。彼女は、傷を負い逃げることしか出来ないと思っていたエルケーに、まんまと誘導されたのだ。ニタニタ、ニマニマ。実に勝ち誇った笑みが、ここまでの全てを物語っていた。
「ッ、エェェェェェェルケェェェェェェェェ―――――――――!!」
女隊長の憎悪に満ちた断末魔の絶叫は、数瞬の後、天に昇る業火の中へと消えた。
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episode6 sect94 ”火中に消ゆ”
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凄まじい火力だ。床面積がおよそ10ヘクタールはあろうかという建築物を丸ごと呑み込む程の術など尋常ではない。そして、この魔法はその建築物を破壊するために放たれたものでしかない。あとはもう、察してくれれば良い。”不慮の事故”としてこの炎の中に消えた女隊長の生存など、望むべくもない。
「飛んで火に入る夏の虫―――虫はアンタの方だったみたいだな。これか?人間の諺らしいぜ。人間くさったアンタにゃお似合いの最期じゃないか」
地に足を着け、その壮観を見上げるエルケーは、もはや吐きつける相手のいない謗りを、そっと吐き捨てた。