episode6 sect93 ” Proof in Chance ”
「・・・それにしても、難しいな」
『レメゲトン』により能力が強化・拡張されたエルケーは、その恩恵で剣が折れてしまっても、折れた破片を操作することが可能となった。そして、彼は絶え間なく女隊長に向けてその破片を差し向けているが、その数はどんどん増えてしまうのである。なぜなら、普段の数倍もの数がある物体を同時に、しかも今まで以上に複雑な軌道で操っているのだ。少し加減を誤っただけで破片は大きく軌道を外れ、別の破片と衝突して互いに砕けて、さらに細分化してしまう。
自分の騎士剣が粉々になっていくのを見ていると、辛いものがある。剣が砕ける度に、エルケーがリリトゥバス王国騎士団の一員であった証が失われていく。入団式で剣を与えられた時の思いが、こんなときに限って一際強く思い出される。
でも、エルケーは攻撃の手を緩めない。
「これで良いんだ。俺は自分が憧れた理想と違うこの騎士団と決別するんだ・・・!剣なんざ、粉々になっちまえ!」
もはや、破片なんてものじゃない。エルケーの騎士剣だったなにかは、3本とも鉄粉の砂嵐と化して、女隊長を覆い尽くしていた。
効いているかも分からない。姿も見えない。剣の砂嵐―――刃粉の摩擦は激烈な音を立て、声すら聞こえない。
だが、花火のように火の粉を撒き散らし続ける刃粉の牢獄から一直線に闇が噴き出した。エルケーは反射的に回避行動を取ったが、宙ぶらりんで力の入らない左腕が元の場所に取り残されていた。闇は容赦なくそこに喰らい付く。
「ぁあああああああァァァァッッ!?」
今度こそ、完全に左腕を喪失した。破裂した水道管のように血が噴き出し、灼熱の激痛でエルケーは地面に転がった。
「ナメるなよ、三下風情が・・・」
「ヤバイヤバイこの出血はヤバイぃぃぃぃぃぃッ!?」
「あまり喚かないで頂戴。殺す側まで情けない気分になる」
「うううっ、うるさぁぁぁいい!!クソがァァ!!」
這いつくばるエルケーを見下ろす女隊長は、再びその細身の美しい騎士剣の先に『黒閃』を溜め始めた。まるで、彼女にこそ真の騎士の誇りがあることを突き付けるかのように、不愉快な光景だ。
だが、事実としてエルケーにはどうしようもない。結局、この技の威力が桁違いすぎるのだ。さっきの一撃で、刃粉がゴッソリと消し飛ばされた。
「クソがクソがクソがクソがッ」
念が落ち着かない。刃粉が思うように動かせない。痛い。血を、とにかく今は血を止めないと。いや、女隊長を殺るのが先だ。止血しても『黒閃』で死ぬ。
「刃粉!!動け!!動け動け・・・」
「私の考え過ぎだったみたいね。やはりお前なぞ恐るるに足りないわ。もう死になさい」
「死ねクソアマァァァァァ!!」
率直極まりない怨嗟の絶叫の瞬間。
「「――――――なっ」」
光が迫り来る。
●
「な・・・・・・に、が・・・・・・。くそ・・・目が・・・」
その瞬間、エルケーは身の危険を感じて跳んでその場を離れた。
世界が真っ白になったかと思えば、普通は焼けないなにかが焼けたときの異臭が漂っていた。目を守るために構えた右腕が、光を浴びて熱を受け、痛む。
女隊長の姿が見えない恐怖に駆られたが、しかしながら、「誰が、なにをした?」―――その疑問を考えると恐怖の順番は変わらざるを得ない。この場にいたⅦ隊、エルケーの元同僚たちの中に、このような魔術を使える者はいない。だから、可能性としては、乱入者か、あるいは、2人いる人間のどちらかだ。
だが、この術は、人間の魔法のように思える。そうとなれば、一番それらしいのは、浩二の魔法による光だったという結論だ。
攻撃範囲の端にいてなお生命の危機を感じるほどの余波を受けたエルケーは、ひとつの決着が着いたことを確信した。
「野郎、俺もろとも消すつもりかよ・・・」
立とうとして、左腕の激痛が戻ってくる。
だが、ひとまず女隊長による止めを免れたことで、エルケーは自身の能力に意識のリソースを割くことに成功した。騎士剣が砕けた成れの果てである刃粉を自分の元へ呼び戻し、そして、エルケーはそれで切断された左腕の断面を覆った。鉄が今の光熱で焼けていた。ここまで熱いのは予想外だったが、ある意味、それで良かったのだろう。ある程度、傷口が焼き塞がれた。意識が飛ぶような気さえする苦痛に、エルケーは歯を食い縛って耐える。
「し、止血は、これで誤魔、化しが、効くだろ・・・」
さて、光が収まっていく。視力も、戻って来た。エルケーは余った刃粉をいつでも飛ばせるよう周囲に漂わせる。女隊長はあの光の中にまだいる。あの能力だ。目は眩んだろうけれど、恐らく傷一つ負っていない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しかし、薄れていく浩二の光魔法の中から姿を現した女隊長は、石のように固まっていた。
なぜ、「しかし」などと表現したか。それは、彼女の固有能力により、本来彼女は敵の攻撃になど、警戒も恐怖も抱く必要がないからだ。だから、普通の者が予期せぬ攻撃に晒されたような反応を、あの女隊長がすることがあまりにも不自然だった。
もっとも、結果はエルケーの想像通りである。女隊長はエルケーより長く光熱に曝されていたにも関わらず火傷のひとつも負っていない。彼女の能力は健在だ。放心状態の彼女に”ラッキー”などと調子に乗って安易な追撃をしても体力や魔力の無駄になる。
故に、エルケーは女隊長の不自然な点について考察を開始した。
ヒントは2回あった。
ひとつはエルケーの刃粉攻撃を女隊長が警戒したこと。そして、もうひとつは今。
考えろ。ヤツが我に返るその前に答えを導くんだ。勝機はそこに眠っている!
(光は防げない?・・・いや、違うな。実際無事だ。どちらにせよ俺の刃粉に対する反応に共通点はない。別だ。なんだ?不意打ちという点も共通はしない。・・・ダメだ、見方を変えよう。刃粉の特性を思い返せ・・・!!)
刃粉。細かい粒子。確かに、光も粒子としての特性はある。あるいは、数の多さ。流動性。刃粉は衝突してしまう。制御が難しいから。あるいは、金属粒子だから吸引したら危険?範囲攻撃も可能。
(・・・ん?今・・・なにか・・・・・・まさか)
エルケーは浩二から離れている煌熾を見つける。かなりの距離だ。騎士2人を殺すだけにしては、浩二の魔法は派手に広がり過ぎだ。
「・・・ああ、繋がった。分かったぜ、隊長。アンタは決して無敵なんかじゃなかったんだなァ」
エルケーはひとつの推測を立てた。となれば、次は確かめるステップに入らねばなるまい。未だ余裕で呆然とし続ける憎き女隊長に、エルケーは刃粉を飛ばした。
「いつまで余所見だ!?死んでも知らないぜ~!!」
「・・・・・・ッ、この!!元とは言え同隊の仲間が2人も眼前で殺されたというのに、なんとも思わないのか、お前は!!」
「だから!!そういう人間じみた仲間ごっこには反吐が出るっつってんのさ!!」
エルケーの刃粉は、今までと同じように、あっという間に女隊長を覆い尽くす。
だが、それでは意味が無い。今までと同じなら、もちろん、今までと同じように無効化されるのが道理だ。
女隊長は、何度目かも分からない失望を覚えた。果たして、みっともなく悪足掻きを続けるこの裏切者はどこまで愚かなのだろうか、と。
「何度やっても同じことだとなぜ分からないの?お前の刃は決して私には届かない、と―――!?」
だが。
傲る女隊長の鎧が、音を立てた。
絶句した。
そう、”当たった”のだ。
それで彼女が傷を負ったか否かが問題なのではない。
それに留まらない。ジャリ、ギャリ、と―――女隊長は刃粉によってヤスリがけされていく。
全く脅威にはなり得ない攻撃力だった。だが、この陰湿な攻撃に不快感を覚えた。女隊長は堪らず黒薔薇の細剣を振るって刃粉を掻き散らし、包囲から飛び出した。
軽傷を負った女隊長の焦りに満ちた顔を見て、重傷で血を垂れ流すエルケーはしたり顔をする。
「一矢報いたぞ・・・ざまァ見ろ・・・!!」
「エルケー、お前なにをした!?」
「えぇ、分かりませんか、隊長~?アンタが一番よーく知ってるはずだ。―――ただまぁ、敢えて言うならむしろ逆なんだよな。隊長。俺は、なにかしたんじゃない。しなかったんだ」
エルケーが「しなかった」ことは、意外なほど単純なことだった。
「全ての攻撃が勝手にアンタを避けていく、絶対無敵の防御力。でも、そうじゃない。アンタの能力の穴、気付いたよ」