episode6 sect92 ”下克上”
清田浩二、30歳。日本の一央市ギルドに所属するランク6の魔法士。
優れた魔法士としての技能と過酷な状況にも耐える強靱な精神力を持ち、若くして一央市ギルドのレスキュー隊隊長を任される正義漢。ただし、現在はその正義が勢い余った結果とある勘違いをし、一般市民に暴行を働いてしまったために収監中。しかし、一央市の非常事態に際して特別に現場に復帰、ギルバート・グリーンの考案した魔界突入作戦に参加している。
魔力は赤と黄であり、普段は特注の装身具で風魔法も使い、擬似的な『三個持ち』を実現している。
―――と、ここまでが浩二の現在のプロフィールだ。
だがしかし、やはり彼のことを、特に魔法士として評価するに当たって重要な点はその出生である。本人は極めて不服に思ったことだが、20代後半で隊長に任命された理由には、彼がその点において特別だったこともまた、間違いなく含まれていた。
彼の父親は、現在は毎年優秀な魔法士の卵を輩出しているマンティオ学園の学園長として広く知られている清田宗二郎である。宗二郎はかつてIAMO所属の魔法士であった。そしてまた、元々稀有であった黄色魔力の亜種のひとつである光属性魔力を持つ人間として、史上初めて光魔法を実戦級まで磨き上げた者でもある。その功績から、魔法士業界では既に生ける伝説となっている程の傑物だ。その力は数々の大きな戦いを生き残ってきた事実に裏打ちされている。
また、浩二には4つ上の兄がおり、その兄もマンティオ学園で教鞭を執っている良材なのだが、清田宗二郎の魔法士としての血を最も濃く受け継いだのは兄ではなく弟である浩二だろう、と言われている。
それが意味することとは、つまり。
○
「浩二さん!?!?!?」
浩二が2人の騎士を足止めしている隙に煌熾が『ヘキサフレイム』の、5つ目の魔法陣を所定の位置にセットした直後の出来事だった。振り返った瞬間に頭痛がするほど目が眩んだ煌熾がなにが起きたか察知するには、数秒かかった。
そして、気付いた時にはもう遅く、虚しくも煌熾は純白の光の中へと消えた浩二に叫んでいた。
煌熾の背後で、清田浩二が迸る閃光と熱波を伴って、自爆、したのだ。
『サンバースト・エクスプロージョン』。浩二が間際で唱えた魔法の名前だ。巻き起こった大爆発は、まさしく小さな太陽と呼べるほどに烈烈たるものだった。浩二が捨て身で抑え込んでいた2人の魔族たちはもろともに全身を、あっという間にその白日の中へ呑み込まれ、悲鳴すらなく、地面をも蒸発させる不気味な音だけが煌熾の鼓膜を震わせている。
振り返った煌熾は、目を焼かれながら闇雲に浩二の名を叫び続けた。捲り上げられたコンクリートやアスファルトの破片が頬を掠め、来ていた学園の制服を切り裂いていく。近付くことすらままならない。
「こんな、俺を行かせるためだけに自爆するなんて間違ってますよ!まだやるべきことがあるでしょう!!俺なんかより、もっともっとたくさん!!大体、みんなの命を救えって言ったのはあなたじゃないですか!!なに真っ先に死んでるんだ!!」
「いや、勝手に殺すんじゃねーよ」
「ぁ・・・・・・あ、あれっ」
「良いから次、行くぞ」
――――――と思ったのに、超ピンピンしてた。
さすがに熱の影響で装着していたプロテクターなどは溶け落ちていたが、浩二自身には目立った火傷の痕はない。敵の剣に負わされた傷は血を流して痛々しいままだが、あくまでそれだけだ。
なんかちょっと気マズくなり、煌熾は大人しく6つ目の魔法陣を設置するために移動を開始した。
「いっつ・・・クソ」
浩二は、両肩に刺さったままだった騎士剣を抜いて捨てた。出血が激しくなる心配はあるが、長い金属を体から生やしたままでは続く戦闘の妨げになる。もっとも、その剣も半ばから先は完全に焼失していたが。
ここで冒頭の続きに戻ろう。
清田浩二が父親の魔法士としての血を濃く継いでいると言った。
すなわち、清田浩二は、光魔法が使える。
父親ほど純粋な光魔力は持っておらず、父親ほど高度な光魔法も扱えない。だが、浩二には同時に母親から受け継いだ赤色魔力があった。そして光魔法だけでも火炎魔法だけでも凡庸で父親や兄の影がちらつく日々を過ごす浩二が試行錯誤の末に辿り着いた自分だけの魔法が「光熱魔法」だった。
文字通り光を照射して敵を焼くだけでなく、彼の光熱魔法は光魔法に火炎魔法を乗せる。もう少し具体的に説明すると、物理現象には、光や赤外線などの電磁波を照射して物体の分子振動を引き起こし加熱するものがあるが、光熱魔法の強みはそこではない。
すなわち、光速で「最大数千度の超高熱」そのものを伝播させられる、もとい叩きつけられるという意味だ。当然、見てからの回避は不可能。被弾すれば生存不可能。つまり必殺。
現実はほぼ光速で拡散する攻撃範囲の制御に難儀し、魔力の消耗も激しい等の厄介な点をいくつも抱えているが、決着した今となっては既にイカサマ同然だ。浩二が相手取っていた2人の騎士は、そんな事情など知るまでもなく塵一つ残さず消し飛んだのだから。
「・・・・・・」
浩二は煌熾を追いかけるため走り始める前に、一旦左後ろの様子を気に掛けた。エルケーと、女騎士だ。
きっと、今の一撃でエルケーも気が付いたはずだ。そこまで馬鹿ではないと信じたい。
「浩二さん?どうかしましたか?」
「いや、気にすんな。自分のことに集中しろ」
●
剣が砕け散った。
能力に頼るまでもないってか。
「フザけやがって・・・・・・」
「そっくりそのまま返させてもらうわ。お前、まさかその程度で私をどうにか出来るとでも思っていたわけじゃあ、ないんでしょう?」
手負いだとか、剣が1本足りなかったとか、元上司だからとか、女だからとか、なにひとつエルケーが言い訳に出来るハンデが無かった。エルケーは、ほぼ全てにおいて、女隊長に劣っていた。もしも絶好調のエルケーがフル装備で彼女に挑んでも、状況は今と変わらないのだろう。
冷たい眼光がエルケーの心臓を射貫く。慈悲の片鱗もない。アルエル・メトゥがトップになって以降、リリトゥバス王国騎士団の雰囲気は大きく変化したという。具体的には、絆と呼べる無償の友愛精神が根付き始めたとか。
だけれど、それは所詮、仲間や味方に対してだけのものだ。エルケーはもう二度と、この魔族らしからぬ暖かな待遇を享受することは叶わない。元は自分のために割かれていた仲間意識のリソースは断絶され、再分配され、巡ってエルケー自身に刃を向けてきた。
「ゾッとしないな。敵に回ってやっと気が付いた。思えばおかしな話だろ。気色悪いと思わないか?利益も自分の身の安全も度外視して仲間のためだと団結なんてして」
「なにが言いたいのかしら?」
「そうだ・・・離反して良かった。後悔なんてない。仲良しごっこで盛り上がってる王国騎士団なんざ反吐が出る!俺は隊長たちとは違う。俺は生き残るぞ。これだけは誰にも譲歩しねぇ!利用出来るもん全部利用してでも、俺だけの利益のために!!」
「・・・仲間は良いものよ?お前には分からない感情だったのだろうけれど」
ああそうだとも。分からないからこそ裏切ったのだ。功を狙うギラついた心を失ってなにが誇り高き魔の民か。今の騎士団は見下していたはずの人間の真似事にご執心だ。
魔界屈指の軍大国だったリリトゥバス王国騎士団のあるべき姿を示す。それが出来るのは、今の奇妙な騎士団の有様に疑問を抱けているエルケー、唯一人だけだ。
「その程度で私をどうにか出来るとでも―――と言ったよな。思っちゃないさ。当然だ。隊長、アンタは強い。凄まじく強い。だがな・・・!」
エルケーの魔力が変質する。
いいや、エルケー自身の感覚はその表現とは異なる。なにかが、誰かが、自分の中に流入するような感じだ。でも、気味悪さは瞬く間に力と快感に変わる。これが、あの皇国の魔姫の力なのだろうか。
エルケーの頭上に漆黒のハイロウが顕現したことで、女隊長もようやく構えを引き締めた。
エルケーは、エルケーのためだけにこの力を使う。
「『レメゲトン』・・・!!」
漆黒の環だけではない。サキュバス族の特徴である羽毛の翼は雄々しく展開され、リリス族とサキュバス族共通の特徴だった白い目は叡魔族を思わす黒に染まった。2種族の混血だったエルケーの正体がさらに混沌を極めていく。
「すぅぅぅぅ・・・ハァッァァァ・・・・。こいつはスゴいな。痛みすら忘れそうだ。なんつーチート能力持ってんだ、皇国のお姫様ってのは」
左腕がほとんど動かない事実だけがエルケーに本来負っている傷を意識させている。これすらなければ、赴くままに暴れて傷口を広げ、出血多量で自滅してしまいそうだ。あの黒髪の少年につけられた傷のおかげで、エルケーは目的を見失わずに済んでいる。
立つ足に力を取り戻したエルケーを前にした女隊長は、しかし自身までも『レメゲトン』を披露する素振りは見せなかった。傲りもあるが、それ以上に彼我の能力差については真実としてそれだけの差が開いているからだ。
「今さら、なにが出来るのかしら?剣は折れ、砕けた。お前の能力は剣が無ければ意味を成さないというのに」
「剣ならここであるでしょうに!」
「なに!?」
女隊長は咄嗟に剣で防御の構えを取った。エルケーの気迫に押された。
そして、女隊長の体に大小様々な”欠片”が殺到した。剣に防がれ、あるいは不自然にその軌道を変え、”欠片”によって彼女が傷を負うことはない。だが、無傷でありながら、女隊長は目を見開き、遂にエルケーを警戒していた。
「砕け散った刃をも操れる。しかも、曲線軌道すら可能。そういうことね?」
「さぁね。この力は俺も初めてなもので。他にも色々出来るかもしれないな」
結局、『レメゲトン』使用後のエルケーの攻撃には女隊長の『攻撃が勝手に避けていく』能力が通用している。だが、女隊長は間違いなく、エルケーの強化された『剣を操る』だけの能力を警戒していた。
それは、エルケーにとってかなり不思議な反応だった。彼が強気に振る舞っているのは相互の対等性を崩さないための牽制が目的である。なにせ今そうであるように、エルケーの力では女隊長に傷を負わせることは不可能なのだから、「やっぱり大したことないじゃないか」などとナメられてしまえばエルケーはおしまいなのだ。
そのための虚勢が、なぜか女隊長の動揺を誘うにまで至っている?あるいは、この能力そのものがなにか彼女の力の「穴」を突き得ると判断された?理由は分からないが―――エルケーにはまだ、チャンスがある。
叡魔族とかなんかちょくちょく出ていますが、なんか過去の投稿で見逃したかなとか思った方は安心してください。まだなんにも説明してません笑。ザックリ言ったら「日本人」とか「アメリカ人」とか、そんなくらいのものです。細かいことは今後ボチボチね。まぁそんな重要な単語ではないので気にしなくて良いと思います。