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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode6『Re:Start from By Your Side , Re:Life with You』
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episode6 sect84 ”降り頻る凶夢”

 『とっしー。今、君に「トラスト」って魔法を仕込んだんだけどね?』


 『「トラスト」?どういう効果があるんだ?』


 『簡単だよ。ボクと君の位置を入れ替えるんだ』


 『・・・え、それだけ?』


 『うん、それだけ。ただし、0秒で(・・・)入れ替わる。発動と完全に同時。しかも直前の動作や速さもそのままに』


 『マジか』


 『マジ。―――今からボクがアルエルの足止めに入って、なんとか隙を作ってみせる。そこで入れ替わって、とっしーが全力の一撃を叩き込んで。これが、ボクたちに残された勝ち筋だよ』


 『う、うおぉ・・・。ぉ、俺に出来るかな・・・』


 『出来る。とっしーの最大火力なら、ボクの攻撃なんて比にならないんだから。ボクが合図をしたら、その場で攻撃を始めてね』


 『親指と人差し指を3回交差させる、だな。・・・分かった』


 『いい、とっしー?ボクが攻撃を食らっても慌てちゃダメだよ。大丈夫。ボクならどんな怪我でもへっちゃらなんだからね。じゃ、行くよ』


          ○


 千影が、血まみれだ。腹部が大きく裂けて、きっと内蔵だって腹の中で千切れている。肩の肉が鎖骨ごと抉れた。普通の人間ならとっくに死んでいる。

 あざとくもいじらしい幼い少女が、己が身を顧みずギルバートのために血路を開こうとしている。おぞましい光景、しかしそれが現実。迅雷は自分の腹と肩まで鋭く痛むような気がした。

 治るとか、平気だとか・・・本気で言っているのか?内臓まで掻き混ぜられて、なんで笑っていられるんだ?


 「千影にこんな思いまでさせてるんだ。俺もアンタ(ギルバートさん)も、失敗したら絶対に許さねぇ・・・!」


 千影と目が合う。込められるだけの魔力、ありったけを右手の『雷神』に注ぐ。眩しい黄金に輝き始める刀身に魔法陣が浮かべば、もう雷鳴しか聞こえない。


 涙を拭え。敵を見ろ。


 お前は次の瞬間に奴を斬るんだぞ。



 「『雷斬(ライキリ)』!!」








          ●








「・・・は?」


 そのとき、アルエルの思考は軽くトンでいた。


 なにせ、少女(千影)だった敵は、少年(迅雷)だったわけで。


 なにを言っているのか意味が分からないかもしれないが、変身とか幻覚とかそんなつまらない小細工とかじゃなくて、とにかく、そうなのだ。


 なんとなく状況を事実として認識したとき、アルエルの視界の最奥ではとっくにギルバート・グリーンが扉を開いて管理施設の中へと踏み入った後であった。

 それから、アルエルが取った行動は、極めて単純だった。


 叫ぶ。ただ、喉を内側から削り尽くさんばかりに吼える。激痛、不可解、理不尽、屈辱―――あらゆる激憤を音の形で表現した。

 騎士の誇りである鎧は砕け、鍛え上げた筋肉は裂け、体が斜めに傾ぐ。

 

 ・・・フザけるんじゃない。こんな、訳の分からぬまま倒れるなどあり得ない!!




          ●




 深く、袈裟斬りにアルエルを叩き斬り伏せる。

 雷光に焼かれた血潮は空中で沸騰し、肉の焼けるイヤな焦げ臭さが少年と騎士団長の絶妙に肉薄する間合いに立ち込めて、煮えたぎる敵愾心に橋を架ける。

 アルエルの目は憎悪に燃える。迅雷もまた、千影を傷つける敵を恨むかのような気分でいた。迅雷は左手に握るもう一方の魔剣『風神』に力を預ける。


 互いに身勝手な逆恨み。


 「人間ッンンンンンンン!!!!」


 「斬れェェェェェェェェェェ!!」


 刃折れの歪な黒剣と翡翠色の冷光湛う風剣が鍔を迫り、両者は睨み合う。

 アルエルが鬼のような形相でなにか喚くが、迅雷にはさっきからもう自分の巻き起こす雷電と暴風の音以外、なんにも聞こえやしない。

 本気でやっているのに、いくら力を込めてもアルエルが押し返してくる。冗談みたいな力だ。まだだ。まだ足りない。もっとだ。もっと魔力が要る。絞り尽くさないと駄目だ。『風神』の刃から溢れ出した魔力から更なる巨嵐が生み出される。それでも。


 「もっとだ・・・もっと!!」


 そして・・・爆ぜた。

 際限なく破壊力を増し続けた迅雷とアルエルの拮抗は、最後には溢れすぎて制御出来なくなった魔力の炸裂を引き起こしてしまったのだ。


 高速のトラックに撥ねられたような風圧に煽られるまま、迅雷はコンクリートの床の上を跳ねた。

 やっと音が蘇る。鮮やかとは言い難い、荒涼とした風塵の掠れ音だ。あとは、自分の体が床と奏でる愉快な鈍いドラミングと・・・だんだん近付いてくるのは千影の声。

 受け身の取れないまま高さ10メートル以上ある屋上の縁から飛び出すほどの勢いだった迅雷は、すんでのところで千影にキャッチされた。


 「グッジョブ、とっしー。成功だよ」


 「じゃないと千影の顔も見れねぇよ・・・」


 ギルバートの姿はもう屋上にはない。確かに、彼を先に行かせるという目論みまではうまくいった。大成功だ。

 しかし、どうやらまだ迅雷と千影の戦いは続いているようだ。

 

 「ぶはァ・・・。一本取られたな。血を流したのはいつぶりだったかな。本気で迎え撃ったはずなのだが―――認めるしかなくなったな」


 あれだけの莫大な力のぶつけ合いの後としては信じられないことであるが、迅雷もアルエルも無事だった。

 迅雷とは反対方向に吹き飛ばされたアルエルは、千影に支えられる迅雷よりも早くに立ち上がっていた。右手に握られた黒の騎士剣は半ばで折れてもはや使い物にはならず、立派だった漆黒の鎧は正面がほとんど裂け剥がれていて、肩から腰まで至る斬創からは水分多めのペンキでも塗りたくったかのように真っ赤な血が流出していた。それでも、アルエルは立ち上がった。

 折れた剣を捨てて、両手に闇を纏う。魔術により、闇はその形状を細い槍へと変える。


 「まだやる気かよ・・・」


 「当然だ。これで勝ったとまでは思うんじゃない。今から私はお前たちを殺し、それからすぐにギルバート・グリーンの首をも獲ってみせよう。・・・なに、そうすぐには『門』は奪えない。あれが目当てなんだろう?分かっているさ。そうだな、10分か、もう少し。まだ策は残してるか(・・・・・・・・・)?本当に勝ちたいのなら!今度こそ本気で私の足を止めてみろ!!」


 気迫だ。

  

 窮地に陥った騎士団長が秘める荒立つ士魂が放出する気迫に気圧された。

 派手に袈裟斬りにされてなお微塵の衰えも見せない。

 素直に、迅雷は恐くなった。それだけで寿命を削るような殺意を隠さず向けられたからではない。アルエルの覚悟が、自分の覚悟を揺るがしうるように思われたからだ。許されるのなら背中を向けて逃げ出したくなるほど敵の姿が大きく見えた。まだ未熟な迅雷の意地は、あの男と衝突して打ち勝てるのだろうか。


 ・・・動かなきゃ。迅雷は分かっているはずだ。自分には、依然”戦う”という選択肢しかないのだ。ここで逃げればアルエルはやはりギルバートを優先するからだ。立ち向かうしか道はない。恐いとか考えている場合ではないのだ。立て。行け。戦うんだよ神代迅雷。


 「ヒッ、ヒッ、は・・・うっ・・・!?」


 力を込めた左腕が奇妙な痛みを訴えた。

 目を落とす。真っ青で、真っ赤だった。

 過剰な魔力を通し続けた負荷で血管が何本も切れて筋肉がズタズタになったのだ。浮き上がった太い血管の出血は皮膚すら破って外気に触れていた。

 たった一度本気で斬り結んだだけで、この有様である。次は腕が弾け飛ぶかもしれない。堂々とする敵を前に迅雷の心は折れそうだ。心臓が逃げだそうと激しく跳ね回っているのが分かる。恐い、恐い、恐い、恐い、恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐

 

 「それで良いんだよ」


 暖かく、優しく。

 千影の小さな手が迅雷の手を包むと、なぜだか、震えが止まった。


 「恐いのは当たり前なんだよ。それがフツーなんだよ。だけど、ボクも、とっしーも、恐くても戦わなきゃいけないの。だって、そうしないと(・・・・・・)一緒に帰れない(・・・・・・・)じゃん(・・・)


 「千影・・・」


 「とっしーは全力で戦って。とにかく全力で。体は辛いかもだけど、ボクが全力でサポートするから」


 「俺より重傷のくせにイキがりやがって―――」


 千影は、ギルバートのためとは言わなかった。自分と、迅雷のために戦うのだと。

 そうだ。そうだった。迅雷はなんでここに居る?分かっているはずだ。

 千影と一緒に戦いたくて、一緒に困難に立ち向かえるようになりたくて、ここに居る。貫き通した我儘こそが迅雷の覚悟に他ならない。

 まだ恐い。それでも、剣に力を込められる。あぁ、帰ろうとも、一緒に。そのためなら迅雷は戦える。


 「俺だって命懸けで『雷神(コイツ)』握り直したんだ。足止め?フザけろ、馬鹿にすんじゃねェ、立ち上がったこと後悔するくらいズッタズタにしてやんよ!!」


 「よくぞ言ったり!」


 足の血管内が沸騰しそうな脚力強化を行い、迅雷の方からアルエルに斬りかかった。千影のスピードにはまだまだ敵わないが、非人間的な魔力量を遺憾なく利用することで迅雷は十分に並み居る強豪たちとも渡り合えるほどの、そして時に凌駕し得るほどの俊足を実現出来ていた。

 それでもアルエルは速い。左手の魔力槍1本で、迅雷の乱雑かつ不規則な二刀流を捌いてくる。剣だけでは足りないのならと、魔法で電撃を放ち、風で足取りを阻害し、迅雷はアルエルの移動先を減らすことで肉薄し続ける。そしてまた、迅雷は、アルエルの反撃を全て紙一重で受け流すことが出来ていた。動体視力に自信のある迅雷本人をしてあり得ないと思ってしまう奇跡的な反応速度が実現されている。とても捌ききれないような鋭い刺突の五月雨も、莫大な魔力による増強と極限まで研ぎ澄まされた生存本能が目に宿り、鋭く飛び来る槍先を追いかけてくれるのである。ただの精神集中で全てにおいて迅雷の見える世界は恐ろしいほどに減速していく。そして、その中でも追えない速度で動く影。


 須臾とも言える隙ならぬ隙で、千影がアルエルの背後に回り込む。鞭のような蹴りがアルエルの首を捉えたが、悲鳴を上げるのは千影の脛だ。やはり硬すぎる。骨のヒビ程度なら数秒で治せる。千影をカバーするように迅雷が両手の剣に魔力を纏う。

 放つは、雷の刃と風の刃を同時に撃ち出す、飛ぶ斬撃(ロマン砲)だ。習得以来、最近はいよいよ彼の十八番となりつつある『駆雷』(ハシリカヅチ)の二刀流バージョンと言うべき、高威力の剣技魔法である。


 「『時津風(トキツカゼ)』・・・二連!!」


 旋風の如く回転し、放たれた四重の「飛ぶ斬撃」は、床を削ってアルエルに喰らい付く。


 「この程度」


 「だろうな!」


 「だとも」


 アルエルが大きい方の翼を振るうと黒い突風が『時津風』を吹き散らした。こうなるのは何度も全力の攻撃をいなされ続けていればイヤでも想定してしまう。もはや一撃はアテにならない。だから、迅雷は自分の魔法の陰に身を隠してアルエルの頭上に跳び上がっていた。

 二刀持つことにより本来の半周期化した連続回転斬りだ。ただし、ここでも魔力を惜しまず垂れ流す。その勢いたるや、迅雷の姿を雷光が隠してしまうほどだ。風が砂塵を巻き込み薄暗くその光を濁す。

 迫る雷雲、しかしアルエルは怯まない。恐れる必要などないから。指先に『黒閃』―――魔族の言語で言うところの『テネブラエ・ルーメン』を用意して迎え撃つ。


 「『トラスト』」


 「ム!?」

 

 真横。ありえない方向へと少年が移動を開始した。・・・いや、少年じゃない。少女の方だ。

 サテライト軌道で千影はアルエルの『黒閃』を回避し、一息に懐へ潜り込む。そのまま腹部に体当たりをした。地味な攻撃だが、アルエルは既に腹に深手を負っている。例え強力な肉体強化能力でも傷口の痛覚までは守れない。

 呻き声を上げるアルエル。千影は次を待たない。


 「『ブラック火吹芸』」


 掌に起こした黒い種火を口に含み、アルエルの傷口に吹き付ける。これが効かないはずがない。呻き声は一瞬悲鳴の様相すら見せる。

 まだ終わらない。

 千影と位置を交換した迅雷はさっきの回転力を保ったままアルエルを背後からぶった斬った。しかし、肉に触れた鋒が火花を散らす。


 「斬れろよォォォォォォォッ!!」


 「ぬぅああ!!」


 斬れ・・・ない!!

 

 「っ、『トラスト』!!」


 また、入れ替わる。迅雷を払いのけるためのアルエルの裏拳は千影の鼻先を掠め、迅雷の剣は正面からアルエルの傷を抉る。

 激しい血飛沫が迅雷を赤く濡らす。顔に向かってくる返り血に反射的に目を瞑るが、千影の声が迅雷を突き動かす。


 「畳むよ!!」

 「ああ!」


 アルエルが膝から崩れ落ちる。

 この瞬間、迅雷の心の中に新しく沸き上がった感情は、喜びだ。

 ずっとずっと、何度も何度も、いつもいつも取り零してきた勝利を、他でもない千影と一緒に掴み取ったことに筆舌に尽くしがたい幸福感を感じたのだ。涙すら浮かべたかもしれない。



 いや、事実としてその瞬間迅雷は涙を流した。


 

 床に四肢を投げ出し血を吐いたのは、迅雷と千影だったから。

 


 彼らを見下ろすのは、3人のアルエル・メトゥだった。

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