episode6 sect83 ” TRUST YOU ”
黒川は、迅雷と別れた後、西棟の1階に侵入していた。交戦していた槍使いの王国騎士は不利とみたのか、突如として逃走してしまった。
黒川が西棟でなにをしようとしているかと言えば、単純に、メインコントロールルームに向かっているだけのことだ。ギルバートにしか装置類の使い方が分からないのは事実だが、なにもそれ以外のメンバーが先に目的を押さえてしまうことに問題はない。動ける者は積極的に行動するべきだ。
屋内の様子は、照明が必要最低限にしか灯されておらず、いささか不気味さがある。騎士が守りのために立っているわけでもない。静かすぎて、深夜の病院のようだ。
「この様子だと戦闘員は出払っているのか・・・?」
森で遭遇した騎士たちと、施設屋外で見張りについていた騎士たちが全戦力だったとすると?
そして、頭上から聞こえてくる激しい戦闘音は、ギルバートと千影がアルエルと繰り広げているものだ。それと、迅雷もか。そして、管理施設入り口付近では浩二と煌熾が追手と交戦している。
導き出される答えはひとつだ。今、黒川を止められる敵はいない。管理施設にいる王国騎士団は全員、黒川以外の敵に釘付けにされている。
もっとも、この余裕がいつまで続くかは分からない。行動は急ぐべきだろう。
「でも、焦るなよ~、俺・・・」
考える。この施設は軍事施設ではない。西棟の場合観光施設とも違うが、問題はそこではなく、外部の人間(人間というより魔族だが、表現として)に対して開かれた施設なのは間違いない。つまるところ、正面から侵入した黒川にとって西棟の内部構造を知るのは極めて簡単なのである。
「あったな」
フロア案内板。
ショッピングモールでも、大学のキャンパスでも、大きな病院でも、とりあえず来客者が目的の場所を探すのに便利なアレだ。便利というか、常識としてこの手の施設には備え付けていないといけないと言っても良い。入り口をくぐってすぐの場所に設置されている案内板を黒川は頼った。まさか侵入者対策でダミーに付け替えたりなんてしていないだろう・・・という打算は含まれるが。
見取り図によれば、メインコントロールルームは2階と3階らしい。その部分だけ床を取っ払って繋げているのだろう。元々巨大な建物の中で、施設の床面積の半分以上を占めている大きな部屋だ。福島県並みに広大な土地の主立った情報管理をたったひとつの部屋で行っていると考えると、これでもまだ小さすぎるほどに思えるが、正直なにをどこまでどんな方法で管理しているのかは、黒川にはサッパリ分からないから適当なことは言えない。
ひとまず簡単に目的の部屋の位置は特定出来たので良しとする。問題はどうやって攻め込むかだ。コッソリ仕掛けるべきか、一気に攻め込むか。―――元々、今黒川たち人間サイドの雰囲気としては後者に大きく寄っている。しかし、先にも触れたとおり、現在の黒川は恐らくノーマークなのだ。メインコントロールルームにいるのが全員非戦闘員とは限らない。ここは時間的余裕が許す範囲内で安全策を講じるのもひとつの手ではないだろうか。
と、思ったが、そうもいかないことに黒川は気付いた。
見上げてみれば、監視カメラがある。・・・考えてもみれば当たり前だ。ないはずがない。人間だってそうしているではないか。
アルエルはエルケーたち王国騎士団は魔法士のことを「兵隊」と言ったが、本質的に魔法士が兵隊ではないことの証明がここで完了している。分かるだろうか。軍属の人間だったらまず間違いなく敵の基地に攻め込む場合監視カメラなどの存在を忘れることはない。
魔法士という職業は、あくまで「対モンスター」の存在である。軍隊のように敵と敵同士になって攻め合うための訓練なんて、プロでもほとんど受けていない。裏を返せばほとんどない程度には受けているのだが。結局のところ、軍事的なスキルを有する魔法士は独学でそれを身に付けているだけである。
余談になるが、ほとんどまともにやっていないとはいえ、魔法士に対して軍事的教育を行っていることは地味に恐ろしいことである。分かるだろうか。過去に起きた界間戦争で、人間の科学に基づいた軍事力だけでは対処出来ない戦いはいくつもあった。巨大な兵器は異世界に持っていけないし、戦闘機では翼竜の機動力に追従出来ないこともままある。いつかも言った気がする内容だが、魔法士はそう言う意味で対異世界の生物兵器と言えるのかもしれない・・・。
要するに、軍人とは根本的にスタンスの異なる魔法士・黒川は自分の姿が常にモニタリングされている可能性を今になって思い出した。
「やっぱゆっくりはしてられねぇ!」
階段を上がって、2階の入り口から入る。それが最短ルートだ。このまま一気に畳み掛ける。マップを頭に叩き込んだ黒川はすぐに走り出した。
だが、階段にて。
「お前、逃げたんじゃなかったのかよ・・・!」
「休憩していただけだ」
槍を持った、悪魔の騎士が待っていた。
長い得物、広くはない通路。黒川は舌打ちをした。嵌められた。
槍を振るわれ、黒川はやむを得ず階下に退避した。
悪魔は高所の利を捨てて階段を降りてくる。通さないために待っていたというより、黒川を仕留めるために待機していたという雰囲気だ。逃げても追ってくる勢いだ。
「他にも敵がいる可能性は考えないのか?」
「考えない。なぜなら、いないからな」
「・・・」
もう人数はバレている?
いずれにせよ、どうやら結局、黒川はこの騎士と決着をつけないといけないらしい。
と、なれば、次は容赦しない。黒川は多数の水の魔法陣を空中に浮かべた。
「一度お前は俺から逃げた。その事実を思い出しな」
「逃げた?馬鹿を言え。あれは指示を受けたからだ」
「そうかよ、今となってはそんな気もしてきたよ」
騎士は、槍を地面に突き立てた。
黒川は悪寒に体を震わせた。理由は分からないが、シックスセンスに訴えかける謎の重圧に恐怖が呼び起こされたのだ。
知らない。知らないが、なにかとても都合の悪い・・・ヤバイなにかが起きたのは間違いない!!
「人間は魔族より弱い。その事実を思いだしな」
騎士の頭上に、黒い輪が浮かぶ。
「『レメゲトン』」
●
「そら、どうしたギルバート・グリーン!攻めねばここは通れんぞ?」
「攻めて欲しいなら攻撃の手を緩めたまえよ、アルエル・メトゥ」
正直、ギルバートの防御はアルエルにとってなんの障害にもなっていなかった。
少なくとも、向こうの2人が作戦会議に没しているうちは絶対的にアルエルが優位だった。
アルエルの固有能力、魔族的に言えば”特異魔術”は、複数の敵を相手取っても恐ろしく強力だが、こと1対1の戦いにおいては無敵と言えるほどに機能する。
しかし、恐るべきはギルバートの冷静さだ。完全を超越した次元で「戦うことの恐怖」を飼い慣らした者の目をしている。アルエルでさえ未だ至っていない境地とも言い換えられる。
客観的不利に外部の自分から最善手を投じて全ての危機を回避し続ける。肉体はまるで命令に従うだけの器で、もはや自分の戦いの中に”主体”と言える精神すら介在していないようにまで思われる。
「実に強い敵だ。洗脳して騎士団に迎え入れたいくらいだ。もっとも、そんなことをしたら内側から切り崩されそうだが」
四方から迫る空気の槍をアルエルは回し蹴りで叩き壊す。そして、歪な刀身の黒剣を高く掲げ、振り下ろす。太刀筋を通って黒い稲妻が弾けて、ギルバートの立っている地面を焦がした。
逃げるギルバートをアルエルは空いた左手で指差す。人差し指に闇を収束される。
「『テネブラエ・ルーメン』!」
人間族はそれを『黒い閃光』と訳しました。
幾本にも分かれた闇の破壊線はアルエルの眼前に広がる全ての景色を彼方へと消し飛ば――――――
「・・・どういう仕組みなんだ、お前の能力は」
「これは残念だけどただの体質だよ」
―――すはずだったのだが、おかしなことになった。
魔力を指先に集めて撃ち出すまでのごくごく僅かな隙でアルエルとギルバートの間に千影が割り込んだ。彼女の背中から生えた翼が、生物の肉壁など容易く貫通するはずの『黒閃』をアルエルの指先数センチで押し留めていたのである。
タネ明かしをすると、千影の翼の組成はほとんどがタンパク質ではなく黒色魔力そのものなのだ。そして、『黒閃』というのは物理的抵抗は徹底的に破壊・貫通する一方で、実は魔力的な抵抗で比較的容易に止められてしまうのだ。・・・そんなの聞いてない?当然だ、今初めて説明しているのだから。でも、前例はあったはずだ。
4月に一央市ギルドで猛威を奮った『ゲゲイ・ゼラ』の『黒閃』は頑丈なギルドの建築を破壊し、アスファルトの地面を激しく抉ったが、天田雪姫が操るただの粉雪の脆く薄い壁が焔煌熾の命を守ったことがあった。あれは魔法による防御だったと分かるはずだ。
それから、もうひとつ。千影の翼は、魔力を掴み、吸い上げるための器官であること。
―――これについての説明は、後にしよう。千影のアクションはいよいよ作者に解説する暇も与えてくれないほどスピードアップするようだ。
「てぇあっ!!」
「チィッ」
千影の翼の輪郭が解けて揺らぐ。『黒閃』を打ち払い、羽ばたく。拡散する黒色魔力は、羽毛の形をした無数の弾丸と化す。
アルエルが回避の素振りを見せたと同時、千影は彼の背後に回った。鎧ごと背骨を砕くつもりで左腕の鉤爪を大きく開き、突き立てる。
だが、千影の自慢の鉤爪は、アルエルの片側だけ退化した蝙蝠の翼に当たっただけで折れた。
「ちょこまかと!!」
「!?」
反応があと100分の1秒遅れていたら重傷だった。信じられないことに、アルエルが背後を振り向き斬りつける速度は、その瞬間だけ千影と同等かそれ以上にも達していたのである。
喉に一文字の浅い裂傷を受けたが、千影は怯まずアルエルに肉薄した。その瞬間、ギルバートも階段を目指して動き出す。
あと5秒だ。5秒だけで良い。このままアルエルを抑え込む。
千影は逆手に構えた刀をアルエルの懐で振り回す。このとき、恐らくアルエルが本来の動体視力であれば、一度の攻撃で少なくとも4~5本の太刀筋が描かれたように見えたことだろう。だが、アルエルは千影より速かった。
オリハルコンの刀と歪な騎士剣。斬撃の応酬の最中、千影は尻尾の先端に溜めていた『黒閃』を解放し、巨大な棍棒で殴りつけるように、袈裟にアルエルを薙ぎ払った。
アルエルは千影の『黒閃』を、魔力を纏ったただの蹴りで弾き返してしまう。だが、急にスピードが落ち込んだ。千影はその隙を逃さない。『黒閃』を振るうためにアルエルに背を向けていた間に、アルエルの視界から隠された彼女の手の中には爆破魔法が組み上げられていた。
「『プロード』!!」
「子供だましだな!!」
爆風と爆炎の中からアルエルの剣が千影の脇腹を貫いた。
傷は腸まで届いていた。凄まじい量の血液が千影の腹から噴き出す。
「まだこらえて!!」
「少し大人しくしてろ!!」
アルエルは再び千影以上の速度を出してギルバートを追い詰める。このスピードにはさしものギルバートも対応しかねるはずだ。
「させない!!」
腹部の傷から人間なら致命傷レベルの血を溢しながらも、千影『サイクロン』を使用した。自身の高速化能力により、千影は物理的に不自然な加速力を生み出す。
数段速度を増した千影はアルエルを追い抜き、ギルバートを庇って立ち塞がる。
アルエルは構わず剣を振るう。いや、千影が回り込んできたことに反応が追いつかなかった結果かもしれない。
千影の右肩にアルエルの黒い剣が沈み込む。
千影は、そのまま強引に素手で剣を打ち払った。鎖骨辺りから骨ごとごっそり肉が抉れる。
「ぅぁッ・・・」
「こいつ――――――!?」
剣と共に体勢を崩されたアルエルの表情が不快げに歪む。
苦痛の中、しかし、千影は笑みすら浮かべていた。
―――やっと、取り付いた!!
千影の夜空のような目はアルエルを映していない。その向こう。
左手の人差し指と親指、出来るだけゆっくり交差させて。
千影は、右腕の鉤爪に黒い炎を纏わす。
アルエルは剣でそれを迎え撃ち。
「『雷斬』!!!」
堪えに堪えた全てを、一斬に乗せて。
アルエル・メトゥの黒く歪な騎士剣を真正面から叩き折ったのは、神代迅雷の黄金の剣だった。