episode6 sect82 ”2人なら―――”
「千影・・・・・・!!」
やっと、やっとだ。やっと追いついた。
千影はすぐそこにいる。目指した舞台がそこにある。
「だってのに―――」
「止ま、れ!!人間ンン!!」
「邪魔ッ、すんじゃねェ!!」
ギルバートの魔法によって倒れていた騎士が迅雷の道を塞ぐ。
迅雷は迷わず背負った2刀を抜き放ち、騎士に斬りかかった。
翼の装飾が施された長槍が迅雷の顔面を狙って突き出される。だが、鈍い。手負いだからだ。それを紙一重で避け、迅雷は騎士の胸板に肘を叩き込む。手負いだからといって容赦しない。よろめいた騎士の腰を狙って迅雷は『雷神』を振るう。
しかし、容赦する気がないのは敵も同じこと。
騎士の腰あたりから生えた翼の表面に魔法陣が浮かぶ。正確には魔術、魔族の法だが、迅雷にとって気にすることではない。
「フザッ―――!!」
「死ね!!」
黒い魔力を固めて作り出されたクナイ手裏剣のようなエネルギー弾が迅雷の顔面を狙う。徹底的なまでの頭部狙いだ。殺意の強さが身に染みて感じられる。
迅雷は無理矢理に体幹を捻って射線上から可能な限り離脱し、騎士を斬るための剣を引き戻すことで魔力クナイを剣の腹を使い逸らす。
だが、息をつく間もない。体勢が崩れた迅雷に再び魔槍が飛んでくる。
「避け・・・!?」
「危ねぇ!!」
高速の水の塊が迅雷の眼前を横切った。騎士は槍を水の弾丸で弾かれてバランスを崩した。迅雷はすぐに水が飛んできた方向を見た。
黒川だ。援護に来てくれたのだ。
「黒川さん!」
「迅雷。こいつは俺が押さえる。先に行け!」
「ありがとうございます!!」
本当なら、格下である迅雷こそ黒川のサポートをするくらいのつもりでいるべきなのだろうけれど、なぜか黒川は迅雷を先に行かせてくれた。迅雷はそこで迷わない。黒川を置いて、迅雷は西棟の屋上を目指して駆け出した。
背を向けた敵を追うべく騎士も動く。騎士は槍の先に黒色魔力を収束させた。
「消し飛べ!!」
『黒閃』だ。徹底的に圧倒的に破壊力だけを追及した魔力の奔流。弾速も速い。黒川の対応は間に合わない。迅雷は『サイクロン』で自分の体を上空に撥ね飛ばし、それを回避した。
さらに迅雷は両手に持っていた『雷神』、『風神』を放り捨てて『召喚』を唱える。取り出すのは、エルケーが使っていた短めの騎士剣、1本折ってしまったので合計3本。迅雷は空中で体の捻りを使い、それをスローイング・ナイフの要領で1本、槍の騎士に投げつける。『雷神』と『風神』に比べて軽いから、投げやすいしスピードも出るのだ。
当然防御されるが、それでも良い。防御の時間だけ迅雷は自由に動ける。
「ふっ!」
迅雷はそのまま残った2本のエルケーの剣にいっぱいいっぱいの魔力をつぎ込んでから、西棟の壁目がけて順々に投擲した。ガキン、と硬い音がして、剣はどちらも壁面に突き刺さる。投げただけで煉瓦の壁に刺さったのは、運が良かったからか剣の性能が思ったより良かったからか。狙い通りにいったから良かったが、実は迅雷は刺さらない可能性を考慮し忘れていた。
迅雷は1本目の剣の上に着地する。
だが、さすがに刺さりが甘い。当たり前だ。いくら優れた斬れ味の刀剣でもフルーツに向かってナイフを投げるように建物の壁に深々と刺さるようなことは普通あり得ない。あくまで、普通は、であるが。
迅雷は剣が抜け落ちる前に魔法の力も借りてもう一度跳躍し、もう1フロア上あたりに刺さった次の剣を目指す。踏み台にしたエルケーの剣はそのまま地面へと落ちていく。
「と、どけ・・・!」
高さにしてそろそろ地上10メートルといったあたりに刺さった剣の持ち手に辛うじて迅雷は指をかける。そうしたら、すぐに全指をかけて握り込む。近くにあった窓枠に肘をかけて体を持ち上げ、壁面に足を着ける。よじ登り、窓枠に足をかけ―――がくんと体が揺れる。2本目の剣が抜けたのだ。右手が重力に持って行かれる。半分の体重が自由落下を開始する重みでアンバランスな体勢が傾ぐ。
すぐさま、迅雷は『サイクロン』を唱えた。どっちみちこの高さからでは屋上にはまだ届かない。最後の一押しは必要だった。急に上昇したせいで窓枠にかけていた足を体に引き戻し損ね、煉瓦の角に脛をぶつけてかなりの鈍痛に見舞われるが、器用さに拘ってはいられない。それだけ迅雷はがむしゃらに千影のいるところを目指しているのだ。
屋上の高さを超えて、迅雷は体を翻す。
「『召喚』!!」
地上に落としてきた『雷神』と『風神』を呼び戻す。
『サイクロン』の突風で得た余分な勢いを受け身で殺し、迅雷は西棟の屋上に降り立った。
かくして、迅雷は広大な屋上空間の中央で敵と対峙する少女の姿をすぐそこに捉える。
○
「千影!」
「とっしー・・・」
相も変わらず、こういう慮外のことが起きると、途端に臆病な目をする。
「なんで来たの!?なにしてんのさ。なんで・・・」
「やっぱ、千影がいないと落ち着かないよ。千影が命張ってんのに俺だけフツーになんてしてらんなくって、来ちまった」
千影は納得がいかない目だ。仕方がない。まともな理由じゃない。
迅雷もそうだった。ギルドも『荘楽組』も裏切って独りで全員を危険から遠ざけようとした千影の考え方に抱いた不満は、今でも思い出せる。
そんなもんだ。こういうのは押し付け合って妥協し合って、初めてどこかに行き着いたなら、それで具合良い。
そして―――というよりも、それよりも、千影とギルバートが相対する敵だ。月並みな感想だが、見るからに強そうだ。左右でサイズの違う黒い翼と、燃えるような髪、力強く青い瞳。なにより風格が今まで見てきた騎士たちとは段違いに危うい。
「来たな、増援。思ったよりも若いじゃないか。その目、兵士というには初々しいな」
「あいにく普通の学生なものでね」
「なるほど。それで『なんで』か」
アルエルはしゃべるだけで動かない。侮るわけではないが、アルエルなら迅雷を今すぐ戦闘不能に出来ただろう。
そうしない理由は単純だ。もしアルエルがこの位置から迅雷を狙えば、ギルバートがすぐさま階下に走る準備が整っていたからだ。
あるいは、千影が全力で走れば一瞬で迅雷とギルバートの首を取れるかもしれないが、確証のない作戦だ。やはり下手に道は空けられない。
無言の内に繰り広げられる牽制には気付かないまま、迅雷は戦場の中央へと一歩踏み込む。
しかし。
「止まりたまえ、トシナリ。君はまだそこにいるんだ。なに、見ていろ、とは言わないさ。来てしまったんだ。生還するために足掻く権利は与えないとフェアじゃない」
ギルバートは、意外にも言うことを聞かずに魔界へやって来た迅雷を拒絶することはなかった。だが、迅雷が拍子抜けするのも束の間。千影がギルバートを睨んだ。
「企んでる顔」
「余所聞き悪いことを言うなよ。私はトシナリの力をアテにしたいのさ」
千影は臍を噛むような表情をしたが、ギルバートに促され、迅雷の横に移動した。
「誰にそそのかされたのか知らないけど、後で文句は覚悟しててよね」
「しとく」
そう言って、迅雷は電波が届かず表示の狂ったデジタルの腕時計を外して、千影に左腕を差し出した。
左手首に刻まれた妖しい刺青紋様に千影が口付けすれば、最大20分間、迅雷の本来の力が解き放たれる。己の体すら内側から食い破りかねないほどに肥大化した、異常な魔力が。
迅雷の手を取った千影は、ひとつだけ迅雷に確かめた。
「ボクは、あのヒト・・・アルエル・メトゥを殺す。少なくとも、そのつもりで戦うよ。殺す。とっしーは・・・それを受け入れられる?」
千影の口から放たれた”殺す”という単語の意味が分からない迅雷ではない。
「・・・・・・、気にしないよ」
「ごめん。ありがと」
狂いきれない狂人に敬意を。
危うい優しさに感謝を。
千影は、そっと、迅雷の左手に口付けを施した。
足下の床がいきなり抜けたような浮遊感と突き上げるような反動が迅雷を襲った。
全て錯覚だ。本当は疲れ切っている肉体に急激な負荷が加わったことで平衡感覚が狂ったのだ。
前回の『制限』解放からだいぶ時間が経ったような気さえするが、実際はまだ6時間前後しか経過していない。一度の解放は前述したとおり最大20分しか続かないようにはなっているが、その20分を全力で戦えば、それだけで迅雷の消耗は酷いもので、千影はこの場合少なくとも1日は休ませるようにしていた。
何度も”慣らし”を行ってきて迅雷はその20分をフルに使える程度には自分の魔力に耐性を得たが、それより先は未知の世界だった。
剣を地面に突き立てて転倒を耐えた迅雷は荒い息を吐いている。やはり千影が危惧していたように、1日に20分以上この魔力量を扱う負荷は重すぎたのだ。
「とっしー・・・いける?」
「すぅ―――――――――ふぅ。・・・大丈夫。魔力ってのは心で制御するもんだろ?あと20分、やりきってみせるさ」
「じゃあ、頼りにさせてね」
「あぁ」
迅雷は床に突いた剣を持ち直し、腰を低く構えた。有り余るエネルギーを筋繊維全体に染み渡らすように息を長く吐く。
魔力的に雰囲気が急変した迅雷に対し、アルエルは興味を示した。
「非凡な才能だ・・・。ネテリも、こんな奴が混じっているなんて思わなかっただろうな。完全に予想外だった」
裏を返せば、どこまで予測していたか。
アルエルは「知っている」と言った。
侵入者が6人であること、敵の個別戦力評価を極めて高精度に導き出してくれたのは、補佐官のネテリだった。大胆にも騎士団長アルエルを真っ先に敵にぶつける作戦を迷いなく実行出来たのも、彼女の存在あってこそだ。現にうまくハマっている。
しかし、ネテリ・コルノエルは見誤った。
「が!残念だったな!結局私が勝利する!」
「守備側は条件が多くて大変だぞ?」
ギルバートが動いた。誰の目にも映らない空気のギロチンを、アルエルは肌に感じた微かな風圧を頼りに回避する。
ギルバートとアルエルの間にあった数歩分の距離が一気に開く。潔いほどアルエルを無視して階段を目指し走り出すギルバートに、アルエルが回り込む。ギルバートは空気壁でアルエルの追撃を防ごうとするが、やはりアルエルの攻撃は鉄より固い壁を紙屑のように引き裂いてギルバートを襲う。屋上の縁まで追い込まれたギルバートに、アルエルは忠告を出した。
「下に逃げても無駄だぞ。必ず私はお前を追い、あの2人も食い止める」
「とことん面倒な奴だな、君は」
ギルバートは、今度はアルエルから視線を逸らさずに屋上の中央へと戻った。
さて、またしてもギルバートとアルエルの2人だけで盛り上がり始めたが、忘れてもらっては困る。そろそろ迅雷と千影の動き時だ。
「とっしー。ボクらはギルさんを下に行かせるためにあの騎士を足止めするのが最優先だよ」
「え、なんで?」
「ギルさんにしか魔族の機械の操作が分からないからだよ。あの人、魔界語が素で分かるから、下のコントロールルームを奪えれば『門』も止めれるはずなんだ」
「さすが、『いつも正しい』人だな。分かった。文句ないよ。よし―――」
今は、ギルバートに道を作るのが最善手。正直迅雷としては気に食わない相手だが、理解はした。
「ちょい待ち」
「っと!?」
飛び出しかけた迅雷を千影が止めた。ギルバートとアルエルが拮抗している今のうちに、恐らく最も確実性のある作戦を伝えるためだ。
「今のところ、アルエルの能力は全然分からないんだけど、とりあえず身体強化系だと思う。攻めも守りもかなりヤバい。ボクの『牛鬼角』でも傷一つつかなかったくらいに」
「は・・・?オリハルコンだろ、あの剣!?チートじゃねぇか!?」
「そう、ホントにチート級」
「そんなのどうやって止めるんだよ?」
「確かに無理だと思う。―――1人だったら、だけど」
千影は迅雷の前に躍り出て、微笑んだ。
「出来るよ、ボクたち2人なら。耳、貸して」