epiosde6 sect81 ”強行突破”
アルエルはギルバートに歪な形状の黒い騎士剣を向ける。
だが、再び刃を交える前に、アルエルは強く床に叩きつけられ血に沈む千影を見た。もう動けるとは思えないが、アルエルはひとつ気になっていたことがあった。
「あの娘、一体なんだったんだ?人間じゃないな?初めは人間の少女に見えたが、黒い眼球、黄色い瞳、翼・・・ともすれば叡魔族の特徴とよく似ていた。まさかとは思うが、皇国の娘を拉致して兵士に仕立てたなどということはあるまいな?」
「さて?どうなんだろうね。本人に聞いてみてはいかがかな?」
「!?」
ギルバートに言われるまで、アルエルは気が付かなかった。普通なら死んでいるほどの勢いでコンクリートに激突したはずの少女が、血溜りから事も無げに立ち上がったのだ。
衝撃的というよりも、そら恐ろしい光景だった。いよいよ異常である。例え生きていたとしても、骨折や内臓破裂など甚大なダメージを負っていて間違いないはずだった。当然立てるはずもない。
「いてて・・・」
右腕で、少女は顔の血を拭う。
折れているはずの、右腕で。
アルエルは確かに覚えている。
彼女の右腕は自分が折ったことを。
「薄気味悪い娘だな。血は出ているのに傷がない。まるで一瞬で治ったみたいだ」
「痛みはあるんだよ?」
千影は落とした刀を拾い、慣れた逆手持ちで構えた。そこそこ本気だったのだが、アルエルを足止め出来なかった。・・・どうせ衝突は免れない強敵だったということだろう。
こうなった以上、千影とギルバートに逃げるという選択はない。アルエルと戦うしかないのだ、もう。ここでこの悪魔を倒さねば、一央市は本当に魔族によって占領されてしまうのだから。
アルエルは千影を薄気味悪いと評したが、それは千影も同じだ。しくじれば、次こそ殺される。でも、生きて帰ると誓ったのだ。この死戦は、なんとしても潜ってみせる―――。
千影がその覚悟を決めたとき。
声は届いた。
『こちら清田と黒川。目的地の到着』
それだけでない。
『神代迅雷、焔煌熾、それから捕虜1名が帯同してます』
極めて事務的な短い補足説明とその奥に聞こえる雄叫びに、千影は顔を強張らせ、極めて素敵な展開に、ギルバートは感嘆の呟きを声もなく漏らした。
●
4人は全力疾走していた。
管理施設を目指して―――というより、逃走だ。
首根っこを掴んで引きずられる悪魔の騎士エルケーが白目を剥いている。呼吸出来ていないかもしれない。
追ってくるのは、エルケーがいた王国騎士団Ⅶ隊の女隊長とその部下2名だ。
実は、遭遇したのは完全に偶然だった。
エルケーは女隊長たちを欺いて抜け駆けしたときに、彼自身で仲間との通信を絶った。その後の戦闘で敗北し、そのまま迅雷に装備のほとんどを引き剥がされた結果、女隊長たちや他の隊、本部のどれとも音信不通のままだったのである。つまり、居場所の特定は不可能だった。
だが、もちろんエルケーの隊の面々は裏切られてから少ししてその事実に気付いた。そして血眼になって裏切り者を探していたところだった。目的が不明の裏切り行為である以上、エルケーが人間と内通している可能性もあり、放置して侵入者だけを追うわけにはいかなかった。
そして彼女たちは焼け跡に残るボロボロの鎧や木の幹に刻まれた独特な斬痕といった手がかりだけで森を駆け回っていたところで、たまたま4人組の人間と、彼らに縛り上げられたエルケーを発見したのである。
・・・もっとも、追われる身には発見された過程なんぞどうだって良いのだが。
「走れ走れ走れ!!もっと速く!!」
ジェットパックを背負ったまま走る煌熾には酷だが、浩二はこれでもかというほど仲間を急かした。
特に、あの女騎士がヤバイ。
なにがヤバイって、なにをどうしても全く攻撃が当たらない。手も足も出ない。
エルケーに訊けば、細かい制限などは不明で、とにかく”ありとあらゆる攻撃が自ら勝手に避けていく”とかいうチートっぷりである。曰く、地割れを起こすような範囲攻撃でも彼女の足下だけはなぜか無事で済むほどだとか。なにそれズルい。
それでいて、全く油断してくれない。エルケーのように人間をナメてかかってきてくれていればマシだったかもしれないのに、付け入る隙がない。
初めこそ浩二が隠し球を出す寸前まで対応を試みていたが、能力が判明した時点でスッパリ諦めた。こんなのやってられねぇ。
「残り2人がただの変身能力で助かったな!」
「この状況を助かったと思えるあたりがプロい!!」
迅雷は、ついつい足止めしたくて後方に電撃をぶちまけてしまうのだが、部下2人は女隊長を盾にしているせいでなんの効果もない。
しかし、このタイミングで遂に煌熾が声を張り上げた。
「全員、俺に掴まってください!!」
浩二も、黒川も、迅雷も、待っていたと言わんばかりに煌熾に飛びついた。煌熾のジェットパックの冷却が終了したのだ。
いつまでも鬼ごっこには興じていられない。コイツの出力なら煌熾1人で仲間3人に加えてエルケーだってまとめて運べるくらいのパワーは余裕で出る。男4人を腰からぶら下げた状態で、煌熾はジェットパックの出力を最大まで一気に跳ね上げた。これは、初めてエジソンの実験に付き合わされたときに出してしまったのと同じパワーだ。
急始動の影響か、後方に猛烈な爆炎を噴いて、5人は凄まじい力で加速する。暴風を伴う爆炎で弾き飛ばされる追手の姿は木々の奥へと消えた。
一瞬で安全圏に突入し、黒川が少し興奮して煌熾を称讃した。
「うまくいったな、やるじゃん学生!!」
「借り物の恩恵ですよ」
このスピードで森の中、障害物を躱して進むことは煌熾には出来ない。一行は体で枝を折りながら緑の天井を突き抜け、空に出た。急に現れた空飛ぶ人型生物にビックリした『ワイバーン』が素っ頓狂な爆音絶叫を上げたが、あまりにも速すぎて鼓膜が逝く前に危険域からの脱出に成功した。
・・・だが、やってしまった。
「『ワイバーン』の声はヤバイ!他の敵にも位置がバレたぞ、絶対に!」
「すみません!」
「いい!これがベストだったのは確かだ。だから全力で突っ切れ!」
「はい!」
浩二に言われた通り、煌熾は真っ直ぐに突き飛んだ。もう目的地が見えている。
遠目にも分かる管理施設の様相を見て迅雷は唾を飲んだ。
「デカい・・・!本当にたった4人であれを攻め落とすつもりだったんですか!?」
迅雷は驚きを通り越して呆れる気さえした。だが、浩二と黒川の反応を見るに、2人も最初はあんなの立派なお屋敷を攻める想像はしていなかったらしい。準備不足は否めない。だが、事態は急を要した故、情報がなくても作戦を決行するしかなかったのだ。
その数秒後、迅雷はその管理施設上空になにかが現れたことに気が付いた。ゴマより小さな点程度にしか分からない「なにか」が、チカチカと点滅した。
そして。
「う、うおぉー!?」
瞬く間に広大な管理施設全域から煙が上がった。空襲でもされたみたいだ。
・・・あの光の主がそれをした?
わざわざあの建物にそんなことをする者がいるなら、それは間違いなくギルバートか千影のどちらかでしかない。
あとの判断は速かった。
「飛ばします!!」
煌熾が力む。
僅かだが、更に出力を増してジェットパックが唸った。迅雷たちは必死に煌熾に掴まる力を強める。
あっという間に管理施設前方の長い舗装道の上に差し掛かるところまで来た。
施設に目立つ建物は4つ。そのうち、西側の建物の広い屋上で誰かが戦っているのが見えた。鎧の大男に床へ叩きつけられる翼と尻尾を生やした少女の姿を見つけ、迅雷は。
「千影・・・ッ!?いた、いました!!先輩!!」
「もう全力だ!!これ以上は機械が死ぬ・・・!!」
「急いでッ!!」
「ッ・・・」
マシンと魔力的にリンクしている関係上、今の煌熾は本来の肉体にはないはずの部位に不思議な感覚を得ている。そして、それが今極めて危うい信号を発している。
既に限界なのだ。最大出力すら振り切っている。それすら超えれば、後はどうなるかなど言うまでもない。
このジェットパックは、魔法士として未熟な煌熾や迅雷には生還するための強力な武器になる。実際、コイツのおかげで何度危機を脱したことか。だから、本来ここで失うようなことはあってはならない。今からが本当に危険な戦闘区域なのだ。奇襲や離脱にコイツは欠かせない。
「お願いします!!そこに、そこに千影がいるじゃないですか!!」
「~~~ッ、3秒だ・・・」
「!」
「3秒だけ加速して、そこまでだ・・・」
煌熾の背から軋んだ音がした。明らかに出てはいけない音と共に、オーバーアクセラレーションが開始される。
1秒、2秒・・・頭で数える。地上で新たな襲撃者を撃ち落とそうと攻撃を開始する門兵らを悉く視界の裏側へ消し飛ばす。
3をカウントする。
「・・・えっ」
迅雷は知らぬ間に落下し始めていた。迅雷だけではない。煌熾の背中から煙が上がっていた。
「このままじゃ―――」
あの門を飛び越えられない・・・!!
管理施設の門が開くか分からない。入れずに追ってに囲まれては駄目だ。迅雷は咄嗟に浩二が抱えていた捕虜に、雷撃の魔法陣を突き付けた。
「おいエルケー!!門にロックは!?」
「こ、虹彩認証―――」
「ありがとう!!」
迅雷は心からの感謝を込めてエルケーの後頭部を鷲掴みにした。スタイルが良いから頭も小さくて掴みやすい。ナイスだ。
迅雷の行動と同時、浩二は小型無線にギルバートの声を拾った。そこから通信を開始するまでにわずかコンマ2秒。
「こちら清田と黒川。目的地に到着。神代迅雷、焔煌熾、それから捕虜が1名帯同してます」
空気抵抗で徐々に減速しつつも、依然猛烈極まりない速度で立派な巨門が迫る。迅雷はエルケーと一緒に煌熾の腰から手を放し、『サイクロン』による突風で再加速。先行して門に突撃した。
「ひぃら、けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッッッッ!!!!!」
「いやッ、待、違ッ、そうじゃなぁぁぁぁ!?」
迅雷は、エルケーの美形な顔面を分厚い鉄の扉に全力全開全速力で叩きつけた。
豪快な音と共に鉄門はアッサリと開き、迅雷はエルケーは管理施設の豪奢な玄関前広場に不時着した。
迅雷は華麗に受け身を取り、彼の脇では鼻血を撒き散らすエルケーが顔面スライディングして転がっていく。見栄えを良くするための噴水に頭をぶつけてようやくエルケーも停止した。
(死んでた・・・!!門のロックが壊されていなければ今度こそ死んでた!!)
一方。
「ありがとう、エルケー!なんかこう、いろいろ!」
迅雷はすぐに西棟を目指して走り出す。
「黒川、頼む!」
「はいッス!」
後から魔法の反動で落下の勢いを殺し安全に着地した浩二は、迅雷を追おうとする煌熾の腕を掴み、代わりに黒川に行かせた。
「煌熾、俺たちは別の仕事だ」
浩二は今潜ったばかりの門を向き直った。門前にいた追手はすぐに来る。恐らくギルバートの攻撃によるものだろう、その辺には王国騎士たちが数人伸びている。生きていてもしばらくは起き上がってこないはずだ。幸い厄介な防御能力持ちの女騎士はまだ追いついていない。
煌熾はこれから起こる戦いに顔色を悪くしている。だが、現在が一番マシな状況に落ち着いていることに気付くべきだ。
派手な衝突事故、先に到着していたギルバートと千影、予期せぬ乱入者、たまたまいた捕虜・・・は役に立ったのかよく分からないが、とにかく偶然が重なり絶望的に思えた出オチからここまで盛り返した。ギルバートの奇襲とジェットパックの機動力のおかげで一度に大勢の敵を相手取る状況の回避出来ている。
「神ってのがいるなら、きっと今そいつは俺たちの側だな。そりゃそうだ。謂れのねえ喧嘩吹っ掛けられてんだ。神様は弱者の味方で悪者の敵だもんな」