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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode2『ニューワールド』
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episode2 sect13 ”―――ということで場面は現在に戻りましたのでショートブレーク”

 真波に促されてそそくさとバスに乗ってからは、旅館に着くまでの道程をカラオケなりなんなりと騒いでいく雰囲気だったのだが、実際にはそうもいかなかった。前日からほとんど休む間もなく歩いて戦ってしてきた疲労感が、バスのシートに腰を下ろして少したら寝息に変わってしまった。精々騒いでいたのは30分くらいだろう。


 「ぐがー」


 「・・・うっさくて寝れねぇ」


 ただ、迅雷だけは、隣でいびきを搔く真牙のせいでゲッソリとやつれていた。真牙も何気にかなり疲労していたらしいので、いくらうるさくても起こすに起こせずやきもきしていると、いつの間にか旅館に到着していた。

 みなが背伸びしてささやかな睡眠から目を覚ましてしている中で1人だけ目の下に隈を作っていたので微妙に心配されたのは、バスを降りて荷物を受け取るときだったか。



          ●


 ―――――――以上の経緯にて、現在、旅館のロビーホールのソファーに腰掛けて駄弁っている場面に至る。


 バーゲンダッシュアイスクリームを大事そうに味わっていた矢生が迅雷のセリフを聞いて呆れた顔をした。どうにも疲れたといって肩を揉む迅雷が、疲れたという前に「楽しかった」と発言したのだから、良く分からないという表情だ。


 「疲れたというのは分かりますけれど、楽しいって。あんな目やこんな目に遭いましたのに?神代君は、実はドMでしたの?」

 

 キモくてでっかいタマネギもどき系危険種モンスターにめっちゃ襲われまくったり、コワーいお兄さんに「じゃあ殺しまーす」くらいの軽いノリで命を脅かされたり。散々な目に遭ってやっとの思いでダンジョンから出てきた、という印象を感じている矢生は、迅雷の言う「楽しかった」の意味を測りかねていた。

 矢生の懐疑的な質問に、迅雷は頬を指で掻く。煮え切らない返事しか思いつかないからだ。


 「まぁ、そうかもしれないけどさ」


 「え、そうって、つまりドMってこと・・・?」


 光が迅雷の返事にドン引きしたような顔になり、それに続いて涼までもが頬を引きつらせた。最低限の尊厳のために迅雷は慌てて否定する。


 「あー!そうじゃない!そっちじゃないからね!いろいろヤバかったって方がだよ!」


 「な、なんだ・・・。ちょっとアレな人なのかと思ってその、ね?」


 あらなすぎる誤解を受けて迅雷の顔は真っ青である。この頃迅雷は、こういう「性癖が異常なのではないか」という類いの誤解を受けることが多すぎる。

 千影と出かけたときに腕を組んで歩かれて周りからヒソヒソとロリコン扱いを受けたり、よく真牙とつるんでいろいろやっていたら腐った方々から好奇の目で観察されたり、直華を溺愛するあまり千影にシスコンと言われたり、そして今はドM扱いされかけたり。


 「・・・あれ、思った以上に多くね・・・?」


 ちなみにシスコンを否定するつもりはない迅雷であったのだが、そこは今はどうだっていい。愛すべきはよくできた妹である、以上。

 とにかく、やけに自分の受けた風評被害が多かったことには脂汗が滴る思いである。否、もう滴っている。ギットリとしてきたので、もう一度風呂に入ってきたい。

 迅雷は、自分の漏らした独り言に首を傾げる他全員に気が付いて苦笑する。一応咳払いで誤魔化すと、真牙が迅雷に代わって「楽しかった」の理由を予想しながら述べ始めた。


 「つまりさ、久々に心置きなく剣振り回して暴れられたからスッキリしたんだろ?なぁ、迅雷」


 真牙は得意げにそう言って迅雷の背中を叩いた。迅雷はそれを認めた。分かってくれたと言うことは、恐らく真牙も同じような気持ちがあったに違いない。

 正直『ゲゲイ・ゼラ』戦後、退院してからもちょくちょく出てきたモンスターをやっつけていたのだが、いかんせん不完全燃焼な感じだった。おまけにいくら倒したところで即金にはならないので、なおさら達成感がない。そんなところで、今回の『タマネギ』である。苦戦を強いられたりもしたが、いい感じに鬱憤を晴らせた。

 『雷神』のお披露目にもちょうど良かったし、魔法もバンバン撃ってみたりしたため、制限はかかっていたとはいえ今までより格段に増えた立ち回りの型の数を実感できて嬉しかった。


 しかし、昴は真牙にこんな質問を投げかけた。


 「あれ、でも真牙って今回なにかしてたか?」


 昴の記憶にあるのは、『タマネギ』を攻撃してグルグル回転しながら落ちていく真牙と、涼と光に嫌がらせを仕掛ける真牙くらいだ。いつそんなに刀を振り回していたのだろうか。

 しかし、意外にもここで反論したのは涼だった。


 「ううん、そんなことないって奇襲作戦のとき阿本くん結構活躍したんだよ?」


 涼の脳裏に浮かぶのは、『タマネギ』に止めを刺したときの真牙や、いろいろ無茶していた真牙。派手な活躍はなかったのかもしれないが、おちゃらけた彼の印象に似合わず実に堅実に頑張っていたと思う。そして、彼は涼を励ましてもくれた。


 「おおっ、ありがたい涼ちゃん!オレのことを分かってくれるのはキミだけだよー!」


 「うぎゃあ!?ち、近い!てか抱きつくな、変態!!」


 珍しく褒められた真牙が勢いに乗って涼に抱きつき、涼は真っ赤になってじたばたしながらなんとか真牙をふりほどくことに成功した。正面から見ていた迅雷と昴には、荒い息を吐く涼の顔が意外とまんざらでもないように見えたのだが、きっと気のせいだっただろう。

 ギャーギャー騒いでいると、真牙に後ろから声がかけられた。


 「おう、お前ら。なんだ?こんなところで堂々不純異性交遊か?」 


 低くて力強いこの声は、煌熾だ。そんな彼のたしなめるような声に真牙が余裕の表情で返す。


 「あ、焔先輩じゃないすか!やだなぁ、不純異性交遊だなんて。これは愛のある抱擁ですから大丈夫っす!」


 「あ、愛!?」


 涼の顔から火が噴いた。

 ガッツポーズをする真牙を見ながら煌熾は深く溜息をつく。


 「はいはい、分かったから。阿本の場合はその愛が浅くて広そうなんだけどな」

 

 「酷いなぁ。あながち間違っていないっすけど。それで、焔先輩は今なにしてたんです?」


 「さっきまで先生方やほかのインストラクターの人たちと今後の打ち合わせをな。話し合いが多くて疲れるよ、まったく。で、それが一段落したから風呂入ってこようと思ったんだ」


 そう言って、煌熾は迅雷たちが手に持っているものを見回してから、


 「風呂上がりにアイスか。いいな、俺も上がったら買おうかな」


 そうして煌熾は「また後でな」とだけ続けて浴場の方へ行ってしまった。

 実際に煌熾がアイスを買えるかどうかは、あと30分くらいで講義の時間というスケジュールなので怪しいが。確かインストラクターでついてきた生徒は講義でも先生の手伝いをしなければならないとか言っていた気がする。交代制ならば問題ないのだろうけれど。


 「そういえば」


 階段を下っていく煌熾を見送りながら、光が思い出したように声を出した。今こうして2班メンバーが揃って喋っているようで、しかし煌熾のようにこの場にいなかった人物。


 「天田さん、今どうしてるのかな?おうちの事情っていうのも気になりますよね」


 雪姫の話になって急に矢生がムスッとした顔になる。どんだけ敵対意識があるのやら、さすが矢生と言ったところだ。プンプンしながら矢生は雪姫に感じている不満をまくし立て始めた。唇を尖らせる矢生は、どこか拗ねているようにも見える。あと、矢生が腕を組むと腕に持ち上げられた大きな胸が気になるので男子勢は視線のやり場に困っているのだが、そんなことには気付いていない。


 「まったく、本当に人付き合いというのがまるっきりダメですわよね、天田さんは!もう少し友好的であったなら印象もだいぶ違ったでしょうに」


 「まぁまぁ、雪姫ちゃんにも雪姫ちゃんなりのなんかがあるんだって。悪い人じゃないんだからさ、な?」


 実は仲良くなりたかったんじゃないか?とも勘繰った迅雷だったが、それが図星であれ不正解であれ火に油を注ぐ結果になりそうだったので言うのをやめた。元より気が強くて負けず嫌いな矢生のことだ。迅雷はとにかくプンスカしている矢生を宥めることにした。

 矢生は、確かにダンジョンでは雪姫に助けられた場面も多かったことを考えて渋々引き下がったものの、やっぱり気に食わないものは気に食わないので不機嫌メーターは上昇した。


 「そんなことは分かっていますのよ。まったく・・・。というか、その雪姫ちゃんっていう呼び方がなんか無性に気に食わないですの」


 迅雷の顔を見て矢生がムスッとした顔になる。自分の苦手な人が、友人に変に親しそうな呼び方をされているとちょっとイラッとするあの感じだろう。

 それを聞いた迅雷が首を傾げて、それから悪戯っぽく笑う。


 「ん?なに、聖護院さんもちゃん付けがいい?」


 「なんでそうなりますのっ!?」


 「そんなかっかすんなって、矢生ちゃん?」


 「むきー!ですの!」


 なにを今更、真牙には出会った瞬間からちゃん付けで呼ばれていただろうに、なかなか慣れてくれない人である。照れくささと憤慨で真っ赤になった矢生は頭から湯気を出していた。


 「でも確かにもう名前呼びでもいんじゃね?」


 横で眠そうに2人の漫才を見ていた昴がそう言った。彼には、危険を一緒に切り抜けてきた仲間みたいなものだし、ちゃん付けとかまではいかなくとも名前で呼ぶくらい至って自然な気がしていた。そもそも、そんな危険を冒したりしてなくとも、友人なら下の名前で呼んでいるものではないのか、という意見でもある。

 そう思っていたのは昴だけでもなかったらしく、涼と光も頷いていた。


 「だってよ、矢生?」


 「む・・・。まぁそれくらいは気にしませんわ。むしろ私は自分の苗字もあまり好きではありませんし、死地を共にした仲間ですからね。その方が助かりますわ」


 今の矢生の発言は、少々予想外の発言だった。

 迅雷たちからしたら聖護院という苗字はお嬢様然とした矢生にはピッタリだった気がしていたのだが、彼女の方もなにかしら思うところがあったのだろう、と納得する。世の中のお嬢様お坊ちゃまたちが、みながみな自分の家の名前で得しかしないわけではないのだろうし。


 「それにしても、細谷さん・・・ではなく光さんはどうして天田さんのことを?」


 まだまだ不機嫌そうな矢生。雪姫のことだけはまだ苗字のままで呼んでいる辺りからして、露骨な態度である。なかなか頑固な矢生には、思わず光も苦笑してしまう。


 「あはは・・・。いやですね、雪姫さんも一緒に来れれば良かったのにな、と思って」


 「うーん、そうかもしれないけどさ。でも、結局どっちにしろ来なかったんじゃないのかな?」


 涼が困ったような顔でそう言った。彼女もあまり雪姫のことは快く思っていなかった。


 5月頭のこの時点で、マンティオ学園の生徒の中では迅雷や光のようにちょくちょく雪姫のことを気にかける人もいるにはいるのだが、どちらかというと既に、彼女をもてはやすだけもてはやして気にかけることをやめてしまった人の方が圧倒的に多かった。涼辺りは後者の側の典型例とも言えるだろう。

 雪姫の実力だけは立派だと評価して、一方ではこうして関わりを持ったにもかかわらずやや避けた態度を取ってしまう。


 否定しにくい涼の発言を受けて、突然に会話の温度が下がってしまった。空気の重さが増してしまい、誰もなにも言い出さない。

 随分と冷えてしまった会話を切って、あくび混じりに昴が時計を見ながら立ち上がった。


 「くぁ・・・。さ、そろそろ集まりの時間だぜ。行こうか?」



          ●


 

 「ふぅ・・・」


 「なんだか疲れてるね、お姉ちゃん」


 長い1日ぶりに家に帰ってきた。シャワーを浴びて、雪姫はソファーに体を投げる。雑に放られた彼女の体は、軽くボスッという音を立ててソファーを軋ませた。柔らかく体を包み込む感触は、やはり外に張ったテントの中で眠るときの硬い地面の後だとずっと心地よく感じる。

 雪姫をそのまま5年ほど時間を巻き戻したような外見の少女が、雪姫のとなりに座って足をばたつかせながらそう尋ねた。


 「そう見える?」


 雪姫は妹の言葉に対して、顔を天井に向けたまま質問で返した。掌を目の前に持ってきて、それを天井に向けたり自分の顔に向けたり、拳を握ってみたり開いてみたり。「疲れてるね」とは言われても、雪姫本人の感覚では別段疲れたという感じはない。


 「見えるよ、そりゃあ。この頃お姉ちゃん、凄く疲れてる。ちゃんと休もうよ、たまにはさ」


 「・・・そうなのかな」


 「そうだってば。きっとあれだよ。疲れてる状態が普通になってる、みたいな」


 小さい方の雪姫は、そう言って頬を膨らませる。駄々をこねるような顔だが、その心は雪姫への心配だ。それは彼女も分かっている。それに、妹はこんなことに嘘を混ぜるような気の利いた譲歩もしてくれないだろうから、きっと今も感じていることを包み隠さず伝えてくれているのだろう。


 「そう、なのかなぁ。自分では加減を計っているつもりなんだけど・・・」


 嘆息。つもり、だったとしても、そうでもないのかもしれない。

 しかし、と考え直す。もしも自分が疲れているのだとしたら、それは昨日今日と他人の尻拭いのためばかりに奔走させられていたからなのではないかと思う。あんな面倒事はもう御免被りたい。そもそも、死人さえ出なければそれで良いのだから。

 それなのに、なぜか目の前で命の危機に瀕する彼ら。思い出すだけでイラッとする。他人に構ってやるつもりなんてさらさらないのに、本当に面倒臭い。


 「あたしがいなかったら誰か死んでたんじゃないの?」


 「どうかしたの?」


 「・・・あぁ、いや、なんでもない」


 くその役にも立たない同じ新参ライセンサーたち。そして、役に立ちそうで立たない先輩たち。間違いない。彼らさえまともに働いてくれていれば、もう少し楽だったはずだ。

 

 「やっぱ他人は嫌い」


 「まったくもう、お姉ちゃんったら。お父さんもお母さんも心配してるよ?」


 「そんなの、実際に言われなきゃ分からないわよ。それに、どっちみち多少の無理くらいしてないと力もつかないでしょ」


 雪姫は溜息交じりにそう嘯いて、ソファーに埋もれ直した。

 小さい方の雪姫は困ったように笑いながら、肌と肌の当たる小さな音と共に雪姫にもたれかかった。姉の顔を見上げる妹の眼差しは、信頼と尊敬と、そして愛情で満たされていた。誰よりも大切で大切で、大切な家族。そして、誰よりも強くて格好良くて、信頼できる姉。


 「・・・ところで、お姉ちゃん」


 「なに?」


 「楽しかった?」


 雪姫に体重を預けたまま、小さい方の雪姫がそう尋ねた。

 雪姫は視線を天井から肩に乗っかっている妹の顔に落とす。目を閉じて澄ましたように口元を微笑ませている妹の顔を見て、雪姫は小さく笑う。


 「はぁ?楽しかったわけないでしょ」


 「むー。そんなんじゃ本当に、お姉ちゃんのことを見ててくれる人、あたししかいなくなっちゃうよ?」


 「・・・・・・夏姫さえいてくれるなら、あたしはそれで十分だから」


 隣に寄り添う小さな幼い妹の体を片手で抱き寄せ、小さく呟いた。


 これ以上は望まないし、要らない。



           ●


 

 「はい、では報告・反省が終わったところで、お待ちかね!今回のダンジョン演習の成績上位5名を発表しますよー」


 『いや志田先生、初耳です』


 「えっ」


 迅雷たちがそろそろ講義が始まるからとロビー前から移動を始めた1時間後。

 講義と題して、今まで行われていたのは各人各班のダンジョン内での活動報告だった。口頭での報告と、IAMOのアプリに残っている戦闘のレコードの集計などを行い、その反省会も済んだところで真波が唐突にそんなことを言い出した。

 しかし、その場にいた生徒全員が首を傾げたので真波はキョトンとして首を傾げた。確かめるように講義のアシスタントとして来ていた2,3年生の生徒の顔を見ても、彼らもまた首を傾げるだけだった。


 「・・・およ?」


 この場で生徒全員の意見をまとめると、以下の通りになった。

 ――――――言ったつもりだったのだろうか?今回のダンジョン演習といい今のランキング発言といい、真波は今回の合宿を先生とは思えないほどエンジョイしていないだろうか?


 「・・・そ、そういえば言ってなかった・・・かもね・・・?まっ、まぁとにかく!今回の遠そ・・・じゃなくて実習で特に活躍したりチームに貢献したりしてくれた中でも、特にめざましい活躍をしてくれた上位5人を表彰しちゃいたいと思います!」


 「・・・あのー、志田先生?今遠足って」


 「言ってません」


 「いや、言いましたよね」


 「言ってないです」


 理不尽強引不条理に押し切られて、由良がシュンとしてしまった。彼女はよく頑張った。


 「あのー、先生。それってなんか賞品とかもらえるんですか?」


 3年生の生徒の1人が、素朴な疑問を真波に投げかけた。すると、真波はニッコリ笑った。


 「心配は要らないわ。もちろんあるわよ!入賞者には、そう!図書券が!」


 「・・・・・・」


 生徒たちの視線は「図書券って・・・」と語っている。目は口より正直にものを言うものだが、その目ですら最後まで言い切らないほどのガッカリ感が濛々と立ち込めている。

 しかし、真波は生徒たちの浅はかな考えに心外だという顔をする。なにも図書券は大学のパンフレットを取り寄せたらもらえるような500円分しか存在しないわけではないだろう?懸賞で当たる1000円分しか存在しないわけではないだろう?


 「あら、一等賞なら3万円、2位と3位も1万円は用意してるし、4位は5千、5位でも3千円よ?それでもガッカリかしら?」


 どよどよどよ・・・!と静まりかえっていた空気が熱を取り戻し始めた。1位や2位とは言わずとも、割と可能性のある4,5位あたりでも数千円分というチープではない金額だったことが大きい。各々の胸に期待の炎が燃え上がったのだ。


 ただ、冷静な人なら気が付いているかもしれないが、この賞金レースは2班メンバーが圧倒的有利だったりする。なぜなら、そもそもまともに『タマネギ』と戦闘を行った生徒がいるのは、このランキングにインストラクターの生徒が含まれない時点で実質2班だけであるからだ。

 例年通りなら道中の雑魚を倒したりチームの指揮をしたりした生徒が上位に入れるほどの評価を受けられたところを、今年は度重なるアクシデントを攻略してきたある意味不幸な班だったところが圧倒的有利になる。それはそうだろう。そこらを飛んでいたデカい虫を10匹倒すのと『タマネギ』1体を倒すのとでは、その労力や難易度が違いすぎる。そんな『タマネギ』がわんさか沸いて出てきたのを掃討したのは、紛れもない2班だ。

 まあ、金額が金額なので、多くの生徒は数字に目が眩んでそんなことにも気が付いていないようだが。


 「うむ!イイ感じに盛り上がってきたねわ!それじゃあ、発表いってみよう!いえーい!」


 『いえーい!』


 真波が結果らしき紙を手に取り、緊張が生徒たちの息を潜ませる。


          ●


 「なぁ真牙。俺、ワンチャンあんじゃね?」


 迅雷が小声で隣の真牙に耳打ちした。


 「はぁ?迅雷が?いいや、ないな」

 

 「なんでさ」


 「オレがいるからな」


 ドヤ顔の真牙は置いておくこととする。

 ちなみに2人とも、自分たちが今非常に有利な位置にいることを知っていた。というか、知っていなかったらこんな発言はしない。

 そんな候補者間での内紛には気付かずに、真波が発表を開始した。


 「まずは第5位!」


 「「ゴクリ」」


 「・・・神代君!『タマネギ』討伐及びそのアシストでの活躍、それと緊急事態での状況判断でのセンスから!」


 「ほォら、よっしゃきたァ!」


 思わず叫んでしまったが、会場の雰囲気的に気にする必要もなさそうだった。

 緊急事態での状況判断、というのは恐らくあの青年への対処だったのだろう。判断などと言えば聞こえは良いが、「あの人危険、近づくな」と本能的に言っただけだったのだが、今はどうでも良い。

 真牙にびしっと指を立ててしたり顔をし、迅雷は立ち上がった。


 「次はオレ次はオレ次はオレ次はオレ次はオレ次はオレ・・・!」


 迅雷のランクインが相当ショックだったのか、真牙が完全にオカシクなっていた。固く手を握ってなにかに一心不乱に祈りを捧げ始めた真牙をよそ目に迅雷はそそくさと前に出た。これの近くにいるのは危険な気がした。


 「はい、おめでとう!いやー、まさか神代君がここまでやってくれるとは正直思ってなかったよー」


 「普通に酷い。・・・まぁ、ありがとうございます」


 手渡された賞状と図書券を持って迅雷は元の場所に戻ったが、まだ真牙が念仏を唱えているので隣に腰を下ろすのが憚られる。もっと素直に言うと、キモい。 


 「じゃあ次、第4位!安達君!」


 「・・・・・・ん?」


 「・・・寝てた?」


 「はい、寝不足で。で、なんです?」


 昴に刺さる周囲の視線が鋭い。なぜこんな怠惰っぽいやつが4位なのか、不思議に思うのと不服に思うのとであろう。茶化す声もなく、ヒソヒソ声しかない。

 でも仕方ない。『タマネギ』は倒したし、いろいろ後方支援も頑張ってくれたし、空気読んでメンタルサポートとかもしていたらしいし。4位は4位なのだ。

 気怠げにフラフラと前に出て賞品を受け取る昴を見ながら、真牙が爪を噛み始めた。もう嘘でも良いから彼を入れてあげてはどうだろうか。隣に座っている迅雷は、呪いのように平坦に紡がれてくる真牙の声に一種のオカルティックな恐怖を感じていた。


 「・・・なるほど、オレはもっと上なんだなそうなんだなそうなんだよな・・・?」


 「お前イライラしすぎだろ。俺に負けたくらいでカリカリすんなって、な?」


 迅雷は真牙の肩に手を置くが、その表情は憐れみ半分と嘲弄半分。というか、こうして彼をからかったりして気を紛らわせていないと、真牙の重力の塊のような怨念に吸い込まれそうだったりする。


 だが。


 「はい!では第3位!」


 真波のテンションはなおいっそう勢いを増すばかりだ。発表はいよいよヒートアップしていく。


 「阿本君です!」 


 本当は真牙は自分のスコアを確信していた。呪詛を吐き散らかしていたのは、ちょっと焦っただけだ。実は、奇襲作戦のときに真牙は2体の『タマネギ』に止めを刺していたりするのだ。たまたまいろいろあったのが涼と連携して倒した2体目の方である。素行不良でもここまでやってしまえばそれは評価されて然るべきである。


 「イェア!見たか迅雷!オレがお前に引けを取ることなどあり得ないのだ!フハハハハ!てか知ってた!」


 「なん・・・だと・・・!?」


 立場逆転。『タマネギ』の複数体討伐、涼との連携。高評価にも頷ける活躍をさりげなくこなしていた真牙が前に出る。

 それから、戻ってきた真牙は賞状の「第3位」の3文字を迅雷の目の前にちらつかせながらドヤしている。図書券を取り出せば、1万円分が出てくる。迅雷なんて1000円分が3枚だったのに。悔しいが桁が違う。先ほどあれだけ勝ち誇ってしまったので、メチャクチャ恥ずかしかったりする。


 「こ、こんな辱めがあって良いのか・・・!?つ、次になんかあったときは絶対負けないからな!」


 「おやぁ?キャンキャンと負け犬の吠え声が聞こえるなぁ」


 ギャーギャー騒いでいる迅雷と真牙のところに煌熾がやってきて、「いい加減にしろ」と鉄拳制裁。こんなことで一喜一憂していたら先が思いやられるぞ、と煌熾が宥めると、迅雷と真牙が息ぴったりの反論をして彼を困らせる。お互いに負けたくないという一心であるらしく、こんなときだけどうしようもなく息ぴったりで面倒臭い。

 さらに、なぜか真波まで煌熾に噛みつき始めた。


 「『こんなの』!?ねぇ焔君、今『こんなの』って言った!?この賞品全部私の自腹なのよ!?ねぇ、『こんなの』って!?」


 「あぁもう!やかましい・・・。俺が悪かったですから、もう次いきましょうね・・・」


 可哀想な煌熾は、肩を落としながら部屋の端に戻ってしまった。面倒臭い人が多いと常識人が損をする。


 「では。気を取り直して第2位!」


 もうそろそろ2,3年生がソワソワし始めた。1年生たちより1年2年長く魔法をやっているだけでもそれなりに実力差や経験の差は出てくるので、確かにそろそろ彼らが表彰されてもおかしくはない。・・・普通なら。

 しかしながら、可哀想なことに彼らが日の目を見ることはないだろう。本当に、可哀想だけれど。良いところは2班のみなさんが美味しくいただいたのだから。


 「第2位は、聖護院さん!」


 「え」


 黙る群衆と一番驚く本人。目が点になっている矢生だが、彼女の成績はなかなか素晴らしい。まず、真牙同様最終的に討伐した『タマネギ』は2体、昴同様の援護、迅雷同様の危険への対処を率先したこと。結果的に少し破滅願望的な行動をしてしまったものの、そこは大目に見ているらしい。


 「私が2位、ですの?」


 「えぇ、前にいらっしゃい?」


 真波に促されて、矢生は前に出る。賞品を受け取った矢生の表情は感動で輝いている。矢生の顔立ちが普段はツンと澄ましていて大人っぽい感じなものだから、頬を綻ばせて賞品を胸に抱く様子が妙にあどけなく見えるのは、これはこれで意外と可愛らしい。子供が玩具を買ってもらったような顔、を言えば分かりやすいか。


 「こ、これが1万円分の図書カード・・・!なんという重さ・・・」


 「もしもーし、聖護院さーん?」


 「・・・はっ!?これは申し訳ありませんですの。ありがとうございました」


 後生大事に1万円を抱えて元の位置に戻る矢生は、本当にお嬢様なのだろうか?という疑問はナンセンスである。多分。


 さて、遂に2位までの発表が終わったわけだが、つまり残すは1位のみ。会場にはいよいよ期待の混じった緊張がピークを迎えて張り詰めていく。

 真波が、本当ならもう今すぐにでも言ってしまいたいのに、でももっと勿体ぶろうとしているのか、わなわなしている。


 「さぁ!栄冠の第1位です!見事1位に輝いたのは・・・ダラララララララ・・・・・・」


 1人で太鼓の音真似までして真波は発表を勿体ぶり、それを分かっていてなお生徒たちも高揚を隠しきれない。

 

 「ダダン!天田さんです!」


 『・・・・・・』


 「・・・あ、あれ?もっと『わー!』みたいにならないの?」


 今日一番の静寂に真波の顔からブワッと汗が噴き出た。こういう類いの反応は予想していたけれども、まさかここまでとは思っていなかった。全員が寝静まってしまったバスの中のときの数倍は静かだ。聞こえるのは疲れたような溜息と、内容も聞こえないほどの小声でなにか文句を言っているような苦しい音だけ。


 「あのー、志田先生?」


 由良がまたジットリと真波を見やる。


 「天田さん、ここにいないんですけど?」


 「だ、大丈夫ですよ!ていうかアレです、帰ったからって1人だけハブにするのは良くないかと!」


 「うわ!すごい正論!?ならせめてこの場にいる生徒の中でランキング組んで、天田さんは特別賞とかにすれば良かったんじゃ・・・!」


 「由良ちゃん先生は私の財布を破壊し尽くすつもりですか!?」


 勝手にヒートアップする教師2人だが、生徒のテンションは至ってどん底である。ここまで盛り上げておいて最後にこれとか、酷い精神攻撃である。ゼロどころかマイナスにまで振り切れた生徒たちのテンションメーターが、沈黙という重苦しいプレッシャーを真波に押しつける。 

 

 「ご、ごほん。えっと、ごめんね?でもほら、天田さんは『タマネギ』8体も狩ったわけだしね、ね?大活躍!」


 「でもいないですわよね」


 元々雪姫に関する件に対して辛辣な矢生のツッコミは、やはり先生に対しても厳しい。


 「うっ・・・。と、とにかく、以上!講義は終了!お疲れ様、夕食の時間ですよ!」


 『あ!?』


 この日を境に真波の生徒からの評価はガクッと落ちたそうだ。


元話 episode2 sect30 ”――――ということで現在に至る” (2016/9/7)

   episode2 sect31 ”Short Break (賞とブレーキ)” (2016/9/9)

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