episode6 sect68 ”凡夫奮闘シストリックアレイ”
新元号『令和』になりましたね。
頭文字『R』合ってたぜ!! ※前話の前書き参照
火柱が立った。
戦況は、混乱を極めている。
「『風王』さんもっと前出て!!『ミドラーズ』のみなさんは一度下がって手当受けて!まだやれる?関係ない、余裕あるうちに休憩するんだよ、分かったら手を止める!ほらそこの有象無象!なにしてる、撤退はフォロワー必須でしょ!」
『これ以上近付いたらマジ燃えちまいますよ!!』
「SILENCE,GUYS!!いいからやるんだよ!」
倒しても減らない炎の怪物との戦闘は長期化の一途を辿っていた。最前線で戦い続け、細かい火傷が重なって動きの鈍り始めたベテランパーティーを離脱させ、まだ元気のある若手連中に戦力の穴埋めをさせる。
風魔法の得意な魔法士が多く所属する『風王』は、今最も重要な役回りだ。きっかけは趣味の集まりだとか、そんな都合は知ったこっちゃない。「やれるんだろ、じゃあやれ」、それだけの話だ。ビビってもらっちゃ困る。カメラ越しに彼らは恨めしそうに睨み返してきたが、元よりこちらは恨まれ役代表だ。
ブツクサ言う、大学生の『風王』のリーダーの肩に手が置かれた。『山崎組』のリーダー、山崎貴志だった。
「俺たちゃとっくにケツに火が点いてんだ。今さらビビってんじゃねぇぞ若造!」
「いやうまくないですから!!」
「うるせぇ、いいか。今はお前らの技術が頼りなんだよ。ここでいっちゃん消火が得意そうなのがな」
「~~~、あぁクソッ!焼け死んだら山崎さんの枕元に出るから覚悟してくださいね!!」
「その減らず口なら目覚まし代わりに出来そうだ」
チラッと、貴志がカメラを見た。
「グッジョブ、ミスター・一般人代表」
正面はまだいける。避難者が詰め込まれているギルド本館とアリーナは大丈夫だ。
問題は、サイドだ。
炎の怪物は、文字通りばらまかれた。重要施設の多いギルドでは、どこか1箇所を守るだけでは対処出来ない。でも、人手が足りない。
急遽現場の指揮を執ることとなったアンディは、マイクとモニターに齧り付いたまま、ニマニマしていた。
フザけているわけじゃあない。断じてない。彼も死ぬのは御免だ。故郷には嫁も幼い娘もいる。
・・・とはいえ、ギルバートに連れられてやって来ただけの一央市ギルドで、現地人を差し置いてこんな無茶苦茶な防衛戦の指揮を執らされることになるなんてツイていない。まだ、これがなにかの冗談で、目が覚めたら家のベッドでしたっていうオチにならないかと期待している節もある。
大体、なんなんだ、あのアグナロスの体から無限湧きする炎の獣たちは。街中あんな熱々なのに埋め尽くされていると思うと今にも具合が悪くなりそうだ。ギルドを襲う分を駆除するだけでもこんなに手間取っているのに。
「そ、倉庫付近で戦闘中の『福音の使徒』から連絡!2名が重傷、撤退するそうです!!」
「WTF!!信仰心が足りなかったんだ!・・・いや、敵の密度が比較的薄いから1パーティーだけで当たらせた俺のミスだ。ヘイ、ギルドガールズ?回せる魔法士はどれくらいいる?」
「そ、それは・・・その」
「OK」
だけど、やっぱりアンディは十分ツイている。
この限界状況で、ギルドに立てこもる他なかった市民たちは極めて多数だ。そして、敵の力は恐ろしく厄介だった。
しかし、ギルバートの打ち出した避難計画の再編成によって防衛戦力の要であるベテラン魔法士たちの多くが一央市ギルドに集結していた。彼らがいるおかげで、アンディの指揮は一央市独自の信頼関係とネットワークの補助を得てうまく回せていた。
だが、それでもまだキツい。第一にアグナロスとかいう双頭奇形の火竜は上空から子分を雨あられと降らせるから、迎撃のために上と前後左右、すなわち常に半球体状に十分な戦力を分配し続けなければどこかが食い破られてしまう。火傷や魔力切れで戦線離脱を余儀なくされる人員が相次ぎ、治療を終えた魔法士をすぐに戦線復帰させても戦闘員が足りない。守りの中枢であるギルド、最大の避難者収容能力を持つマンティオ学園と並んで守るべき施設である市立病院の防衛に人員を割いたのは間違いでないと確信しているが、送った人員が今は惜しくて仕方ない。アグナロスが現れる前は牙城に思われた一央市ギルドの防衛体制も今や火の車だ。
アンディはこめかみに右の人差し指の第2関節をグリグリ押し付けた。困ったときによくやる癖みたいなものだ。脳ミソを圧迫して内容物を搾り出すイメージである。
(上空の防御を自衛隊に任せるか?だが子分の方には火器類がどれくらい通用する?いや、少なくともアグナロスの熱量と比べれば小さい方は大したことない・・・というより質量攻撃で潰せている感はあるし、最悪戦闘機の体当たりで簡単に散らせるハズ。そうだよ、そうしてもらおう、是非そうしよう。機体の負荷なんて気にしてもらっちゃ困る!墜ちやしない!・・・屋上の遠射隊を倉庫側に回そう。でもインファイトの出来るヤツがいない―――『福音のナンタラ』の残存戦力は戦闘継続が吉)
まずは、駒を動かして―――。
そう考え始めると、待っていたかのように悪報が舞い込む。
「大変です!!研究区画の収容棟から、収容中の研究対象たちが脱走しました!!」
「ええええッ!?!?なんでそうなる!!」
研究対象、すなわち危険生物、危険植物、危険物質、デンジャーオンパレード。収容棟には『ゲゲイ・ゼラ・ロドス』に並ぶようなレートS以上の危険なモンスターなどが多数収容されていたはずだ。ともすれば、炎の怪物よりも避難者の安全を脅かしかねないバケモノどもである。
「・・・っていうか問題はチカゲが捕えたっていう魔族のスパイだ!ヤツはどうなってる、一緒に逃げたか!?確認急いで!!」
アンディはマイクにそう叫び、キメてあった赤茶のドレッドヘアーを掻き乱した。
思い通りにならないのは仕方ない。だが、もうメチャクチャ過ぎる。
「恨みますよ総司令・・・!こんな面倒押し付けやがって!」
―――泣き言を言うアンディは、しかし今までにも増して気持ち悪いニヤニヤ笑いを浮かべていた。モニタールームで一緒に指示を出しているギルド職員らを不安にさせていることも知らず、アンディは狂った笑顔のまま指示を飛ばす。
「もう良い!研究区画は紫色持ちにトーチカ立てさせてそのまま倉庫行かせて!」
「えぇっ、で、ですがじゃあ研究区画はどう守るんですか!?」
「脱走したんだろう、特級の大戦力が!そいつらにやらせとくんだよ!」
「はぁ!?」
「いいからさっさと指示出せ!!」
ほとんど脅しだった。怒鳴られた女性のオペレーターは言われるがまま研究区画で戦闘中の魔法士たちに命令を出す。
ギルドのモニタールームはアンディの采配に対する不信感が漂い始めていたが、アンディは少しも気にしていない。
ほぼ間違いなく脱走したモンスターたちは興奮状態にある。アンディは自分の勘に賭けている。
実は、ギルバートがアンディを側近にし、そしてこの場を任せるほどに信頼しているのは、彼のこういうところを評価しているからだ。
直接戦闘はサッパリだが、アンディはこういうイレギュラーに強い。
ちょっと兄弟姉妹が多いだけのありふれた家庭に生まれ普通のハイスクール出身でちょっとマシな大学を平均的な成績で卒業しただけのアンディは、特別賢くもなければ要領も器量も人望も平凡で、なんでそんなのでIAMO魔法士部隊総司令の側付きが出来るんだ、と同僚たちには厭味を言われ、あまつさえ実績で彼らに劣ることさえ往々にして起こり得るような凡人が、ただこの一瞬だけ別人のように輝くシチュエーションがある。
不測の事態に、思い切った決断を一切の躊躇いなく下せる、据わった肝だ。この一点だけでアンディという凡夫は理論上有能な指揮官たちを凌駕する。
―――そして、今日もまた、アンディの勘は冴えた。
「ウソ・・・本当に?だっ、脱走したモンスターたちが炎をものすごい勢いで攻撃し始めました!」
「OK、次!空自に連絡入れて!アグナロスなんて攻撃してても弾薬の無駄だ!降ってくる怪物どもを空自に任せる!で、そっちの魔法士を倉庫区画と正面に3:1で分配!」
「司令官さん!正面の炎たちがひとつに集まり始めてます!大きな龍です!」
「見てるとも。これは・・・特定の敵を集中して狙うためか?好都合だ。狙われてる魔法士は囮役頑張れ、他は合体後の怪物を一気に叩いて!ただし近接隊は下がらせろ!・・・じゃない、倉庫側に移動!それとやっぱり正面に向かわせた遠射隊は研究区行け!あと10分もすれば研究区の炎が一掃される!生き残ったモンスターどもが危険な様子を見せる前に殺すこと!・・・え、無茶だ?撃ち殺せって意味じゃない!研究施設にデカい魔力タンクがあるでしょ、爆破して一気に吹き飛ばせば良い!!出来るだろ!?」
この際研究途上のマジックアイテムを持ち出せないかと考えたアンディだったが、それは難しいと言われ断念する。
「アンディさん!ケーサツからの連絡が!今応援が向かっているそうなんですが、アグナロスとまだ残っている『ワイバーン』のせいでヘリが市内に入れず滞っているようです」
「もしかして警視庁?」
「はい!」
「ひょっとして魔対課A1?」
「はい!加えてA2とB3も動いていると」
「ヒュー。じゃあミスターミシロもいる?」
「は・・・い、や・・・それがいないらしくて・・・」
「F○○k!!なにしてんのあの人!!」
「『IAMOが好き放題使うせいで警察の方にいられないんでしょ』と言ってますが・・・」
「おっと、言われてみればそうかもしれないソーリーソーリー!」
とはいえ、都内に留まらず日本国内の魔法事件を一括して取り扱うべく発足された警視庁の魔法事件対策課の中でも最高峰の実力者で編成されたチームがA1班だ。
現在のA1と言えば、《白怪》の小西李と《水陣》の冴木空奈がいる。共にIAMOが特に優秀と評価する”二つ名持ち”だ。班長の神代疾風抜きにしても今ギルド正面を守っている魔法士たちの仕事をまるっと置き換えられるくらいの大物である。
「いつ着く?」
「現在地上ルートで移動中、10分後に市内に突入」
「じゃあ彼らには外周部D、E、F区の避難所の守りに回ってもらえ」
多分、中央まで連れてくる時間はない。中央区であるギルドやマンティオ学園、中心街は既存戦力で耐えるべきだ。ただ、外周部に余裕があるようなら、そのときは是非市立病院の戦線に加勢して欲しいとの旨も伝える。実は今一番心配な要所だ。
味方も増えつつある。あとはIAMOの増援が来れば―――。
「・・・というより、さっさと強襲部隊のみなさんに作戦成功させてもらいたいんだけどなぁ」
ギルバートたちは、まだ目的を達してくれない様子だ。お前たちの力はそんなものか!・・・なんて面と向かって言えるわけないが、まぁ、今のアンディの気持ちはそんな感じだ。早くしてくれないと、こんな急場凌ぎの策なんてあっという間に尽きてしまう。
「ア、アンディさん」
「今度は!?」
「わ・・・分からないんですが・・・」
声を上げたオペレーターの使っていたモニターを覗き込み、アンディは思わず噴き出した。
結局か、と。
「Oh,shit...!ったく、やれやれだな」
落としてから上げるのがお好きかな、ミスター。