episode6じゃないしsect68でもないやつ
新元号『禄栄』になりましたね。
今日からマンティオ学園の学内戦が始まる。対戦表も張り出され、朝の学園は既に大いに賑わっていた。
そろそろ、1年生の部、Cブロックの第1試合も始まる頃合いだ。1年3組からはネビア・アネガメントが出ることになっているので、迅雷はクラスのみんなと一緒に彼女の試合を見届けるためにアリーナ観客席の前の方に陣取っていた。ネビアは深青色のセミロングに鈍色の瞳、小麦色の肌が特徴的な日本人離れした外見の少女だ。本人はイタリア人とのハーフで、日本生まれの日本育ちだと言っていた。髪の色や肌の色にイタリアっぽさをさっぱり感じないが、本人曰くそれはそれ、これはこれらしい。まぁ日本人でも人によって肌の色はそれなりに違うし、髪の色は高純度の魔力を持つ人間の場合ある程度の影響を受けることが医学的に解明されているから、実際そうなのだろう。
アリーナでは、これから5日間学内戦の盛り上がりをサポートしていくことになる実況や解説担当が自己紹介を終えて、選手入場が開始された。
『さぁさぁ、Cブロック第1試合はいきなりの優勝候補対決だぁぁ!!まずはこちら!心も胸も小っちゃいけど実力は大物!1年2組、聖護院矢生選手ゥ!!・・・?聖護院選手ー?入場してくださーい』
「うぅ・・・」
綺麗な黒髪をツインテールにした、貧相な体つきの少女がオドオドしながら入場した。彼女こそが、新入生2番手の実力者、聖護院矢生である。
「おらー!もっと胸張れ矢生ー!お前は出来る!お前なら出来るーッ!!」
「は、はひっ、師匠!私頑張りますわ!」
客席から矢生に檄を飛ばすのは、5組の女生徒であり紫がかった髪をツインテールにしている小柄な少女、紫宮愛貴だ。この前あった学生の新人ライセンサー向けの講習会で知り合ってから、矢生の方から愛貴に惚れ込んで付きまとううちに、折れた愛貴が師弟関係という形で矢生のことを迎えたらしい。最初は渋々だった愛貴も最近はノリノリで、しまいにはこんな感じに大激励するくらい仲良しになっていた。
『美しい師弟愛ですねぇ。さぁそして!対するは水も滴る小悪魔系!1年3組ネビア・アネガメント選手!!』
「いえーい、滴っちゃうぞ!」
元気に舞台へ飛び出したネビアに級友たちのコールが飛ぶ。
「ネビアー、やっちまえー!」
「あ、迅雷!うふふっ、見ててねー!カシラ!」
ネビアは観客席の一点に投げキッスをして、矢生に向き合う。
試合が開始され、ネビアは真っ先に。
「目からビーム!!カシラ!」
「わわっ」
ネビアの不意打ちに、矢生はしっかり対応してきた。それどころか水流の陰に隠す形でカウンターショットを決めてきた。
「やるわね、カシラ!」
「師匠の前で恥ずかしい試合は出来ませんもの・・・!」
●
「くそー!負けたぁぁあッ、カシラ!!」
ネビアが地面に寝転がってじたばたしている。
迅雷は苦笑しつつ、ネビアを抱き起こす。
「ほらほら、女の子がこんなことしてちゃはしたないぞ。まぁ、試合の方は惜しかったな。でも安心してくれ、俺がきっと仇を取ってやるぜ」
「きゅんっ、カシラ」
2人がイチャイチャしていると、慈音がズカズカ歩いて来て、迅雷を乱暴に蹴っ飛ばした。汚い悲鳴と共に優雅な表情ででんぐり返しする迅雷に真牙が駆け寄って介抱し始める。
「あのなぁ!負けたくせにヘラヘラしてんじゃねーぞ、あァン!?」
「ど、どうどう慈音、カシラ」
「うっせーぞ人様を猛獣扱いしてんじゃねェ!!」
「ごめん、ごめんなさい!カシラ!」
三白眼のおかっぱ少女に凄まれてネビアは土下座った。とりあえず校庭10周したら許してくれるらしいので、ネビアは試合直後で疲れているのにも関わらず泣きながら校庭に飛び出していった。
「ちょっとぉ、慈音ちゃん・・・迅雷鼻血出ちゃったよぉ、あー、どうしよ、ほ、保健室行かないと・・・」
「だ、大丈夫だから放してくれ真牙」
「え、だけど、えぇ・・・」
「としが大丈夫っつってんだから大丈夫だろ!テメェいっつもなよっちぃんだよクソ真牙!」
「ひえぇ、ご、ごめんなさい!殴らないで~」
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その後も試合は続いて、ケバさと派手さに定評のある1年6組細谷光が1年3組の朝峯向日葵を下したり、上級生の部でも3年生徒会長の豊園萌生や、2年の主席である焔煌熾が2回戦へと駒を進めたらしい。
そんな熱気溢れるマンティオ学園の校門に、1人の女性がふらりと現れた。長い金髪を、頭の左側で一房結んでサイドアップにしている、赤目の女性だ。ハーフだろうか。日本人っぽいような、そうでもないような、独特の雰囲気を醸す美人だ。爽やかな白いブラウスとゆとりのあるジーンズを身に付けているが、荷物の類は特に持っている様子はない。ミニマリストなのだろうか。校門に立っていた生徒指導主任の西郷大志先生は、校門の前で立ち止まったその女性に声をかけた。
「あの、ひょっとしてご家族の方ですか?」
「え、あーうん、まぁそうなん・・・ですかね?」
金髪の女性は頬を人差し指で軽く触りながら首を傾げた。
曖昧な返事をする女性を訝しんで、大志は雰囲気を変えた。それに気付いたのか、女性は慌てて顔の前で両手をヒラヒラ振った。
「そ、そうなんです!決して怪しいものじゃないですからっ」
「むしろ怪しくなってきたな。えぇと、じゃあちょっと身分証明出来る生徒を呼びたいと思うんで―――」
「み、神代迅雷くん呼んでください!」
「分かりました、ちょっと付いてきてくださいね」
大志は女性を連れてひとまず職員室に戻り、それから迅雷を呼び出した。5分くらいして、職員室のドアがノックされる。
「なんですか、そろそろ俺試合のアップしなきゃ・・・」
「あぁ~、とっしー!」
「うわ、ニート!!なんでこんなとこにいるんだよ!?」
「だって~、せっかく君の晴れ舞台だっていうのに家でジッとなんてしてられないよ~」
顔を見るなり抱き付いてくる居候を迅雷は無理矢理引っ剥がした。
そう、この女性はこの春から神代家の居候となった千影というIAMO所属の魔法士である・・・はずなのだが、基本的に仕事がないと言って家でボンヤリ過ごしている時間の方が長い困った女だ。
とりあえず、様子を見るに女性が迅雷の身内であったことは確かめられたので、大志は面倒臭そうに溜息を吐いた。
「あー・・・迅雷君のお姉さんでしたか。ご家族なのは分かったんで行って大丈夫ですよ。」
「ちょっと待ってくださいよ西郷先生、この俺の姉がこんなニートだなんて絶対認めませんからね!コイツはあくまで居候ですから!」
「分かった分かった、後はじゃあよろしくな、神代」
「ぐぬぬ・・・いいか千影!絶対余計なことするんじゃねーぞ!」
「はーい。・・・あ、ボクお腹空いた。ね、ね、学食行ってみたい!」
「なあ千影さんや」
「なんだいとっしーさんや?」
「俺のお話聞いてんの?」
「多分」
大人の女性が男子高校生に首根っこ掴んで引きずられて行く光景がそこにあった。
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『1年3組、あの最強の魔法士、神代疾風の息子、神代迅雷選手の入場だァァ!』
きゃー、わー。そりゃもう大人気だった。親の七光りではなく本人の実力も伴っている上に、サラサラの黒髪が爽やかで顔立ちも悪くないから、入学以来迅雷の人気は(主に女子の間で)うなぎ登りだった。観客たちに手を振りながら迅雷はステージの真ん中まで歩いた。
「かっくいーぞー、とっしー!」
「おい、なんで千影さんがいるん?」
「さぁ・・・暇だったんじゃない?」
一際デカい声で迅雷を応援する千影を見て慈音と真牙がそんな会話をする。
さて、迅雷の対戦相手は一般魔法科随一の肉体派として名を馳せる、佐々木栄二孫だ。
ずしん、と足音を響かせて迅雷の前に眼鏡の巨漢が立ちはだかる。岩のような背筋を背負った筋骨隆々の男は歯茎を剥き出し、口から水蒸気を吐き出す(!?)
「コォォォォォォォ・・・」
「もはや人間なのかコイツ」
「ボク、オ前、倒ス」
試合が開始され、迅雷は先手必勝とばかりに自慢の魔剣『雷神』を抜き放ち、猪突猛進の突き攻撃『一閃』を繰り出した。予想通り、エジソンは図体がでかいだけで迅雷のスピードには付いて来られていないようだ。間一髪で体を反らしたエジソンの脇腹を迅雷の剣が掠め、会場が湧く。
味を占めた迅雷は、勢いのままにエジソンに畳み掛けた。体が頑丈なのか一撃で仕留めることが出来ないが、向こうの反撃もとろいから、迅雷には当たりやしない。
「蝶のように舞い、蜂のように刺す・・・なんて華麗なんだ、俺ッ!さぁ、このままフィニッシュだ!」
「フンンンッ」
「ってオイィィィィ!?」
なんか調子こいてたら、エジソンに剣を掴まれた。いや、つまみ取られた。迅雷は剣を握ったまま持ち上げられて宙ぶらりんになる。
「チクチク、痛イ・・・オ前、ウザイ」
「やっぱ人間じゃねぇってコイツ!!くそ、はーなーせー!!」
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「ヒュー、やったねとっしー!!信じてたよ!」
「いっっっっちいち抱き付くんじゃねぇ千影!」
「もう、こーんな可愛いオネーサンが抱き締めてあげてるのにつれないなぁ」
「囁くっていうのは語尾にビックリマークはつかないんですぅ!」
辛くもバイオ筋肉に勝利した迅雷は年上のオネーサンに褒めちぎられていたが、もはや日常風景過ぎてありがたみもなんもない。強いて言うならクラスの女子が千影に冷ややかな目を向けているくらいだ。
ネビアのときよろしく慈音が千影を追っ払おうとするものの、千影はすばしっこく躱してしまう。腐っても高速移動がウリのオドノイドというところか。ぐぬぬ、と歯噛みする慈音に対して千影は勝ち誇った笑みを浮かべる。なんて大人げないんだ。
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2日目。なんだかんだ言ってもまだまだひよっこばっかりで、正直に言っちゃうと上級生たちの試合と比べると見所の少なそうな1年生の部なのだが・・・この時間だけはやたらとCブロックの試合に人がごった返していた。見れば、観客席にいるのは1年生だけではない。上級生たちに加えて先生たちまで、特に男性が前の座席を奪い合っている。
そう、この時間はあの『雪姫』と呼ばれる、1年生最強の魔法少女、天田雪姫の出番なのだ!数の力で1年3組の隣に陣取った彼女のファンクラブ(自称)が、法被姿で暑苦しい舞いを披露している。実況席からその様子を見ていた、実況の小野大地は苦笑しながらマイクを握る。
『登場前からものすごい賑わいですねー、さすがは超絶美少女魔法士といったところですかね、志田先生?』
『ふん、私だって学生の頃は・・・』
『はいはい無理に張り合おうとすると余計哀れになるんでさっさと入場の方いきましょー』
『あ、このっ!』
『1年3組、天田雪姫、選ッ手ゥ!!』
真面目に声援で地震が起きた。
そんなエールを受けてステージに上がるのは、ふんわりした水色の髪と透き通る白い肌の美少女だ。2本の筒状の髪飾りを使って両の耳の前あたりに房をまとめている他、運動しやすいようにか前髪を横に流してヘアピンでまとめている。つまり今日はおでこ見せだ。それだけで男共が歓喜している。
ジャージの上は半袖、下は裾を折った長ズボン。ジャージの上には自前のパーソナルカラーパーカーを羽織っている。
雪姫は、ステージの真ん中に着くなり額に手を当てて観客席をぐるりと一望し、それから大きく手を振った。
「やっほーみんなー!っていうかすごーい!なんかすっごい応援に来てくれてる!嬉しー!!」
きゃぴきゃぴしながらカメラ目線になって雪姫はあざとく口元を両手で隠した。それから、カメラに向かって華麗にウインクを決める。
「よーし、1回戦だから油断しないで頑張るゾ☆」
ちょっと会場が静かになった。いや、白けたのではない。特にうるさかった熱狂的なファンたちの一部がありがたすぎて失神したのだ。
なお、開始前から大盛り上がりした彼女の試合は、始まって2秒で終了したとのことである。
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雪姫の試合が終わって、今日はもう3組の仲間の試合は残っていなかったから、迅雷は早めに帰宅していた。他のクラスの応援をしても良かったのだが、明日は自分の試合も控えているので今のうちから気持ちを整えておきたかったのだ。
自室に荷物を置いて、なにかおやつでも食べようと迅雷はリビングに降りる。すると、冷蔵庫のドアを慌てて閉める音がして、見てみると妹の直華を見つけた。最近ちょっと前髪をくしゃっといじるのがマイブームらしい、年頃の中1である。そういえば、部活は休みと言っていたっけか。
「よ、ナオ。今帰った感じ・・・」
「うっさい話しかけんな」
「ぐふっ」
・・・現在、直華は絶賛反抗期中である。いや、根は素直で優しい女の子なのだ。お友達だってちゃんといるのだ。ただ、お兄ちゃんに冷たいだけで。
「そ、そう言うなよ。てかさっきから冷蔵庫の前で突っ立ってなにしてんの?」
「お、お兄には関係ないでしょ!?」
「なんでそんな慌てるんだよ、冷蔵庫使ってやましいことするとかむしろ上級者だぞ」
直華が手に持っていた大きめのグラスがグシャァと痛快な音を立てて迅雷の顔面にめり込んだ。
「死ね!死ねホント死ね!このクソ兄貴!」
ドタドタ階段を駆け上がっていく妹の足音を聞きながら、迅雷はグラスを手にとって溜息を吐いた。割れたら危ないだろうが、と言いそびれてしまった。よく見ると、グラスの内側が白く濡れている。
「ははーん・・・」
グラスを流しに持って行きつつ、迅雷は天井に向かって。
「ナオ、貧乳はステータスだ、希少価値だ」
ドン!!と音がして、天井からパラパラ埃が落ちてきた。可愛い妹め。
グラスを洗って食器乾燥棚に置き、迅雷はソファに腰掛ける。なんとなくテレビを点けると、ギリシャがなんたらこうたらという話をしている番組だった。4月にあった事件の話である。
「あ、父さんだ」
現地に調査に赴いていた父親の疾風の会見が開かれていた。とりあえず元気そうでなによりだ。テレビを点けると、座敷の方から千影が這い出てきた。どうやらあのニート、今の今まで寝ていたらしい。直華が騒ぐから目が覚めたのだろう。
「あー、おふぁよーとっしー」
「早くねぇ。夕方だ」
「お遅うございます」
「こういうのこそ千影が一緒にやるべき仕事なんじゃないのかよ?」
テレビを指差して迅雷はそう言うのだが、千影は未熟者を見る目で迅雷の考えを一笑に付した。
「ボクはトランプで言うところのジョーカーなんだよ?たかだか調査でおいそれと情報を漏らすようなマネは出来ないんだよなぁ。ボクの出番が来るとしたらバケモノみたいなモンスターが出たときとか、魔界と戦争になったときとか、それくらいのもんだよ」
「こんだけ怠けてていざ出番となったときに役に立たなかったら俺が千影をぶった斬るからな」
「君に斬られるならそれも本望」
「手に負えねぇ」
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そうこうして、学内戦は5日目の最終日を迎えていた。4回戦も全て終了し、各ブロックのベスト8も決まったところだ。
今年の1年3組はみんな優秀で神代迅雷、阿本真牙、天田雪姫、そして東雲慈音、4人もの生徒が上位にに残っており、担任の志田真波も鼻が高そうにしている。あんまりドヤり散らすせいで他の教師たちに白眼視され、「自分とこが調子悪いからって人に当たんな」と愚痴ってもいた。
今は聖護院矢生と紫宮愛貴の、因縁の師弟対決が行われている。両者弓使いの、駆け引き重視の試合展開となっていて観客にも緊張感が浸透していた。
「なかなかやるな、矢生!」
「いえ、さすが師匠ですわ。私の攻撃が全然当たらないなんて・・・!ですが、次は必ず当ててみせます!」
「(『スタンアロー』で足止めか・・・?)来い!」
矢生は魔力を固めて作った矢を弓につがえる。そして、上向きに放った。曲射弾道だ。
愛貴は、見上げてすぐに拡散矢の雨を警戒してバックステップした。そして、回避と同時に自分も弓を構えた。風の魔力を込めた狙撃用の矢だ。だが、視線を矢生に戻したとき、その違和感に一瞬、本当に一瞬だけ動きを止めていた。
矢生は、対戦相手である愛貴の顔を真っ直ぐに見つめて愛貴の背後を指差していたのである。
「・・・?まさかッ」
矢生には、『プロリファレイト・レイン』という非常に強力な魔法がある。通常の何倍も高濃度に圧縮した魔力矢を地面や壁などに撃ち込んで、時間差でその着弾点から電撃の矢の激流を発生させるトリッキーな魔法だ。
そして、先ほどから続けていた射撃戦の最中、確かに愛貴は矢生の矢を躱し、そして的を外した矢は矢生の指差した先の壁に当たっていた。流れ弾の中に『プロリファレイト・レイン』が混じっていないか警戒はしていたが、いつまで経っても発動する様子がないから気が緩んでいた。
だが、なるほどつまり、矢生は。
「待っていたのか、この瞬間を―――ッ!!」
曲射を見てバックステップしてしまった分、発生源に近付いてしまった。このままでは躱せない。
だが、愛貴は知っている。師匠として矢生の技はどれもよく見てきた。『プロリファレイト・レイン』には弱点が2つある。1つは発動の瞬間に発現する魔法陣を、矢が生み出されるより早く破壊してしまえば、失敗することだ。そして、2つめが発動させるために矢生の操作が必要なことだ。この操作を、矢生は言葉で行う。つまり、おまじないに合わせて愛貴が矢を放てば『プロリファレイト・レイン』は失敗し、矢生も隙だらけになる。
幸い、今愛貴がつがえているのは弾速に特化した矢だ。カウンターは十分狙える。矢生も腕を上げたが、まだまだ―――。
「『スタンアロー』!」
「な!?」
『プロリファレイト・レイン』は発動せず、代わりに愛貴の背中に凄まじい電流が流れ込んだ。電気ショックで体が動かなくなり、痙攣する手から弓がこぼれ落ち、そして愛貴も床に倒れ伏した。
「視点誘導。引っかかりましたわね、師匠」
「し・・・かも、二重・・・か」
矢生の弓にはバチバチと激しい音を鳴らす紫電の矢が3本つがえられていた。対する愛貴は動けない。勝敗は明らかだった。愛貴は小さく笑い、うまく動かない舌で言葉を紡いだ。
「・・・ふ。強く・・・なったな、矢生。もう、とっくにお前に・・・教えてやれることは、ない・・・。これからはお前こそが、マンティオ学園の女王、キング・オブ・マンティオだ・・・!!」
「師匠・・・師匠!!」
それを言うならクイーン・オブ・マンティオですわ・・・とは言えない矢生であった。
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なお、亡き師匠の意志を継いで優勝を目指したキング・オブ・マンティオはキラキラ笑顔のアイドル・オブ・マンティオによってステキな氷の彫像にされました。
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時刻は夕方6時を回り、そろそろ迅雷と真牙の準決勝が始まる頃だった。
千影と一緒に現れた直華を見て、迅雷はキザな笑みを浮かべる。
「なんだ、ナオ、結局応援に来てくれるんじゃん。なに、ツンデレなの?」
「う、うう、うっさい!千影さんが無理矢理・・・!」
「いやいやだって、ナオがそわそわしてるんだもん。お兄ちゃんの格好いいところ、最終日くらいは見たいもんねぇ?」
「ちょっと千影さん、余計なこと言わないでよ!!」
直華が怒って千影相手に鬼ごっこを始めたが、気が付いたら逆に直華が千影に捕まっていた。レースゲームで周回差が付いたような感じだ。後から追いかけてきた直華の中学校の友達である安歌音と咲乎が千影に抱き上げられている直華を見つけて大笑いしている。
さて、遊んでいられる時間もここまでだ。迅雷は真牙の肩に手を置いた。
「真牙、今日は真剣勝負だ。手加減はナシだぞ」
「う、うん・・・」
「なんで俺の前でもなよなよしてんだよ」
「だ、だって正直・・・オレなんかじゃ迅雷には勝てそうもないっていうか」
「準決まで来といてそれかよ。今まで真牙に負けた連中が可哀想になるぜ」
「それに、だって!迅雷に怪我させるかもって思うと・・・オレ、恐くて、剣なんて振れないよ」
「だからそれも今まで真牙に負けたやつが以下略」
この意気地なしが、実は迅雷の宿命のライバルとも言える存在なのだと思うとやるせない。昔は虫も殺せない気弱な男の子だったが(今も気の弱さは変わらないようだが)、実家が剣道場をやっているおかげか剣の扱いに関しては天性のものがあった。中学で知り合って迅雷と仲良くなったことをきっかけにマンティオ学園を目指した真牙は、メキメキと実力をつけて今やそこらの小型モンスター程度ならバッサバッサとなぎ倒せるほど逞しくなってしまった。ライセンスも迅雷と同時期に取得している、正真正銘の優等生だ。
まぁ、そこまでは良い。問題はむしろこっちだ。
真牙は迅雷の手をぎゅぅ~っと掴んで瞳を潤ませた。普通に高校生っぽくちょっとキメたブラウンのツンツンヘアの男にそんな表情をされても迅雷は反応に困るだけだ。
「や、やっぱりオレ棄権するよ!迅雷とは争いたくない!」
「なんで」
「だって・・・だって、オレ、迅雷が大事なんだ!!大切なんだよ!世界で一番!冗談でも剣なんて向けられるもんか!!」
・・・そう、愛故に。
ちょっと胸焼けしてきたので、迅雷は真牙を押し離してトイレに駆け込んだ。
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Cブロックの決勝戦が始まる。
「みんなの応援のおかげで決勝戦まで来れたよ~!!だから、優勝出来るように今回も応援よろしくぅ!!」
雪姫への応援は毎度の如く地揺れを引き起こす。だが、今回は負けていない。モテモテのぶりっ子が気に食わない女子たちも加勢して、迅雷の応援も雪姫に匹敵するほど激しいものになっていた。
・・・え?迅雷が決勝に出ているが、結局のところ迅雷と真牙の試合がどうだったのかって?有言実行、真牙が棄権して迅雷の不戦勝となった。
ともあれ、応援合戦は同じ3組の選手同士の対戦ということもあってか、男女対抗という雰囲気があった。迅雷の応援の中にポツンと真牙が混じっているが、アレは友情応援というより愛情応援だ。
「ヘイ、見ててくれよ応援席のキミたち!俺の優勝するところ見せて上げるからねっ☆」
『両者ノリノリです!これは果たして必要なパフォーマンスだったのでしょうか、しかしこの盛り上がりは間違いなく最高潮、決勝戦に相応しい熱気が窓越しにもバンバン伝わってきます!!過去これほどまでに沸き上がる1年生同士の試合があったでしょうか!?』
『あったわよ、私のときだって・・・』
『自分語り乙!志田先生は解説だけしててくださいね!さぁ、もう待ちきれないんだろう、ボーイズ&ガールズ!?いいぜ、善は急げだ!それじゃ、Cブロック、ファイナル・・・・・・スタァァァァァァァットッッ!!』
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「いっくよ!!『アイシクル』!!」
「くっ!」
雪姫の両脇から巨大な氷の杭が飛び出す。迅雷では絶対に受けきれない大技だ。雪姫の攻撃はどれもこれもが威力・スピード・精度全てにおいて高水準のため、剣1本で戦う迅雷に防御という選択肢はない。地面を転がるようにして『アイシクル』と地面の間をすり抜けた迅雷は、雪姫の懐に潜り込むために突進した。
だが、雪姫は踊るように一回転した。その動作に合わせて、雪姫の足下から大量の粉雪が生み出される。それは、彼女を最強たらしめる攻防一体の万能魔法『スノウ』だ。
「さぁ、迅雷には破れる?あたしの『スノウ』を!」
「破ってみせるさ!」
本体の愛らしい振る舞いとは裏腹に、『スノウ』は拳の形を取って、えげつない速度で迅雷に突っ込んでくる。迅雷は『駆雷』をぶつけて『スノウ』の機動を押し曲げつつ、身をよじるようにして内側を目指す。
だが、雪姫がわざとらしく床を靴の裏で踏み鳴らすと、直後に迅雷の足下から氷の刃が飛び出した。
「わぁ、さすが、よく躱すね!」
「見えてるからね!!俺を捉えるにはもっとスピードが必要だぜ!」
「言ったなぁ?」
足下から飛び出す氷の刃―――雪姫が『フリーズ』と名付けている魔法を躱し、『スノウ』の打撃をいなし、『アイス』と『アイシクル』による弾幕をすり抜けて、迅雷は雪姫の背後を取った。ギョッとした表情で雪姫が振り返るが、そのときには既に迅雷は剣を振り上げている。
「なっ・・・!速い、思った以上に・・・!!」
「ほらな、もらった!」
雪姫の反射神経もさすがだが、背後に回られればさすがに追いつけない。迅雷には、会場を包む女子たちの声援が心地よかった。学年最強と言われた『雪姫』に勝つのだ。魔法士を目指す1人として、これより嬉しいことはない。
―――今の俺、最高にキマッてるZE!!
・・・が、迅雷の刃が寸止めされる、さらにその寸前。雪姫がニッと笑ったことに気付く。
いや、まさかだ。この状況から逆転なんて普通じゃ出来ない。あるいは「なにかある」と思わせて動きを鈍らせる作戦か?さっきの愛貴と矢生の試合にあったような騙し合いを狙っている可能性が高い。迅雷は自分に大丈夫だ、と言い聞かせ、思い切り剣を振り下ろした。
だが、雪姫の笑顔は騙し討ちでもなんでもなかった。
後ろに振り上げられた雪姫の踵が、迅雷の顎を捉えていた。モデルが出来そうなほどスラリと長い雪姫の脚は、驚くほど強力な遠心力を伴って、迅雷の顎骨を撃砕したのである。
「ぅごぁッ・・・!?」
体ごと打ち返された迅雷は宙を舞い、そして地面に落ちる前に雪姫の回し蹴りが横っ腹に突き刺さった。当たり所が悪かったら肋骨の2、3本は折れていたかもしれない。
床に転がった迅雷は、しかしすぐに立ち上がろうとした。寝転がっていては格好の的になるというのもあるが、そもそも雪姫は床を攻撃の起点とする魔法すら有しているのだ。一箇所に留まるだけでも危険極まりない。
大丈夫だ、まだやれる。別に応援に応えたいとか女子にモテたいなんて、本当はどうでも良いのだ。
「勝つ・・・勝ちてぇッんだ!!」
親の七光りじゃないことは、みんなも認めてくれている。迅雷には迅雷の、ちゃんとした実力があることを知ってくれている。でも、やっぱりダメなのだ。どうしても、迅雷自身の脳裏に父親の影がちらつく。彼を超えるまで、きっと永遠に迅雷は神代疾風という男の存在に悩まされ続ける。
強くなりたい。強くなっていると感じたい。だから、勝ちたい。最強に勝って、自分の進歩を自分に認めさせたい。
「まだ立てるんだ、すごいね、キミ。普通今ので脳震盪起こしてるところだよ?」
「あいにく、普通より魔力があるんでね。『マジックブースト』に力を回せば多少は耐えられるんだ」
「なるほど、ね!」
雪姫は軽くステップを刻みながら氷弾の弾幕を展開した。迅雷は小刻みに動き回りながら、単発の電撃魔法『サンダーアロー』で躱しきれない氷弾を撃ち落としていく。
実は、迅雷は雪姫の言う通り、軽く脳震盪を起こしている。だから足取りが覚束ない。それでも無理矢理、魔力による身体強化で体を動かしている状態だ。
恐らく、雪姫はそれを分かっている。ノリは軽いが、雪姫は事実として「最強」に相応しいセンスを持っている。今さら対戦相手の状態変化を見逃すわけがない。弾幕を避けるので精一杯の迅雷の足下に、狙い澄ましたタイミングで『フリーズ』を撃ち込んでくる。
片足を氷の中に閉じ込められた迅雷は、氷に剣を突き立てて破壊し、後退した。
「こうなったら・・・もう接近戦は諦めるしかないな・・・」
急冷された脚が痛みを訴えている。手足の指先が悴んで動きもいっそう怪しくなってきた。激しく運動しているのに体温は下がるばかりで、いつの間にか体の震えを堪えることすら出来なくなっていた。戦場は完全に掌握されている。
でも、迅雷だって剣を振り回して接近戦を行うしか能がないわけではない。言った通り、迅雷はいずれ父親を超える魔法士になりたいと思っているのだ。それなら魔法を使った遠距離戦法の1つや2つ、考えておいて当たり前である。もっとも、相手があの雪姫となるとそのほとんどが『スノウ』の防御力の前では為す術もないのだが。
「だけど、これならいけるだろ」
迅雷は『雷神』に取り付けられた魔力貯蓄器に貯めていた魔力を全解放し、さらに自分の魔力もありったけを剣へ流し込んだ。
迅雷の剣から溢れ出す魔力の光に気付いた雪姫が弾幕を生み出す手を止めた。
「そっか、その一撃に全てを込めるつもりなんだね」
「あぁ、正真正銘、今の俺の全力だ。天田さん、君にこれが受けられるか?」
「そう言われると正面から挑戦したくなっちゃうなぁ、ホント、口説き文句が上手なんだから」
拡散していた氷の魔力がスルスルと雪姫のもとへと収束していく。彼女の魔力もまた迅雷に匹敵するほど強大だ。ここからは力勝負になる。
覚悟を決めて、迅雷は『雷神』を振りかぶった。稲光がアリーナを内側から焼き焦がす。
「いくぜ、天田さん。これが全力の―――『駆雷』だ!!」
「すごい、すごいよ、本当にっ」
剣を振り下ろすと同時、刀身に押し留められていた膨大な量の黄色魔力が斬撃となって真っ直ぐ雪姫に向かって駆けた。
雪姫もまた、迅雷の全力に敬意を表してか、ありったけの魔力を1つの魔法に詰め込んで、ぶちかましてやった。迅雷がそうであるように、雪姫も親の背中を追ってここまで腕を磨いた身だ。同じ境遇であるが故に理解し合い、同じ境遇であるが故に負けられない。
「『雪月花』―――!!」
雷光を乱反射して眩く夜を斬り裂く、氷の華が咲いた。花弁の1枚1枚が巨大な氷柱で構成され、その全てが途轍もない強度を以て雪姫を守る盾となり、圧倒的な鋭利さを以て迅雷を引き裂く矛となる。
雷霆と氷華が衝突した。互いの勝利への渇望を乗せた一撃は、進路を譲ることなく必死にせめぎ合う。砕けた氷の破片が迅雷の頬を切り、弾けた電力の片鱗が雪姫を痺れさせる。それでも怯まない。全力を込めたからには、一歩も引くわけにはいかない。意地でも勝つのだ、勝つしかないのだ。
「通れ、ぶち抜けェェェェェェェェ!!」
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
そして。
そして―――。
●
「雪姫ちゃんの優勝と!」
「迅雷の準優勝を祝して!!」
『乾杯~!!』
学内戦が終わった2日後の日曜日、迅雷たち1年3組は一央市の中心街にある焼肉屋で集まっていた。
決勝戦の結末は、最後まで激しい競り合いを演じた末に、雪姫の『雪月花』が迅雷の『駆雷』をほんの少し上回り、幕を閉じた。一時は悔しくて涙を流した迅雷だったが、今は笑顔でパーティーに参加している。もちろん、勝者である雪姫も来ている。
食べ放題飲み放題の学生プランで40人近い高校生が押しかけたものだから、焼肉屋の従業員はおおわらわだ。注文から届くまでの時間が長いので、自然とおしゃべりが進む。
迅雷の隣に慈音が、グラス片手にやって来た。宴会だからか今日の慈音は機嫌が良い。
「ほい、とし、お疲れさん!このジュースはアタシの奢りな!」
「いやしーちゃん、これ飲み放題」
「あァ!?アタシのが飲めねぇってか!!」
「すみません飲みます!!今すぐに!!」
それ以前に、なにか色がオカシイ。多分コーラ・・・なのだろうけれど、絶対他に3、4種類は混ざっている気がする。だ、だが飲まなければ確実に慈音によって息の根を止められる未来が待っている。迅雷は意を決してグラスの縁に口をつけ、そっと謎の液体Xを口内に流し込んだ。
「うげッ!!」
「ぶっ、あはははははははは!!」
「ぢょッ、待って、なにごれ!?しょっぱい・・・こ、コレ!!タレじゃねーか!!」
「タレ美味しいだろォ?」
「も、くそ、もうマジで勘弁して!」
さっそくしてやられた迅雷を見て満足そうに慈音は去って行った。いや、それだけって、なにがしたかったんだ。とんな鬼畜幼馴染みを持ってしまった迅雷は口直しにお冷やをがぶ飲みした。正面の席では真牙が妬ましそうに自分の方を見ている。
「・・・一応聞くけど、真牙、どうした」
「いや、やっぱり迅雷って慈音ちゃんと仲良いなって」
「これのどこを見てそう思ったんだ?30文字以内で説明しなさい」
「結局許してるし慈音ちゃんこういうのは迅雷にしかしないし」
「真面目か。・・・まぁ、今さらしーちゃんが優しくなったらむしろ気持ち悪く感じるのは間違いないな」
「ほら、やっぱり」
真牙は肩をすくめた。ただしこの男、迅雷をおちょくっているのではない。真面目に慈音に嫉妬しているのだ。食べる前から食欲が失せるので、迅雷は席を移動することにした。
どこが良いかな、とうろついていると、ネビアに上着を引っ張られた。
「ほら、迅雷こっちこっち!カシラ!」
「うおっと。よしよし、分かったからあんま服引っ張んないで」
「よっしゃー、迅雷ゲット♪カシラ」
迅雷が隣に座るなり、ネビアは彼の腕に抱き付いた。慣れているようで内心どぎまぎする迅雷だったが、幸い照明が暖色なので顔色の変化はバレそうにない。
「てかネビアはスキンシップ多いね」
「ん~?だって好きだもん、カシラ。そうだ!もうこの際付き合っちゃおうよ、カシラ!」
「それも良いかもしれない・・・ぃぃ、けど、まぁ、もうちょっと友達として、な、な?」
こんな可愛い女子なら大歓迎・・・と思いかけて、迅雷は他の女子の鋭い視線に気付いてはぐらかした。特に慈音の目がヤバイ。きっと1キロ離れていても気付いたであろう剣呑な空気を感じてそっと視線を焼き網に落とした。実は交際経験ゼロの迅雷は女の子の宥め方が分からなかったりする。
「ね~、ていうかさ、カシラ」
「ん?」
ネビアに腕から離れてもらって、会話を続けていると、ネビアが注文用のタッチパネルを見ながら拗ねた顔をした。
「なんで飲み放題でお酒はダメなんだろ?カシラ」
「いや法律」
「え~、度数低いのとかただのジュースじゃん、カシラ」
「飲んでるのかい!!」
「ちょぴっとだけよ?カシラ。ホントに。お父さんが買ってくるチューハイを、ちょろーっといただくの、カシラ。あ、でもビールはダメね、苦くて飲めないわ、アレ、カシラ」
なんでこう、ネビアはなんでもかんでも包み隠さず言ってしまうのだろうか。時々危うくて、迅雷はかなり心配である。この場合通報したら逮捕されるのはネビアパパだろうか。
そうこうしているうちに、初めに注文した肉が届き始めた。20分くらい経っている気がする。ラストオーダーまであと40分だ。これは詐欺ではあるまいか・・・と思ってしまうが、まぁお店にはお店側の都合もあるのだから仕方ないと割り切って上げるのが優しさである。とはいえ、昨今の人件費削減はちょっと行き過ぎな気がするのは、と思う迅雷であった。
熱々のカルビを味わっていると、迅雷のポケットでスマホが鳴動した。
「うわ、千影からだ」
『寂しくて死にそう、今から凸して良い?良いよね?』
ダメです、と返したらウンコのスタンプが送られてきた。こっちは食事中だというのに、分かっていてやっているのではあるまいな。
「誰々、彼女さん?」
「わっ」
いつの間に座っていたのか、隣から今日の主役1号である雪姫が迅雷のスマホを覗き込んできた。千影の送ったスタンプがアレなので、迅雷は慌ててスマホをスリープモードにする。しかし、それがかえって悪手だったのか、雪姫がいじらしい顔をする。
「んっ!なぁんかあっやしぃー。ねぇ、実はもう付き合ってる娘いるんじゃないの?ねぇねぇってば」
「やだな、まだいないってば。今のはウチの・・・そう、妹から!俺がいないから寂しい、だって。そろそろ兄離れしてくれないと俺も困るんだけどねー、あはは」
「そっかぁ・・・じゃあさ、あたしと、なんてのはどう?あたしも今フリーだし」
「へっ」
「あっはっは、冗談だって!本気にしたぁ?」
「い、いやぁ?ネビアからの流れだったし、ちょっとビックリしたかなー」
迅雷は頬杖を突くことで顔の汗を誤魔化した。雪姫は迅雷なんか目じゃないほどにモテるのだから、そういう不用意な発言で場の空気が凍り付いてしまう。迅雷だって命は惜しいから本当によして欲しい。それと、『付き合おう』から冗談って言われる方がキツいことを雪姫は分かっているのだろうか。
「まぁ、あたしも別に100パー冗談で言ってるわけじゃないんだけどぉ・・・」
あぁ、分かって言っている人だ、これ。なんてタチが悪いのだろう。ネビアよりずっと小悪魔っぽい。
迅雷が口をムニムニさせて結局なんにも返事を出来ないでいるうちに、隣のテーブルに新しい肉が到着したのを見た雪姫は迅雷の隣から立ち上がってしまった。
「ま、気が向いたら声かけてね☆」
「うん、気が向いたらね・・・」
雪姫が立った席に、今度はロングの茶髪でちょっと垂れ目気味、おっとりした感じのクラスメートである向日葵が座った。彼女も彼女で、戦績は芳しくなかったが迅雷と一緒に3組の選手として学内戦に参加した生徒だ。彼女は15歳の女の子にしてはグラマラスなボディを狭いテーブルの隙間に押し込んで、頬杖を突く。テーブルに乗っかるおっぱいが気になるが、迅雷は努めて紳士に振る舞った。
「あ、向日葵。向日葵もお疲れ様」
「うん、お疲れ様。それにしてもさすが迅雷クンだね、さっそくチヤホヤされちゃって」
「向日葵もチヤホヤしてくれる側?」
「して欲しいなら少しくらいはしてあげても良いけど?」
クスクス笑う向日葵は、黒髪をショートにしてちょっと吊り目なところが快活さを感じさせる親友の友香から焼けた肉を受け取る。
「トモ、次はニンジンが良いな」
「えー、焼肉なのに野菜をご所望ですかヒマさん!?ほんっと変わってるなー」
「意外と美味しいんだから、トモもたまには・・・」
「はーいはい。でも私もうちょっとお肉つけないとだから今日はお肉だけー」
向日葵とは対象的に友香はストンである。
網の開いた部分に迅雷が肉を並べようとすると、友香にトングを横取りされた。
「今日は迅雷君も主役だから、お仕事はナシだよ」
「そりゃラッキー」
「ところでさ、迅雷君。雪姫ちゃんと実際に試合してみてさ、どうだった!?」
友香は、観戦専門のバトルマニアだ。今回の学内戦なんて、興奮しすぎて毎夜眠れず、3日目当たりでぶっ倒れていたくらいである。そうなったらそうなったで生で見られなかった試合の対戦カードを口惜しげに暗唱し続けるものだから恐ろしい執念である。
「そりゃもう別次元だったぜ。あの弾幕は正面に立ってみると、激しいっていうのもあるけど、ある意味芸術だよ」
「芸術かぁ、また迅雷君らしい表現だね」
「だろ?それとさ、やっぱ『スノウ』がすごい。手足みたいに動かしてくるから実質2対1で戦ってる気分だった。しかもそれで気を逸らしたところに足下から攻撃が飛んでくるから油断の隙もない。あれは確かに最強だよな」
「そっかぁ、そっかぁぁ!あ~、せっかくだから迅雷君にはカメラ付きのヘルメットを装着してもらえば良かった!!」
「それはさすがにしないって」
今の説明でどれくらい友香の想像力が刺激されたのかは知らないが、もう迅雷の声は彼女に届いていなかった。
そろそろ席を移動しようと思い、迅雷は腰を上げる。するとタイミングを計ったように店員がやって来た。
「ラストオーダーになります。デザートのご注文をお伺いします」
抹茶アイスか、バニラアイスか、メロンシャーベット。特にどれでも良かったが、迅雷は気分でシャーベットにした。すると、女子が揃っておんなじメロンシャーベットを注文し始めるからちょっとにやけそうになった。
それにしても、もうラストオーダーとは、時間が経つのがあっという間だ。楽しかっただけあって、少し悔しい。でも、みんなは既に二次会の話を始めているようだ。二次会と言っても、お酒は飲めないから、カラオケに行くようである。終電までは騒ぎ続けるつもりらしい。
「迅雷も来るよな!」
「ね、来てよ来てよー」
「てか主役なんだからこないとかナシっしょ!」
みんな、口々に迅雷のことを誘ってくれる。言われなくても行くつもりだったけれど、こうして誘われるとなかなかくすぐったくて。
ちょっと綻んでから、迅雷は冗談交じりにせせら笑って、肩をすくめた。
「ま、俺が行かないとみんな寂がるもんな~?」
迅雷がそう言った直後、店の奥の方、厨房から悲鳴が聞こえてきた。
「なんだなんだ!?」
「ば、爆発だ!!ガス爆発だぁ!!」
「な、なァにィィィィ!?」
逃げる間もなく、焼肉屋の店内はガスの炎に包まれ―――。
●
「爆発オチなんてサイテー!!」
跳ね起きると、枕元で目覚まし時計が爆音を鳴らしていた。隣では千影がうるさそうに眉間にシワを寄せて唸っている。迅雷はわなないてから、天井に向かって絶叫した。
「・・・夢オチなんてサイテー!!」
ー※ー※ー※ーキリトリ線ー※ー※ー※ー
というわけで、エイプリルフールネタでした。もちろん全部ウソです。上の爆発夢オチはボツ案です。キリトリ線もウソです。なにもかもウソです。間違ってスマホまたはパソコンの画面を切っちゃった人はドンマイ。あ、それと、もちろん新元号もウソです。これ投稿した数分後には本物の新元号が政府から発表されていることでしょう(予言)
今回のテーマは、迅雷たち登場人物のキャラクターをひっくり返すことでしたね。学内戦を書き直したのはなんとなくです。
まぁ、大体こんな感じに考えてました↓↓↓
迅雷:迷いがちであんまり自信がない → ナルシスト気味で自信家
千影:ょぅι”ょ → オネーサン(中身大して変わってねぇけど年齢上げるだけでダメな人感)
雪姫:クールで孤独主義 → 学園のアイドル、明るい愛されキャラ
慈音:穏やかでおっとり天然 → DQN
真牙:女の子大好き、自信家 → なよっちぃホモォ┌(^o^┐)┐
ネビア:オドノイド、嘘吐き、渋谷警備で後ろ暗い活動 → 普通の女子高生、めっちゃ正直
矢生:傲慢、師匠、あと巨乳 → 小心者、弟子、そして貧乳
愛貴:弟子 → 師匠(それだけかよッ)
直華:素直、兄に従順、中1の割におっぱいある方 → 超反抗期、ツンデレ、年相応の貧相な胸
真波センセ:生徒想い → なにかと生徒と張り合おうとする
向日葵:ショートヘア、吊り目、スレンダー → ロング、垂れ目、グラマラス
友香:ロング、垂れ目、グラマラス → ショートヘア、吊り目、スレンダー
光:地味 → ケバい(みんな絶対この子覚えてない。本編ep.2/3で登場してるよ!)
※実況の大地君、生徒指導の西郷先生は特に弄ってないです。まぁ雰囲気作りのためにも彼らには通常運転してもらいました。
※ちなみに、生徒会長の萌生をアホにしたり、ナイス筋肉な煌熾をひょろくさせようとしたり、今回まともに出演していないキャラも案だけは考えていましたが、まぁ、これ以上書く必要ないかなって思って闇に葬りました。
※モテモテのとしくんは1回埋められるべき。そうすべき。